お酒のために乙女ゲー設定をぶち壊した結果、悪役令嬢がチート令嬢になりました

リセット➁

私達はゆっくりと話をする為に、寝室からソファーセットのある隣の部屋へと場所を移した。

私とサイと金糸雀が一緒のソファーに座り、テーブルを挟んだ向かい側に彼方が一人で座っている。

しゃべる黒猫と黄色の小鳥を嬉しそうに見ている彼方へ、サイと金糸雀の方から簡単に自己紹介をしてもらう。

「聖女よ、初めましてだな。我は魔王サイオン。訳あって今は主の僕(しもべ)となっている」

「私は魔王サイオンの娘の金糸雀よ。巷では『終焉の金糸雀』とか『叡智の悪魔』とも呼ばれているわね」

二人の簡潔な自己紹介を聞いた彼方は、嬉しそうだった顔を強張らせながら瞳を見開いて私を見つめている。

……痛い、痛い。視線がしっかり刺さってる！！

まあ……ね？彼方の言いたい事は分かるよ？

まさか学院の寮内で、ラスボスとその娘が登場するとは夢にも思っていなかっただろうし。

しかも彼方が好きだという動物という予想外な姿で、だ。

金糸雀の方はゲームの中ではそんなに馴染みはないが…………魔王は別だ。

この世界のイケメン魔王を見てない彼方からしたら『……あれが……コレ？』という二重の衝撃もあるだろう。ラスボスとして馴染みのあるあの厳つい魔王から、こんなに愛らしい猫になったと思っている彼方からしたら、その衝撃は五割増しである。

私だって間違いなく衝撃を受ける。だから、その辺りの説明はきちんとしてあげた。

『中身はイケメンの魔王だからこの黒猫は可愛いよ！？大丈夫だよ？！』

って……。自分で言ってて胡散臭さが有りまくりだ。信用も何もあったものではない。

しかも彼方の心配している事とは微妙にずれている。

因みに、『アヴィ家の実家には魔王の息子もいるよ！』と言ったら……彼方は天井を見上げながら遠い目をし、それはそれは深い深い溜め息を吐いた。

……たたみ掛けてごめんね？

「魔王が……イケメンになってて…………しかも魔力を封印されて、猫になってるの？じゃあ、私は何で召喚されたのかな……？必要なくない？」

眉間にシワを寄せてながら彼方が首を傾げる。

困った顔の彼方たんも可愛い……あっ。

金糸雀さん……。その蔑む様な視線は止めて下さい。ごめんなさい……ふざけ過ぎました。

もうしません……。

微妙な顔になってしまった彼方を宥めつつ……少しでも和やかなお茶会にしようと、テーブルの上には、彼方が倒れた際に用意していて、結局は手を付けていなかったあの時の飲み物や色とりどりのお菓子を並べて、華やかさを演出してみた。

あの時は何の反応も見せなかった彼方だったが、この世界には無いはずのチョコレートやアイスクリーム等のたくさんのお菓子を前にキラキラと瞳を輝かせてくれた。

良かった。良かった。

「たくさん食べてね」

私はそう言いながら、その中の一つであるチョコチップアイスクリームを彼方に取り分けた。

濃厚なミルクベースのアイスに、それを引き立てるチョコチップの味も見た目が黄金比というお兄様自慢の逸品である。こだわり抜いたアイスクリームの教祖の作り出したアイスクリーム。

その信者は王国内に留まらず、他国にまで広がっているとか、いないとか……。

突っ込みどころ満載な話だが……敢えて言おう。私は『突っ込まない』と！！

基本的にお兄様の事は放置に限る。

うっかり関わって、墓穴を掘る事になるのは御免である。

自慢ではないが、私がお兄様にしている隠し事は山の様にあるのだ！！

さて、話は戻るが…………。

聖女が召喚される理由は『魔王である自分の存在が消えてないからだ』と以前に、サイは説明してくれた。私にしてくれたのと同じ様に、アイスクリームを食べている彼方へと丁寧に説明をしているサイ。

サイと金糸雀にもアイスクリームを取り分けながら、彼方達の様子を見ているが、説明を受けている彼方はまだ慣れていないのか、微妙な表情を浮かべていた。

聖女と魔王。

ゲームの中での最悪な存在の魔王と、その魔王を倒す聖なる存在の乙女。

その二人の対面がこんなに形で行われるとは思わなかった。

給仕を生えた私はソファーに座り直し、紅茶を飲みながら黙って眺めている。

この紅茶にはシーラを圧縮して作ったシロップを三滴程垂らしてある。

アップルティーの様な味と香りがとても美味しい。フレーバーティーである。

彼の人を思い出させるシーラは、私にとっての癒しだ。

更に、ここにアルコールが入ってたら、もう天にも昇る気持ちになれるだろう。

今年の誕生日までお酒を飲む事は出来ない。。

……だから、今はこれで我慢だ。

テーブルの上のチョコレートを一つ、口の中に放り込んだ。

噛んでチョコに亀裂を入れると、濃厚なシーラの香りがふわっと口の中に広がった。

自然とほんのり赤らむ頬。

その味に満足しながら私は思案した。

大好きだった乙女ゲームの世界に転生した天羽(あもう) 和泉(いずみ)と……聖女として召喚された常磐(ときわ) 彼方(かなた)。

偶然にも、あの事件の被害者と加害者側の家の人間が、同時にこの世界に存在する事となった。

偶(・)然(・)。

これは果たして本当に偶然なのか？

あまりにも出来すぎたシナリオだ。

こんな偶然は有り得ない。恐らくは神によって仕組まれた事なのだ。

では………何故？その理由は？

もしかしたら、神は彼方の境遇を可哀想に思ったのかもしれない。……だからと言って、普通は和泉《わたし》のいる世界に召喚させる？

もし、私が彼方を憎んでいて、殺そうとしたりでもしたらどうするつもりだ。

それこそゲームの通りになってしまうではないか……。それで処刑されでもしたら、私は何の為に転生したのか意味が分からない。

処刑ルートを避ける為に頑張って来た私に対する嫌がらせか！？

……神は私に厳し過ぎないだろうか。

人生がイージーモードなだけとは限らないのは百も承知だ。

あー……だんだん殴りたくなってきた。

込み上げてくる怒りに拳を強く握りしめた。その時…………。

『なら……殴ってみる？』

ふと、そんな声が頭の中で響いた。

へ……？

頭を上げてキョロキョロと辺りを見渡してみるものの、サイと彼方と金糸雀は三人で話しをしていて、私に話し掛けた様な状況でもない。

あれ？……私の聞き間違いだったのかな？

でも、さっきの優しい声には聞き覚えがある様な…………？

「……主！！」

突然。サイが酷く驚いた様な声で私を呼んだ。

「サイ？どうしたの？」

……驚いた。サイが声を荒げる事なんて珍しいのに。

首を傾げようとすると、ふと……何かが私の視界を遮った。

「「シャルロッテ！？」」

悲鳴混じりの彼方と金糸雀の声が聞こえたと共に、私の意識はそこで途絶えた…………。