第2話 職員会議へようこそ
~前回のあらすじ~
友達に聖剣を借りパクされました
「ここでは人目もない。さあ、詳しい事情を話せヨキ・クリエル!」
人生で最大の土下座を披露した後、イワン先生に無理やりひっぱって立たされた俺は、
小脇に抱えられてそのまま指導教室に直行。押し込まれて床に座らされた。せめて椅子をください。
「なにを黙っている。人に話せない事情でもあるのか?」
イワン先生は訝しげに俺を眺めている。
俺は今感じていることをそのまま伝えてみることにした。
「床が冷たいです」
「おお、そうか。気が付かなかったぞ」
そう言ってイワン先生は指を結んで短く唱えると、俺の足元に赤く明滅する魔法陣が展開された。
ん?なにこれ……なんだか温い! この魔法陣なんか温いよ!
「これで話す気になっただろう。さあ話せ」
バッッッッッ!!!
ちっげえよ!! 誰が床を温めてくれと頼んだよ。
そこは椅子に座らせるだろ普通は!!
いや…素直に言わない俺も俺で悪いけども。
このイワン先生こと【イワン・シュトルガノフ】はカリバーン学園きっての変人と学園内では言われている。
そのフジッリ(螺旋状のパスタ)よりも捻じくれた性格もそうだが、容姿も相当なものだ。
漆黒のスーツ姿に顔面は蒼白にして仏頂面。例えるならそう、100年の眠りから覚めた吸血鬼ってところか。
イワン先生は床でぬくぬくしている俺を見て痺れを切らしたのか、革靴で床をッターンと踏み鳴らした。軽快。
俺は神妙な面持ちで、なるべく怒られないようにシリアスな雰囲気を漂わせながら口を開く。
「聖剣を生成した後…親友…と呼べる男に聖剣を貸したら、目を離した隙に彼は姿を消しました…。
すぐに追いましたが結局見つからなくて、どうしたらいいのか分かりません…」
「その男の名前は?」
「アダン・ミシュア…」
俺は少しだけ、友達を売った気分になった。
あいつが俺のものを盗むことなんて今まで無かったし、そのまま姿を消すなんて今でも信じられない。
イワン先生もアダンのことは知っていたようで、困惑しているのか顔色が悪い…いや、顔色が悪いのは元々でしたね。
「聖剣を盗まれた場所はどこだ?」
「屋上です。給水塔の上で…」
「給水塔の上だと?」
あっ、やべ。いらんこと言ってしまった!
イワン先生の眉間に稲光のような皺が寄る。危ないからやめろって怒られるかもしれない。
「給水塔の上に座るのは危ないから気を付けろ。」
言い方ははいくらか優しかった。
そしてイワン先生は、懐から一本の瓶を取り出すと栓を外して、俺に向かって差し出した。
瓶の中には青白い液体がぎっしり詰まっており、液体そのものが僅かに発光している様に見える。なにこれ?
「魔力回復薬、エリクサーだ。すぐに飲め」
おお、これが…ってなんで今?
ただ飲まないとイワン先生が瓶ごと食わせそうな形相で睨んでいたので、仕方なく飲んでみることにする。
ドロッとしてて見た目はちと気持ち悪いが、のど越しが思った以上に爽やかだ。体中が魔力で満たされるのを感じる。
それから、顎に手を当てて少し考えるような様子を見せていたイワン先生は俺の腕を掴んで立たせた。
「授業に戻れ。ヨキ・クリエル。
それとこの事は他の生徒には喋るな。次の授業は担当教員に見学すると伝えろ。以上」
そう言ってイワン先生は俺を教室から出ていくように促した。
他言無用、と言っても既に学園の生徒のほとんどに俺の痴態は広まってるんだろうなぁ…。
授業は見学どころか学校を早退したい気分だ。
***
「来ましたね。クリエル君!待っていましたよ!」
次なる授業を行う為の広場、戟の間に着いた俺は、待ち構えていた女教員に歓迎された。この人名前はなんだったかな…?
