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ウィップ・マスター! ~女王陛下の鞭使い~  作者: 先山芝太郎
四月/桜月/シェリーエ
3/5

(3)入寮、フローラ寮!……で、お前一体いつムチ使うのじゃ?

 フローラ寮のロビーにはすでに他の生徒たちが集まっていた。


「これで全員揃ったようですね」


 黒髪の女性がロビーに入ってきたリュカ、アリーチェ、ヴィーノ、ルー・アンの四名を見てそのように言った。

 年の頃は二十代半ば、体型はややふくよかだが、太っているというほどではない。顔もやさしい造りをしており美人と言ってよいが、それ以上に胸は大変に豊かで、強調するように腕を組んだ姿勢もあって自然とそちらの方に目が行ってしまう。


「ごきげんよう。このフローラ寮の寮監を務めるエミリア・フィリア・トビア・ノエルと申します」


 すでにこの場にいた生徒たちには名乗っていたであろうが、エミリアは改めてそう名乗り、淑女の礼をとる。あえて女王の存在に触れることはなかった。相手が王族であれなんであれ、教育者として立場を変えるつもりはないという意思表明であろう。


「一般教養の講義も担当しているから、教室で顔を合わせることもあるかも知れないわね。どうぞお手柔らかに」


 そういうと、エミリアは一同に向けて微笑みかけた。

 聖ジョゼット魔法学院には生徒が希望する進路に応じていくらかの学科が存在するが、それとは別に上流階級として最低限求められる知識や作法も身に付けなければならない。彼女はそう言った授業を担当しているらしかった。

 思春期の少年たちにとっては魅力的な告知であろう。お手柔らかにというか、あの乳がなんともお手に柔らかそうというか、エミリアが妙に胸部を強調しているものだから、割合淡泊なリュカですらなんだか恥ずかしくなってきて、紅くなって目を逸らしてしまう。

 エミリアはそんなリュカに気付いて視線を向けると、にこりと微笑みかけた。

 自分の劣情を見抜かれたような気分になったリュカは、ますます頬を染めてしまう。


「おのれェ~~~~~牛乳女ァ~~~~~ッ! あの乳で男子生徒たちをたぶらかして美味しくいただいてしまうつもりなのかのうッ、日替わりで美少年も珍宝にイーパーをリーズーなんかしちゃうつもりなのかのうッ、わらわの《分析アナライズ》によるとリューシウスの珍長はおおよそ11センチッ、清く正しい仮性包茎ッ、陰毛は見た目と性格に相応しいおくゆかしい生え方をしておるうえッ、マスをほとんどカかんせいか珍宝鑑定士のわらわですら見たことがないほどの美珍なのじゃッ、そんな珍宝をッ、ぬおおおおおッ、なんとうらやましいッ!! やはり現実はボインの一人勝ちなのかのうッ、わらわにもッ、Gとは言わんッ、せめてF、いやEでもあればのォ~~~~~ッ、今後の研究スケジュールに偽乳も」


 そこまで吼え猛ってからアリーチェは隣に立っているルー・アンの胸部を見た。そして。


「……はっ」


 思わず失笑した。

 そこには女性らしい乳房はなかった。ただ平たい胸板があった。

 いやむしろ、「何もない」が在った。


「BカップAカップを笑うという諺をご存じで?」


 ルー・アンはにこりともせずアリーチェの鼻の穴に右手の人差し指と中指を捻じ込む。


「笑止! BとAとでは大違いなのじゃ! というかそなたA未満の虚乳じゃろうが!」


 アリーチェは鼻の穴を拡張されようが余裕の笑みを浮かべていた。アリーチェも別に乳房が大きいわけではないが、さりとて小さくもなかった。これが勝者の貫禄というものであろう。

