学院生活スタート
第二章 十六歳篇スタートです^^
「新入生代表シャルロッテ・アヴィ」
「はい」
名前を呼ばれた私は、ピシッと姿勢を正して椅子から立ち上がった。
優雅さと気品を忘れない様に歩き出し、壇上に上がる前に学院長や来賓の方々に向かって頭を下げる。
そうしてからまた姿勢を正し、壇上へと上がって行く。
マイクの置いてある壇上の真ん中に立ち、軽く一礼をしてから微笑みを浮かべると、会場内からは一斉に、ほうっという吐息と共に恍惚とした眼差しが返ってきた。
………。
公爵令嬢という立場上、見られる事には慣れているつもりだ。
幼い頃から王太子妃候補として、好意や悪意、値踏み等の様々な視線を受け続けてきたからだ。
見られる立場の人間は、決して傲慢になってはいけない。常に謙虚でなくてはならないのだ。
だから、こんなに沢山の人からの熱い視線を受けても……『皆が私の容姿に見惚れてる!』だなんて馬鹿な事は微塵にも思わない。
そう……思わない。
うん。コレは絶対に違うから……!!
引きつりそうになる表情を気合いで微笑ませ、深呼吸をしてからスピーチをする為に口を開いた。
「皆様、こんにちは……」
……そもそも、新入生代表のスピーチは、入学前に受ける試験で首席になった生徒が行うのが定石だろう。
私は、優秀な家庭教師のお陰と前世の知識により、それなりに勉強は出来る方だと思うが、首席になれる程の頭はない。上の下に入れるかどうかだ。
今年の首席は確か……市井出身の特待生の生徒だったと聞いた。ラヴィッツ学院には貴族だけでなく、市井の優秀な特待生も数多く在籍している。特待生は授業料免除で、卒業生の大多数がこれまた優秀な官僚となり国を支えてくれているそうだ。
因みに、クリス様はきちんと首席だった。王太子だから新入生代表となったわけではない。
なのに何故、慣例を破ってまで私が代表スピーチを《《させられている》》のか……?
それは間違いなく私の兄の【ルーカス・アヴィ】のせいである。
いや……正しくは『アイスクリーム』のせい……?
以前、プレゼントした魔道具を使用し、アイスクリームの美味しさやすばらしさを学院中の教師や生徒、その関係に至るまで全てに余すことなく布教し……更に、王都中にその存在を知らしめた私のお兄様。
百歩譲って……そこまではまだ良かった。
そのアイスクリームを初めに作ったのが、私だとバラしさえしなければ……だ。
……見てよこの……ギラギラとしたたくさんの瞳を……。
この恍惚とした瞳は私を通して、愛しいアイスクリームを見ている瞳なのだ。
こんな状況、嬉しくもなんともない!!
寧ろ、恐怖しか感じない。 助けて……リカルド様!!
つまりは……アイスクリームの信者と化した学院側が、嫌がる私を無理矢理に代表挨拶者にしたのだ。
「…………新入生代表、シャルロッテ・アヴィ」
無難な新入生代表スピーチが終わり、さっさと壇上から下りようとする私に向かって、大喝采と歓声が上がった。
『アイスクリームの女神様、万歳!!』
『アイスクリーム最高!!シャルロッテ様、最高!』
『アイスクリーム様!!』
『シャルロッテ様!!アイスクリームの女神様!!』
おいこらお兄様。私のこれからの学院生活どうしてくれるの!?
もう彼方とか神とかの問題じゃないよ!?
……こうして私の学院生活は始まりを迎えた。
と、いう夢を見た。
「……良かった。本当に……夢で良かった!」
上半身を起こしたベッドの上で膝を抱えた私は、大きな、大きな溜息を吐いた。
こんなのが現実だったら洒落にならない。夢落ち万歳。
「ん……?もう朝なの?」
サイドテーブルの上に置かれた、少し大きめのカゴの中に敷かれたふかふかクッションの上に丸まって寝ていた金糸雀と、魔王サイオンこと『サイ』がモゾモゾと身動ぎ始めた。
「あ、起こしてごめんね。私は学院行くけど、金糸雀達はまだ寝てて良いからね」
金糸雀とサイを一撫でして、ベッドから降りた私は静かに寝室から出た。
夢で見たような新入生代表スピーチをさせられる事は勿論無く、その他も何事もなく無事に入学式は終わった。新入生代表は特待生だったよ!
