プロローグ
私が所謂、前世なるものを思い出したのは12歳の頃だった。
現代社会ではコンプライアンスがどうのこうので、廃れてるのかもしれない日本的文化(?)。
『ちょっとで良いから舐めてごらん』
大丈夫。18禁的なのではありません。
しいていうなら20禁……?
まあ、それは置いておこう。
小さな子供達が大人から受ける洗礼とも言える儀式。
『ビールの泡だけ舐めてみる?』というやつである。
この世界で言う所のエール。たまたま遊び(お忍び?)で邸を訪れていた叔父様に勧められ、泡だけでなく全て飲み干してそのまま倒れた。
「キャー!!」
お母様叫ぶ。
「医者を呼べ!!」
お父様慌てる。
「あははははっ!」
叔父様大爆笑……。
爆笑って!おい!
生まれて初めてのお酒を口にした私は、見事に座っていた椅子ごとひっくり返った。
だって、白い泡がふわふわしていて美味しそうだったんだもん!テヘペロ。
そんなこんなで気を失った私は、そのまま夢を見た。
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天羽 和泉 27歳。独身。両親は健在で姉と弟がいる。
地方から上京し、数年前に恋人がいたのを最後に……現在は自由なお一人様生活を満喫していた。
仕事は某有名デパートの衣料品売場での接客業。
唯一の趣味は大好きなお酒を飲みながらする乙女ゲーム。
寂しくないですよ?
気ままなお一人様です!
好きなお酒は、カクテルや酎ハイ、甘いワイン。キンキンに冷えたビールも好きだ。
日本酒やウイスキー、焼酎が苦手な私が、酒好きを公言するのはおこがましいかもしれない。
苦手なお酒も飲めるようになる為に頑張ってみたのだけど……私には合わなかった。
……ごめんなさい。
職場の上司や同僚に恵まれ、趣味は充実。両親も諦めたのか、最近は孫の催促もしなくなった。
そうそう。そっちは姉や弟に期待して下さい。
そんなこんなで、私は優雅な(?)お一人様生活を満喫していたのだ。
そう。あの日までは。
その日は朝から清々しくも気持ちの良い晴天で、早起きの苦手なはずの私が、何故かスッキリ目を覚ました。
そんな、珍しくも気分の良い状態で仕事に行ったら……事件が起きたのだ。
『女子トイレに忘れものがあるよ』
お客さんにそう言われ、件のトイレに向かった私は、床の上に置いてある大きなバッグを発見した。
お客様の忘れ物だろうか?
そう思いながら手を伸ばそうとした所で、バッグの中から白い煙が出始めているのに気が付いた。
これは絶対にダメなやつだ!!
「衣料品担当 天羽です!2階の女子トイレで不審物を発見しました!バッグの中から煙が出てます!至急、応援をお願いします!」
普段は邪魔だからと、耳から外れ気味だった無線用のイヤホンをギュッと耳の奥に差し込みながら、制服の胸元に挟んで付けてあったマイクに向かって叫んだ。
誰からの返答もないこの数秒が不安で堪らない。
ギュッと唇を噛み締めながら一歩踏み出しかけた時、酷く慌てた声の主任の斉川さんから返答が来た。
こんな斉川さんの声を聞くのは、初めてかもしれない。
「天羽、大丈夫!?状況は理解したわ!近くにお客様がいたら、誘導をお願い!でも、絶対に無茶はしちゃダメよ!?命を守る行動をして!」
「了解!」
端的に返事を返した私は直ぐに斉川さんの指示に従った。
口元をハンカチで押さえながら個室を巡り、トイレの中にお客さんが残っていないかを確認をした。
よし!誰もいない!
逃げなきゃ……!
真っ白で何も見えない視界の中、壁伝いに出口を目指す。
こうしている間にもバッグの中から煙はもくもくと出続けている。
これでは、もう女子トイレの外にも流れているだろう。
後少しで……出口……!!
女子トイレの入口の扉を掴んだ所で、私の記憶がプツリと途切れた。