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箱庭➂

サイオンはカーミラの亡骸をいつまでも抱き締めながら呆然としていた。


どれだけ泣いただろうか……。

一体、どれだけの時が経ったのだろうか……。


……このまま死んでしまおうかと思った。

それだけ辛くて、悲しいのだ。


ギュッと唇を噛み締めると……

「……おとうたま?」

聞きなれた愛らしい声が部屋に響いた。


「…………アイシャ」


まだ眠いのか、瞼をごしごしと自分の手で擦っている。


「……おとうたま。どうしてないてるの?」

心配そうに駆け寄って来る愛娘。


ハッとしたサイオンは、カーミラの胸に刺さったままだった赤黒いナイフを、自身のマントで隠した。


「……いや、お父様は大丈夫だ」

ぎこちなくも娘に笑い掛けると、アイシャの視線がカーミラに移った。


「ねぇ?おとうたま。おかあたま……どうしたの?ねんねしてるの?」

アイシャは動かないカーミラを心配そうに見ている。


……っ!!


サイオンはガバッと娘を抱き締めて、自分の泣き顔を娘に見られない様にした。


「おとうたま?」

「……お母様は、ちょっと疲れちゃった……から…………眠っているんだ」

嗚咽を堪えはがら、ゆっくりと言葉を吐き出す様に話すサイオン。


「そっかぁ……おかあたまいっつもがんばってるからねぇ。ゆっくりねんねしてね」

アイシャはカーミラの頭をゆっくりと何度も撫でた。



……っ!!!


「おとうたまもつかれたの?いいこ、いいこしてあげるからね。いいこ、いいこ!」


カーミラ亡き……今。愛しい子供達を遺して私が死ぬわけにはいかない……。

色々考えるのは後だ。


カーミラとアイシャを両腕で抱き締めながら、魔王サイオンは漆黒の瞳の金の縁を怪しく光らせた。




食事を終えた子供達をベッドに寝かせ、魔王にしか解けない結界を施す。

サイオンにはやらなくてはならない事があった。


カーミラの殺害を実行した者。それを企てた者。協力した者。見て見ぬふりをした者。


カーミラを殺した者を……私は絶対に許すものか!!



……だが、一番許せないのは自分自身だ。

ギリッと唇を噛み締めると、口の中に血の味が広がった。

垂れる血を乱暴に拭いながら、天を仰ぐ。


傍らにある祭壇にはカーミラの亡骸が横たわっていた……。


「神よ!!カーミラの兄神であるアーロンよ!!」

サイオンが呼び掛けると、ふわっと空気が清浄なものに変化した。


夜だというのに、日の光の様な輝きを放つふわっとした髪とどこまでも蒼く澄み渡った瞳。

この男がカーミラの兄神。アーロンだ。……カーミラに良く似ている。


アーロンはアイシャの前では姿を見せても、サイオンの前に姿を表した事は一度もなかった。

初めての対面がこんな形になるなど思ってもみなかった……。


サイオンを見ている兄神は無表情だった。……恐らく怒っているのだろう。

それは当たり前だ。大事な妹を守り切れずに……殺させてしまったのだから……。


兄神にはどんな目に遭わされてもおかしくないのに、目の前にいる兄神はそれをしない。

ただただ無表情だった。


「カーミラが死んだのは…………私のせいだ」

サイオンはギリギリと両の拳を握り締めた。


「私が頼むのは筋違いかもしれない。……だが、カーミラをここには置いておけない……」

「分かった。妹は返してもらう」


サイオンの願いに淡々とした返事をした兄神は、右手を真上に上げた。


すると、ふわっとカーミラの身体が浮き上がり、付き添う兄神と一緒にあっという間に天へと昇って行ってしまう。


……カーミラ!!

