第13話 病院あるある(1)
今日は精神科病院に入院中のあるある話を酒の肴に盛り上がっていた。
ハイ、と紫苑が挙手して話し出す。
「テレビのチャンネルを勝手に変える奴が居て喧嘩」
「あるある」
「お前のテレビじゃねーから!っていう」
「俺はどうしても見たい番組があったからリモコンの前に座ってたんだ。
で、CMの間にマグカップに水を入れようと三十秒席を外した瞬間……なぜかチャンネルが変わっていた。
下手人は不明。
あの手際、間違いなく忍者だったな」
冬夜がニヤッと笑った。
「冬夜、『下手人』っていうのは殺人犯の事よ。
『解死人』が語源で、江戸時代の庶民に科されていた下手人、死罪、獄門、磔、鋸挽き、火罪の六種類の死刑の内で最も軽い種類の物を指すの。
悪事の張本人という意味もあるけれど、たかがテレビのチャンネル権争いで下手人は言い過ぎじゃないかしら」
「花純は細かいなあ。ふいんきだよ、ふいんき!」
「雰囲気ね」
花純がくすくす笑った。
桜が口を開く。
「私の入院していた所はテレビのチャンネル争いはありませんでしたよ。
自分の事をアニメのキャラクターだと思い込んでる二十三歳の男の子が居たんですけど、その子は凄く丁寧な子で、チャンネルを変える前にデイルームに居る人全員に『僕、忍たま見たいんでチャンネル変えて良いですか?』って聞いて回ってました」
「へー、良い子だねー」
「はい。隣座って良いですか?って訊くし、会う人皆に挨拶するキチンとした子でした」
デイルームとはテレビが置いてある食堂のようなスペースだ。
ナースステーションの前にあり、作業療法というリハビリプログラムもここで行う。
患者は一日の大半をここで過ごす事になる。
棗が不思議そうな顔をする。
「喧嘩になる位なら部屋で見れば良いんじゃないのか?」
「病室にテレビ無いんだよねー」
「テレビ無いんですか!?」
入院歴の無い菜種が驚く。
榊が頷く。
「きっとリハビリの作業療法に参加させる為だろうね。
病室には冷蔵庫も無いよ。
管理出来なくて腐らせるかもしれないからだろうがね」
「ジュースとか、どうやって冷やすんですか?
まさか、常温ですか?」
「自販機もあるし、有料の鍵付きの小さな冷蔵庫があったよ。
コインロッカーみたいに並んでるんだ」
「私の所は大きな冷蔵庫がデイルームにあって、名前を書いて入れる方式でした。
でも、匂いの強いキムチを入れる人が居たり、禁止されてる果物や刺身なんかの生ものを入れる人が居たり、ルールを守らない人が多くて、看護師さんが困ってました。
可哀想だったのが、シュークリームとかプリンとか買い置きしていた五、六個のスイーツを全部誰かに盗まれた人が居たんです。
その人泣いてました」
「それは酷いね」
「はい。結局、トラブルの元になるって事で冷蔵庫は撤去されちゃいました」
全部食べられちゃってる!と叫んで大泣きしていた女性の悲しそうな顔が、今でも目に焼き付いている。
泣きじゃくる女性を看護師数人で慰め、大変な騒ぎになったのでよく覚えている。
「歌番組と時代劇が人気」
「あるある」
「僕は統合だから、歌の歌詞が自分へのラブレターに聞こえたよ。関係妄想だったんだろうね」
「お爺ちゃんの患者さんがずーっと時代劇見てた。
その人あんまりにも動かないからハシビロコウかと思った」
「ハシビロコウ」
紫苑の喩えにドッと笑いが起こる。
「どさんこワイドの『奥さんお絵かきですよ!』で盛り上がる」
「あるある」
どさんこワイドとは北海道の夕方にやっているローカル番組だ。
奥さんお絵かきですよ!とはクジで選ばれた一般女性がお題に沿って、文字・数字を書かずに絵を描き、電話口の挑戦者の知人が正解を当てるという視聴者参加型コーナーである。
当たると賞金は一万円。
外れると賞金がキャリーオーバーする。
「出てくる奥さんの画伯っぷりが良いよね。
五本足のキリンは笑った」
「あのペン、太くて描きにくそうですよね」
「賞金積み上がって八万円になった時なんか、皆であーだこーだ言いながら二十人以上が固唾を飲んで見守ったよ。
正解した時のデイルームの謎の一体感」
「どさんこワイドといえば、料理コーナーに突っ込みを入れながら見るのも醍醐味だよね」
「バレンタインの時にチョコレートを湯煎しないでお湯にチョコを直接入れたときは爆笑した」
「あー、あの人は凄い豪快だよな」
紫苑が挙手した。
「お菓子を食べてると知らない奴がいつの間にか一緒にお菓子食べてる」
「あるある」
思い出して桜が眉を下げた。
「私、仲良くなった子達と一緒にお茶会してたら知らない人達が群がってきてお菓子全部食べられました……」
「カラスかよっていうね」
「図々しいよね」
精神病患者は薬の副作用のせいでお腹が空いている者が多いのだ。
判断力も下がっている為、知らない人の菓子を勝手に食べるなんて恥ずかしいとか、さもしいだとかいう普通の感覚を感じにくくなっている場合もある。
「私は『わーい!お菓子だー!』って飛びついてた方ね。今思うと悪い事したわね」
花純が申し訳無さそうな顔をした。
「おかずと白飯の分量バランスが悪いからふりかけ必須」
「あるある」
「病院のご飯、味薄いからねえ」
「そういや、誰かの大袋ののりたまが回ってきたな」
