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ウィップ・マスター! ~女王陛下の鞭使い~  作者: 先山芝太郎
四月/桜月/シェリーエ
1/5

(1)入学式~覚えて帰ってポッピドゥ!~

 オ・ディ・ビル王国、王都ダイアンサス。

『水と魔法の都』と称されるこの街を象徴する建物が二つある。

 一つは女王を筆頭とする王族の暮らすグラン・ガル・グライム宮殿。

 もう一つが王国中――いや、大陸中の最先端魔法技術が集まるこの聖ジョゼット魔法学院である。


 春爛漫の桜月(シェリーエ)。この聖ジョゼット魔法学院、サン・アレクサンドル講堂には、王国中から十六歳の少年少女が集まって来る。

 その大半が貴族の子弟だ。上流階級に相応しい礼儀、作法、知識、教養などを身に付けるためにこの学院に入学してくる。


 リューシウス・ルミノサス・ゼファランシア――リュカもその内の一人である。


 一応は公爵家の長男であるリュカだが、公爵家と言っても今や名ばかりの貧乏貴族。従者もなく、制服を用立てるのがやっと。華やかな王都においては庶民とさして変わりない生活水準だ。

だがちらりと周りを見渡す限り、リュカと同じような庶民くさい少年少女がいないわけではなかった。


 なにせ、貴族といってもピンキリである。


 リュカはそのピンとキリで言えばキリの方だ。リュカの生家、ゼファランシア家は元々オ・ディ・ビル王国西南部にある広大なゼフィランサス平原を治める大家であったが、先代当主、ハイラム・ゼフィランサス・ゼファランシアの代で国家反逆罪の嫌疑をかけられ、北東の小さなルミノサス盆地に移封となったのだ。


 そのルミノサスにある唯一の集落、ルミノサス村は理髪師もろくにいないド田舎だ。自分で切り揃えるしかないのだから、それが面倒なリュカは伸びた金髪三つ編みにして適当にまとめている。


「――で、あるからして、――君たちは――新しい――この――王国を担う――」


 壇上では、この聖ジョゼット魔法学院の成功責任者であるエアロ学長が祝辞を述べている。

 だが生真面目な性格なリュカの頭にもまったく内容が入って来なかった。いい加減リュカも限界が来て三つ編みの先を弄び始める。


(面倒だけどそろそろ切った方がいいかなあ)


 そんなことを考えていると、ちょいちょいと背中をつつかれる。

 ちらりと後ろに軽く視線を向けると、赤毛の少年がこちらへ顔を寄せてきた。


「なあ、三つ編み、お前、名前は?」


 リュカよりもすらりと背の高い少年は、小声でそうたずねてきた。リュカは学長先生の話の途中だとたしなめようとして、やはりやめた。どうせ学長の話にろくに中身などないだろう。咎められない範囲なら、他の生徒の眠気覚ましに付き合ってやる程度の柔軟性は、リュカにだってある。


「俺はバルドヴィーノ・サンティノ・アエスタ。ヴィーノでいいぜ。固有魔法は《着火イグニション》だ。大体なんでも燃やせるぜ」


 別にそんなことまで聞いてはいないのだが、名乗られたら名乗り返すのが礼儀と言うものだろう。


「僕はリューシウス――」


 家名まで名乗ろうとして、リュカは少し迷った。ゼファランシア家は国家反逆罪の嫌疑をかけられた家柄だ。


「リュカでいいよ」


 結局、家名は名乗らないことにした。この場は無難に納めた方がいいだろう。幸い、ヴィーノは大ざっぱな性格なのか特に気にならなかった様子で、あっさりと話題を次に移した。


「女王陛下も一緒にご入学らしいな」


 ヴィーノの言うように、この国の女王はまだ十六歳だ。それで成り立つのはこの国の王が実権を持たず、議会制の統治を行っているからだろう。


 ともかく、その女王が今年聖ジョゼット魔法学院に入学してくる、というのはリュカも聞いている話だ。


「そうらしいね」


 リュカは頭を動かさず、真っ直ぐ前を向いたまま返事をする。


「新入生代表として挨拶するらしいけど、どんなお人なんだろうな」

「さあ……」


 家にもよるが、特に領地を持っているような貴族は、領地にちなんだミドルネームを付けるものだ。ヴィーノであればサンティノ――恐らく大陸東南部にあるピエーデ半島、そこにあるサンティノ海岸にちなんだものであろうから、王国からは大分遠い。リュカと同じく、これまで王都から離れたことのなかった女王――アリーチェの人となりを知りようはずもなかった。ただ――。


