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僕と美青年と剣 そのに

 剣や槍、"全知"判定で《出来が良い》とされたものを片っ端から買い求め、観察。観察、また観察。

 その構造や製法を、結果(ブツ)を通して"全知"で読み取っていく。


 工房のカウンター内から地下にかけては剣の類がズラリと所狭しに置かれ、いっそ武器屋にでも転向したのかと言わんばかりの佇まいである。


「あの眼光、名匠のそれとも遜色ない――いえ、むしろ勝ってすらいるでしょう」


「カーくんに対するシャロちゃんの判定がダダ甘なんは今にはじまったこっちゃないけど、あれ刃物みてニヤニヤしとるだけとも言うんちゃうやろか。十分キャラ立ちするやろあれ」


 店番をしている二人から茶々が入れられるが、頓着せずに僕は剣や槍を見て、視て、観察()つづける。


 工房を訪れた客の少なくない割合が、カウンター奥で剣を見つめ続ける僕に「ひっ」だか「ひぇ」だか(おのの)いた声を出す様も、気にしない。

 途中、ヒンメル氏にくっついて来たとおぼしきエリナ嬢が「オスカーさまぁー!」とやって来ていたようだったが、剣の山に囲まれた僕を見て回れ右したことだって、気にしない。気にしていないのだ。気にしてないってば。


 剣を鍛えるには炉や金床が必要となる。

 《出来が良い》とされる剣類はそれぞれごとの特徴はあるものの、どれも鍛治職人による熟練の業、熟練のリズム、熟練の加減によって鍛えられ、研ぎ澄まされている。

 ただ型に溶かした鉄を流し入れれば良い、というものではない。


 つぶさに観察を繰り返し、時にはそれを真っ二つにして断面までをも(つまび)らかに。

 頼んだのは僕だけれど、シャロンが無造作に剣を素手で真っ二つにしたもんだから、冷やかしに入って来た町人がすごい勢いで出て行くなんて一幕もあったが――。



「よし」


 丸々一日以上をかけて剣を観察したので、今度はいよいよ実践だ。


 カウンター奥は変に目立ってしまうし、何より危ない。

 そのため、物置となっている地下室の一角を仕切り、結界で覆った簡易な炉を組みあげることとした。


「――よし」


 再度、呟いて気合いを入れる。

 そうして、僕と剣との戦いは次の段階へと移った。



 ――



 熱した金属片を叩いて、伸ばす。伸ばした鉄の表面をまた溶かす。

 灼熱した金属のカタマリを、カン、カンと一定のリズムで叩き、叩き、叩いて、叩く。

 それを繰り返し、反応をまた観察する。


「ふふっ。ふたりの共同作業ですね」


 相鎚をこともなげに振り下ろすシャロンは、実に楽しげに見える。

 しかし、それとは対照的に僕の額には玉のような汗が大量に浮かんでいる。

 定期的に乾いた布で汗を拭うのだが、あとからあとから湧いて出る。


 倒れてしまってはたまらないと、"倉庫"から冷水をがぶがぶ飲み、また鉄を打つ。

 "倉庫"に貯蔵していた冷水はシャロンの教えもあり殺菌済みであるが、その貯蔵量もだんだんと心許なくなってくる。どれだけ飲んでも足りないくらい、渇きに渇く。


 "結界"や"圧縮"を維持しながらの作業でもあるため、身体だけでなく魔力的負荷も高い。


 それだけではなく、単純に熱い。すごく熱い。

 炉からの熱気、地下に籠もる熱、それら全てを"冷却"するためまた魔力を使うのだ。

 手元にも集中し続けなくてはならないし、それがこの作業の難しさをさらに押し上げている。


 だというのに、シャロンはずっと楽しそうだ。


「シャロンは汗一つかかないんだな」


「はい。代謝や冷却構造に関しては、その仕組みが人間とは大きく異なりますからね」


 シャロンは、僕の手伝いをするのが楽しくてたまらないと言わんばかりに、ずっとにこにこと相鎚を振り降ろしている。


 いまは硬度を担保するために、テンタラギオス鋼と鉄の合金を打ってみている。

 合金にすることで、テンタラギオス鋼単体よりも硬度が上がることを発見したのは良いのだけれど、そのぶん手首に返ってくる負荷も高い。


 僕は、汗を拭う。

 そんな僕を、シャロンは相変わらずにこにこと楽しげに見守りながら相鎚を振るう。


 が。


「はっ! 私としたことが!」


 突然口に手をやり、しまった! とばかりにその蒼い目をいっぱいに見開くシャロンに、汗を拭っていた僕の手が止まった。


「な、なんてこと。この私が、今の今まで。

 オスカーさんにご指摘いただくまで、なんてことに私は思い至らなかったのでしょうっ」


「なんだなんだ」


 テンタラギオス鋼の合金の精錬や、その密度に何か問題があったのだろうか。


 3階に設けた風呂釜の表面に豪快に使用したとはいえ、巨体なテンタラギオスの体表の鱗は、まだそれなりの残量がある。


 カイマンは討伐時に自身の取り分を主張せず、また素材として売却もしなかったため、冒険者組合への、遭遇・討伐証明のための素材以外はまるまる手元におさまったのだ。

 そのため少々間違いがあったとしても、まだやり直しはきく。

 たしかに貴重な素材ではあるが、それほど焦ることがあるだろうか。


 口元を押さえたシャロンは、しまった、という表情のままぽつり、ぽつりとその思いの丈を告げる。

 その間も、左手は変わらぬペースで相鎚を打ち続けているので、若干シュールである。


「汗で貼り付く髪や服。

 蒸れたうえに汗で濡れて透けたシャツから見える身体のラインをご所望なのでしょう?」


「いやいや」


 いつものシャロンさんだった。

 狙いがそれた僕の鎚が、カィンと間の抜けた音を立てる。


「さぞ言い出しづらかったでしょうと愚考いたします。

 そういう性癖(フェティシズム)の存在は存じておりましたが、オスカーさんに指摘されるまでそのことに気付けなかったなんて。

 妻としての沽券に関わりますっ」


 全世界の妻の人が困惑するから、その変な沽券は捨ててしまえばいいと思うが。


「ちょっとひとっ風呂被ってきますっ!

