新たな地へ➂
目的の場所は、ミューヘン領から北に船で一日程行った所にある小島である。
島の名前は『ライス島』。
そのまんまやないかーーーい!!
と、いうツッコミは受け付けておりません。
何故なら、既に私がミューヘン辺境伯に突っ込み済みだからである。
分かり易くて良いのだが……何だろう……このネーミングセンスは。
『何か問題かのう?』
辺境伯はカラカラと笑っていたが、元日本人から言わせると不自然さしか感じない。
しかし、この世界は和泉の住んでいた地球を創造したアーロンの手によるものなのだから、おかしくはないのかもしれない。
でもね……島の名前=食材の名前だなんて普通は思わないよ?
灯台もと暗し……とんだ盲点だよ!!
……まあ、帰ったら念のために地図を眺めてみようと思う。
もしかしたら他にも新たな発見があるかもしれないし?!
「サイラス様は、ライス島の『米』を食べた事があるのですか?」
ライス島のお米はマイというのだそうだ。
「はい。……お世辞にも美味しいとは思えませんでしたが」
……え?
素朴な疑問を尋ねてみたが、感想は思ったのと違った。
「……美味しくなかったのですか?」
「はい」
再度尋ねると、サイラスはキッパリ言って頷いた。
そんなー!!
探し求めていたお米が不味かったら、お酒が作れないじゃないかー!!
「粒は茶色く……何と言いますか、芯が残っている様な感じで……シャルロッテお嬢様が欲しがる理由が分かりません」
「……え?」
サイラスは今、何と言った?
「ですから、粒は茶色くて芯が残っている様な……」
粒が茶色で……芯が残ってる…?それってもしかして……!
「分かりました。サイラス様。私が美味しいご飯を食べさせてあげますよ」
私はサイラスに向かってニッコリと微笑んだ。
「……美味しいご飯……ですか?」
「はい」
にこやかに大きく頷く私を、サイラスは信じられないとでもいう顔で見ているが、口頭で説明しても納得出来ないだろうから敢えて深くは説明しない事にする。
身をもって体感して頂こう。
「楽しみにしておいて下さいね?」
そう留めておく。
「エルフの里の時といい……今回の米といい……シャルロッテお嬢様は昔から不思議な方ですよね」
「そ、そうですか?」
「はい。米は見た事が無いのですよね?なのに何でそれを美味しく出来ると言い切れるのですか?」
微かに首を傾げたサイラスは、ジーっと私の瞳を見つめている。
……ギクリ。
失念していた。
最近は私が『赤い星の贈り人』で、転生者なのを知っている人達とばかり一緒にいたから、すっかり忘れていた。
私の言動は、知らない人が見れば不自然にしか感じられない事を……。
「ええと……私のよく読む物語にそっくりな食材が出ていたので、それを試したら美味しくなると思うんですよねー……あはは」
……思わず、以前にリカルド様についた嘘と同じ様な事を言ってしまった。
チラリとリカルド様を見ると、シルバーブルーの優しい瞳が私を見下ろしていた。
きっとリカルド様もあの時の事を思い出しているのだろうが……。
その綺麗な瞳を見ていると、当時の罪悪感がチクリと胸を刺してくる…。
『赤い星の贈り人』の事はサイラスになら話しても良いのかもしれないが、なるべくなら黙っていたい。
『サイラスが誰かに話すのでは?』と疑っているわけではない。
事情を知っている人は最小限に留めておいた方が、私自身が安心だからだ。
私は今後も普通の生活を送りたいのである……。
「……そんな物語があるのですか?」
「え、ええ。昔に読んだのでタイトルは忘れてしまいましたが……」
これ以上突っ込まれるとボロが出る。
笑って誤魔化すしかないか……と、グッと両手を握り締めると……。
「シャルの読んでいる物語には、美味しそうな食べ物ばかり出てくるよね」
お兄様がクスクスと笑い出した。
「お、お兄様?」
「君は相変わらずの食いしん坊さんだね」
「……なっ!、」
ここでも言う?!
思わずお兄様に噛み付きたくなったが……私はグッと唇を結んだ。
お兄様の視線が『黙ってて』と言っているからだ。
「『東国の見聞録』だったかな?それとも……『素敵なお嫁さん』?シャルロッテの読む物語は、異国の変わった食べ物だらけで僕も覚えきれないね。だから、米の事が書いてある本が、もしも見つかったらサイラスに教えるよー」
そう言いながらお兄様が微笑むと、サイラスは大きく頷いた。
「ルーカスが覚えきれないのなら、難しいかもしれないですね」
と、苦笑い付きで。
またしても私を食いしん坊キャラにして誤魔化したお兄様だけど……今回は私が悪かったから仕方が無い。
「では、島に着いてからのお嬢様の知識を楽しみにさせて頂きますね」
そう……『食いしん坊』キャラだと思われる事になっても……私のせいだから仕方が無いのだ。
だから……怒っちゃダメだ。怒っちゃダメだ!!
私が猫ならばきっと身体を弓の様にし、毛を逆立てた状態になっているだろう。
それを令嬢の意地とプライドで抑え込む。
リカルド様が隣にいるのに醜態を晒したくない……。
お兄様への苦情やその他諸々は、注がれたばかりの少し苦めな紅茶と一緒に飲み込んだ。