 アリーチェが発した言葉に反応する者が一人いた。


「虚乳……!」


 この場において唯一エミリアのボインに興味を引かれていなかった男がいる。

 二次性徴前の幼女でしか勃起しないと自ら豪語する、バルドヴィーノ・サンティノ・アエスタである。

 ロリータ・コンプレックス――いや、ハイジ・コンプレックスと言った方が正確かもしれない。彼に言わせれば巨乳など、エミリアの『女性らしさ』を体現したような豊満な体型など萎え要素しかない。

 ヴィーノは虚乳の持ち主であるルー・アンをしげしげと観察する。


「な、なんですか?」


 幼女趣味というところで大きく失点しているが、ヴィーノはかなりの美男子だ。身長は170センチ半ばだが手足はスラリとながく、これからもよく伸びるであろう。目鼻立ちもくっきりと整っており、赤い髪に緑色の瞳がよく映えていた。

 彼の生地であるサンティノ海岸は上流貴族の療養地としても知られ、この王都ダイアンサスに次いで流行の集まる場所である。田舎の素朴な空気を醸しているリュカと並ぶと猶更、ヴィーノは垢ぬけた雰囲気を発して見えた。

 そんな男にじっと視線を向けられて戸惑わない女がいるだろうか。ましてやクソ女王の相手をしているとはいえ、ルー・アンだって年頃の少女である。

 一通りルー・アンの顔と体を観察したヴィーノは、静かに首を横に振った。


「いや……ダメだな。身長が高すぎる……それに陰毛も濃そうだ」

「わたくしの陰毛がなんですって?」

「あっ、ごふっ、すいませ、ごふっ、ごふっ、げふっ、げふっ」


 ルー・アンは小刻みに拳をヴィーノの鳩尾に叩き込んだ。女王の侍女であり、護衛でもあるルー・アンはかなり鍛えている。流派はラダマンティス流双拳術。徒手による格闘術として、王都近辺ではかなりメジャーなものである。ヴィーノの肉体はそれなりに鍛えられてはいるが、その固い拳を叩きこまれてはたまったものではなかろう。

 そこで最終的に剣呑な形に落ち着いた二人のやり取りに何かを感じ取ったらしいアリーチェが勢いよく割り込んでくる。


「こっ、こっ、こここれはフラグを感じるのじゃァ~~~~~ッ! 性癖の壁を超えて見せるのじゃァ~~~~~! なあに男の珍宝など正直なもの! 直に刺激してやれば快楽堕ちまで半ページもかからぬぞォ~~~~~! 安心せよォ~~~~~ッ! 安心せよォ~~~~~ッ! 確かにルー・アンの陰毛は濃いが、日々手入れを欠かしてはおらぬのじゃァ~~~~~ッ!」

「わたくしの陰毛がなんですって?」

「あっ、ぐほっ、すいませ、ごふっ、ごふっ、げふっ、げふっ」


 ルー・アンは拳を小刻みにアリーチェの鳩尾へと叩きこんだ。先ほどより多少強めなのは相手がイケメンではないからだろうか。


「……よろしいかしら?」


 一部始終を見守っていたエミリアがやや白けた顔でそう声をかける。女王の醜態にも特に戸惑った様子はない。もはや今更、という話なのかも知れないが。


「ではまず、このフローラ寮の成り立ちについて簡単に説明します」


 そう言うと、エミリアは再び腕を組んだ。豊かな胸が強調され、自然と生徒たちの視線は彼女の元に集まる。


「このフローラ寮は元々、中級から上級貴族の子弟のために創られた寮よ。平民や下級貴族が入寮することを前提としているビアンカ寮と比べると多少寮則は緩やかです。あくまでこれは身分差別のためではなく、上流階級として相応しい教育を受けていない生徒に適切な振る舞いを身に付けさせるための、言って見ればカリキュラムの差ね。くれぐれもビアンカ寮の生徒たちを下に見るなんてことのないように」