「パ……父上は、ちょっと変わったお方だと言っていたよ」


 どういう経緯でかは知らないが、リュカの父、現ゼファランシア家当主であるナローシュ・ルミノサス・ゼファランシアは女王アリーチェと面識があるらしく、いつだったかの晩酌の折にそんなことをこぼしていた。


「まあ、宮殿に引きこもってマギテクいじってるようなお方だって噂だしなあ」


 ヴィーノがそんなことを言っていると、


「ええい、そなたの話はつまらんのじゃ! どくのじゃ! わらわが話すのじゃ!」


 黒髪の少女が、壇上のエアロ学長にドロップキックを決めていた。


「――相当変わってるんだろうなあ」


 予定では、エアロ学長の祝辞の後に、アリーチェ女王による新入生代表の挨拶である。


「新入生の諸君! ポッピドゥ!」


 転倒したエアロ学長の上でお尻を突きだし、大きく前傾し、投げキッスのポーズ。


 長い黒髪、菫色の瞳、小柄で、すこし吊り目気味。中々の美少女ではあるが――。


「――まさかアレじゃないよな?」

「そんなまさか」


 ヴィーノの言葉を、リュカは曖昧に笑って否定した。

 美少女ではあるが、女王らしい振る舞いとは言い難い。

 他の生徒たちも同じ感想を抱いたのであろう。皆一様に困惑して黙り込んでいる。


「ん~~~? 声が小さいぞ~~~? ポッピドゥ!」


 それが不満だったのか、女王(仮)は耳の後ろに手を当てて煽ると、もう一度同じポーズを取った。そうすると、渋々、と言った様子で講堂の各所から「ポッピドゥ……」というレスポンスが返ってくる。それで女王(仮)はいたく満足した様子だった。


 女王にあるまじきウザさである。


「――まさかアレじゃないよな?」

「そんなまさか」


 ヴィーノの問いを、リュカは曖昧に笑って否定した。


「二階席のみんなも一緒に~~! ポッピドゥ!」


 興が乗ったのか女王(仮)はさらにノリノリでもう一度ポーズを取る。


「大分ウザいんだがまさかアレじゃないよな!?」


 ヴィーノが後ろからゆさゆさと肩を揺さぶって来る。

 宮殿の私室に引きこもり日がな一日魔学技術マギテクと向き合う美少女――少し偏屈だが知的でクールな美少女――そんなのをヴィーノは想像していたのだろう。


「僕に言わないでよ」


 その幻想が無惨に打ち砕かれようとしているのはリュカのせいではない。揺さぶられたってあの女王(仮)いなくなるわけではない。いや、まあ今のところ、あれが女王である可能性は極めて高いと言えるが、彼女自身が女王と名乗ったわけではないから、ウザい女王とウザくない女王が重なり合った状態で、


「わらわがアリーチェ・ギューフ・フィリア・バルトロメオ・ルクレチア・ダイアンサス・クイン・オ・ディ・ビル・ロゼッタである!」


 名乗った。確定した。あのウザいのが女王だ。

 女王はエアロ学長を足で押し退けて演壇に立つと、背筋を伸ばし、胸を張ると、真っ先にこのように述べた。


「このポッピドゥという挨拶をどうか覚えて帰ってほしい。昨日寝ずにに考えたのじゃ」


 この言葉について、ヴィーノの感想は以下である。


「すこぶるいらねえ」


 リュカの感想は以下である。


「いいから寝ろよ」


 女王の睡眠時間を心配している分、リュカの方が多少優しい感想と言えるのではなかろうか。


「さて……」


 女王陛下は静かに語り始める。荘厳たる威厳を持って(失笑)。


「時は桜月(シェリーエ)。性欲の春じゃ。ましてやわらわたちは若さはじけ――あっ、はじけるレモンの香り! はじける十六歳! 特に男子諸君は箸が転がっただけでも勃起する年頃じゃと思う」

