表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/213

動き出す時②

私達が泉の畔に辿り着くと、その場には既にクリス様と数人の神官がいた。

神託によって聖女を迎えに来たというところだろう。

きっとあの集団の中に彼方がいるのだろうが……ここからは何も見えない。


どうしたものかな……?声を掛けるべき?

思案しながらジッと見ていると、不意にクリス様が振り返った。


「……シャルか?どうしてここに?」

キラキラなオーラを纏った王子様が、ニコニコと笑いながらこちらへ近付いて来る。


「クリス様、お久し振りです」

淑女の礼をしようとすると、片手でそれを止められた。


「礼は良い。……ああ、少し見ない内にまた綺麗になったな」

挨拶の時の賛辞は普通の事なので、微笑みながらサラッと水の様に流してしまおう。


「ありがとうございます。クリス様のお話は、たまにお兄様から聞いていますが、お元気そうで良かったです」

「流したな?まあ……良いけどな。元気だが……毎日、騎士団長殿にしごかれているよ」

そう苦笑いを浮かべるクリス様は、最後に会った時よりも少し精悍さが顔に表れてきた気がする。


クリス様は努力の人だから、きっと真面目に訓練をしているのだろう。

そんな、素直で優しくて、真面目なクリス様の事を私は嫌いになれなかった。


「……久し振りに『お兄様』と呼んでくれないだろうか?」


……これさえ無ければ。


「クリス様。『お兄様』はもう間に合っています」

ルーカスお兄様の他にミラも加わったのだから、クリス様の入るスペースは皆無だ。


「そうか……」

しょんぼりと肩を落としたクリス様は、私の後ろに立っていたミラにチラリと視線を移した。


「昨日振りだな。今日は騎士団に顔出さないのか?」

「……クリス様。それは秘密だって言ったじゃないですか……」

黙って私の後ろに立っていたミラが、ジトっとした目をクリス様に向けている。


騎士団?……ミラが? ……何の用で??研究バカなのに?


「ルーカス兄さんじゃないけど……流石にシャルロッテが何考えてるか分かる様になって来たよ。『研究バカ』で悪かったね」

クリス様から視線を私に移したミラが、クリス様に向けたのと同じジト目で見下ろして来た。


……………。

私は思わず自らの頬をペタペタと触った。

自分では表情に出していないつもりなのに……不思議だ。


「身長も伸びたし……少しは体力も付けようかと思って、たまに騎士団の訓練に参加させてもらってるんだよ」

格好悪いから黙ってたのに……と、ミラは大きな溜息を吐いた。


「……え?鍛えるのは良い事だと思うよ!あ、本当だ。前よりも筋肉付いてる!すごーい!」

勝手にミラの二の腕に触れると、ミラの両手がおもむろに私の両頬を摘まんだ。

そして、そのまま横にムニッと引っ張られる。


「み…みりゃ……!?」

「勝手に人の身体を触るのってセクハラだよね?」


せ、セクハラ?!


「ご……めんな……ひゃい!」

犯罪者にはなりたくない!!

焦った私が慌てて謝ると、ミラは摘まんでいた頬から手を離した。


「……まったく」

ツンと横を向いたミラの頬がほんのりと赤みを帯びていた。


義妹に触られて頬を赤らめるだなんて、ミラは純粋だな……。


解放された両頬を摩りながらこっそりニヤニヤしてると、またミラに頬を引っ張られた。


何故分かった!?


そんな私達のやり取りを暫く微笑ましそうに見ていたクリス様は、頬を擦る私の横を通り過ぎて行き、後ろにいたサイと金糸雀に声を掛けた。


「魔王サイオンに金糸雀。二人も元気そうだな」

クリス様が二人に向かって微笑む。


「ああ。快適に過ごしているぞ」

サイは黒い尻尾をパタンと一回大きく振った。


魔王であるサイと金糸雀、道化の鏡のクラウンの事は国家機密である。アヴィ家にいるのなら……と私の伯父であり、クリス様の父親である国王様も許してくれている。

サイと金糸雀達の正体を知る者は、ごく一部の人間しかいない。


まあ、黒猫とその頭の上にちょこんと留まっている黄色い小鳥を見て、魔王とその娘だなんて思わないだろうけどね。


二人との会話を終えたクリス様が、くるっと私とミラの方へ振り返る。


「直ぐにルーカスやハワード達も来ると思うが……先にお前達に紹介しよう」

私とミラの背後に立ったクリス様は、私達の肩を後ろからグイっと押して、神官達のいる方へと誘導する。


「えっ?ちょっ……?」

思わず抵抗するが、ビクリともしない。

これが真面目に鍛えている成果なのか……。


最近鍛え始めたらしい、隣のミラは不快そうに眉間にシワを寄せている。


私達が神官達の元に辿り着くと、神官達はスッと二手に別れた。


するとそこには……

黒髪のサラサラロングのストレートに、少し垂れ目がちの焦げ茶色の大きな瞳。

紺色のセーラー服を着た主人公(ヒロイン)の彼方がいた。


そこにいたのは分かっていたけど……実際に目にするまでは少し疑っていた。

私の知る彼方ではなく、全く違う別人だったらどうしよう……と。


ずっと、会いたくなくて……会いたかった。


私の気持ちを代弁してくれていた彼方(ヒロイン)が、この世界に来たという事実が私を興奮させる。


……本物の彼方だ。

ゲームの中と同じ顔をした美少女だ!


