(2)前途多難!?フローラ寮への道程は無駄に長いのじゃ!
入学式を終え、サン・アレクサンドル講堂を出た生徒たちは、入寮手続きのため各々割り当てられた寮に向かっていた。
と言っても、現在聖ジョゼット学院に存在する寮はビアンカ寮とフローラ寮の二つだけだ。古参の貴族であるリュカやヴィーノたちはフローラ寮が割り当てられていた。二つの寮は見た目も構造もほとんど変わらない――強いていえば外壁がフローラ寮は青、ビアンカ寮は黄色に染められているくらいか。
荷物はすでにそれぞれの寮に預けてあるので、皆手ぶらだった。これから部屋の割り当てを決めることになるので、普段の入学式ならそちらの話題で中心になるはずなのだが、今回ばかりは別の話題で持ち切りだった。
言うまでもなく鮮烈なデビューを飾った女王アリーチェの件である。
「なんというか、凄かったな」
「強烈だったね」
当然、リュカとヴィーノも女王アリーチェについて話をしていた。たまたま席が近くであっただけの二人だが、あの騒ぎのせいか、たまたまなんとなく波長があったのかすっかり仲良くなっている。
「僕、家柄が家柄だから、結構不安だったんだけど」
リュカの実家であるゼファランシア公爵家はお家断絶こそ免れたものの、国家反逆罪の嫌疑をかけられ、領地を辺境に移封されたような家柄である。実際、親戚からも関わるのを避けられていたくらいで、リュカとしては後ろ指さされながらの学校生活を覚悟していたのだ。
「あー、正直どうでもいいわ」
ヴィーノは言われて初めて思い出したかのようにそう言う。
実際のところ、ゼファランシア公爵家の悪評など、アリーチェ女王の奇行の前には霞むだろう。
「だよね」
そう言って、リュカはため息をついた。
「僕はなんて小さなことで悩んでいたんだろう」
寮の入り口に続く渡り廊下を歩きながら、アリーチェ女王の言葉を思い出す。場にそぐわない下品なジョーク。突然の奇声。謎のダンス――。
「女王陛下があんなキ○ガイであることに比べれば、祖父の国家反逆罪なんてすごくちっぽけなことに思えてくる」
リュカの言葉にヴィーノも頷いた。
「そうだよな。女王陛下があんなキチ〇イであることに比べれば、二次性徴前の幼女でしか勃起しないことなんてすごくちっぽけなことに思えてくるよな」
「えっ」
できたばかりの友人の発言に、リュカは数十センチ身を引いた。
「きっつ……」
リュカは反射的に、ヴィーノにゴキブリに向けるような目を向けていた。
どうやら早くも二人の関係には溝ができてしまったらしい。
一方、物陰からそんな二人を見守る者たちがいた。
アリーチェ女王とその侍女ルー・アンである。
褐色の肌の侍女、ルー・アンはアリーチェの世話役兼お目付役だ。こんなのでも女王は女王である。まるまる放置というわけにもいかないのだ。二人は幼少期からの付き合いで、なんだかんだお互い遠慮はない。というか、そうでなければアリーチェのお目付け役など務まらないだろう。
会話に聞き耳を立てていたアリーチェ女王は思わぬ好感触にほくそ笑んでいた。
「くふふっ、着々とわらわの好感度が上がっておるようじゃの!」
ルー・アンが冷静に付け加える。
「上がってはいないと思われますが、さりとて下がっているとも言い難いですね。そもそもが初期値ですし」
ルー・アンの評価はさておいて、リュカとどうにか仲良くなりたいアリーチェは、さっそく女王が普通の生徒に違和感なく接触する策を考える。
「やはり王道はあれじゃの、トーストを加えて角から飛び出してくるヤツ」
「トーストがありませんが」
アリーチェの作戦の問題点を、ルー・アンが冷静に指摘する。
それくらいのことはアリーチェも合点承知の助である。アリーチェはには秘策があるのだ。
「そこでじゃ。アリーチェ女王のォ~~~~~ッ、三分クッキング~~~~~ッ」
どこからともなく登場した黒子がガラガラと移動式にキッチンを運んできた。聖ジョゼット魔法学院の物陰がハッピーでアットホームな感じのキッチンに早変わりである。
アリーチェはさっそく料理を始めた。
「まず~~~~~八枚切りの食パンを用意するぞォ~~~~~ッ!」
「八枚切りの食パンが一枚です」