「今は先ほどの権化の儀で生成した武器を使用して、簡単な使用訓練を行っているところですっ」
なるほど。皆がお楽しみの武器お披露目タイムってところか。
だが俺にはお披露目する武器は無いから、イワン先生は見学をするように言っていたわけだ。
「遅れてすみません先生。体調が悪いのでこの授業は見学してもいいですか」
女教員は露骨に残念そうな顔をしながら、すっと俺の頬に触れた。えっ、なんですか俺年上との恋愛はちょっと
「発熱や心音、魔力量に異常なし。仮病ね」
女教員はぴしゃりと言い放つ。ちくしょう、魔法ってのは触れるだけでそんなことを調べられるのかよ!
感動と絶望が入り混じった俺の複雑な心境をよそに、女教員は広場の中央まで俺の背中をぐいぐい押していく。
「さあ、見せて!聖剣の力を!」
ダメだ。この女教員、爛々と目を輝かせて聖剣に期待してやがる!
周りで武器の使用感を確かめていた生徒たちも、俺の存在に気付いたのか徐々に中央へ集まり始めた。が…
「え?借りパクされたんでしょ?」
「武器も無いのに何ができるんだよ」
「あの人なんで土下座してたの?」
「ダッサ。ヨキ様のファン辞めます」
おお聞こえる聞こえる!
やはりクラスメイトには借りパク事件は周知の事実のようだ。
だが女教員はそんな生徒の囁きが耳に入らない様子で、さぁさぁ!と煽りに煽っている。
くそう。これはまた女教員に説明しなきゃダメか?と、俺が布団に入って泣きたい気分になっていると、またもやイワン先生がツカツカと歩いてきた。
「ナギサ先生! ヨキ・クリエルはこの授業は見学すると、先ほど念話でお伝えした筈ですが?」
イワン先生は俺じゃなく女教員ことナギサ先生に矛先を向けた。
ナギサ先生は先ほどのハイテンションから一転、叱られた子犬のように縮こまってしまう。
「すみませんでした…仮病であることが確認できたので、私の判断で―」
「その判断は不要です」
イワン先生は冷たくナギサ先生を一蹴すると、またもや俺を小脇に抱えた。
「理事長の決定で、ヨキ・クリエルをこれから職員緊急会議に連れて行きます。
ナギサ先生は引き続き生徒から目を離さないようにお願いしますよ」
そう言うと、俺の視界が急速にぶれていくのを感じた。
転移魔法の類だろうか、俺は一体どこに連れて行かれるんだ?
と、いつの間にか視界のぶれが収まったと思うと、イワン先生は俺をそこに降ろした。
全体的に薄暗い部屋。円形のテーブルを囲むように椅子が並び、天井から吊るされた鏡のようなものが見える。
「席につけ。会議を始めるぞ。貴様は聞かれたことだけを簡潔に答えろ」
「あっはい」
俺と先生が席についてから数分すると、鏡から光が伸びてそれぞれの空席を照らした。
するとそこにはノイズを混じえながら立体的な映像の人物が出力され、あっという間に席が全て埋まってしまった。
「これより職員会議を始めます」
まるで悪役たちの集会だ…なんて俺が考えている中、イワン先生は立体映像の人たちと会議を始めた。
多分、あの映像の人達はみんな教員なんだろう。その中でもひときわ異彩を放つ存在、見るからに子供の少女がいるが、誰だ会議に子供を連れてきているのは!
「アダン・ミシュアの所在はどうなっているの?」
と、その少女がちょっと偉そうに口を開いた。そうだ、アダンは一体どこに行ったんだ?
ここまで会議の内容をたいして聞いていなかった俺も、そこで初めて耳を傾ける。
その問いに答えるのはイワン先生だ。
「聖剣が奪われた屋上から少し離れた場所、階段の踊り場に転移魔法の発動した形跡がありました」
いつの間に調べてたんだイワン先生!
って…転移魔法!? アダンは転移魔法で聖剣を持ったまま消えたってことは…もう行方も…
「アダンは権化の儀をまだ行っていなかった為、1年間蓄積させた多大な魔力を使用して転移魔法を発動したものと考えられます」
「なるほど。学園の外、索敵の範囲外に瞬時に移動されたのであれば、追跡は困難であるな」
「1年で転移魔法は習わないはず。どうなっているんです?」
「独学で学んでいたんでしょう。一月ほど前に学園で管理しているいくつかの蔵書に紛失届がありました」
「聖剣を奪取することは数か月前から計画していたことなのだろうか?」
「聖剣には人を惹き付ける魔力があるといいますわ。魅せられてしまったのでは?」
先生達は口々に発言していく。
アダンは…俺から聖剣を奪うために近付いていたのか?
