さあ、最期の時間です➃
瓶の中でピクピクと痙攣を繰り返すシモーネや神➀~➃の姿に、第一回目の追体験が終了をした事を悟った。
因みに、最後に出てくる白いワンピースの女性は《呪い》《恐怖》と言えばで、お馴染みの貞〇さんをイメージしてある。
ここでは敢えて『和泉子さん』とでも呼ぼうか。
和泉子さんは、白いロングのワンピースに長く伸びた黒髪、青白い手足。
そして最大の特徴は顔が無い所である。
和泉子さんと目(?)が合うと、真っ暗なブラックホールの様な底無しの顔の中に吸い込まれてしまうのだ。その先は…………ふふふっ。
なーんてね。水洗トイレよろしくグルグルと水に巻き込まれてながら振り出しに戻るだけだ。
ここまでホラー仕様にしたのは、生前の私が恨みを持つ暇もなく、気付かない内にあっさり死んでしまったからだ。生まれ変わった後の感情は別として。
その為に私の記憶の追体験は、自分で言うのも難だが……軽い。そう、悲しい事に軽いのだ。
なので、敢えてトラウマになる様に、最後だけリアルな恐怖を与える仕様にしてみた。
彼方とトラウマ仕様の和泉子さんの追体験を交互に何度も繰り返す内に、彼方の追体験時に背後に和泉子さんが徐々に近づいて来る!! くーる!きっと来るー!
彼方の記憶を使う事は、きちんと本人に許可を取ってあるからご安心を。
彼方が与えられた苦痛は、私が何百倍にして返してやるからね!
このままシモーネ達の長時間追体験ループコースを待っているのは、私達の時間が勿体ないので、セイレーヌに数百年程、二つの瓶の時間を早送りしてもらう事にする。
**
待つ事、五分。
私は瓶を逆さまにして、乱暴に揺らしながらシモーネ達を中から落とした。
黒い髪と黒い髭だったシモーネは、ギラギラとして気持ち悪かった野心が見る影もない。
髪も髭も真っ白になり、生気の抜けた様な顔で放心している。
それは他の神も同じだ。皆一様に髪が白く変わり、げっそりとやつれ、中には涙を流しながらブツブツと何かを呟き続けている神もいた。
すると、ボーッと上を見ながら呆けていたシモーネが、ゆっくりと視線を巡らせ始め……その視線が私に止まった。
瞬時に見開かれる瞳。
「……っ!!シャル……ロッテぇぇぇぇえー!!!!!」
大きく見開かれた瞳は血走り、憎悪と殺気をひしひしと感じた。
ギリギリと歯ぎしりをしながらこちらを睨み付けているシモーネは、今にも掴み掛かって来そうな形相をしているが、弱り切った身体では思う様に立ち上がる事も出来ないらしい。
私はそんなシモーネに向かって、瞳を細めながら口元を歪ませた。
「あら、シモーネ様。ごきげんよう?私からの余興は楽しんで頂けましたでしょうか?」
ゲームの中の悪役令嬢シャルロッテが、得意としていた皮肉と嘲りを込めた冷笑を向ける。
「なっ……!!!? ふざけるな!!」
怒りでわなわなと身体を揺らしながら、顔を真っ赤に染めたシモーネは、その場に座り込んだ状態のままで罵声を上げた。
シモーネから庇おうとする様にリカルド様とお兄様が私の前に立ったが、私は二人の肩をやんわりと左右に押して、間からゆっくりと前に歩み出た。
「ふざけてませんけど?」
瞳を細めながら平然と首を傾げる。
「ふ、ふざけているだろうが……!!っ……お前にどんな権利があって、この俺様にこんな事を……!!」
「『権利』? それなら私には充分にありますけど何か?」
「は……?」
顔を引きつらせるシモーネを見据えながら笑顔で一歩、一歩近付いて行く。
「白いワンピースの女。実は、あれ私なんですよねー」
「白い服の女が……お前?」
意味が分からないと、ポカンと口を開けるシモーネ。
その顔が間抜け過ぎて……可笑しくて堪らない。
そうして、動けないでいるシモーネの目の前に立った私は、横から顔を覗き込む様に身体を曲げながら耳元で囁いた。
「……『どうして私を殺したの?』」
「ひぃい!!!」
ドンッ!
