作戦会議➀
「……そんなっ……本当に?!」
私の話を聞き終えた彼方は、口元を押さえて絶句した。
その顔色は血の気を感じさせない程に青白くなってしまっている。
……無理もない。
今まで兄だと思っていた者が、人間ですらない傀儡だった。そんな、にわかには信じられない様な事実を彼方は突き付けられたのだ。
兄の犯した罪に自らも責任を感じ、死にたいとまで思って生きて来たのに……。
この世界に来て、身体に付けられた傷は治す事は出来たが……心の傷は全く癒えていない。
本来ならば負う必要のない傷を身体にも心にも沢山付けられた彼方。
余計な事に巻き込んでくれた神達には本当に腹が立つ。
彼方の心の傷は、これから少しずつ皆でケアをして行こうと思っていた。
だから、正直この話をするかどうか……すごく迷った。
しかし、巻き込まれた彼方には全てを知る権利がある。
……これは私のエゴかもしれないが、彼方には全てを話したかった。
全てを知った上で、これからどうするかを選択して欲しいと思ったのだ。
生きる屍の様な彼方はもう見たくない……。
「彼方……」
彼方の隣に座っていたクリス様が、彼方を労る様にゆっくりと背中を何度も摩った。
そんな彼方達の様子を見守っていると……
「お兄様?」
私の隣に座っていたお兄様の手が頭の上に乗った。
「……良いから、撫でられてて」
首を傾げる私に向かってお兄様は苦笑いを浮かべた。
そのアメジストブルーの瞳は、憂いを帯びている様にも見える。
「私は大丈夫ですよ?」
今一番辛いのは彼方だ。私ではない。
心配をかけない様に笑顔を作ると、お兄様は苦笑いを深めた。
「うん。分かってるから、好きにさせて」
お兄様は他人の心を読む能力を持っている。
しかし、普段の生活では余程でない限り使用する事はない。……仕事の時は別らしいが。
私が分かりやすいのか……元々、お兄様が他人の機微に聡いからか……。
私の考えている事なんて基本的に全てお見通しである。
……ここで私が自分の気持ちを優先しない事なんて分かっているのだ。
彼方と私は同じ事件の被害者だ。
『命があるだけ彼方はマシ』と思う人もいるだろう。
確かに……【天羽 和泉】としての人生を終えてしまった私よりは、彼方の方がマシなのかもしれない。
だが、『傷はほとんど癒え、後は時間や状況が解決してくれる人』と、『目に見える様な生々しい傷があり、直ぐにでも治療が必要な人』……その、どちらを優先するかなんて、そんなのは圧倒的に後者だろう。
それでも、『心配するのは別な事だ』と……だから『勝手に心配させて』と、お兄様は言ってるのだ。
だから、私は黙ってお兄様の好意を受け入れた。
お兄様の気が済むまで撫でられ続けるのだ。
「ええ……。同じ神として……情けない事だけど本当よ」
私の正面のソファーに座るセイレーヌが、眉を寄せながら悲しそうな顔で俯いた。
「まあ。ろくでもない奴らのしそうな事だな」
セイレーヌと同じソファーに座っているサイは、黒く長い尻尾をソファーに打ち付けながら憮然とした表情で言った。セイレーヌと同じソファーと言っても、ギリギリまで距離を取り、更に間に金糸雀が居る状態であるが……。
意外だが……サイは彼方を気掛けてくれているらしい。
子煩悩なサイの事だから、彼方を愛娘の金糸雀に重ねているのかもしれない。
「あら、お父様。他の神達とは面識がありましたの?」
ちょこんと大きなソファーに乗っている金糸雀が、サイを見上げて首を傾げる。
「ああ。昔に少し……な。あいつらはずる賢く厄介そうだったぞ」
「……彼等は神族としての誇りを失ってしまったのです」
「『驕り』ですわね。他者を見下してるから簡単に失ってしまえるのだわ」
金糸雀がバッサリと切り捨てる様に言うと、セイレーヌが驚いた様に瞳を丸くした。
「そんな奴ら滅びてしまえば良いのに」
分りやすく怒っている金糸雀にセイレーヌも驚いたのだろう。
金糸雀は金糸雀で、殺された母親を思い出しているのかもしれない。
最近は大好きなお菓子を食べて、ご機嫌な金糸雀しか見ていなかったから……こんな風に怒る金糸雀の姿を見るのは新鮮だ。
「……シャルロッテ?」
そんな風に客観的な目で見ている私に気付いたのか、金糸雀がジロリと睨んで来る。
「……ごめん」
金糸雀は、サイと同じ様に彼方と私の為にも怒ってくれているのだ。
「ありがとう。金糸雀」
笑顔でお礼を言うと、金糸雀が真っ赤な顔をしてそっぽを向いた。
「べ、別に……あなたの為じゃないのよ!」
ツンデレか!!