「『何を言い出すんだあいつ』って気持ちはその顔だけでよく伝わってくるけど一応女王陛下だから指さしたらだめだよ」


 真顔で力説するアリーチェを指さそうとするヴィーノの手をリュカはそっと押し戻した。


「そんな時にはマスをカくのが一番じゃが――ここで一つ問題がある」

「『その発言の方が問題だろ』って気持ちはその顔だけでよく伝わってくるけど一応女王陛下だから指さしたらだめだよ」


 深刻そうな顔で問題提起するアリーチェを指さそうとするヴィーノの手をリュカはそっと押し戻した。


「この場にいる多くのものが貴族、あるいは豪商の出身じゃろう。そう言ったものは多くが一人部屋で生活していたはずじゃ! 言ってみればマスなんて一目を気にせずカき放題! じゃがこれからはそうはいかん! たとえば――こんな話がある」


 そこまで言って、アリーチェは、すう、と息を吐き、目を閉じる。

 それから目を開き、再び話し始めた。


「ある日のことじゃ。秘蔵のエロ本を手にしたわらわは、その、陰核を、の! ふふっ、改まった場でこんなことを話すのも、その、照れるのう!」


 ……。


 三点リーダー以外で表現しようのない冷え冷えとした空気が、講堂に広がっていく。


「まあとにかくじゃ! エロ本のクライマックスに合わせて、わらわのテンションも、快楽も、すわァッ、クライマックサァッ! というところでのッ、ばあやがノックもせずに部屋に入って来ての……何も見なかったかのように洗濯ものを回収して出て行きおったわ……逆に……逆になんか興奮してしまったんじゃがの! わっはっは――」


 …………。


「ええい! 今のはギャグじゃ! 笑うところじゃ! そんなしーんとなると、わらわがなんかその、す、す、す、スベったみたいになっちゃうじゃろうがあ……悲しく、悲しくなっちゃうじゃろうがあ……」


「みたいじゃなくて実際スベってるんだけど」

「ポッピドゥの段階でスベってたよな」


 男子二人の評価は辛辣であった。


 気を取り直してアリーチェがスピーチを再開する。


「こほん、とにかく、わらわが何を言いたいかと言うとじゃな!」


 ひえっひえの空気を振り払うかのようにアリーチェが演台を手の平で叩く。


「そなたらは、今日からルームメイトと共同生活を送ることになるがっ、気を使いすぎるのはお互いよくないぞ、ということを言いたいのじゃ!」


 アリーチェ女王はこれまた普通すぎるくらい普通なことを言い始めた。


「――地味だな」


「まあ、大事なことと言えば大事なことだけど」


 リュカとヴィーノは肩越しに顔を見合わせる。


「ルームメイトに気を使って! マスをカくのを無闇に我慢するのはいかんぞ! 性の抑圧とはつまりっ、自我の抑圧でもあるのじゃ! あるいは鬱屈した性欲は、性犯罪や変態性癖につながることもあるかも知れん! 良いか! むしろ! 積極的にマスをカいていけ! マスとは自由への道程である! オーガズムとは人間性の解放である! オカズがないなら二段ベッドの上だか下だかにいるやつを理想の異性だと思い込んでオカズにするくらいの気概でいけ!」


「『あいつ単に公衆の面前で下ネタ言いたいだけなんじゃねーのか』って気持ちはその顔だけでよく伝わってくるけど一応女王陛下だから指さしたらだめだよ」


 高らかに主張するアリーチェを指さそうとするヴィーノの手をリュカはそっと押し戻した。


「じゃが――オカズがないと物足りない、という気持ちも分からぬではない。そなたらはもう十六歳、されどまだ十六歳、でもある。体は大人! 頭脳は子供! 珍宝はいつも一つとは限らない!」


