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第1話 再会

札幌駅の白い石のオブジェ前には十五分前に着いた。

白い石のオブジェは待ち合わせスポットとして有名な為、人でごった返している。

桜は石のオブジェの周りをぐるっと一周した。

二人はまだ来ていない。

手鏡を出して前髪を整えると、桜は駅ビルのガラスに映った自分の姿を確認する。

今日の為に新調した淡い空色のブラウスにふんわりした白のシフォンスカート。

やや傷んだセミロングの黒髪はヘアワックスでサラサラに整え、椿オイルで艶を出した。

お陰でぱっと見傷んでいるようには見えない。

ざっと見回した所、変な所は無い。

待ち合わせ五分前に向こうから笑顔で手を振り走り寄ってくる女性がいた。


「きゃー、桜久しぶりー!」

「久しぶり。相変わらずテンション高いね、桔梗。

今日の服装も流行の最先端って感じで良いね」

「ありがとー!桜も清楚な感じで似合ってるよー」


お互い服装を褒め合っていると、二人のスマホから同時にメールの着信音が鳴った。

(ずみ)からだ。


『悪い、三十分くらい遅れる』


用件だけの簡潔なメールだ。


(ずみ)、遅れて来るって」

「じゃあ、先にスタバ行こ」


桜の心臓が跳ねた。


スタバ。

お洒落で多彩なカスタマイズの出来るコーヒーショップとして有名だが、桜は入ったことが無かった。

一度は行ってみたかったものの、一人ではハードルが高くて入れなかったのだ。

ドキドキしながら桔梗に着いていく。

スタバに入店し注文カウンターに並んでいると、桔梗の番が来た。


「トールノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノお願いします」


桔梗が滑らかに謎の呪文を唱えた。

桔梗が会計を終え、次は桜の番だ。

しかし、注文の仕方がわからない。

桔梗の呪文は長過ぎて覚え切れなかった。

桜は頭の中が真っ白になった。


「えっと……わ、私もま、前の人と同じものを……お願いします」


やっとの思いで絞り出した声は僅かに震えていた。

店員が爽やかな笑顔で注文を繰り返す。

注文の仕方も分からないくせにスタバに来るなんて、と笑われただろうか。

桜の頭の中で被害妄想がムクムクと膨らむ。


席に着いた桔梗がスマホを取り出し自撮り棒をセットすると、カメラを起動して桜に寄り添った。


「桜、笑ってー」

「え?何?」

「写真撮ろ?インスタに上げるから」

「ごめん、ネットに写真上げるのヤダ」

「えー、良いじゃん」

「ごめん、本当に無理」

「ん、そっか。じゃあ仕方ないかあ」


桔梗は飲み物片手に渋々自撮りしている。


「桔梗、インスタやってるんだ」

「うん、見る?」


見る?と訊いているが、桔梗は見せたくてたまらないという顔をしている。


「うん、見てみたい」


桔梗のスマホにはお洒落な写真がズラリと並んでいた。

美味しそうな料理の写真、デコレーションされたパンケーキの写真、シメパフェの写真、壁に描かれた翼のイラストを前に撮った写真。

桔梗と旦那のツーショット写真も何枚もある。


「桔梗、写真撮るの上手だね」

「本当ー?嬉しいー!

桜もやりなよ、楽しいよー」

「私はいいよ、こうやって人様に見せられるような楽しい毎日って送ってないからさ」

「逆、逆。楽しい毎日になるように頑張るんだよー。

ほら、明日って明るい日って書くじゃん。

毎日明るい日になるように過ごすの」

「相変わらず前向きだねえ」


桔梗の明るさは高校時代から変わらない。

その事がなんだか無性に嬉しくなった。

飲み物を一口飲むと桔梗がしみじみと溜息を吐いた。


「こうやって会うのもあたしの結婚式以来だねー。

うち、共働きだし、お互い忙しくて中々時間取れなかったもんねー」

「そうだね」

「そういえば、桜。今仕事は何してるの?

