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第12話 太った?

日々恒例の仕事終わりの飲み会。

オレンジジュース片手にシーザーサラダを摘んでいると、紫苑(しおん)が桜に顔を近付けてきた。


「桜、ちょっと言いにくいんだけどさ。

あんたちょっと丸くなったよ」

「え゛」

「確かに、初めて会った時は顎のラインがもうちょっとシャープだった気がします」


菜種も頷く。

冬夜(とうや)が笑った。


「気にしない、気にしない!

美味しそうにご飯食べる桜ちゃん可愛いもん。

食欲が出てきたのは元気になってきた証拠だよ!

ほら、これも食べなよ。美味しいよ。

それに女の子は多少ぽっちゃりしてても可愛いよ?」

冬夜(とうや)は黙ってて!」


紫苑(しおん)に叱られ、冬夜が黙る。

菜種が問う。


「体重毎日量ってますか?」

「最近は全然です……」


花純(かすみ)が首を振る。


「駄目よ、毎日量らなくちゃ。

特に精神科のお薬は太りやすいんだから」

「そうなんですか!?」

「そうよ。

物によっては食欲亢進作用もあるし、代謝を悪くさせる効果もあるわ。

特に統合失調症の患者は太り過ぎでメタボリックシンドロームになったり、糖尿病になったりしやすいのよ」

「し、知らなかったです……」


確かに精神科病院の待合室にはコロンコロンに肥えた人がよく居る。

きっとピザやポテチを食べまくっているんだろうなあなどと勝手に想像していたが違ったのか。

普通の食事を摂っているだけで太るなんて恐ろしい。


「だからって断薬だけはしちゃダメだよ、桜さん。

断薬した場合の二年以内の再発率は九十八%だからね」


(さかき)が言う。


「私は毎日体重を量ったら日記に記録しているわ」

「あたしはアプリで管理してる。

これ、グラフになるしBMIも計算してくれるから便利だよ」


紫苑(しおん)がスマホを見せてきた。

プレッツェルを齧りながら菜種が安心させるように笑った。


「丸くなったって言ってもほんのちょっとだけですよ。

今の内に対処すれば大丈夫です」

「運動は?」

「してないです」

「二階にジムがあるからそこで運動すれば良いよ」


冬夜(とうや)が言う。


「ジムまであるんですか!?」

「うん、仮眠室の隣にあるよ。

座り仕事で運動不足になりがちだからね。

精神科に掛かってる奴も多いし。

健康の為に自転車通勤の奴も居るけど」


菜種が不思議そうに首を傾げた。


「でも桜さん、食は細めだしサラダや野菜系のメニューばかり食べてるのにどうして急に丸くなって来たんでしょう?」

「夜中に間食してたりすんの?」


紫苑(しおん)が尋ねた。

桜が首を振ると冬夜(とうや)が思い付いた様子で人差し指を立てた。


「あれじゃない?おにぎり生活やめたから。

普通に食事摂るようになって摂取カロリーが増えたんだよ。

……あれ、でもコンビニおにぎりって一個二百キロカロリーくらいでしょ。

それを三個で六百キロカロリー。

成人の一日分の必要摂取カロリーの半分以下で全然届いてないじゃん。

の割にガリガリじゃなかったよね」


(さかき)がビールを飲みながら尋ねる。


「桜さん、薬は何を飲んでるんだい?」

「リスペリドンと副作用止めのタスモリンです」

「原因はそれね」


花純(かすみ)が頷く。


「リスペリドンは抗精神病薬の中でも太りやすいお薬なのよ。

ジプレキサ程ではないけれどね。

だから基礎代謝以下の摂取カロリーでもガリガリに痩せなかったのね」

「一日中ベッドで寝た切り生活だったのも影響あるだろうけどな」


(ずみ)がニヤリと笑った。

花純(かすみ)が苦い顔をした。


「デブレキサを飲んでいた頃は私、体重が三十キロも増えたの。

陽性症状によく効く薬なんだけど、私は幻聴があっても良いから痩せたいって頼んだわ」

「三十キロも!?」


今は花純(かすみ)は痩せてスリムな体型だ。

想像もつかない。


「合併症も怖いから必死にダイエットしたの」

「桜さん、体重増加が酷くなる前に一度主治医の先生と相談してみた方が良いですよ」


菜種が言った。

花純(かすみ)がジャーマンポテトを摘みながら口を開く。


「太りにくいのはロナセン、セレネース、エビリファイ、レキサルティあたりかしら。

でもセレネースは錐体外路症状が出やすいからオススメしないわ。

手が震えたらトンボ玉作りに差し支えるから」

「エビリファイも良い薬なんだが、僕の場合アカシジアが出てね。

脚がムズムズして寝れなかったな。

僕は一番新しい新薬のレキサルティをオススメするよ」

「レキサルティ?」

「ああ。エビリファイを改良した薬で、認知機能障害にも効く。

僕が今飲んでいる薬さ。

僕の場合はこの薬がバシッとジャストフィットしてね、いつも霧が掛かっていたような頭がスッキリしたんだ。

ジェネリックが無いから一錠約五百円とかなり高いが……自立支援医療は受けているだろう?」

「はい」


自立支援医療制度とは、精神科病院の通院費と薬代が一割負担になる制度だ。

長く通院する事が多い精神科の患者にとっては非常に有難い制度である。

住んでいる市町村で申請受付が出来る。


「それなら安心だね」

「尤も、薬の合う合わないは個人差が大きいからね。

『※あくまで個人の感想です』って奴よ。

何でもかんでも鵜呑みにしちゃダメよ、桜さん。

兎に角主治医とよく相談する事ね」

「あとは細かいカロリーを削るべきだね。

