動き出す時➀
午前の授業が終わり、学院の中庭にある芝生の広場に来ると、そこには既にサイと金糸雀の姿があった。
「遅くなってごめんね」
「大丈夫だぞ!主よ」
小走りで駆け寄ると、サイがニコリと笑った。
「シャルロッテ。午前の授業お疲れ様ー」
金糸雀は軽く羽ばたき、私の肩に乗った。
「うん。今日はちょっと……大変だったよ」
午前中に魔術の実技の授業があったのだが、チート能力を全力で放出するわけにもいかず……なかなか苦労したのだ。……加減するって難しい!
「実技室で火柱出したもんね」
私の後ろを付いて来ていたミラがクスクスと笑う。
「……なっ!?ばらさなくても良いじゃない!」
「シャルロッテは必死に冷静さを装ってたけど、こっちから見たら焦ってるの丸分かりだし。それなのに、みんなが気付いてないのが可笑しくて、可笑しくて……」
あの時を思い返したミラは、また可笑しくなってしまったらしく小刻みに肩を揺らしている。
ツボにはまったらしい。って……そんなに!?
「あー、可笑しかった」
ミラはまだ笑いながらも、慣れた手つきで芝生の上に大きなシートを敷いていく。
入学してまだ三日目だが、ここで四人揃ってお昼を食べるのが定番となりつつある。
「主は色々と豪快だからな」
「そうそう。シャルロッテは規格外なのよね」
「この間なんかさー、最上級生に『シャルロッテ様、どうか僕を踏んで下さい!!』って土下座されながら言われてたよ」
「あら。それは凄いわねー。女王様みたいじゃない」
「うん。シャルロッテのいう《完璧な公爵令嬢の微笑み》とやらに悩殺されたらしいよ」
「ふふっ。また、たらしたのね?」
「流石は我が主だ」
「他にもさー……」
って、待てーい!! 人が黙って聞いていればさっきから好き勝手に……!!
『踏んで下さい!!』は、本気で怖かったんだからね?!意味分からないし!
「……お昼ご飯あげないよ?」
低い声でボソッと呟くと、金糸雀とサイの身体が大きく跳ねた。
「ま、待って!私はお腹が空いたわ!」
「あ、主よ!ご飯は大事だぞ!?」
金糸雀は私の頬に、サイは私の手にと、それぞれが身体を擦り寄せて来る。
……うっ。モフモフ……。
二人は、私のモフモフ好きを見越して、自身のモフモフを最大限に有効活用してきたのだ。
そんな事をされたら……許してしまうじゃないか!
「もう……。仕方無いな」
私は苦笑いを浮かべながら、異空間収納バックの中からランチボックスを取り出した。
今日の昼食はサンドイッチだ。
食パンやクロワッサン、バターロール等のパンに、ハムや野菜、チーズやハンバーグ。デザートの様にフルーツが挟んである物もある。
出かける前にマリアンナと一緒に用意したお手製である。
生徒達は基本的に、昼食は学食を利用し、夕食は寮で用意される物を食べるが、自分達で用意した食事を食べても問題ないのだ。
因みにマリアンナは、寮でロッテに見守られながらご飯を食べたり、他の生徒の侍女達と交流を深めたりしているそうだ。
「主よ。そこのハムが挟んであるのが欲しいのだが」
サイがモフモフの足で、サンドイッチを指す。
「はい。どうぞ。金糸雀はどれが良い?」
「私はフルーツのが良いわ」
お皿の上に二人が選んだ物を取り分ける。
「はい。どうぞ」
「「いただきます!」」
……モフモフな愛らしい生き物が嬉しそうにご飯を食べている姿を見ているのは、何とも言えない幸福を感じる。
「シャルロッテ、早く食べないと時間無くなるよ?」
「あ、うん」
ミラに促されてハッとした私は、レタスのシャキシャキとした歯ごたえに似た『タス』の葉とハムの挟んであるクロワッサンサンドに手を伸ばした。
パクッ。
んー!