 エミリアはそう言って生徒たちに釘を刺す。実際、フローラ寮に入る生徒は最低でも伯爵以上の家柄の令嬢令息たちだ。それもある程度伝統ある家柄でなくてはならない。商人や豪農、あるいは騎士や傭兵から貴族になる者は今も昔も珍しくない。彼らは与えられた身分に相応しい振る舞いが身についていないことも多い。それを叩きこむには授業時間だけでは不十分だった。それがフローラ寮とビアンカ寮に生徒が分けられている目的である。


「とはいえ今は学院創立当初と比べれば身分制度もそれほど厳しいものではなくなりましたから、今となってはフローラ寮とビアンカ寮の差はほとんどありません」


 エミリアはそのように付け加える。現在のオ・ディ・ビル王国の身分制度は比較的緩やかなものだ。庶民と対して変わらない生活をしているリュカのような貴族もいれば、貴族よりもずっと羽振りのいい豪商もいる。ここ数十年の王国では爵位はさほどの意味をもたず、どちらかというと経済力の方が重大であった。

 そんな世の中の流れに従って、かつては明白であった二つの寮の差も今ではほとんど差がなくなっている。


「かつての名残でフローラ寮とビアンカ寮の対立を煽る生徒たちがいるようだけど、金持ち喧嘩せず、断じて応じてはいけません」


 それでも身分に拘る者はいる。上位貴族であることに拘る輩と、とにかく上位貴族に反発したがる輩である。

 二つの寮の存在は、その対立を明確にするものなのであろう。


「ふふ、わたしもフローラ寮の出身なのだけど、当時のビアンカ寮の生徒たちは何かとわたしたちフローラ寮の生徒に敵愾心を抱いていてね」


 そう言って、エミリアは意味深に微笑んだ。


「あいつらときたら……『フローラ派は金目当てで嫁を選んだ人間のクズ』だの『フローラ派はどの面下げて山奥の村に行くんだ。人間の心を持っているのか』だの、『フローラは主人公に捨てられたらあっさり幼馴染に乗り換えた淫売』だのと……」


 エミリアはそこまで言うと、困ったように息を吐いた。

 それからだんと思いきり地面を足で踏みつけた。

 その場にいた生徒たちの肩がびくりと跳ねる。


「ふ、ふふふふざけるんじゃないわよ! あんた達こそ流されて自由意志を持たないタマなし野郎だってことがどうしてわからないの! 大体なんで一番好きな男に振られて二番目に好きな男と十年後結婚してたら淫売ってことになるのよ頭おかしいんじゃないのなんなのバカなのこの世の女は全部俺の所有物だとでも思ってるのサブヒロインが他の男キャラとくっついたら狂ったようにブチギレだす豚って全員ビアンカ派でしょわたしには全部わかってるのよほんっと男っていうのはさァ」


「先生?」


 突然荒ぶり始めたエミリアにリュカが困惑した声をかけると、エミリアははっと我に帰る。


「ああ――ふふ、ごめんなさい、ちょっと話が逸れたわね。でも最後に一つだけ言わせて?」


 エミリアは髪をかき上げ、手櫛で整えると、再び悠然と微笑んだ。

 そして拳を天井に向けて突きあげ、こう宣言した。


「ビアンカ派に死を!」

『ビアンカ派に死を!』


「女性の性を抑圧するビアンカ派に粛清を!」

『女性の性を抑圧するビアンカ派に粛清を!』


「ビアンカ派の珍宝は貞操帯で厳重な管理を!」

『ビアンカ派の珍宝は貞操帯で厳重な管理を!』


 その場に歓声が満ちた。


「ありがとう! ありがとう! エミリア・フィリア・トビア・ノエルと共和党にどうぞ清き一票を、え、お孫さんが生まれた? ええ、なんて素敵なめぐり合わせかしら! あら、来てくれてたのフランチェスカ、旦那さんは元気? ハグをしても?」


