第14話 病院あるある(2)
「幻聴さんで言い掛かりをつけられる」
「あるある」
「言った言わないになって喧嘩になったりね」
「私なんて迷惑掛けてごめんなさいって謝られたわ。
テレパシーで私の愚痴が聞こえたって言って」
「どの看護師がタイプかで盛り上がる」
「あるある」
「どの看護師が優しいとかいい加減かとか厳しいとか情報交換するんだよね。
あと、誰が格好良いとか可愛いとか」
「看護師に告った奴も居たな。振られてたけど」
今度は紫苑だ。
「歌ってて看護師さんに注意される」
「あるある」
「何故か皆歌ってるよね」
「作業療法でカラオケの時間もあるんだけどね」
「皆何故か歌上手じゃありませんでした?」
「うんうん、アカペラで十分聴けるレベルの人結構いた」
「俺が入院してた所じゃ、すっげえ音痴で声のデカイおっさんいたぞ。
自作の曲をYouTubeに弾き語りで上げてるって。
百再生したって自慢してたな。
そのおっさん全然空気読めなくて、体操の時間に作業療法士の一、二、三、四、っていう掛け声とズレたタイミングで掛け声掛けるからマジで迷惑だった」
「謎の踊りをしている人がいる」
「あるある」
「芸能人と付き合ってるって吹聴する奴がいる」
「あるある」
「具体的なエピソードもあったりしてな。
表参道でデートしたとか、今会いに来れないのは彼が仕事が忙し過ぎるからだとか」
「そういう妄想に関しては治ると良いですね。
じゃないとストーカーになったりして逮捕されたりしたらどっちも不幸でしょう?」
菜種が心配そうな顔をした。
紫苑が口を開いた。
「恋人が居るって言ってる割に三カ月間見舞客ゼロの人とかも居たな。妄想だったのかな」
榊が挙手した。
「禁止されてるけど皆こっそりやってる連絡先交換」
「あるある」
「皆、人と繋がってたいのさ。俺達だってそうだろ?」
「私、五十過ぎの既婚のおじ様からしつこく連絡先を聞かれて嫌でした」
「いい歳して若い女の子の連絡先聞こうとかキモいな。桜、ちゃんと断れた?」
「結局、看護師さんに相談しました。
六回もラインIDとかフェイスブック、YouTubeアカウントとか渡してきて凄く怖かったです。
奥さんが可哀想ですよね」
「うわあ、屑だ」
「頂いた連絡先を書いた紙は全部看護師さんに渡してシュレッダーに掛けて貰いました」
「うわあ、紙屑だ」
冬夜が混ぜっ返した。
「携帯・スマホ持ち込み禁止。ネット使用不可」
「あるある」
「俺、躁状態の時に手当たり次第ダチに連絡して遊ぶ約束してたからスマホ取り上げられたのはキツかったな。
入院中で連絡取れないから断りの連絡も入れれなくてさ。
退院後も遊ぶ約束して鬱状態になってドタキャン続けてたら病前のダチには何人か切られた。音信不通。
まあ、自業自得なんだけどな」
「あたしはソシャゲ出来ないの辛かった。
暇で暇で仕方なくて、スタミナ溢れるのが気になってた。
イベント走りたかったのに」
「ネットは便利だけれど妄想を悪化させる要素があるからね。
集団ストーカー妄想や電波・電磁波攻撃、テクノロジー犯罪、顔認証システム被害。
ちょっと検索しただけで、それらの妄想を本気で信じ込んだ患者の作成したウェブサイトがズラズラと出てくる。
ああ、自分と同じ『被害者』がこんなに沢山いる、と妄想がより強固になって治療が難航し易くなるからね」
「しかも、そういう患者を食い物にした商品もある。『電磁波防止ヘルメット』とかね」
紫苑が苦い顔をした。
棗が嫌そうな顔で言う。
「電車で変な人居たとかって勝手に動画上げる奴とかも居るよな。
俺もやられた事あるけど、肖像権の侵害だっつーの」
「ネット民のオモチャにされてる患者も居るよね」
「ネット民のオモチャ?」
桜が聞き返す。
「そ。面白がって住所特定して家に凸したり、ピザ送り付けたり、本当に集団でストーカーしたり」
「イジメじゃないですか。ていうか、犯罪ですよね」