新鮮なタスの葉の食感が良いアクセントになっている。ハムの塩気をバターの味のするクロワッサンがまろやかに包んでいるのもまた良い。
シンプルなだけに、それぞれの食材の持つ美味しさが際立っている。
二個目は何にしようかな……?
ランチボックスを見ると、既に半分以上が空になっていた。
小さい身体のサイと金糸雀もよく食べるが、育ち盛りのミラもたくさん食べる。
私も負けずに早く食べないとな。
微笑みながら、次はハンバーグとチーズの挟んであるハンバーガーに似たサンドを手に取った。
「そろそろ主の作ったお菓子と一緒に酒が飲みたいぞ」
「そうね。フォンダンショコラとか食べたいわ」
サイと金糸雀は、サンドイッチを食べながら、普通に他の食べ物の話をしている。
この二人の食欲は底なしである。……凄いな。
「お酒は無理だけど、次の休みにお菓子は作ってあげるよ」
「やったー!ありがとう。シャルロッテ」
「本当か?嬉しいぞ。主よ」
こんなに笑顔で喜んでくれるのなら、私も作り甲斐がある。
次の休みは、二人の好きな物をたくさん作ろう。
余ったら異空間収納バックに入れておけば、長期保存も可能なのだから。
ふふっ。
笑いながらハンバーグサンドを食べると…………
……っ?!
急に周囲の木々がざわめき出したのを感じた。
しかし、不安だとか、怖いという感じは全くしない。
春の木漏れ日の中で、母親の腕に抱かれて眠っている時の様な……温かくも安らかなこの感覚はまさか……?
「サイ、もしかしてこれ……」
「ああ。聖女が召喚された様だ」
いつものサイの柔らかな雰囲気は消え、少し不機嫌そうにしている。黒猫の姿に魔王の面影が重なって見えた。
遂に……この時がやって来てしまった。
バクバクと心臓が痛い位に波打っている。緊張から喉はカラカラに乾いていて、唾を飲み込んでも少しも楽にはならない。
「シャルロッテ……?」
心配そうな表情を浮かべたミラが、私の顔を覗き込んでくる。
「……ありがとう。大丈夫だよ」
私は少しぎこちなくも笑い返した。
それから瞳を閉じて、震える手を胸に当てながら深呼吸を数度繰り返す。
……大丈夫。大丈夫……。
何度も自分にそう言い聞かせ、最後に大きく息を吐いてから瞳を開けた。
ゲームのシナリオ通りならば、彼方は学院の裏山にある泉の畔にいるはずだ。
「私、聖女の所に行って来る」
「待って。俺も一緒に行く」
シートの上に立ち上がると、真剣な顔をしたミラが私の手をグイっと引いた。
今まで自分の事を『ミラ』と呼んでいたミラは、アヴィ家の養子に入った頃から自分の呼び方を『俺』に変えた。社交時には『私』と言い、今ではその両方を上手に使い分けている
私の手を強く引くミラの手は、出会った時の様な華奢な手ではなく、もう男の人の大きな手をしていた。
ミラには昔、私が【赤い星の贈り人】なのを告白している。リカルド様に話すよりも少し前の事だ。
そして養子入る時には、以前には話していなかった前世の事も話したし、これから私がしたい事も全て話した。家族になるミラに隠し事をしたくなかったからだ。
黙って私の話を聞き終えたミラは暫くの間、絶句していたが……それは仕方が無い。
私が話した事はとても受け入れがたい話だからだ。お兄様はすんなりと受け入れてくれたが……。あれは例外だ。私もまさか信じてくれるなんて……と驚いたし。
だけど……ミラは受け入れてくれた。その上で私と兄妹になってくれたのだ。
私はなんて……恵まれているのだろうか。
「うん。一緒に行こう」
私はニコリと笑って、ミラの手を握り返した。
「む……もぐ……私も行くぞ。主よ」
「勿論、私もね?」
急いで残りのサンドイッチを平らげた魔王と金糸雀にも苦笑いで頷き返し、私達はみんなで泉の畔に向かった。