 エミリアは生徒たちと一人と握手し、あるいはハグをした。


「な、なんじゃこの空気は……」


 異様なまでの熱気に、アリーチェは一歩後ろに退く。


「わらわ前世でビアンカ派だったのじゃ! こんなところにいたら殺されてしまうのじゃ……」


 そう、アリーチェはビアンカ派だった。一度だけフローラを選んだこともあるが、子供の髪が蒼いのがどうにもしっくり来なかったのでやはり自分は生粋のビアンカ派なのだと自認している。

 もし、そんなことがこの寮の人間、あるいはエミリアに知られてしまったら。

 まあ思いっきり口に出してしまっているが……。


「こ、こんなフローラ派だらけの寮にいられるかなのじゃ! わらわは部屋に帰るのじゃ!」

「どこに行かれるおつもりかしら?」

「ひいっ」


 いつの間に背後に忍び寄っていたのか。

 先ほどまで生徒たちの前にいたはずのエミリアが、いつの間にかアリーチェの背後に立っていた。

 彼女はアリーチェの肩にそっと手を置く。


「あなたもフローラ派のすばらしさを知りましょう?」

「ひいっ、結構なのじゃっ、結構なのじゃっ」


 豊かな胸が、アリーチェの背中に押し当てられる。彼女が男であり、こんな状況でなければ喜ばしいことであったかもしれないが、生憎彼女は女であり、こんな状況である――。


「結構というのはいいですよという意味かしら」


 そう言いながら、エミリアがアリーチェの耳元に顔を寄せる。


「に、日本語特有の曖昧さを逆手に取る詐欺師の常套手段はやめるのじゃっ」

「いいセミナーがあるの! 宗教とか自己啓発とか、そういうのじゃなくてね、みんなで抱えている悩みとか、愚痴を話しあって、効率的な解決法や、ちょっとした気付き――智慧を得るための素敵なセミナーなんだけど」


 言いながら、エミリアはアリーチェの顔を胸元に抱き寄せる。

 男子生徒たちの羨望の眼差しがアリーチェに向けられるが、アリーチェ自身はちっとも嬉しくなかった。むしろ恐怖しかなかった。アリーチェは必死で逃れようと抵抗するが、エミリアの恐るべき乳圧の前には赤子の戯れに等しい。


「ぜ、絶対嘘なのじゃっ、それ後で勧誘が来るヤツなのじゃっ、は、離すのじゃァ~~~~~ッ」

「ネットやメディアで流れてくる風評だけで怖がっていたりはしないかしら? そういう話を実しやかに囁いてる人で、実像を理解している人がどれほどいるのかしら」

「そりゃ実像に触れようとしたらミイラとりがミイラになっちゃうからなのじゃっ! 政治と宗教をネタにするのはNGなのじゃァ~~~~~ッ!」


 アリーチェの反発を、エミリアは圧倒的な母性と乳圧を持って受け止める。


「ナモサッダルマプンダリーカスートラ、ナモサッダルマプンダリーカスートラ……」


 呪文の詠唱と共にエミリアの腕に力が込められていく。


「ひええええェ~~~~~、なんじゃこれはァ~~~~~ッ、乳が、乳が、乳が頭を締め付けてくるのじゃァ~~~~~ッ!」

「折伏!」


 ごきっ。


「ぐふぅっ!」


 アリーチェの全身から力が抜ける。エミリアが両腕を解放すると、その小さな体躯はその場に頽れた。アリーチェの顔は、心なしか幸福そうであった。

エミリアは何事もなかったかのように生徒たちの前に戻り、にこりと微笑む。


「さあ、続いて寮則を説明するわね」


 そういうと、エミリアは再び腕を組む。


「フローラ寮には男子棟と女子棟がありますが、特別な許可のない場合行き来は禁止です。全員未婚の男女なのだからこれは当然ね。起床時間は朝六時を目安に、朝食は朝七時半に中央棟の食堂でとること。配膳は各自で行ってください。女王陛下、あなたもですよ」