「僕達みたいな精神疾患に掛かっている人達はある意味『娯楽』として消費されてるのさ」
榊の言葉を聞いた菜種も渋い顔だ。
「勝手な偏見かもしれないですけど、ネット民ってイジメに遭った経験のある人が多いイメージがあるんです。
でも、自分がされて嫌な事を人にするなんて酷いですよね」
「リアルでは弱くてイジメっ子に『なれなかった』だけだろうね。暴力は連鎖する。
そうやって自分より弱い奴をイジメてストレスの捌け口にする奴の方が俺達なんかよりよっぽど病んでるよね」
「大半のネット民は無害で善良な普通の人なんだけど、一部の人達がねえ」
今度は桜が挙手した。
「扇子・団扇禁止」
「あるある」
「なんでだ?」
棗が問うた。
「骨が刺さるからだそうです。
爪楊枝とかも勿論アウトです。
後は針金のついたリングノートもでした」
「自傷他傷防止ね。
ウチの店でも金属製のフォーク・ナイフは出さないでしょ。
食器も割れない物を使ってるし」
「箸も先が刺さらないようにやたら太くて使い辛かったな」
「ガラスや陶器の持ち込みも禁止。
破片が切れるからね。
ビタミン剤の瓶もナースステーション預かりだよ」
「あとは剃刀不可だったな。電動シェーバーはオーケーだけど」
「でも、あたしが入院した所であたしは断られたけど他の患者は団扇使っててさあ。
不公平だよね」
桜が連続で挙手した。
「名札も無いのにデイルームの席が決まっている」
「あるある」
「私、席が決まっているなんて知らなくておば様に『そこ、私の席だから避けなさい』って怒鳴られたんです。
相手は何年も入院してる患者さんだったんですけど」
「俺、昔マックでバイトしてたんだけど同じクレーム受けたことあるな。
『私の席に座ってる客を退かして頂戴』ってババアが」
「ファストフード店で?馬鹿じゃないの?
……あー、馬鹿で思い出した。
具合悪いって言っても対処が雑な看護師」
「あるある」
「辛い人しか居ないから感覚が麻痺してるんだよな」
「そうそう!あたし真夏に入院してたんだけど、微熱が十日以上続いてて。
『最近暑いからね。他の患者さんも皆微熱だから大丈夫よ』だって。
全員大丈夫じゃねーよっていう。
結局熱中症になった。
皆暑がってるんだから冷房下げろよって何回も言ったのに」
「そういえば、私も風邪で三日間もご飯全部残しても心配されなくてびっくりしました。
戻しちゃって食べられないから点滴して欲しいって頼んでも断られました。
三十九度の熱が出てて、このまま死ぬのかなって凄く怖かったです。
遺書も書きました、ただの風邪なのに」
ドッと笑いが起こった。
「風邪で遺書書いちゃったか〜」
「でもわかる、それ位些細な事で不安になるんだよね」
「ちょっとの事で具合悪いって大騒ぎする人が多いから『あー、ハイハイ。またですか』みたいな対応にどうしてもなってしまうんだろうね」
「実際は一時間置きに看護師さんが具合どう?って様子を見に来てくれたんで死ぬ心配なんて無かったんですけどね」
「女の子がよく泣いてる」
「あるある」
「患者同士でイジメとかも偶にあるしね」
「首絞められて泣いてた子が居ました。
……でも、その方、ちょっと……なんていうか」
「あーね。どうせ首絞められるような事したんでしょ」
紫苑の言葉に桜が苦笑した。
桜もその首を絞められて泣いていた女性から嫌がらせを受けていたのだ。
「認知症の人が混じってる」
「あるある」
「認知症のお婆様の面倒を患者皆で見てました」
「老人ホームが空くまで、徘徊されるよりは閉鎖病棟に入れた方が安心だからねー」
「徘徊って、目的があって出掛けたは良いけど、途中で迷子になったり、目的を忘れる事でなるそうね」
「そうそう、最近は自治体や新聞なんかで『一人歩き』や『散歩』と言い換える動きがあるそうだよ。認知症当事者の要望でね」
「認知症だって、常に何にも分からなくなる病気じゃないからな」