食堂のメニューは一食五百キロカロリーに抑えてあるから安心して食べて良いけど、問題はあんたが今飲んでるオレンジジュース。

あんた、オレンジジュース一杯のカロリー知ってる?」

「三十キロカロリーくらいですか?」

「二百ミリリットルで八十四キロカロリーだ」


(ずみ)が淀みなく答えた。


「そんなにあるの!?」


オレンジジュースといえば、健康的なイメージがある。

まさかそんなにカロリーがあるとは。


「よく見ろよ桜。

メニューにちゃんとカロリー載ってるだろ」


(ずみ)がメニューを指差す。

確かにメニュー表には全メニュー、カロリーが表示されていた。

カクテルを飲みながら菜種が言う。


「桜さん毎日二、三杯は飲んでますよね……ってことは」

「百六十八キロカロリーから二百五十二キロカロリーね」


花純(かすみ)が暗算で素早く計算する。


「そ、そんなに……」

「ジュースってカロリーや砂糖を摂取している意識なく飲んでしまうから怖いのよ。

ペットボトル症候群なんて病気もあるくらい」

「ペットボトル症候群?」

「急性の糖尿病のことよ。スポーツドリンクや清涼飲料水の飲み過ぎで起こるのよ。

高血糖になると、身体が血中の糖を薄めようと水を欲するの。

そこで糖が大量に含まれたジュースを飲む。

喉が渇く、ジュースを飲む。

その繰り返しをする。悪循環ね。

主な症状は喉の渇き、倦怠感、体重の急激な減少」

「これからは烏龍茶にします……」

「どうしても甘い飲み物が欲しい時にはゼロキロカロリーコーラも置いてあるわ」

「あ、本当ですね」


桃花の言う通り、確かにメニューには普通の物とカロリーゼロのコーラが二種類載っている。


「話纏まった?

桜ちゃん、これも食べてみなよ。美味しいよ」


冬夜(とうや)がにこにこ笑顔でアイスバインを勧めてきた。

ガッツリ肉料理だ。


「あんた今までの遣り取り聞いてたの?」


紫苑(しおん)が呆れかえった顔で冬夜を睨んだ。



家に帰って体重計に乗ると、二週間で二キロ増えていた。

早目に指摘してくれた紫苑(しおん)に感謝だ。


次の診療日に主治医と相談し、レキサルティに変更した。

一ミリグラムから処方され、問題が無かった為二ミリグラムに増量。

調子が良い。

異常な眠気も無くなり、太るのも止まった。

半年以上止まっていた生理も再開した。

呂律も回りやすくなったし、字が小さくなるのも治った。

喉の渇きも治り、手が震えて物を落とす事も無くなった。

劇的に副作用が無くなった。

レキサルティは桜に合う薬だったらしい。


紫苑(しおん)に指摘された翌日から桜は仕事が終わったら二時間エアロバイクを漕ぐ事にした。

本当は自転車通勤に切り替えたかったが、母の反対にあったのだ。

曰く、病気で判断力が落ちているから運転は危ないという事と遠いからだ。

尤もなので自転車通勤は諦めた。


エアロバイクを漕ぐのは一見単調だが、桜は意外と楽しめた。

イヤホンでお気に入りの音楽を聴きながら、海の見える窓際でエアロバイクを二時間一生懸命漕ぐ。

景色が良いのと消費カロリーが表示されるお陰で頑張れた。

二時間で八百キロカロリーの消費。

コンビニおにぎり四個分の消費カロリーだ。

飲み物はカロリーゼロの水かお茶。



そんな生活を二カ月続けた頃、桜はエアロバイクを漕いでいる最中に倒れた。

発見したのは冬夜(とうや)だ。

いつもの時間になってもバーに降りてこない桜を心配して様子を見に来てくれたのだ。


(ずみ)の車で病院に連れて行かれた。

過労だった。

(ずみ)に家まで送って貰い(たっぷり小言を言われた)、両親にも(ずみ)が事情を説明してくれた。

(ずみ)が帰った後、父にリビングのソファーに座るよう言われた。


「桜、お前に言いたい事がある」


父の重苦しい表情に、自然と桜の背筋が伸びる。

夜遊びは程々にしろと叱られるのだろうか。

家の事を手伝えと小言を言われるのだろうか。

ドキドキしながら言葉を待っていると、父の口から出たのは意外な言葉だった。


「桜、すまなかった」


身構えていた桜は拍子抜けした。


「最近仕事でストレスが溜まっていてな、お前が病気で働けないと知りながらやつ当たりしてしまっていた。

母さんから借りた本に書いてあったが、治るまで数年掛かる病気らしいな。

倒れるまで働くんじゃない」

「そう、ゆっくりで良いの」


母も父も優しく笑っていた。

自然と涙が溢れた。


「うん、頑張る」

「違うでしょ。頑張らなくて良いの」

「……頑張らないように頑張る」

「ふふ、相変わらず変な子ね」


毎日楽しくて、楽しくて。

ずっと職場に居たくて。

疲労感なんて感じなかった。

身体のSOSに気付けなかった。


「でも、ちゃんと夜休むために最終バスで帰って来るのはやめなさい」

「はーい」


最後にチクッと釘を刺された。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


精神科のお薬は太りやすいんですよね。

食事と運動がとても大事。

薬の感想は他の患者さんから聞いた話を元に書きました。

どんな薬も一長一短です。自分に合う薬を見つけるのが大切です。

断薬ダメ、ゼッタイ。


疲労と疲労感は別物。

健康な方もそうでない方も、皆さん毎日ゆっくり休んで下さいね。

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