アリーチェの指示に従って、ルー・アンが八枚切りの食パン一切れを皿に乗せて調理台の上に置いた。
「トーストを、オーブントースターで、5分ほど焼くぞォ~~~~~ン゛オ゛ラ゛ア゛ッッ!」
アリーチェは食パンを皿ごと勢いよくオーブントースターに叩き付けた。
「その時点ですでに三分ではありませんが……」
皿が気持ちよく割れた点について特に触れずに、ルー・アンはそのようにコメントした。
「焼いたものがこれじゃ!」
ルー・アンの指摘には特に返答をせず、アリーチェは冷蔵庫から焼きたてのトーストを取り出した。
「最初からそれを咥えていれば良かったのでは?」
「トーストにバターを塗るぞォ~~~~~!」
ルー・アンの指摘にはやはり返答をせず、アリーチェは次の手順を指示する。
「バター一欠けです」
ルー・アンが小型のボウルに分けられたバター一欠けを調理台に並べる。
「塗るぞォ~~~~~!」
アリーチェはカリカリに焼かれたトーストの表面にバターナイフを使ってまだ冷蔵庫から取り出されたばかりのバターを塗ろうとする。
「あっ」
だが、その行いこそが悲劇を生んでしまったのだ。
「バターがまだかたくて……ぱりっぱりのトーストの表面にめりこんでしまったのじゃ……」
さきほどまで冷蔵庫に入っていたバターは充分に溶け切っていなかった。それゆえに豪快なアリーチェの手つきに耐え切れず、カリカリの表面にバターがめり込んでしまったのだ。
「わらわは……トースト一つまともに焼けぬのか……なんと情けない女王か……」
トーストにバターを塗るこそすらできない、矮小な己の存在に、アリーチェは絶望した。
パン。そんなアリーチェにルー・アンがビンタした。
「いいから続けろ」
「はい」
アリーチェは先ほどまでの絶望などなかったかのようにルー・アンに次の手順を指示する。
「マーマレードを塗るのじゃァ~~~~~!」
「甘くて苦いマーマレード適量です」
ルー・アンが調理台に、小型のボウルに入った大さじ一杯程度のオレンジマーマレードを並べた。
「甘くて苦いマーマレードじゃと……これは歌わずにおれんのじゃ!」
しかしアリーチェの興味を引いたのはマーマレードそのものよりもルー・アンの発言の方であったらしい。
パンツの中からマイクを取り出したアリーチェはステップを踏みながらイントロを口ずさみはじめる。
「デデッデデッデデッデデッデデデッデデッデデッデ」
パン。ルー・アンはイントロの途中でアリーチェをビンタした。
「いいから続けろ」
「はい」
アリーチェは何事もなかったように用意されたマーマレードをトーストに塗った。
「さあ、これを口にくわえて、目当ての男子が曲がり角に差し掛かった瞬間に突撃するんじゃァ~~~~~!」
そう言ってトーストを咥えると、アリーチェはロビーに向かって談笑しながら歩いているリュカ目がけてすごくわざとらしい女の子走りで突進した。
「おっと危ない」
リュカは突進をかわした。
リュカの胸に飛び込む体勢に入っていたアリーチェは見事に肩透かしを食らった形となり、地面に豪快なヘッドスライディングをすることになった。
微妙な沈黙がその場を支配する。
「ふっ……」
だが女王たるものいついかなる時も余裕を失ってはいけない。
アリーチェは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
「ルー・アン……」
パンツの中から扇を取り出すと、後ろからついてきた侍女にその先端を向け、堂々と指示を出す。
「ここでオープニングテーマのオケを流すのじゃ! わらわはデキる女王じゃ! 書籍化どころかアニメ化もすでに想定にいれておるのでな!」
堂々としたその下知に、一同は
「ウゼェ」
「うざ」
「くっさっ」
誰がどれを言ったのかは分からないが、そのように小声で吐き捨てた。
「今くっさって言ったの誰じゃ!」
女王はこほんと咳払いすると、もう一度畳んだ扇を振って、ルー・アンに指示を出す。
「いいからルー・アン」
「オープニングテーマというとこのミニディスクのことですか」
ルー・アンはアリーチェが用意していたのであろう音響機材とミニディスク(知らない人は検索してみよう! 君が今使っている道具はなんのためにあるのかな?)を手にすると、確認のためそう尋ねた。