「いや、いつも一つだろ……」

「二つ以上あったら化け物だよ……」


「わらわほどの境地にそなたらが達するのには時間がかかろう……そこで今日は特別に! 男子諸君のためにわらわが自らオカズを用意した!」


 アリーチェがパチンと指を鳴らすと、舞台袖から数名の侍女が現れた。侍女はバスケットのようなものを抱えており、そこには――


「わらわのパンティ(使用済)である。ありがたく受け取るがよい」


 侍女たちは舞台から降りると、一様に不本意そうな顔をしてトングで一枚ずつ女王のパンティ(使用済)を掴み、男子生徒たちに押し付けていった。


 仮にも女王陛下の贈り物である。


 男子生徒たちに、拒否権など、存在、しなかった。


「……」


 死の布片(今名付けた)を受け取ったリュカはそれを病気の子供の吐瀉物を観察するような優しい気持ちで眺め、こう呟いた。


「この茶色い筋みたいなのは」

「やめろ……それ以上何も言うんじゃねえ」


 後ろからヴィーノの疲れた声が聞こえる。――特に好きでもない相手の下着で興奮できるのは結構な上級者である。


「そなたらはそのパンツの匂いを嗅いでもいいし、香りを味わってもよいし、臭気を胸いっぱいに吸い込んでもよい。一枚ごとに発酵度が違うのは――ハンドメイドのぬくもりというところでどうか容赦してもらいたいのじゃ」


 匂いを嗅ぐ以外に選択肢はないらしい。というか発酵とは。要約すると脱いだ下着を洗わず放置していたということだろうか。


 そんなものを贈らないでほしい。


「本来なら女子にも然るべきイケメンのパンツ(使用済)を用意すべきところだったのじゃが――昨今好みも多様化しておるし、なかなかどうして、適切なイケメンが用意できんでな。どうか、許してほしい」


『過分なご配慮を賜り、ありがとうございます!』


 女子生徒は声を揃えてそう言った。


「今ほど女に生まれりゃよかったと思ったことはねえな……」


 後ろでヴィーノがそう呟いた。


「そうだね……」


 女に生まれていればこの恐るべき死の布片を受け取らずに済んだのであろう。それだけでも少し女子生徒たちが羨ましく思えてくる。


「で、どうする? これ……?」

「……」


 リュカは考える。

 オカズにしろと言われてもこんな不衛生なもの、正直取り扱いに困る。

 だがよく考えよう。

 これは女王陛下からいただいたものだ。

 もらった以上は――自分のもの。自分のものをどうしようと、自由なのではあるまいか?


「ねえヴィーノ。アエスタ家の固有魔法は?」

「《着火(イグニッション)》!」


 シュボッ!