……アイスクリームの女神なんて冗談じゃない。
寮での学院生活。私に与えられた部屋は侍女の部屋付きの一人部屋だ。
……『一人部屋』なのに、寝室を含めた個室が三部屋あるという……矛盾。
一人では何も出来ないお嬢様の為に多いので、この仕様となっている。
公爵家の娘という身分からすれば、一人部屋なのは当たり前なのかもしれないが……欲を言えば、シャルロッテと同年代の女の子と同室という生活もしてみたかった。
基本的に貴族位の生徒は一人部屋。市井の特待生は二人で一つの部屋だ。
私は『一人でも大丈夫』と言ったのだが、マリアンナが一緒に来る事になった。
そこに、金糸雀とサイ、ロッテも一緒にいるので、思ったよりも寂しくなく、寧ろ賑やかで楽しい寮生活がスタート出来ている。
「おはようございます。早いですね?お嬢様」
ワンピース型の寝間着を脱いで、制服に着替えていると、キッチリと侍女服を身に纏ったマリアンナが自分の部室から出て来た。
「うん。ちょっと嫌な夢を見て…………ね」
苦笑いを浮かべながら、制服の前ボタンを止めて行く。
ラヴィッツ学院の女子の制服は、セーラー襟の付いた紺色の膝下丈のワンピースだ。
襟元には大きな白いリボンを結び、素足は黒のタイツで隠す。
とても清楚で可愛いデザインである。
この基本のデザインさえ守れば、アレンジは自由なのだ。レースやリボンを増やすも良し、家紋を刺繍するも良し、勿論、何もせずにそのままでも良し。
私はフリルの付いた白いペチコートを下に履いて、ワンピースの裾からフリルだけを見せている。
夏は同じデザインで、ワンピースの色が白になり、リボンが紺色に変わる。
因みに私の制服もお兄様と同じく《エトワール》で作ってもらった文句のない逸品だ。
男子の制服は、紺色のブレザーとスラックスになる。
中のシャツやネクタイ、ジレの色は各自の自由である。
女子よりも男子の方がそれで個性が出たりするので面白い。
ドレッサーの前に座って白いリボンを結んでいる間に、マリアンナが髪の毛を整えてくれた。
今日は両サイドを編み込み、くるりんぱとさせた髪の毛を片側でルーズに纏めた大人っぽい髪型だ。
うん。今日もマリアンナの腕は素晴らしい。
ドレッサーからテーブルの方に移動すると、すぐに朝食のフレンチトーストと紅茶が出て来た。
おお。こちらの手際も素晴らしい。
「オハヨウゴザイマス。ゴ主人様」
テーブルの傍らにはロッテが置かれている。
「おはよう。ロッテ。今日も美味しいフレンチトーストをありがとう」
微笑みながらロッテに触れると、『チン』とロッテが嬉しそうに音を鳴らした。
「私にもフレンチトーストをお願いー」
「ロッテ。私も頼む」
寝室から、金糸雀を背中に乗せたサイが出て来た。
ロッテのフレンチトーストの誘惑には勝てなかった様だ。
「了解シマシター。マリアンナ、パンヲ三ツ入レテ下サーイ」
「三つ?金糸雀様とサイ様の分だから二つじゃないのかしら?」
マリアンナが首を傾げる。
「マリアンナノ モダヨ? キチント食ベナイト駄目ダカラネ?」
「……ロッテ!ありがとう……!!」
口元を手で覆いながら感動しているマリアンナが笑顔でロッテを撫でた。
「エヘヘ」
……家の子はとても可愛い。
優秀なロッテは、最近アップデートされて更に進化した。
パンを入れるだけでフレンチトーストが出来たり、卵を入れれば……日替りでスクランブルエッグや目玉焼きを作ってくれるのだ。
私はそんな穏やかな光景を横目に見ながら、コクンと紅茶を口に含んだ。
幸せな光景……。そして何よりも平和だ…。
今日は入学式から三日目の朝。
彼方はいつ現れてもおかしくない状況だ。
いつまでもこんな日々が続けば良いのに……。
そう思ったこの日。
遂に……物語が動き出した。
皆様、いつもありがとうございます^^
カドカワBOOKS様より2月10日に発売予定です!!
加筆修正を加えた『なろうバージョン』を更に修正し、読みやすくなっておりますので、どうぞよろしくお願い致しますm(__)m