 ああっ、いつもサラツヤなシャロン肌が今だけはちょっと憎らしいです」


「シャロン肌て」


 ひとっ風呂被るというのも初めて聞く表現である。


 そんな、益体のないやり取りでげんなりしている間に、手元の剣、いやさ剣の成り損ないは、無残なひしゃげた形を晒していた。



 ――



 試行錯誤すること3日。


 暑さ以外にも、鍛冶というのは過酷な作業であった。


 まず、体の節々がびきびきと痛む。とくにひどいのが肘と肩、それに手首に、腰だ。

 普段使わないような筋肉を重点的に使っているためでしょう、というのがシャロンの見立てだが、少なくとも今のところは痛みが軽減される兆しはない。


 適宜"肉体強化"の呪文紙(スクロール)を併用しての作業なのだが、それでも振り上げる鎚は僕の疲労によってだんだんと重くなってゆくようで、ともすれば打点がズレる。

 剣を振ってそれなりに分厚くなっていると思っていた掌も、あちこちに新たな豆ができている。


 寝る前にある程度"治癒"を施したりはするのだけれど、昨日などは疲れ果ててそのまま寝てしまっていた。

 今朝目覚めた僕を待っていたのは連日の作業による筋肉痛と、僕を抱きかかえるようにして観察していたシャロンの「えへへ」というはにかみ笑顔であった。


 ――いかんいかん。雑念が混ざると槌がブレる。

 槌がカィンと微妙な当たりをした。僕は余計な思考を追い払おうと頭を振る。


 次にダメージを受けているのは目だ。"全知"を酷使した観察に次ぐ観察と、灼熱する素材を見据え続けて鍛錬をするのは、存外に疲労が貯まる。

 夜寝るときに瞼の裏側にも灼熱した鉄が浮かんでくるし、なんなら夢にまで見たくらいだ。

 大きな魔物から必死で走って逃げるいつもの悪夢に、突然灼熱した鉄が現れたときには吹き出してしまった。


 そして最後の問題が、僕自身の技量である。

 "全知"によって、振り下ろすべき箇所、力加減、角度、そのすべてはすでに理解(わか)っている。

 出来の良い完成品から読み取った職人の業をそっくりそのまま真似るという、いわばズルである。


 しかし、理解(わか)っていても、その通りに身体を操作できるかというと、そこにはまた別の問題があるのだった。

 "治癒"のような精密動作ではなく、もろに肉体感覚がものをいうこの作業は、それでいて一槌失敗するとその一振りの出来をも左右することがある。


 "全知の神名解放(ネームバースト)"まで行えば、未来が見えるかのごとき予測によって、きっと身体をその通りに動かすことも容易であろう。

 が、炉を維持しているのも、地下がまだ人間の生きていける温度に保たれているのも、鍛錬の効率を上げるために重圧をかけ続けているのも、僕の魔力をがりがりと削っての行いである。

 この上さらに"神名解放(ネームバースト)"まで行おうものなら、何をするまでもなくぶっ倒れる可能性もあった。


「がんばれ、がんばれっなの!」


 たまに、誰かが今のように地下にひょこっと首だけ差し込んで、激励を放り投げては戻っていく。

 熱の逃げ場がない地下空間は、自分で温度調節ができる僕か、そもそもこの程度の温度などものともしないシャロン以外には酷な環境なのだ。


 少し手を止めて"倉庫"を見ると、アーニャたちからの差し入れがちょこんと置かれていた。


 アーニャからの差し入れであろう、薬草の匂いが染み込んだ冷たい布。腰に巻いておくと、ひんやりとして気持ちが良い。

 アーシャからは冷たいお茶と、軽食が。パンに野菜と薄く切った肉を挟んだもので、作業の合間に食べやすいように一口サイズに仕上げてある。

 もうひとつ、パピルスが入っていたのはラシュからだろう。


「ははっ、僕たちか、これ」


 パピルスには、何かを一心に作っているような人物と、それを見守る長い髪の女性が描かれていた。その足元にはなぜか魚が描いてあるが。


「はい、オスカーさん。あーん、です」


 アーシャが作ってくれた軽食をシャロンによってぽいぽいと口へ放りこまれながら、僕はもうひと頑張りするぞ、と気合いを新たにするのだった。


 そうして。

 いくつもの試作品を経て。

 ようやく納得のいく一振りが完成したのは、その疲労がピークに達しようかという頃合いであった。


 もう一本同じものを作れと言われても、しばらくは無理だろう。それくらい、改心の出来といって過言ではない。

 試作品がそこいらに散らばるなか、燦然と輝くそれ。


「綺麗、ですね」


「ああ」


 ぽつりと呟くシャロン。僕も同意見だ。

 鍛冶に一生を費す者もいれば、刃物に魅せられる者もいる。

 その魅力を十分に感じられるような逸品、一振りの剣が。

 ようやく、出来上がった。


 持ち手や機構を確かめ、動作を確認。

 設計通りの、納得の出来栄えである。


「できたぁー!」


 地下室に、僕にしては珍しく拳を振り上げて喜ぶ声が響く。

 それは折しも、ちょうど依頼主(カイマン)が工房を訪れたときであった。

プロット段階では1話完結の話のはずだったんです。

次回で終わり予定です。予定は、予定です。

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