 死の布片は燃えて、灰になった。

 さすがにそれは壇上のアリーチェの視界にもばっちり入ったらしい。

 心を込めた贈り物を灰にされたアリーチェが血相を変える。


「ちょっ、そ、そなたら、何を燃やしとるんじゃあああああっ、わらわが一年かけて育てあげた発酵パンティ(使用済)をおおおおお!」


 リュカとヴィーノを指さし、


「許さん、許さんぞおっ、パンツを燃やしたことによる国家反逆罪ッ、略してパン逆罪でッ、逮捕なのじゃあ~~~ッ!」


 そのように喚き散らした。かなり理不尽である。

 だが、時に王の無体を正すのも臣下の務め。

 リュカは堂々と挙手し、発言の許可を求めた。


「じょおうへいか!」

「むっ、いい度胸じゃ、下手人の発言を許可する!」


 女王陛下の許可を得たリュカは、胸を張ってこう言った。


「いのちはもえつきるしゅんかんが、いちばんひかりかがやくものです!」

「なるほど、そうか! なら仕方ないのう!」


 リュカの言葉に胸を打たれた女王はそのまま踵を返し、舞台袖へ立ち去ろうと――


「……いかん」


 ――したところで、くるりとまた演壇にもどってきた。


「危うく騙されるところじゃったわ」


 そう言って軽く奥歯を噛むと、アリーチェが演台を拳で叩く。


「おのれっ、わらわをたばきゃっ」


 ――あえて繰り返し言うまでもないことだが、さきほどから会場の空気は冷えっ冷えである。


「もう一回いいかの?」


 それでもこんなことを言えるアリーチェは、やはり女王に相応しい鋼のメンタルの持ち主であろう。


「はあ……えっと、まあ、どうぞ」


 特に断る理由も権限もないので、リュカが生徒一同を代表してそう答えた。


 アリーチェはもう一度、演壇をダンと拳で叩いてリュカを非難する。


「おのれっ、わらわを謀ろうとするとはなんたる不埒者っ!」


 そしてリュカを指さし、こう言った


「そこな三つ編みっ! 名を名乗れ!」


 先ほどヴィーノに名乗った時は姓を伏せたが、残念な女王の目前である。まさか隠すわけにもいくまい。リュカは堂々と背筋を伸ばし、はっきりと答えた。


「リューシウス・ルミノサス・ゼファランシアと申します!」


 その言葉に、アリーチェの眉がピクリと動く。


「なに?」


 アリーチェは、リュカの名を、鸚鵡返しに繰り返した。


「リューシウス……ルミノサス、ゼファランシアじゃと?」


 アリーチェは、じっとリュカの顔を見つめていた。信じがたいものを目にしたような表情だった。

――正直なところ、この場にいる全員が、お前の存在の方が信じがたいよと思っていた。


「ふっ」


 アリーチェは、笑った。


「くっくっくっ」


 この国の象徴たる女王が、顔を伏せ、肩を震わせ、笑っていた。


「パカラッパカラッパカラッパカラッパカラッパカラッパカラッパカラッ」


 そして、この国の象徴たる女王が、その場で突然ぐるぐると駆け足を始めた。


「ヒヒィ~~~~ン!!」


 ひとしきり走り回った女王は、仰け反りながらいなないた。

 生徒たちは、死んだ魚のような目でその光景を見つめていた――。


「ふっ、驚きのあまり一瞬馬になってしまったわ」


 後ろでヴィーノが何か言おうとしていた。リュカはそっと首を横に振った。


「『あいつ頭おかしいんじゃねえか?』って気持ちはその表情でよく伝わってくるからとりあえず黙ってよう……?」


 春爛漫の桜月(シェリーエ)。この聖ジョゼット魔法学院、サン・アレクサンドル講堂には、王国中から十六歳の少年少女が集まって来る。

 彼らは今、『女王コレかよこの国終わったな』という現実に直面していた。

 そんな新入生たちの複雑な胸中など露知らず、女王陛下は愉快そうに壇上からリュカに語り掛ける。


「そうかっ! そなたがナローシュの息子か! どうりでどこかで見覚えのある顔だと思ったわ! あやつは相変わらず、いい年した息子に自分のことを『パパ』と呼ばせるとか言う気ッッッッッ色の悪いことをやっておるのかのォ~~~~~? やっておるのかのォ~~~~~? くふっ、その顔を見るにィ~~~~~? やっておるようじゃのおォ~~~~~~~!」


 あまり知られたくない家庭の事情を突きまわされてリュカはぐぐと赤面して下を向いた。


 いや、別に父親のことをパパと呼んでいようが(ババ)と呼んでいようが、それは家庭それぞれの習慣というものがあるのだがら、別に揶揄されるいわれもないのだが、ルミノサス村の少年たちで自分の父親のことを『パパ』と呼んでいる者は他にいなかったので、気恥ずかしいのは事実である。子供っぽい呼び方である自覚はあるのだが、そう思って『父上』と呼び方を改めたら父のナローシュが三日三晩部屋に篭って出て来なくなってしまったのでもうその辺りリュカも面倒くさくなってしまったというか――いや、やはり恥ずかしい。その呼び方を息子に強いている父親の存在が。


「まあリューシウスの恥部の話はよかろう」


 確かにどうでも良い話だ。アリーチェはあっさりと話を切り替える。


「……いかん」


 アリーチェはそこでハッと何かに気付いたような顔をした。


「そなたの恥部のことを考えたら興奮してきたんじゃが?」

 アリーチェは言いながら股間の辺りで手をもぞもぞさせる。


「知りませんよ」

「ほら、わらわたち王族の血統に宿る固有魔法って《分析アナライズ》で――わらわの魔力は特に強く、そなたの恥部くらいつぶさに垣間見えてしまうのでな!? そなたのお宝(隠喩)映像を脳内のオカズフォルダにポイポイのポイよっ!」

「知りませんよ」

「アリ~チェエエエエエ、アナラ~~~イズ」

「知りませんよ……いくつなんだよあんた……」

「むっ! むむぅッ!」


 王族、貴族の血統には、その血族を守護する上位存在の力によって様々な固有の魔力が宿る。オ・ディ・ビルの王族においてそれは様々な物事を深く《分析アナライズ》する力であった。