でもどうして俺が聖剣を生成できることを知っていたんだろうか。
「聖剣の奪取が計画的に行われたことなのか、衝動的に行われたかどうかはまだ分かりません。が」
イワン先生が話を遮り、続ける。
「彼、ヨキ・クリエルから魔力の中枢を担う武器が失われてしまったのは確かな事です。
これについては理事長からもご意見を伺いたい」
そう言ってイワン先生が視線を投げた先には、先ほどの少女がいた。え、その人理事長!?
場を静観していた理事長少女は、俺をじっと見つめながら口を開いた。
「聖剣を彼自身が生成した以上、他者の手に渡ったとしても聖剣を維持し続ける為の魔力は常に吸収されることになるから、聖剣の生成にほとんどの魔力を使い果たした彼にとって、経過と共に魔力が回復しようと継続的に魔力が枯渇し、今後は魔法が使用できない可能性が高いわ」
マジかよ。
武器も無い上に魔法も使えない状態が続くのか?
俺、この学び舎で生きていける気がしないんですが…
「それとね。聖剣を維持する為の魔力吸収はそんなにばかにならないけど、
万が一彼が魔力欠乏症(エンプティ―)を引き起こした場合、聖剣から生命を吸われて死に至らしめる可能性がある」
は?
「聖剣から命を吸われるって…魔力がなくなったら武器は一時的に消失するんじゃないんですか!?」
これには思わず俺も声を荒げた。
1年の授業ではそう教わったけど、話が違うぞおい。
そこは横に座ったイワン先生が答える。
「授業ではそう教わっただろうがな。聖剣は元々特別なのだ。
多大な力を得た代償とも言うべきか、聖剣そのものが意思を持ち、維持が困難であれば使用者の命を吸い取ると古い文献に記されている」
だから…俺にエリクサーを飲ませたのかイワン先生。
「今度も継続的にエリクサーは支給する。魔力が尽きないように欠かさず飲むようにしろ」
「はい…ありがとうございます先生」
武器もない魔力はない、おまけに定期的に薬でも飲むみたいにエリクサーか…
これ以上ないほど不自由な学園生活が続くと思うとさすがに気が滅入る。
「待ちたまえイワン君。エリクサーを支給する前に、彼に学校生活を継続するかどうか確認するのが先だろう?」
チョビヒゲの紳士風の教員が発言する。
その通り、今や俺はこの学園でもっとも魔法剣士から程遠い存在と言っても過言ではない。
2年から始まる授業だって生成した武器を使用するのが前提だろう。皆に付いていける自信は無い。
イワン先生もそれについては、渋い顔をして俺に視線を向ける。
俺だって学園には居続けたいさ。両親が必死こいて作った金で入学したカリバーン学園だし、
立派な魔法剣士になって活躍して、両親を楽させてやりたいのは今でも変わらない気持ちだ。だけど…今の俺になにができる?
全ての先生たちの視線が俺に注がれているのを感じる。
今ここで、結論を出さなきゃいけないんだろうか…場がしばらく、静かになる。
「待ちなさい」
静寂を破ったのは理事長少女だ。
名案を思い付いたかのようなしたり顔だが、何か思いついたのか?
「彼、ヨキ・クリエルをもう一度1年からやり直させるのはどうかしら」
ん? なに?
それってつまり…
「編入…ということでしょうか?」
あのイワン先生が、額に汗を滲ませながら問う。
1年からやり直すって…留年ってわけじゃないけどなんか…んんん!?
「彼、この年齢で聖剣を生成できたんでしょう?
これって英雄アルデミスでも成しえなかったとんでもない偉業よ」
ぴくっ
「今は何もできなくても、間違いなく他の生徒よりも頭一つ以上飛び抜けた素質を持ってる。
借りパクでその才能の芽を摘むのは勿体ないわ。そうでしょう?」
ああ…ああああ!!!
「1年に編入しますっ!! よろしくどうぞ!!!」
気が付いたら椅子を跳ね飛ばして衝動的に叫んでいた。
今この瞬間は後悔なんかしていない。そう、今はね。
To be continued...