冬夜が笑う。
「夜食にカップラーメンが人気」
「あるある」
「あたしも食べてた」
「病院の食事は健康的でジャンクフードっぽい物に飢えてるからねー」
「病院内の喫茶店でナポリタンとかソフトクリーム食べてる人も居ましたよ」
「僕の場合はカップ麺は病院内の売店だと定価で高いから、足を伸ばして近くのスーパーで買い溜めしてたなあ」
「風呂に何カ月も入ってないジジイがいる」
「あるある」
「フケだらけで臭いのなんの」
「同室の人どうしてたんだろうね」
「看護師さんも注意して欲しいよ」
「僕も陰性症状が酷い日には、恥ずかしいけれど一週間風呂に入れなかったからあまり彼等を責めないであげて欲しいな。
入りたくても入れないんだ」
榊が優しい顔で苦笑する。
「一人で笑い続けてる人がいる」
「あるある」
「あれ、なんか楽しそうで羨ましかったな」
「私なんか、特別面白い訳でもないテレビ見てて滅茶苦茶ニヤニヤ笑っちゃうのが恥ずかしくて、部屋に戻りましたよ。
病気の症状だったんでしょうね」
「あたしは一人で爆笑してる知らないお兄さんに手振られた。
とりあえず会釈しといた」
「紫苑、日本語が間違ってるわ。
爆笑は大勢でするものよ」
「一人の場合は?」
「『大笑い』ね」
「うわ、微妙」
「知らなかったな」
「皆間違えて使ってるんだね」
「宗教勧誘してくる人が居る」
「あるある」
「そういえば、仲良くなったおば様が聖書貸してくれました。
今度一緒に教会に行こうって。
丁重にお断りしましたけど」
「何かに縋りたい人が多いんだろうね」
「神様の声が聞こえるって言ってた奴も居たな。
ただの幻聴さんなんだろうけどさ」
「天使がーとか悪魔がーとか言ってる子も居たよ」
「妄想で神様を身近に感じる分、宗教にのめり込みやすいのかもしれないですね」
菜種が冷静に分析する。
桜が口を開いた。
「タオルは可だけど、手拭いは不可」
「そうなの?」
「はい。首に巻けるからだそうで」
「タオルも首に巻けるんじゃないか」
「シーツを裂いて編んだら自殺用ロープくらい作れそうだよな」
「引っかける所が無いでしょ」
「長い物は基本ナースステーション預かりでした。
3DSの充電コードとか」
「ズボンのベルトやジャージの紐も預かりだね」
榊が言った。
「病棟の廊下に監視カメラがある」
「あるある」
「僕は敵に監視されてる妄想があったからいつもビクビクしながら廊下を通っていたよ」
「皆嫌がってたよね」
「私は逆に安心しました。
倒れた時とかすぐに発見して貰えるし、ナースステーションから死角になっている場所で他の患者さんが暴れた時に安心だなって」
「俺はよくピースサインしてた」
「バカなの?冬夜」
桜が挙手した。
「何回目?って訊かれる」
「あるある」
「何回目って何がだ?」
桷が問うた。
「入院回数だよ」
「基本的に初対面の会話の切り出しはそれ」
「とりあえずビール的なアレ」
「私は八回よ」
花純が言った。
棗がニヤリと笑った。
「ベテランだな」
紫苑が手を挙げた。
「突如始まる重い身の上話」
「あるある」
「職場や学校でイジメに遭っていたとか、親に虐待されてたとか」
「片親の家庭も多かったです。
苦労している方が多かったですね」
「お互い励まし合ったりしてな」
「オセロやUNOで知らない人と仲良くなる」
「あるある」
「トランプもやったねー」
「皆病気で判断力落ちてるから、オセロの返しミスはご愛嬌だよね」
「あたしの入院してた所のデイルームには花札が置いてあったよ」
「でも、病気でテンション低い人同士が集まった場合、無言UNOになるんだよな。
俺だけ喋ってた」
「作業療法で麻雀してる人達の盛り上がりっぷり羨ましかったです。
私ルール知らなくて参加出来なかったんですよ」
「作業療法士さんに訊けば良かったじゃん」
「盛り下がるかなって遠慮しちゃったんですよ」
今度挙手したのは冬夜だ。
「夜に始まる悪口大会」
「あるある」
「私怨と妄想混じりだから当てにならないけどね。
あたしはああいうの嫌いだから参加しなかったけど、冬夜は参加してた訳?」
「まさか。俺も陰口叩くような卑怯者嫌いだもん。
参加する訳ないだろ」
「私も参加しなかったんですけど、遠回しに悪口言われてるように感じて嫌でした。
凄く嫌な気持ちになって……」
「関係妄想と被害妄想だね。
大丈夫、桜さんなら悪口を言われるような性格をしていないよ」
「でも私、真後ろで知らない男の人にシャドーボクシングされましたよ」
「シャドーボクシング?」
「はい。一度も話した事のない患者さんだったんですけど、ずーっと私の後ろでシャドーボクシングしてて……怖くて看護師さんに相談しました」
「桜さんの何かが気に入らなかったのかな」
真相は藪の中だ。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
感想・ブクマ・評価ありがとうございました!
とても嬉しかったです♪ 元気出ました!
精神科病院って暗くて悲惨なイメージがありますが、実際はそうでもないです。
世話焼きのおば様がお菓子をくれたり、皆で抹茶やハーブティー飲んだり。
日々面白い事が起こりますよ(笑)




