爪先を飾る
過去の作品です
至らない点は多々ありますが、どうかご容赦下さい
ホコリやマジックで黒ずんだ爪先を眺める。
洗っても洗っても綺麗にならないそれは、倉庫で汚れたものだ。伝票に書かれた品物を倉庫から探す品出しである。学歴や才能がなくても、誰にだってできる作業だ。
たかだか時給八百円の仕事に八時間以上も拘束される。最近はパートのおばさんがどんどんと辞めていき、人が減る一方で仕事は増えていくばかりである。唯一の男である僕には重い伝票が割り振られて負担が大きくなった。
ふと、仕事の帰り道にネイルサロンがあることに気付く。この街も地域開発が進み、意識して街並みを眺めないと景色に取り残されてしまう。自分の爪を眺め、汚い手のまま終わっていくのかと考えたとき、無意識に足が進んだ。
店内に入ると、橙色の暖かみある照明が僕を迎える。
「いらっしゃいませ。ご予約はしていますか?」
「いえ、やっぱり駄目でしょうか?」
「大丈夫です。今なら空いていますのでどうぞ」
席に案内され、アルコールを含んだコットンで手を清潔にする。やすりで爪の形を整えていき、透明な液体を塗ってからぬるま湯につけて、爪の根元にある薄皮をふやかす。
「男性のお客様もそう珍しいものではないんですよ」
店員の若い女性が気を利かせて声をかけてくれる。
「会社員の方は名刺交換の際に清潔感を出せるように、音楽をしている方はファッションとしてよく来られています」
「僕の指、汚いですよね」
「苦しさに耐えている、素敵な指だと思います」
そんなことを言われたのはいつ振りだろう。むしろ初めてかもしれない。ネイルが塗られていく爪を見つめながら、僕は仕事のことを考える。多分、これからも忙しいだろう。
「ありがとうございます」
※ ※
職場に行くと「今日もがんばってね」と久しぶりに支店長から挨拶をされた。でもこれは労いの言葉ではなく、次々と辞めていくパートを引き止めるための、気休めの言葉だ。
日々の憤りばかりが増えていく。
けれど、ネイルで綺麗になった爪先を眺める。
汚れてしまったら、またネイルサロンに寄ろうと決めた。
「……よし」
息を吸って、前向きな言葉を吐いた。
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