やっぱ夢だったデザイナー?」

「え、あー……病気療養中」

「病気?何の?」


桔梗が軽い調子で尋ねた。

正直に言って、答えたくない。


「え、うーん……」


桜はたっぷり一分は経ってからボソボソと答えた。


「……脳の病気」

「脳の?病名は?いつから?」


桔梗が畳み掛ける。

答えたくなかった桜の気持ちを桔梗は察してはくれなかった。

『脳の病気』とわざわざぼかした意図も気付かない。

桔梗は学生時代からデリカシーに欠ける所がある。

それを懐かしく思いながらも桜は唇を噛んだ。


「……統合失調症になった」

「あーね、名前だけ聞いた事あるー。どんな病気なの?」

「うーん……どんなって言われても……ドーパミンの出過ぎる病気っていうか……一言で言うと、感情とか考えがまとまらなくなる病気だよ」

「ドーパミン?その説明じゃあんま分かんないよ。

ちょっと待ってGoogle先生に訊くわ」


スマホを操作していた桔梗の表情が強張った。


「え、精神の病気なんだ……てか、幻聴幻覚があるみたいなこと書いてあるんだけど」

「あ、そういうのが全然無くて鬱病みたいな症状だけって人もいるんだよ!

陰性症状っていうの、書いてあるでしょ」


桔梗の顔色が変わったのを見て桜は慌てて付け加える。

だから答えたくなかったのだ。

ちなみに陰性症状とは、『あるはずの物がなくなる』症状を指す。

喜怒哀楽の表現が乏しくなったり、やる気や気力が無くなるなどの症状が特徴的だ。

桜のように、人との関わりを避け、引き篭もるようになる場合もある。

陰性症状が酷過ぎる患者の中には、やる気が無くなり風呂に何日も入れなくなる者も居るという。

反対に、幻覚や妄想は陽性症状という物で『無い筈の物が現れる』症状だ。

幻覚とは『現実に存在しないものを感じる』事を指す。

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、五感全てに現れる可能性がある。

検索して表示されたページを読み終えた桔梗が腫れ物を触るように桜を見遣る。


「えっと……桜も幻聴とか幻覚とかあったの?」

「無かったよ」


嘘だ。

今でも夜になると自分を責める悪口が大勢の人の声で聞こえる。

コンビニで買い物をしている最中にも、電車やバスに乗っている時でも奇妙な物は見える。

嘘を吐いた罪悪感を誤魔化すように、桜は飲み物を忙しなく飲んだ。


「じゃあ鬱病みたいな感じだったんだね」

「うん、まあそんな感じ」

「昼間何して過ごしてるの?」


——病気療養って言ったじゃん。


桜は顔を顰めそうになった。


「……寝てる」

「一日中!?」


桔梗が瞠目した。


「……調子が良い時はゲームしてる」

「働けないけどゲームは出来るんだ?」

「医者にはまだ職場復帰は難しいって言われてるから」

「全然普通に見えるけどなー。

良いなー、毎日日曜日じゃん」

「私は、働きたいよ。桔梗が羨ましい」

「働きたいとか本当に偉いねー」


段々気分が悪くなってきた。

店内の照明が眩しい。

頭の中でカチカチと激しく電灯のスイッチがオンオフされるような感覚を感じ始めた。

賑やかな店内のザワザワした音が脳に直接突き刺さる。

これは不調になる時のサインだ。


「ごめん、ちょっと薬飲むね」

「あんまり薬に頼り過ぎちゃダメだよー。

精神科ってずーっと通ってると薬漬けにされちゃって廃人になっちゃうからさ」

「う、うん」


桜は曖昧に頷いた。

桔梗の言う話は十年以上前の古い精神科のイメージだ。

最近は山盛りの薬を処方する医師は減ってきており、必要最低限の薬だけを治療に使うのが主流だ。

現に、桜は毎晩錠剤を二錠飲んでいるだけだ。

そして断薬すると症状がより悪化して再発すると言われている。

糖尿病や高血圧と同じく薬は飲み続けなくてはいけない。

薬とは一生の付き合い、不治の病なのだ。


プチッと薬をシートから一錠取り出し、なんとかフラペチーノで流し込む。


「遅くなって悪い」


後ろから低い男の声が聞こえた。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

悪気の無い言葉が刺さることってありますよね。


読者様の中には桜のように引きこもりになっている方やニートの方もいるかもしれません。

特に理由も無く生き辛い方もいるかと思います。


毎日お辛いでしょう。

もしかしたらうつ病や統合失調症、自律神経失調症などの可能性もあるかもしれません。

お心当たりのある方は一度気軽に精神科や心療内科を受診してみてはどうでしょうか?

決して怠けている訳ではないかもしれません。

あなたが悪い訳じゃないんですよ。

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