 アリーチェのその力はとても強く、そしてその強い力を、すこぶる無駄遣いしていた。


「これは、なかなかの……サイズこそアレじゃが、色と形は――そうじゃな、花に喩えるとしたら野に咲く可憐な」

「花に喩えんな! 何を実況してるんですか!」


 これにはリュカも顔を真っ赤にして怒鳴り返した。そんな箇所をこんな大人数の前で花に喩えられたら溜まったものではない。


「そなたの珍宝じゃが?」

「堂々と言い切んな!」


 反応したら負けだと頭では分かりつつ、さすがに己の下半身に話が及ぶと感情というか、羞恥を押さえきれなかった。貧乏貴族とはいえ田舎では『若様』だったのだ。その方面にはまるきり免疫がない。


「変態! 変態! 変態!」


 顔を真っ赤にしたリュカに罵られて、アリーチェは――むしろ悦に入っていた。


「田舎村から出て来たばかりの純朴で穢れをしらない美少年の珍宝を鑑賞したい――その気持ちに従ったまでのこと。むしろその罵倒すらエッセンスじゃ……乙女はビンカンなのじゃ……」


 その様子を見守っていたヴィーノがリュカの後ろで静かにぼやいた。


「性欲丸出しの女と性欲丸出しの男だと性欲丸出しの女の方が若干気持ち悪いのってこれなんなんだろうな」


 それはともかく。


「わらわは、自分の気持ちに嘘をつかない。その気持ちに従ったまでのこと」


 そう言って、アリーチェは講堂の天井を見上げた。


「それが、あの日からの誓いなのじゃ」

「あの日とは……?」


 リュカが問う。


「……それはじゃな」


 と、欲望に忠実なだけなのをなんかいい話風にまとめようとしているアリーチェはふっと意味深な笑みを浮かべて、


「――ちょっと待て、今設定を考えるのじゃ」


 さっと額に左手を当て、右の手の平をリュカに向けかざした。

 リュカはにこりと微笑んで、ぱんぱんと手を打った。


「はい解散! 入学式は終了です!」


 リュカの言葉にがやがやと生徒たちが席を立ち始める。

 同じことを度々繰り返すようで恐縮だが、会場の空気は冷えっ冷えだった。

 しかしアリーチェは慌てて彼らは引き止めようとする。


「ちょ、ちょっと待つのじゃ! このままじゃとわらわがただの変態で終わってしまうのじゃ!」

「寸分違いもなく変態じゃないか! ていうかこれ以上付き合ってられるか!」

「せめて最後に! 最後に一言だけ言わせてほしいのじゃ!」

「なんて見苦しい……仕方ないですね、一言だけですよ」


 リュカがそう言うと、新入生たちはしぶしぶと言った様子でそれぞれの席に戻った。

 アリーチェはコホン、と咳払いをすると、お尻を突きだし、大きく前傾し、投げキッスのポーズをとった。


「二階席のみんな~!? ポッピドゥ!」


 ……。


(※三点リーダー以外に適切な表現が見つからなかったことを謹んでお詫び申し上げます)


 リュカがおずおずと気になっていたことを切り出す。


「……あの、さっきも思ったんですけど」


 リュカは、視線でサン・アレクサンドル講堂の天井付近を示す。


「サン・アレクサンドル講堂に二階席はありませんよ?」


 そこに、二階席らしきものは存在しない――。


「なん、じゃと」


 アリーチェ女王は、衝撃に目を見開き、


「そ、そんなばかな~~!」


 その場にくずおれた。


 静寂が――満ちる。


 数秒の間、女王はその場に両手両膝を突いてじっとしてたがやがて――。


「Du――Du――」


 その唇からは軽やかな――


「Du――k――Du――k――Du――k――Du――k――」


 ビートが刻まれ始める――!!


「Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ、HAッ、Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ、Say! Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、HeyYeah~、Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ、Dukッ、Duッ――」


 再び立ち上がった若き女王はッ! 軽やかなステップを刻みながらッ、舞台袖へと捌けて行くのであった!


S☆――――――――――――――ィャアアァアァアアアァッ!!」


 そんな躍動感あふるるッ、ヒューマン・ビート・ボックスを背後にッ、死んだ魚を目をしていた新入生たちはッ、腐った魚の目になりッ、それぞれ入寮のため講堂を出るのであったッ!


 先山芝太郎先生の次回作にご期待くださいッ!!

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