第1話 オレの聖剣が借りパクされた
世界各地より集められた青年を立派な魔法剣士へと育成する為の場所、
その名もカリバーン学園。
入学した生徒は1年間で勉学に励みながら己の内に魔力を蓄積させ、
2年目には魔力を一気に開放し武器として具現化する、権化の儀を行うことになっている。
そして2年目の今日、今まさにこの瞬間、
一人の英雄が誕生しようとしていた―…
「次の生徒、前へ出なさい」
「はいっ!」
一歩前に出た彼の名前は、【ヨキ・クリエル】。
この日の為に寝る間も惜しんで魔力を蓄積させ続け、
青春を犠牲にして権化の儀に挑む19歳の男である。
多くの教員と生徒達が見守る中、ヨキは自信に満ちた面持ちで歩を進める。
権化の儀において利用される場所、鞘の間と呼ばれる広間の中央には
剣を掲げる巨大な石像がそびえ、これはカリバーンの創設者であり聖剣の使い手
英雄【アルデミス】を象ったものだ。
やがてヨキは石像の前で立ち止まると、右手を天に伸ばし、力強く咆えた。
「顕現せよ我が剣! 我が内に秘めた魔力に相応しい力を!!」
ヨキの呼びかけに反応するように、何処からともなく現れた光の紐が周囲を漂い、
掲げた掌に束ねられていく。
「応えよう。汝の思いに。与えよう。望むままの力を」
その重々しく響く声は、まるで石像の口から発せられたかのようだった。
ヨキの掌に光を帯びた剣が形成されていくなか、石像は続ける。
「その剣は、他を圧倒し、世界を統べる。唯一無二の存在。
その剣の名は―…聖剣エクスカリバー」
「…! その名、ヨキ・クリエルが確かに聞き届けた!」
光の剣を掴み取ると、鞘の間を包むように眩い閃光が走った。
ヨキが再び目を開けた時、石像は沈黙し、辺りは静寂に包まれていた。
だが、やがて…
「ウォオオオオオオオ!!!」
生徒達の歓声が鞘の間中に響き渡り、ヨキは思わず身を震わせた。
英雄アルデミスの再来、権化の儀では史上初となる聖剣の生成にヨキは成功したのである!
「お、驚いた…まさか彼にあのような素質があるとは…!!」
「今日というめでたき日を我々の脳裏に刻まねばな…英雄ヨキの誕生だ!!」
「キャー!ヨキ様結婚してー!!」
教員や生徒から口々に感嘆の声が漏れ、羨望の眼差しがヨキに向けられる。
そんな中、いち早くヨキの元に駆け寄り、肩を抱いた青年がいた。
「やったねヨキ! 君ならきっとこうなると信じていたよ!!」
「アダン!」
彼の名は【アダン・ミシュア】。
ヨキの唯一にして無二の親友である。
「この騒ぎ、じきに学園中を賑わせるだろうね!
キミがもみくちゃにされる前に、ひとまずここを離れないか?」
「あぁー…そうするか! いこうぜアダン!」
そうして二人は、興奮した生徒たちが追いすがる中、鞘の間を後にした。
***
「いやぁ…まいった。
まさか俺がエクスカリバーを作れるなんてな」
「まさかだよね! でも1年間努力した甲斐があったじゃないか」
その後、ヨキとアダンは学園内の喧噪から離れ、
カリバーン学園の屋上にある給水塔に腰掛けていた。
「ねえ、ヨキ。 聖剣はどうしたの?」
少し間を置いてから、ふとアダンが尋ねる。
「ああ、持ったまま走ってると騒ぎになるからな。消してた」
そう言ってヨキが掌を掲げると、聖剣エクスカリバーが即座に生成された。
純白の刀身は微かに光を帯び、鍔から持ち手にかけて施された装飾は息を呑むほど美しい。
「それって、重いのかい?」
「いや、ぜんぜん? 試しに持ってみろよ」
そう言ってヨキはアダンに聖剣を手渡した。
アダンは恐る恐る聖剣に触れ、興奮で思わず顔を紅潮させる。
「…すごい! まるで羽のように軽い! こんなものが存在するなんて…」
「だろ? この聖剣で英雄アルデミスは世界を救ったんだと思うと、
なんだか感慨深いよな…」
「だね」
アダンは聖剣をじっと眺めたまま、短く答えた。
「あーそういや、
俺達、鞘の間を抜け出してきちゃったけどまだ権化の儀が途中だったな。
…まだみんな興奮してたら、ちょっと嫌だなァ…」
ヨキはばつが悪そうに頭を掻いて、再び空を仰ぐ。
雲がいつもより速く流れている様に見えて、ヨキは生まれて初めて、
止まっていた世界が動き出したような不思議な気持ちになった。
「よっし、そろそろ鞘の間に戻ろうぜアダン!
