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第7話 フォー・ユー

それから一時間の休憩を挟んで、夕方になるまでトンボ玉作りに勤しんだ。

今日一日で何十個作ったかわからない。


ふいに、ピピピピッとタイマーが鳴った。

冬夜(とうや)の作業スペースからだ。


「ん、終業時間だ。今作ってるので終わりね。

……終わった?じゃあ桜ちゃん、ついておいで」


冬夜(とうや)はタイマーを棚に戻すと、カフェのカウンターに向かった。


「桃花ー、俺今日上がりー」

「はい、お疲れ様」


桃花が冬夜(とうや)に茶封筒を渡した。

もう一つ、茶封筒を今度は桜に差し出す。


「はい、今日のお給料よ」

「お給料!?」


桜は素っ頓狂な声を上げた。


「あり?なんで驚いてるの?」

「トンボ玉体験じゃなかったんですか?」

「あ、違うよ。ここは工房。

んん?なんか噛み合ってないね。

桜ちゃん、(ずみ)になんて言われて今日ここに来たの?」

「連れて行きたい所があるって……」

「ずーみー!お前説明雑!

一日職場体験だってちゃんと伝えてないんじゃん!」


カウンターでコーヒーを飲んでいた(ずみ)冬夜(とうや)が詰め寄った。


「言い忘れてたか?」

「うん」

「一日職場体験だ」

「今言ってどうすんの!?」

「今言った」

「何これで良いだろみたいな顔してるの!?

良くないからね、全然!」

「……ふふふ、(ずみ)ってちょっと天然よね。

それで、桜ちゃん。ここでのお仕事、続けられそう?」


桃花が人差し指を唇に当てて、色っぽく尋ねる。


「あ……私……」


桜は言葉に詰まった。


「……私、此処に居て良いんですか?」

「ここはカフェ、生き辛さ。

フォー・ユー……つまり、あなたみたいな子の為にあるお店よ。

居て良いに決まってるじゃない」


桃花は人差し指を桜の唇にそっと押し当てる。


「良ーい、桜ちゃん?この世の中に居ちゃダメな場所なんて無いのよ。

あるのは居心地が良いか、悪いか。それだけなの」


桃花がニッコリ笑った。


きっと、ここでなら働ける。

そう思えた。


「続けたいです……!ここで働かせて下さい!」

「良い意気込みね。そういうの、好きだわ。

契約書はこれよ」


契約書の内容に目を通し、サインする。

桃花が二本の鍵を差し出してきた。


「これが店の合鍵とロッカーの鍵。無くさないようにね」

「はい!」


早速キーケースに取り付ける。

(ずみ)と言い争っていた冬夜(とうや)が戻って来た。


「やった!一緒に働けるね!」


嬉しそうにハイタッチされた。

冬夜(とうや)が思い出したように付け加える。


「あ、桜ちゃん。給料袋の中身確認したほうが良いよ。

給料の袋詰めも障害者がやってるから、時々うっかり入れ忘れとかあるから」

「あ、はい」


言われた通り確認すると中には一万円札が一枚入っていた。


「え、こんなに沢山……!?

私、今日こんなに沢山貰えるようなお仕事してないです!」

「ハンドメイドの工房なんだから、これ位貰って当然だよ。むしろ安いくらい。

特に桜ちゃんの作ったのそのまま店に出せるレベルだったからね。

明日から商品として売る予定だよ」

「職長のお墨付きなんて凄いじゃない、桜ちゃん」

「職長?」

「そ、俺トンボ玉作りの職長。一番偉い人」


桜は驚きに目を見開いた。

冬夜(とうや)はまだ若く、チャラい見た目も相まってまさか職長だったとは思わなかった。


「トンボ玉って結構高値で売れるのよ。

一つ数百円の物から一万円くらいのものまで。

特に、冬夜(とうや)のような一流の職人が作ったものなら十万円を超える事もあるわ」

「十万円!?」


冬夜(とうや)はそんなに凄い人だったのか。

桜の冬夜(とうや)を見る目が変わった。

確かに冬夜(とうや)の作る作品のレベルは高かった。

どうやって作ったのか、色とりどりの花やキノコ、精巧なクラゲやカクレクマノミ、金魚などがまるで透明な金魚鉢に閉じ込められているような作品もあった。

冬夜(とうや)が桜の顔を覗き込んだ。


「桜ちゃん、明日も来るでしょ?

桜ちゃん筋が良いから、明日はミルフィオリの作り方教えてあげるね」

「明日、何時に出勤すれば良いですか?」

「何時でも良いよ」


桜はキョトンとした。

聞き間違いだろうか。


「ここでは好きな日の好きな時間から、好きな時間に仕事をするんだ」

「へ?」

「開店時間、午前中ってなってただろ?

開店時間はその日によって違って、店は従業員が集まり次第開けるのさ。

で、疲れたら閉める。閉店時間は夜だから日暮れ以降から日の出までのいつかだね」

「ゆ、緩い……」

「具合が悪くなったら途中早退もオッケー。

ただし、働いて良いのは最大八時間まで、週四十時間。一応週休二日制だけど、具合悪い日は勝手に休んで良し。

出勤したらさっきの棚に仕舞ってあるタイマーのアラームをセットするんだ。

で、休憩時間は一旦アラームを止める。

休憩時間は自由に決めて良いことになってる。

こまめに取っても良いし、纏めて取っても良い。

休憩終わりにもう一度アラームをセットし直すのを忘れないようにね」


冬夜(とうや)の説明に桜は面食らった。


「変わった職場ですね」

「他の一般企業が変なんだよ。

遅刻には厳しいのに終業時間はユルユルで、夜遅くまでサービス残業するのって変だろ?」


冬夜(とうや)の言葉は真理を突いているように感じた。

十分前出勤、サービス残業、休日出勤。

一分でも遅刻すると上司に怒鳴られ、チクチク嫌味を言われる。

終わらなかった分は家に持ち帰って作業していた、デザイナー時代。

顧客のふわっとした雑な発注に『なんか違うんだよね』と何度もリテイクして、最終的にボツ。

ボツになったのだからデザイン料は払わないというトンデモ顧客。

アイデア勝負のデザイン業界では家に居る間もデザインの事で頭が一杯だった。

その上デザイナー料は真っ先にコストカットされる。

原価が掛かってないのだからと買い叩こうとしたクライアントもいた。

好きな事を仕事にしているのだから、仕方ないと安月給にもサービス残業にも堪えた。

心をすり減らして働いていた。

それが当たり前だと思っていた。


結局、私は何の為に働いていたんだろう。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


こんなゆるゆるな職場があったら良いのになあ。


学生時代の宿泊研修で十分前行動がルールで集合時間五分前に着いた女子グループがあったんです。

そしたらなんと連帯責任でクラス全員正座でお説教。

部屋割りはグループごとだから、遅れた子達に声を掛ける訳もない。

何故か男子まで正座。

なんて理不尽なんだろうと思ったのを今でも覚えています。


始業時間に厳しくて終業時間はゆるゆるなのって絶対変だと思います。

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