ジーッと彼方を見つめていると……ゲームの中の彼方とは着ている制服が違っている事に気付いた。

彼方が召喚された時に着ていたのは確か、白色のブレザーだったはず。


白色のブレザーって汚れないの!? と、思ったのを覚えている。

学院の夏服も白だけどね!?今から怖いよ……というのは措いといて。


目の前の彼方が着ているセーラー服には見覚えがある様な気がした。

私の気のせい?……まあ、セーラー服の学校は多いし……やっぱり私の気のせいだろう!



それにしても……こんなに突然に異世界に召喚されたにも関わらず、泣きも喚きもせずに無表情のままの彼方に違和感を覚えた。


もっと、こう……驚いたりとか、絶望したりとか、そんなリアクションはないのかな……?

いや、別に彼方に絶望して欲しいわけではないけどね!?


この状況でのリアクションって普通は何かしらあるよね……?


……うん。彼方は沈着冷静な子なのかもしれない。

そう勝手に私が結論付けようとした時……。


「神によってこの世界に遣わされた、聖女の【常葉(ときわ) 彼方(かなた)】嬢だ」

クリス様が彼方の後ろに回り、彼方の両肩に自分の手を乗せながら言った。


ずっと彼方を見ていた私は、一瞬だけ変化したその表情を見逃さなかった。

今まで無表情だった彼方が『()()』と言われた瞬間に顔を強張らせたのだ。


「クリス様。年頃の女性の身体に勝手に触れてはいけませんよ」

私は微笑みながら、自然さを装ってクリス様からそっと彼方を引き離した。


……え?

無機質なガラス玉の様な瞳が私を見上げてきた。


彼方の身長は私よりも十センチ程低く、触れた彼方の身体は思った以上に骨ばんでいて……折れてしまいそうなくらいに華奢だった。


「初めまして。私はシャルロッテ・アヴィと申します。『彼方様』とお呼びしてもよろしいですか?」

私は動揺を隠す為に、彼方に触れていない手をギュッと握り締めた。


柔らかく微笑みながら尋ねると、ガラス玉の様な瞳が私をジーっと見つめたまま首を傾げた。


「……シャルロッテ……アヴィ?本当に……?」

彼方が発した小さくて聞き取りにくい呟きは、何故だかハッキリと私の耳に届いていた。


「……彼方様?今……」

私は半ば呆然としながら聞き返そうとしたところ……


「師匠!久し振り!!」

「シャルロッテお嬢様。ずっとお会いしたかったです!」

「やっほー。シャル」

私の声は、この騒がしい三人の登場によって一瞬にして掻き消された。


何て間の悪い……。


この場にやって来たのは、クリス様が呼んだと言っていたハワード、サイラス、お兄様の三人だった。


私は小さく溜息を吐いてから、ハワードとサイラスに向き合った。


「ハワード様、サイラス様。お久し振りです。お二人共、そろそろ私の呼び方を変えて頂けませんか?」

軽く一礼をしてからそう告げると、二人は悲しそうな顔をした。


「えー、じゃあ『兄』と呼んでくれるなら」

「呼びません」

ハワードの言葉は被せ気味にキッパリと切り捨てる。


「私は改めるつもりはありません。貴女は私の大切な方ですから」

サイラスは自らの胸元に片手を当てながら、私にズイっと迫って来る。


「お嬢様。私を執事に……」

「しません!」

リカルド様の元に嫁ぐのに、こんな大きな荷物は要らない!


私は両手で大きなバツを作り、サイラスから大きく距離を取った。


はあ……もう本当にこの二人の相手は疲れる。


叱られた犬の様にしょんぼりとしているハワードとサイラスから視線を外した私は、お兄様を軽く睨み付けた。


「お兄様……」

空気を読む事に長けているお兄様なのだから、もう少し登場の仕方とか、タイミングとか……色々出来ただろうに。しかも『やっほー。シャル』とは何事だ。


「ん?どうしたの?」

悪びれた様子もなく微笑むお兄様。


くっ……この敢えて空気を読まない腹黒系イケメンがっ!!



…………まあ、何はともあれ、これで彼方(ヒロイン)と攻略対象者が全員揃った事になる。

(ラスボスも)


クリス様が、お兄様達に彼方を紹介をしている間。私は自分の両手を握り締め続けた。

間違っても泣いたりしない様にする為だ。


……ここにいるのは()()()()()()()()じゃなかった……。その事にハッキリ気付いたからだ。


ゲームの中の彼方の天真爛漫な愛らしさは全く感じられない。

ガラス玉の様な彼方の瞳は、キラキラな美男子達を写しても頬を染める事さえなかった。

好みはあれど、このメンバーを前に感情が動かない少女なんているだろうか?


15歳の少女がどんな風に生きて来たら、こうなってしまうのか……。



あの時、彼方が呟いた言葉……。


『……シャルロッテ……アヴィ?本当に……?

だったら……あのゲームの様に私を殺して欲しい……』


この言葉が、私の頭の中でループし続けている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