 エミリアはそう言って復活したアリーチェに水を向ける。


「無論なのじゃ。いつメイドプレイを要求されても良いようにその程度の雑用全般は心得ておるぞ。まあわらわは要求する側になるつもりじゃがの! のう……リューシウス……わらわの……男の娘メイドになるつもりはないかのう……?」


 アリーチェはすすすとリュカのそばによりその臀部をいやらしい手つきで撫でまわし、ふうと耳元に息を吹きかける。女王というかおっさんのような仕草であった。


 パン。息を吹きかけられたリュカは躊躇なくアリーチェの頬を引っ叩いていた。


「息が臭い」

「すいません……」


 リュカの冷え冷えとした言葉は思いのほか刺さったらしい。アリーチェは打たれた頬を押さえつつがっくりとうなだれた。

 エミリアがアリーチェに白けた目を向け、茶番の終了を確かめると、説明を再開する。


「で、外出時は必ず正面玄関の台帳に記帳してから外に出ること。門限は22時まで。外泊になる場合は必ず事前に許可を取るようにしてください。――ただし入学後一か月、桜月シェリーエの間は外出を禁じます。王都には治安の悪い場所もありますので、落ち着くまでは我慢してね」


 桜月シェリーエの王都ダイアンサスは何かと忙しい時期にある。これは学院についても同じで、教師たちの目が学院の外まで行き届かないことが多いのだ。このため慣例として、桜月シェリーエの間、生徒たちは外出禁止という風に定められている。


「お風呂は二十時まで。洗濯物は毎日二十一時まで寮母さんが受け付けています。それを過ぎると閉めてしまうから気をつけてね。消灯時間は夜二十二時です――何か質問は?」


 エミリアが生徒たちを見渡しながらそう問うと、アリーチェが挙手した。


「エロ本の持ち込みは?」

「エロ本に限らず、学業に関係のない物品の持ち込みは禁止です。ただし、それが学業に関わりのあるものだと教師を納得させられれば話は別です。例えばそれがエロ本でもね」

「エミリア女史は、週に何回マスをカくのかのう?」

「シャヌルの五番よ」

「中派かの? 外派かの?」


 エミリアはすうとアリーチェの背後に立つと、そっとその頭を豊満な胸に抱き寄せた。


「ナモサッダルマプンダリーカスートラ、ナモサッダルマプンダリーカスートラ……」

「ひえェ~~~~~ッ、乳がッ、乳が締まって」

「折伏!」


 ごきっ。

 どさり。再びアリーチェの体は脱力し、地面に頽れた。


「さて、では部屋割りを決めましょう」


 エミリアは何事もなかったかのように生徒たちの前に戻ると、帽子を一個取り出した。

 どこかで見たことのあるようなデザインの帽子だった。倫敦の駅の存在しないはずのホームから行ける魔法の学校で新入生が所属する寮を決める時に使われていたような、いなかったような、いや、たぶんちょっと微妙に使われていなかったはずのデザインである。