このままバックレてるとイワン先生から大目玉食らうしな! はは…
…は?」
隣に視線を移した時、そこにもう、アダンの姿は無かった。
「…アダン?」
返事は無い。
屋上には既にヨキしかいない。
そして、聖剣エクスカリバーは…
『俺のエクスカリバーはアダンに持っていかれた』
「おい!! アダン!?」
俺はすぐさま給水塔から飛び退いて、階下へと走る。
まさか、あのアダンに限って…?
聖剣を持ったまま、何も言わずに姿を消した?
悪い冗談だろ。
友達を疑うなんてよくない…ただ間違えて、先に鞘の間へ戻っただけだ!
階段を最速ですっ飛ばして、廊下を突っ走る。
すれ違う生徒達が俺を見て「英雄」とか「聖剣」とか口々に騒いでるけど、
今は気にしてる場合じゃない!
鞘の間にたどり着いた。
まだ先生達や生徒連中は浮ついてるみたいだ。
生徒の一人が俺を見て「英雄の凱旋」だなんて言ってるが、
言葉の使い方が違うし今は黙ってろ!
「ちょっとアンタ!」
不意に一人の女生徒が声をかけてきた。
この人は確か…えーっと…
「クラスメイトの名前も覚えてないの?
【ルシュリアンテ・トライアン】よ」
そうだ。
クラスで一番成績がよかった、名門トライアン家のご令嬢。
アダンとも仲が良かったはずだ。何か知ってるかもしれない。
「ルシュリアンテ…さん! アダンを見てないか?
ここに戻ってきたと思うんだけど…」
呼び慣れない名前で思わず噛みそうになる。
思えばこの学園に来て1年、俺はほとんどの時間を魔力の蓄積に費やして、
アダン以外の生徒とまともに交流をした記憶が無い。
「アダン君? 私は見てないわよ。 彼がどうかした?」
「いや…」
ダメだ。鞘の間に戻ってきていない。
だとしたらどこに行った? 一体どこに―…
ルシュリアンテに背を向けて、鞘の間を離れようとするが、誰かに肩をがっしりと掴まれる。
振り返るとそこには、不気味な笑みを浮かべる鬼教師、イワン先生の姿が!!
「自分の武器生成が終わったからといって神聖な儀式をトンズラするのは、
あまり褒められた行動ではないな? ヨキ・クリエル」
イワン先生に掴まれた肩に鈍い痛みが走る。
これだからこの先生は苦手なんだ!
「いっ…イワン先生。 俺ちょっと今はそれどころじゃ…」
「ヨキ・クリエル!!」
「あぎゃ!」
イワン先生の笑みが鬼の形相に変わった瞬間、
俺の全身を微弱な電流が走り抜け、思わず鳥みたいな悲鳴が出る。
恐らくは初級電撃魔法の応用だ。
生徒への体罰の為に、わざわざこんな魔法を開発しなくても…。
「貴様への罰はこんなものではないぞ。さあ…」
イワン先生が次なる刑を執行しようとしたその時、
いつの間にか周囲を取り囲んでいた生徒達が口々に叫んだ。
「聖剣は?」
「聖剣の力を見せてくれよ!」
「見たーい!!」
「キャー!ヨキ様結婚してー!!」
見回してから、チッと小さく舌打ちするイワン先生。
だがすぐに俺に向き直り
「聖剣の力については私も実際興味がある。何かやってみせたまえ」
おいコラ自由奔放教師。
神聖な儀式の最中に聖剣のお披露目なんてやってる場合か!?
ついさっきまでの俺ならここですぐさま聖剣を生成して、
イワン先生にカッコよく切っ先を向けて仕返ししたり、
強烈な一撃を繰り出して「俺、やっちゃいました?」とすっとぼけるところだが…
あいにく、今は聖剣が手元に無いから何もできない!!
それどころか、聖剣の生成に1年分の魔力を全部使い果たしたから魔法すら使えない!!
さりげなく、ルシュリアンテに助けを求めて目配せしてみるも…
さっと目を逸らされた。うーん。好感度が足りない。
さてどうしたものか…。
「なにもったいぶってんだよー!」
「早くなんかやれよ!!」
「つまんなーい!!」
「キャー!ヨキ様結婚してー!!」
沈黙を貫こうにも、ギャラリー共がそろそろ限界を迎えそうだ。
イワン先生も足踏みしながら俺に催促してくるし、
ルシュリアンテに至ってはギャラリーに混じって聖剣をお待ちかねだ。
こんな時…アダンがいれば…
いやいや、今はそのアダンを探しているんだろうが。
とにかくこの包囲網を切り抜けない限りは聖剣を取り返せない…。
俺は状況を打開するべく、
簡潔に、正直に、そして心に訴えかけるべく、
膝を折って頭を地面に擦り付け、叫んだ。
「スミマセンッ!!
聖剣エクスカリバーは友達に借りパクされたので今はなにもできませんっ!!!」
2年目の今日、1年間の努力が報われ聖剣を手にした男は―
『友達に聖剣を借りパクされた男』として学園中に名を轟かせることとなる。
この時はまだ、想像もしていなかった。
この物語は英雄譚ではなくて、苦難と絶望にまみれた苦学生の物語になるなんて。
To be continued...