ミニディスクには「アリーチェ女王のムチムチ大冒険~ヒミツの珍宝☆アイランド~ オープニング主題歌 ~イントゥスルメンタルVer~」と書いてある。
「そのミニディスクじゃ!」
「はあ~~~~~ァッ、かしこまりましたァ~~~~!」
ルー・アンはアリーチェの言葉に頷き、脚を肩幅に開き、地面を踏みしめ、大きく息を吐きながら、ミニディスクを空中に放り投げると、
『ラダマンティス流双拳術・奥義!』
双の拳を強く握り、
『鉄砕乱舞!』
鉄をも砕く剛の拳を、目にもとまらぬ速さでミニディスクに叩きこみ、ディスクを粉々に粉砕した。
それから、音響機材の再生ボタンを押す。
それを見届けたマイクを手にしたアリーチェが歌い始めた。
「Wow~ WowWow~……ん? オケが流れてこんのじゃ?」
「気のせいでは?」
「気のせいかのう……」
アリーチェが首を傾げる。確かに再生ボタンは押されていたはずなので、音が流れないはずはないのだ。気のせいかもしれない。
気を取り直してアリーチェが再度歌い始める。
「Wow~ WowWow~……む? やはりオケが流れてこんぞ!」
やはり気のせいではない。本来流れてくるはずの音楽が流れてこないではないか。
その不可解な現象についてルー・アンはこのように説明した。
「それは……女王陛下の美声にオケの方が遠慮してしまっているのでしょう。どうぞお気になさらず」
「そ、そうかの? では気にせず歌うとしよう」
アリーチェは納得して改めて歌を再開した。
「Wow Wow Wow 珍宝アイランド
珍宝にも 色々あるわ 個性があるわ
大きな珍宝 小さな珍宝 被った珍宝 ズル剥け珍宝
短小包茎だっていいジャン☆ みんな珍宝 素敵な宝物
ステキーチェ☆アリーチェ 瞳閉じて Far Away 勃起させてあげる
(セリフ)えっ!? いつも買ってるトイレットペーパー、向こうのドラッグストアで20円安かったって!?
でもでもだってくじけないわ だって だって だって
※イケメン 珍宝パラダイス スイーツ 珍宝バイキング
つかめ つかめ つかみどり ゲットしてみせるわ
※くりかえし
逆ハー目指すの 女王の権力で
初めてのキスは ちょっとイカくさい♥」
アリーチェが最後のフレーズを歌い切ると、ルー・アンが適当にぱちぱちと拍手をした。
リュカとヴィーノはアリーチェを白けた顔で見守っていたが、しばらくしてリュカが困惑した様子でこう言った。
「あの……それ、面白いと思ってやってるんです?」
その問いは思いのほかアリーチェに刺さったようで、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
女王はゴロゴロと地面を転がりまわり始めた。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
アリーチェはうつ伏せになり、顔を覆い、ビクンビクンとのたうつ。
それからばっと立ち上がると、
「急に我に返らせるのはやめるのじゃアアアアッ! 無慈悲ッ! あまりにも無慈悲ッ! そなたには人の情けというものがないのじゃッ!?」
そのようにリュカを非難する。
「そなた前回はそれなりに気をつかっとったよな!? そこにおるホモ要員に指さすなとか言うておったよな!?」
パン。ヴィーノを指さして言ったアリーチェを、ルー・アンがビンタした。
「何をするのじゃルー・アン!」
強めにビンタされたアリーチェは頬を押さえ、潤んだ瞳でルー・アンを睨む。
「初対面の男性相手にホモ呼ばわりとは女王以前に一人の女性として無礼極まりない振る舞い――」
ルー・アンは主に対して毅然と言い放った。
「あえて死ねとまでは申しませんが……死ね!」
「結局死ねって言うておるな!?」
一方でアリーチェにホモ要員呼ばわりされたヴィーノはちょっと落ち込んでいた。
「俺そういう風に見えるのか……」
バルドヴィーノはホモではない。幼女でしか性的劣情を催さない真性のロリコンではあるが……。
リュカはそんなヴィーノの肩にそっと手を置いて励ましの言葉をかける。