冬夜が挙手した。
「御意見箱が紙でパンパン」
「あるある」
「御意見箱の返信が貼り出されてたんですけど、酷かったですよ。
『マスクつけるなんて患者をバイ菌扱いするな』とか、『ここの看護師は冷たい、人の心が無いのか』とか」
「皆被害妄想で疑心暗鬼になってるからねえ」
「長い入院生活、不満も溜まるさ」
榊が頷く。
実際は桜の入院した病院の看護師達は優しかった。
他の患者とのトラブルの相談に親身になって乗ってくれたり、幻聴や幻視で怖かった話を根気良く聞いて励ましてくれた。
掲示板に溢れる憎悪。罵詈雑言。
あんなに頑張っているのに患者から返ってくるのは不平不満ばかり。
誰も見ていないと気を抜いている時は疲れた顔の看護師達。
それが悲しくて、桜はカラフルなイラスト付きの御意見シートを無記名で投函した。
『ご飯、毎日美味しいです』
『清掃が行き届いていてピカピカで気持ち良いです』
『看護師さんの笑顔に毎日癒されてます』
『作業療法士さんがとても親切でした』
『話を沢山聴いて頂いたお陰で心が軽くなりました』
『皆さんのお陰で楽しく過ごせて居ます』
良い事がある度に御意見箱に投函した。
——届け、届け。
そう願いながら。
すれ違う職員には笑顔で挨拶する。
掃除しているヘルパーには「今日もありがとうございます」と礼を言う。
話しかけられてヘルパーははじめは驚いた顔をしていたが、やがて笑顔で挨拶するようになった。
桜は退院する際にお世話になった看護師と作業療法士、ヘルパー全員に手紙を渡した。
一通一通、丁寧に思いを込めて書き綴った手紙。
喜んでくれた職員の笑顔は桜の大切な宝物だ。
彼らに桜の想いは届いただろうか。
「壁や棚に凹みや落書きがある」
「あるある」
「あたしペン落としてさ。
棚の下に頭突っ込んだら、棚の裏に『お母さんここから出してお母さんここから出してお母さんここから出して』って赤い字でびっしりと書いてあってさ。めっちゃ怖かったな」
「何それ怖っ」
「怖い話で思い出したんですけど。
小さな女の子が居たんです。
最初に見かけた時に目が合ったから会釈して、次に会った時もじっとこっちを見ているから会釈して。
会う度段々近付いてきて。
嫌だなー、なんか怖いなーって思ってたら、夜中におトイレに起きた時部屋の前に立ってて。また会釈して、足早に部屋に戻ったんです。
ベッドに戻ってからもなんとなく嫌な予感はしてて、扉を落ち着かない気持ちで見てたら……ガラッて扉が開いたんです!
思わずきゃーって叫んじゃいました」
「メリーさんみたいだね。段々近付いてくるなんて」
「幽霊かと思いました……結局、患者さんだったんですけど。十三歳の女の子でした」
花純が手を挙げた。
「服を着ていない人が居る」
「あるあ……ねーよ」
「それはないな」
「どういうことですか、それ?」
菜種が尋ねた。
「すっぽんぽんで病棟内を歩いてる女性が居たのよ。
看護師さんが服を持って追いかけてたわ」
「良いなー見たい」
冬夜がニヤついた。
顔がだらしなく緩んでいる。
「小太りのお婆ちゃんよ、見・た・い?」
「いいえ、見たくないデス」
冬夜が蒼ざめると皆笑った。
その後も入院談義は続いた。
こうして今日も夜は更けていく……。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
精神科看護師さんや作業療法士さんのコミュ力は異常。しかも皆明るいんです。
極々稀に暴れる患者さんもいらっしゃるのですが、その際にサッと駆けつける男性看護師さん達は滅茶苦茶格好良いです。
看護師さん達はどんなに疲れていても笑顔。
激務で心が擦り減らないか心配でした。
ちなみにネットや携帯・スマホが禁止なのは閉鎖病棟だけです。
私が入院した病院の開放病棟には病院側でwifiが整備されていて中々快適でした。