「部屋割りはこの帽子を被ると、帽子が喋って決めてくれます」


 そのシステムについて、リュカは首を傾げた。


「それは……セーフなんですか?」


 リュカの疑問に、エミリアは自身を持って頷いた。


「ギリセーフよ。ていうか……」


 エミリアは指を立てて補足する。


「そういう話をしたら、ここまでのくだりが全部アウトって話になるわね?」


 そう言われてリュカは納得した。今更何を言っているんだという話である。


「ごもっともです」

「そういうわけであなたから」

「はい」


 エミリアはリュカに帽子を手渡した。

 受け取ったリュカは特に拒否する理由もない。手渡された帽子を被る。

 帽子には魔力が通っているのだろう。頭皮にもぞもぞとしたむずがゆい感触が走る。同時に頭の上で帽子が動く感触。

 次の瞬間にはたっぷりと毛の生えたおっさんの腕が帽子から生えていた。


『ッはあ~~……』


 帽子がため息を吐く。


『だりぃわ……この時期だけ呼び出されんのほんっとだりぃわ……』


 帽子に自意識があると考えれば、気持ちは分からないではないが、その愚痴を聞かされる新入生たちはなんとも微妙な気分である。


『んっ』


 帽子は右手に人差し指と中指を揃えて、くいっと持ちあげるようなジェスチャーをする。

 だがそのジェスチャーの意味をその場にいる者の多くが理解できなかった。

 帽子は苛立ったように声を荒げた。


『っかァ~~~~~ッ! 常識がねぇのかよォ~~~~~ッ! 最近のお貴族様ってのはよォ~~~~~ッ! 煙草ヤニだよ、煙草ヤニ!』


 具体的に言われてようやくエミリアもこの帽子が好む物について思い当たったらしい。事前に渡されていた煙草を胸の谷間――なぜそこにしまっていたのかはわからない――から取り出すと、一本を帽子に手渡した。


『んっ』


 帽子は煙草を咥えると、口を動かしてくいくいと煙草の先を持ちあげた。

 どうやら何かを要求しているようだが、その意図が一同には理解できなかった。何せ大半が未成年であるし、そもそもオ・ディ・ビル王国には喫煙の習慣があまりないのだ。

 一同が戸惑っていることにイラついて、帽子はまた怒鳴り散らした。


『だぁらよォ~~~~~ッ! 火だよォ、火! タバコ持ってんだからよォ~~~~~! 火がいることくらいわかんだろうがよォ~~~~~! そんなことも言わなきゃわかんねェのかよォ~~~~~! おめえらほんと気が利かねえよなあァ~~~~~! 気が利かねえっつーか、常識がねえっつーかよォ~~~~~ッ! 親の顔が見てえわァ~~~~~ッ! ッとに最近の若いヤツはよお、しょうがねえよなあァ~~~~~!』


 言われてようやく帽子の要求を理解したヴィーノが、気を利かせて魔力を発動させ、煙草の先端に火をつける。

 煙草から煙が立ち上る。嗅ぎ慣れない匂いに何人かの生徒が顔をしかめた。

 それでやっと帽子は気分が落ち着いたらしい。帽子の苛立ちはどうやらニコチンの欠乏によるもののようだった。やはり喫煙者にはクソしかいないのだ。特に歩き煙草などするやつは許しておくべきではない。歩き煙草をする者は特別にロードローラーで轢き潰しても良いとする法令を日本政府は発令すべきではないだろうか。その程度の我慢も利かない喫煙者に人権はないんだよ。分かるか?


『今俺をかぶってるおめえと……そこの――《着火イグニッション》ってことはアエスタ家のガキか? そいつは1403号室な。はい決まり。次』


 帽子はあっさりと部屋を決めてしまった。重度のニコチン中毒であることを除けば割合ビジネスライクな性格であるらしい。

 リュカは帽子を脱いで、エミリアに返却した。

 そのリュカにヴィーノが声をかける。


「同じ部屋みたいだな」

「うん。気の合いそうな相手でよかったよ」


 アリーチェのインパクトの前にすっかり霞んでいるが、リュカの家は国家反逆罪の嫌疑にかけられ、他家から付き合いを避けられているような家柄である。それを気にせずにいてくれる相手が同室というのはそれだけで心強い話だ。

 それに重度のロリコンというのが珠に傷だが、ヴィーノは田舎育ちで都会をまったく知らないリュカにとっても臆せずに話せる気のいい相手だ。


「そなたら、いくら気が合いそうな相手じゃからってホモセックスとかに興じるんではないぞ」


 いつのまにか復活していたアリーチェが唇を舐めながら釘を刺す。


「ホモセックスとは聞き捨てならないわね」


 その発言をルー・アンが窘めようと口を開きかけたところで、背後から彼らに声をかける者がいた。

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