思わず延ばしかけた手を抑え、カーミラの姿が見えなくなるまで……見えなくなっても尚、サイオンは天を仰ぎ続けた。




暫くそうしていたサイオンは、天を仰ぐ事を止めて、真っ直ぐ正面を向いた。


……さあ。復讐の開始だ。


彼等は目の前にいる女神の存在に我を忘れ、とんでもない事を犯してしまったのに……気付いていない。

日頃の穏やかな気質のせいで忘れてしまうが……サイオンは、歴代の魔王の中でもトップクラスの魔力を秘めた()()なのだ。

サイオンが望めば、一日もかからずにこの世界を滅ぼしてしまえる。


彼らが自分達のしでかした罪の大きさに気付いたのは……業火に焼かれている最中だった。

痛く、苦しく、気を失いそうになるのに、灰になるその瞬間まで意識も痛みも消えない。

自らの身体が崩れて行く様を否応なしに見せ付けられた。


……決して簡単には殺さない。

カーミラが味わった以上の苦痛を味わわせてやる。


……特に、ナイフを突き立てたハンナには。


魔王は仄暗い黒い瞳を細めて嗤った。



********


「……お父様?シャルロッテが心配なのは分かりますが……」

自ら好んで小さな小鳥の姿になった愛娘が、サイオンを心配そうに見上げていた。


「あ……ああ。さっきのは、女神セイレーヌの仕業だから主は大丈夫だ。突然の事で驚いたがな。少し……昔の事を思い出していたのだ」

自らも選んで黒猫の姿になった魔王サイオンは愛娘を見つめながら微笑んだ。



「ああ、あの方が女神セイレーヌなのですね」

「知っているのか?」

「はい。お母様のお義姉様でしよう?そして、この世界の管理神はお母様のお兄様だわ」


サイオンはポカンと愛娘を見下ろした。

アイシャがそれを知っているとは思わなかったからだ。


「……お父様。これでも私は『叡智の悪魔』と呼ばれていたのですよ?」

ふふふっ。と微笑むアイシャの瞳は、カーミラの面影がしっかりと残っている。


「では…………お前達の母親の……事も?」

「勿論ですわ」

アイシャは悲しそうな色の瞳を伏せた後、ギラッとした憎しみを宿した瞳を上げた。


「遠い記憶にあるのは……優しいお母様の記憶と暖かな家族との幸せな思い出。それを壊した奴らを私は許せません」

「それならば……」

『私がきちんと片付けた』

そう言おうとしたサイオンをアイシャは視線だけで黙らせた。


魔力こそ封印されているがサイオンは魔王だ。

なのに……娘に視線だけで圧倒されてしまった魔王サイオンは、黙ってコクコクと首を縦に振った。


「お父様は甘いですわ。あの後、媚を売るようにして城に戻って来たお義母様達。あの人達を見逃しましたね?」

「まさか……!?」

「ええ。そのまさかです。あの人達も共犯者でしたわ」

「……っ!クソッ!!!」

黒猫の瞳にもギラギラとした殺意が浮かぶ。


今直ぐに殺してやりたいが……今のこの姿では無理だ。

正面を睨み付けるサイオンを見た()()()は、小鳥らしからぬ妖艶な微笑みを浮かべた。


「大丈夫ですわ。私とクラウンで皆殺しにしましたから」

「……は?」

「お義母様達や他の義兄弟達は、お父様の事を疎んで出ていった訳ではないのですよ」

ふふっと楽しそうに笑う金糸雀。


「あの時は、そんな事言わなかったじゃないか!」

()()()とは、シャルロッテと共に魔王城を訪れた時の事だ。


義母(はは)達が城だけでなく……既にこの世にいないのを知っていたのに、あろう事か金糸雀は驚いてみせる演技までしたのだ。


「アイシャ…………」

「駄目でしたか?駄目って言われてもやりましたけど。あ、後継者である義兄弟達まで一緒に殺してすみませんでした。だってお義母様達に似ているんですもの。でも、クラウンがいるから大丈夫ですよね?」

悪びれた様子の全くない金糸雀に、呆気に取られつつも……。


「ありがとう。アイシャ」

魔王サイオンは、頭を下げながら心からの礼をした。


「穏やかで、心配性な可愛いお父様。久し振りに会った時には性格が更に丸くなっていて驚きましたが……」

「仕方無いだろう?お前達は幼い頃に飛び出して行ってしまったし……カーミラの様に、私に寄り添ってくれる者などいなかったからな。思い出に浸るしかなかった」

「でも、まさか魔王が泣くとは思いませんでしたわ」

「うっ……。私ももう寿命だからな……って痛っ!!」


苦笑いを浮かべながら言ったサイオンの柔らかいお腹の部分を、金糸雀は嘴で思い切り突っついたのだ。


「……お父様が悪いんですからね。また一緒にいられる様になったのですから……そんな悲しい事は言わないで下さい」

「アイシャ。……すまない。まだまだ頑張るよ」

ツンと横を向く金糸雀の頭を前足で撫でながら謝ると、金糸雀は黙ってコクンと首を縦にだけ振った。


「……クラウンはどうして女神セイレーヌに付いて行ったのか」

「さあ?物にでも釣られましたかしら?」


愛娘との団欒を楽しみつつ……主が戻って来たら、魔族がもう三人しか残っていなかった事を教えてあげようと、サイオンは思った。


主はきっと喜んでくれるはずだ。

サイオンは、ウンウンと一人頷いた。



因みに……彼方はクリスによって連れ出されていた。

現在は『彼方を太らせよう』作戦の真っ最中である。

この場を離れるのを拒んだ彼方には、シャルロッテは無事である事や、何かあったら必ず知らせる事を約束した事で渋々ながらこの場を離れて行った。

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