「いや、男が二人揃ったらそういう風に見える病なんじゃないかな、たぶん」
「複数患ってるんだな……」
『なんておいたわしい……』
男子二人はアリーチェに揃って哀れみの目を向けた。女王が患っているのはどうやら性癖過多だけではないらしい。
「そんな目で見るのはよすんじゃ! わらわは精神異常者ではないのじゃ! あなたに健康お届けデリバリーヘルスなのじゃ!」
アリーチェはぶんぶんと首を横に振って向けられる憐憫を振り払う。
そんなアリーチェだが、ふと真顔に戻ってこう言った。
「ただまあ夜中に一人でおると誰もおらんはずなのに誰かがわらわの悪口を囁いているのが聞こえてくることはあるんじゃがの……」
そう語るアリーチェの瞳は虚ろであった。
「完全に患ってるじゃねえすか……」
ヴィーノはアリーチェの異様なテンションの上下はやはり病気であったかと確信した。
「おいたわしい……」
リュカはそんなアリーチェを憐れんで、アリーチェの手を取る。直接触れないよう、ポケットから取り出したハンカチを間に挟むことも忘れない。
「大丈夫、心の病は、精神の異常ではありません。風邪のようなもの。脳内物質の変化による、そう、脳という臓器の病です。一緒に病気と戦いましょう! 僕らも協力しますから」
優しく語り掛けるリュカに、アリーチェは頬を染めて問い返す。
「そ、そうかの? 協力してくれるのかの?」
「僕にできることなら」
「それなら、その、そなたにく、クンニリングスなどしてもらえれば……この心の乾きも収まる気がするのじゃ」
パン。リュカはアリーチェの頬を叩いた。
「調子こいてんじゃねぇぞメス豚。マ〇カスの匂いがここまで漂ってくんだよ。マスカいたあとちゃんと洗ってんのか?」
リュカはぞっとするような冷たい表情で、しかし優しく諭すような声で、そのようにアリーチェを罵った。
打たれた頬を押さえながら、アリーチェは震えた。背筋にゾクゾクと寒気が奔った。彼女はちょっと興奮していた。もちろん性的な意味で。
「はっ」
突然豹変したリュカの態度に一同は唖然としていたが、数秒間をおいて、リュカは我に返ったらしい。
顔を赤くして自らの非礼を詫びた。
「す、すいません。僕ったら、なんてはしたないことを……」
「はしたないとかそういうレベルの話じゃないからの!? そんな言い回しどこで覚えてきたんじゃ!?」
アリーチェ的に自分はドMではなかったので、こういうので興奮するのは甚だ不本意であった。というか、リュカにこういう一面があるなんて意外の一言である。アリーチェがそう叱責すると、リュカが多少言い辛そうに答えた。
「その、パ……父上が……」
「ナローシュが……?」
「連れ込んできた他所の女に……その……横で見ている僕にこのフレーズを言えと……」
そこまで言うとリュカは頭を抱えて震え出した。
「う、うああ、パパ、パパ、知らない女の人と裸になってベッドの上で何をしているの? セックスは愛する人とする尊い営みではないの? パパは母さんを愛してはいないの? ぼくは愛のないセックスで生まれてきた汚らわしい子どもなの? う、うあああ、セックスはきたない! セックスはきたない! セックスはきたない!」
「あっいかん割と深刻なトラウマスイッチを押してしまったのじゃ! ルー・アン!」
突然発狂し始めたリュカにこれはまずいと判断したアリーチェは、ただちに侍女に指示を出す。
「沈静剤じゃ!」
以心伝心、何しろ付き合いの長い侍女である。手にした扇が振るわれるよりも早く、ルー・アンは動いていた。
「サァーッ!」
かけ声と共に空中に舞い上がったルー・アンの肘鉄が、リュカの鳩尾にめり込んでいた。
「ぐふっ」
肘鉄をまともに食らったリュカは息を吐いて倒れた。目覚めた時には正気を取り戻していることだろう。
「危ないところだったのじゃ……」
アリーチェは額の汗を拭った。いきなり発狂者を出すわけにはいかないのだ。
「むう、しかし今のでわらわの心の迷いはより深くなってしまったのじゃ」
アリーチェのその言葉に、ヴィーノとルー・アンの視線がそちらを向く。二人とも不可解そうな顔をした。欲望に忠実にしか見えないアリーチェに心の迷いもへったくれもないだろうと思っていたからだ。