可愛い……可愛すぎるぞ……金糸雀。
「……メイ酒入りのチョコレート」
「ん?」
「……他にも、フォンダンショコラとかお酒とか」
「うん。分かってる。全部終わったら用意するからね」
真っ赤な顔でそっぽを向いたままの金糸雀は、コクンと首を縦に振った。
サイはそんな愛娘の頭にポンとモフモフの手を乗せ、優しく撫でている。
可愛い黒猫と黄色の小鳥が戯れている。
……こんな状況なのに和んでしまったじゃないか。
今後の話を進める為にも、一旦お茶を飲んで落ち着こう。
カップを手に取り、飲みやすくなったお茶を口に含んだ私は、どう本題を切り出そうかと考えていると……。
バン!!!!
「シャルロッテ!!」
突然、部屋の扉が勢い良く開いた。
「へ?……リカ……ルド様?」
思わず私はソファーから立ち上がった。
「思ったよりも早かったね。リカルド」
お茶を飲みながら優雅に微笑んでいるお兄様。
この場に突然の現れたのは、珍しく慌てた様子の私の愛しい婚約者様だった。
お兄様を除いた、皆が一同唖然としている。
……え?え?……どういう事?
領地から呼び出されたリカルド様は、一旦帰ったとお兄様から聞いていた。
だからリカルド様には、後から説明するつもりだった。
……どうして?
首を傾げる私の元へリカルド様が足早にやって来る。
そうして、ソファー前で立ったまま固まっている私の前までやって来たリカルド様はギュッと私を抱き締めた。
「無事で良かった……」
しょんぼりと垂れ下がったモフモフのお耳と尻尾。
リカルド様にもすごーく心配をかけてしまった様だ。
「……リカルド様、ごめんなさい」
「シャルロッテが無事ならそれで良いよ」
リカルド様は首を大きく横に振った。
私を抱き締めるリカルド様からは、いつもの優しいあの匂いがする。
……コホン。
私はおずおずとリカルド様の広い背中に腕を回す。
コホン。
シーラの匂いに包み込まれた私はとても幸せな気持ちになる……。
コホン。コホン。
……って、さっきから誰だ!?私達の感動の再会を邪魔するのは!?
咳払いが聞こえた方へキッと鋭い視線を向けると……。
「あれ……?ミラ?」
扉の前に立ち、口元に手を当てているミラがいた。
「俺の事見えてなかったでしょ」
ミラはジトッとした眼差しを私に向けてくる。
「ええと……ごめん。ミラ」
慌てた私がリカルド様から離れてミラに頭を下げると……
「くっ……くくっ。あははっ!!」
お兄様は口元を抑えて笑いを堪えている。
あの……堪えきれていませんが?
静かな周囲にも視線を向けると、顔色の悪かった筈の彼方がキラキラとした視線をこちらに向けていた。
ああー……うん。
顔色が元に戻って何よりだよ。……うん。
こんな公衆の面前だったんだっけ。
恥ずかしさでいっぱいの私は引きつった様な笑みを浮かべた。
「取り敢えず、座ったら?」
私の服の袖を引くお兄様。
そんなお兄様に従って、私はそっと腰を下ろした。
あ、穴があったら入りたいぃぃぃー!!




