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冬の公園

作者: G·I·嬢

 ある日、具体的には十二月の十二日。

 俺は押し寄せる寒波の中、公園のベンチに座っていた。

 

「実に真冬日和だ。乾燥した空気に肌をいじめ抜く寒気、先ほどまで寝ぼけていた頭もよく覚めたよ」

「俺は寒すぎてむしろ眠い」


 座るベンチには真島がいた。

 わざわざ人が寒空の下を歩いて来たというのに一切の謝辞などはなく、二本の角材を並べて作られたベンチの上で何やら語ってくる。

 呼び出しておいてその態度はどういう事か。


「そういえば、朝起きたらニュースでAIに関しての特集が組まれていてね。見聞を広めようと見ていたんだよ」

「ああそうかい」

「するとだね、なんでもほんの数十年の間にAIが人間様の仕事を沢山持っていくらしいじゃないか。これは由々しき事態だと感じたね」


 今更か。俺の感想としてはそれだけだった。

 現代の情報技術の発展は目覚ましい物であるという事は、少し世間の声に耳を傾ければすぐにわかる。

 それを今しがた知ったばかりでぺらぺらと語られても特に心に響きはしないし、ごうごう吹く風の方がよほど俺の意識を持っていく。


「つまり、僕たちが働き盛りに差し掛かる頃にはとんでもなく強大なAIによって仕事が奪われてしまうかもしれない。それを防ぐ為に僕たちは何か独自の力を身に着けないといけないんだ」

「そうか」

「あ、君は今すごくどうでもいいと思っただろう。そういう態度はいただけないな。そうだ、あそこに座ってる老夫婦を見てくれ」


 俺たちの座るベンチの向かい側には、髪を真っ白にした老爺と老婆が寒さからお互いを庇うように寄り添って座っていた。

 灰色な公園の景色の中で、彼らの周りだけが色を持っているように見えた。

 実に美しい光景だ。


「あの老夫婦はもしかしたらAIかもしれないよ、さらなる技術を追い求めた企業が独自に開発した人型ロボットで、何かの臨床試験を今まさに行っているのかもしれない」


 実に馬鹿らしい、いや、馬鹿の発言だ。

 

 しかし、この俺も同じく馬鹿である為、一つ考えが浮かんだ。


「……そうだな、だとしたらこんなのはどうだ?」


 俺は語り始めた。


*** 

 

 老夫婦は見ての通りに仲睦まじい関係であった。

 暑い日も、寒い日も、風の日も、雨の日も、雪の日も、寄り添っていた。

 その仲の良さはきっと近所中に知れ渡っている事だろう。


 ある日、老婆が死んだ。

 それは老爺にとっては半身をもがれた痛みに近い事象であり、すぐに老婆を蘇らせる方法を探した。

 そこで、AI、アンドロイドである。

 なぜ老爺がアンドロイドを手に入れられたのか、蘇ってはいないではないか、そんな事はこの際無視しておく。

 

 かつての妻に似たアンドロイドと連れ添い、寂しさを埋め続ける老爺。

 老爺は少しの違和感と引き換えに、人生にぽっかりと空いた穴を塞ぐことに成功したのだった。

 アンドロイドは己に課された役割を果たした。


 しかし老爺もまた老いていた。

 やがて老爺も死に、後には老婆のアンドロイドだけが残った。

 

 さて、あれほど仲睦まじい老夫婦だ。子供の一人はいるだろう。

 その子供は、ひとりぼっちになった老婆を痛々しく思い、老爺のアンドロイドを老婆にプレゼントした。

 どうやってアンドロイドを手にしたのか、倫理的にどうなのか、そんな事もこの際無視しておく。


 こうして仲睦まじい老夫婦はいつの間にやら仲睦まじい様を演じる機械夫婦になってしまった。という妄想である。


***


「ああ、いいじゃないか。ゾクッときたね」

「ははは、そうかそうか」


 我ながら良い妄想が出来たのではないだろうか。そう思い体を包む寒さが少し和らいだように感じた。

 向かいに見える老夫婦は俺が話している間、お互いに身じろぎ一つせずにベンチで寄り添っていた。

 

「おじいさん、愛していますよ」

「ああ、儂もじゃ」


 老婆の声は小さく、老爺の声は消え入るようだった。

 しかし、その二人の会話は俺の心に沁み入るように感じられて、途端に恥ずかしさが去来した。


 このように心温まる光景を妄想のいい材料にした挙げ句、あまつさえその素晴らしい夫婦愛に水を差すような妄想を膨らませてしまったことは恥ずべき悪徳である。


 じわじわと体が熱くなり、たらりと汗も流れた。

 襟口からはむわりと蒸気があがり、耳の先までぼんやりとした熱さに包まれていた。

 おそらく、顔は真っ赤だろう。

 急に居心地が悪くなった。


「どうしたんだい、そんなに顔を真っ赤にして」

「まあいいだろ、それより早く行こう」


 俺はそそくさとベンチから立ち上がり、その場から立ち去った。


「まったく、どうしたというんだい」


 真島がぶつくさと文句を垂れながら俺の横に並ぶ。

 

「ああ、野暮ったい野暮ったい!」


 無粋で野暮な妄想をした俺が言えた事ではないのかもしれないが、あの老夫婦にはお互いに長生きしてほしい。

 俺は背後に座っているはずの二人を想った。


















***


 男二人組が去った後、その公園には老爺と老婆だけが残った。


「おじいさん、愛していますよ」

「ああ、儂もじゃ」


「おじいさん、愛していますよ」

「ああ、儂もじゃ」


「おじいさん、愛していますよ」

「ああ、儂もじゃ」


「おじいさん、愛していますよ」

「ああ、儂もじゃ」


 やがて、日が傾き、沈もうとも、それらは同じ言葉を紡ぎ続けた。


 

 



 


 


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