アリーチェは無言の内に投げかけられた疑問に答えるかのように、胸中の迷いを告白した。
「怯えて抵抗する純朴な少年を暴力で屈服させてむりやりク〇ニさせるのと、さっきの調子で罵ってもらいながらク〇ニしてもらうのと、どっちがより高く深い絶頂に近づけるのか……わらわには、わらわには」
アリーチェは頭を抱えた。己はマゾか、それともサドか。それは大いなる――矛盾であった。
「わらわにはもうわからぬ!」
パン。そんなアリーチェの頬をヴィーノが思いきりビンタした。
「他人のトラウマを劣情のネタにするとはあまりにも人としてもあまりにも卑劣――」
ヴィーノは女王相手に毅然と言い放つ。
「あえて死ねとまでは言わねえが……死ね!」
「はい……すいませんでした」
普通に正論で普通に反論の余地がなかったのでアリーチェは普通に謝った。
「はあ……とりあえずノルマもこなしたことじゃし、いい加減寮に向かうとするかのう」
ビンタされまくった頬を氷嚢で冷やしながらアリーチェが言った。いつまでも渡り廊下でぐだぐだしているわけにもいかないのだ。
「ノルマ?」
ヴィーノに介抱されて起き上がったリュカがそのよくわからない発言に首を傾げる。
「ビンタノルマじゃ」
氷嚢から取り出した氷をバリバリとかじりながらアリーチェがしたり顔で言った。
「ビンタノルマ?」
ヴィーノが首を傾げる。
「ほら、とりあえずこの場におる三人にはビンタされたしの? なんとなくノルマを達成した感があるじゃろ?」
『はあ……?』
アリーチェの説明に、リュカとヴィーノは揃って首を傾げた。
端的に言って、意味が分からない。
「リューシウスさん、バルドヴィーノさん」
アリーチェの手から氷嚢を奪い取りながら、ルー・アンが補足する。
「どうか、アリーチェ様のことは放置、スルー・オブ・スルーにてお願いいたします。構うと付けあがるので」
「そこはもっと暖かい言葉をかけるところじゃないのかの!? ていうかそなた一応わらわの家臣じゃろ!? か! し! ん! もっとフォローするとか、いろいろあるじゃろ!」
アリーチェはルー・アンの補足に猛然と抗議するが、リュカとヴィーノはそれで納得したらしい。
『わかりました』
二人は揃って頷く。
「そなたらもわかりましたじゃなくてじゃな! わらわたちが交流を深めんと、話が進まんじゃろうがあああッ!」
アリーチェは蹲ってがしがしと地面を拳で殴りつけた。
「あっ、僕婚約者いるんで、あまり異性と不用意に親しくするのはちょっと……」
「俺はまだいないけど、変な噂が流れるのはちょっと困るんで」
リュカとヴィーノはそう言って女王との交流を拒否した。言い訳としてはもっともな話ではある。というか、単純に女王の言動に問題がありすぎる。
「そ、そんな、あんまりじゃあ……」
アリーチェは地面に顔を伏せ、ピロロ~~ン、ピロロ~~ンと泣いた。
そんなアリーチェの背中を、侍女のルー・アンが慰めるようにさする。
「アリーチェ様、そう気を落とされないでください。まあこんな性病のキャリアになってそうな女誰だって願い下げだとわたくしも思いますが、病原体には免疫ができ、病原体はいつか体外に排出される日がくるもの……その日を信じて、今は一人上手を究めましょう?」
「そう、じゃな……」
アリーチェは体を起こすと、少し寂しげに微笑んだ。
「すまぬな、ルー・アン。そなたには、心配ばかりかけておる」
アリーチェは、立ち上がり、一瞬納得しかけるが、はっとルー・アンの問題発言に気付き、猛然と食ってかかった。
「……って何を人をナチュラルに性病持ち呼ばわりしておるんじゃそなたは! 性病なんて持っておらんわ! 一人上手じゃぞ!? わらわヴァージンじゃぞ! ヴァージン! なんなら処女膜を確認するかの!?」
アリーチェはパンツを脱ごうと構えるが、ルー・アンはまあまあとそれを諌める。
「ほら、寮のロビーに参りましょう? それこそ話が進みませんわ」
「むう、それもそうじゃの……」
確かにその通りだ。アリーチェが不承不承うなずくと、一同はフローラ寮へ向けて渡り廊下を再び歩きだすのであった。