シモーネが両手で私の身体を思いきり押したが、私の身体はビクリともしない。
予め『完全防御』をかけていた私には、シモーネの細やかな抵抗なんて、吹き抜ける風よりも弱い存在でしかない。
その時。
「……っお前が……」
それまで影に控えていた彼方がスッ前に出て来て私の横に並んだ。
ボソッと呟いた彼方は、私が想像していた通りに…………とても思い詰めた顔をしていた。
「お前は……!!!?」
彼方に気付いたシモーネの顔色が、真っ白を通り越した土気色に変わった。
「お前のせいで……お前のせいで私の人生は……!私の家族は……!!!」
彼方は両手を堅く握り締めながらシモーネを睨み付け、心の底から絞り出す様な声で叫んだ。
悲痛な叫び声に、私の胸が締め付けられる……。
「……は、はぁ?そんなのは私には関係ない」
顔色は青いが、悪びれもせずにシモーネは言う。
シモーネは追体験をしたから彼方の事を嫌という程に分かっているが……
まさか自分のした事に気付いていないのか?
…………今、すごくシモーネを殴りたい。……でも我慢だ。
今は彼方が感情を吐き出すべき所だから……。
私を含めた全員が彼方を黙って見守る。止めに入るのはもう少し後だ。
「……あんなに簡単に人の人生を弄んでおいて……。傀儡なんかを私のお兄ちゃんにしておいて……!!『関係ない』?ふざけるなー!!!」
「は?……傀儡……だと?」
「存在しないはずの私の兄を捏造して事件を起こさせた。お前は自慢気に何度も何度も…………何度も!!和泉さんの前でも私の前でも語ってみせたじゃないか!!」
実は、彼方も何度か変装をした状態で、私と一緒にシモーネの神殿に連れて来られた事があるのだ。
私もだが……彼方も今日の為にひたすら唇を噛み締めながら我慢し続けてきた。
「ま……まさか!お前は……あの家族の娘なのか!?」
呆然と彼方を見るシモーネ。
……今頃、気付いたのか。
つくづく救いようがない男だ。
「強者は弱者を苦しめても良いの?……神様はそんなに偉いの?神様なら何をしても許されるの!?私達は人形なんかじゃない!!感情がある人間だ!!神様だから……許されるだなんて……私は絶対に認めない!」
感情の堰が切れた彼方は、ボロボロと涙を溢れさせながらシモーネを睨み付ける。
「俺はお前があの家族だなんて知らなか…… 」
「そんな上辺だけの謝罪なんかいらない!……私はお前からの謝罪なんて求めてない!!絶対に許さない!!許さない!許さない…………!!私がお前を殺してやる!!」
己の劣勢を悟ったシモーネが頭を下げ謝罪の言葉を言おうとするのを彼方は遮る様にして叫んだ。
今まで我慢していた全ての思いを吐き出す様に……。
「殺してやる……」
殺意を滲ませた瞳で、ユラリと歩き出す彼方を私は抱き締めた。
「彼方。……もう良いから」
「……和泉さん?どうして……どうして止めるの!?……和泉さんなら私の気持ちが分かるでしょう?!」
ボロボロと涙を溢す彼方は、私の腕を振り解こうとする様に両腕に力を入れている。
「そ、そうだ!良いぞ、シャルロッテ!私にその娘を近付けさせるな!!」
座ったまま後退りしていたシモーネが彼方を指差している。
……ふざけるな。
「お前は黙れ」
私はシモーネを睨み付けた。
すると、『ヒッ』と小さな叫びを上げ、ブルブルと身体を震えさせながらシモーネは口をつぐんだ。
「……彼方にそんな事はさせないよ。彼方が手を汚してまでこいつを殺す価値なんてない」
彼方を抱き締める腕に更にギュッと力を込める。
「大丈夫。私に任せて。……ね?もう大丈夫だから……」
「………っ!!……うわぁああーーー!!」
声を枯らす程に大きな声で泣き続ける彼方の頭を私は何度も撫でた。
「逃がさないよ?」
視界の隅でシモーネが四つん這いになりながら逃げようとしているのが見えた。
……こんな状況で逃げようとするとは…………
馬鹿なの?
ああ、コイツは救い様もなく、殺す価値もない存在だったっけ。