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僕と美青年と剣 そのいち

「とぉー」


 ラシュが大上段に構えた木剣が、ひゅんと風切り音を残して宙を切る。


「おぉ、さらに速くなったね!」


 それを躱した相手は、楽しげに笑いかけ、ラシュはむむっと唇を尖らせる。

 煌めく汗と眩しい歯を光らせ、やや薄手だが上品さを兼ね備えた清楚な服から、伸びる長めの手足を巧みに操るカイマンは、次々と振り下ろされ、薙ぎ払われる木剣を見切っていく。


「のどかだなぁー」


「ピ」


 ラシュに置いていかれたことで僕の膝の間におさまった、らっぴーが短く返事を返してくる。見事な丸みをおびたその身体は、遠目からだと薄緑色の玉にしか見えまい。


「カイマンの動作がいちいちうぜぇなぁー」


「ピ」


「聞こえているぞオスカー!」


 すぐ手前の土手で動き回るふたりを見守りつつ、僕はちょうどいい草原に腰を降ろしていた。

 近くには小川が流れ、見晴らしもいい。天気も良いので絶好の外出日和だった。


 ルナールによる工房襲撃の一件があって以降、アーニャたちには僕かシャロンが付き添うように取り決めた。

 今日はカイマンの誘いもあり、町のすぐ外の川縁(かわべり)で、はしゃぐラシュとカイマンの様子をこうしてぼんやり眺めているというわけだ。


「カイマンはほんとよく来るけど、暇なのかな」


「ピェー」


「聞こえているんだぞ、オスカー! うぉっ、危ない危ない」


「むー。おしい」


 ぶんぶんと木剣を振り回し、なぜか当たらないと膨れるラシュ。

 躍起になっているその姿には普段一緒に練習している剣の型はなく、ただ闇雲に木剣を振るっているだけだ。それではまぐれでもないとなかなか当たるまい。

 頬を膨らせながらも楽しげなラシュと、一緒になって駆け回るカイマンをぼーっと見やる僕。実にのどかだ。


 それこそルナールの一件以来、あのときに僕を駆り出していたことに対する引け目があるのか、カイマンはことあるごとに工房を訪れてはお土産を置いてゆくだとか、面白い話を仕入れてくるだとか、今日みたいに外へ連れ出してくれている。

 もちろん彼はその真意を――負い目だとか引け目だということは話さないし、僕も聞かない。


 実は意図的に僕を工房から引き離したり、こうやって外に連れ出すのもカイマンが何らかの意図のもと動いているためではないか、なんて勘ぐりも"全知"によって否定されているといっていい。

 親身に心配して、力になってくれようと動いている彼に、友と言ってくれる者でも疑ってしまう僕の矮小さと卑屈さだけを見据える羽目になって、俯くことになったのも記憶に新しい。


「えいやぁー」


「そこっ!」


 見ている間に、ラシュの横薙ぎの一閃を、カイマンは手にした木の棒で上方へいなし、体勢を崩したラシュの逆側の胴へと棒を寸止め。


「うー」


 尻餅をつき、悔しげに唸るラシュに、歯を見せ無駄にさわやかな笑みを浮かべたカイマンが助け起こす。


「お菓子のひと、つよい。みえるのに、ふしぎ」


 なおも悔しそうな様子ではあるが、ラシュは木剣を持ってぴょいと起き上がる。元気である。若いっていいなぁ。


 彼が言う『みえるのに』というのは、シャロンの動きや"肉体強化"を受けた自身の姉のアーニャとの対比であろう。

 あの二人が全力で動くと姿がブレて見えたりするのだ。

 無論、"肉体強化"を受けてもいないカイマンの速度がそれに迫るなんてことは、どう(まか)り間違っても、ない。


「年季も体格差もあるし、カイマンは年下の初心者に対しても容赦のない外道だからな。嫌になったら戻ってこい」


「人聞きが悪すぎるな!?」


 叫び返して来るカイマンをよそに、ラシュはふるふると(かぶり)を振ると、握った木剣を再度真正面に構えた。


「もうちょっと、がんばる」


 ふたたび木剣を掲げ、「とぁー」と若干気の抜けた掛け声と共にラシュが突貫する。


「のどかだなぁー」


 近くの小川のせせらぎや虫の鳴き声、鳥の羽音。おだやかな時間が過ぎていく。

 らっぴーからの返事は帰ってこない。寝たようだった。


 先の、ルナールを撃退した工房での一件があって以来、僕やカイマンの知り得る範囲では『奴隷失踪事件』は起こっていない。

 町の話題はすでにそこから周辺国の動乱に傾き、そして今はしばらく後に控えた花祭りの準備で慌ただしくも大いに賑わっている。

 人の興味はかくも移ろいやすいのである。


「てぁー」


 何度目かの大振りをひらりとかわすカイマンに、ラシュは一旦追うのをやめた。


「かくなる、うえは」


 何か策があるのか、と足を止めたカイマンに、ラシュはついにアレを披露するようだった。

 剣先を見据え、ラシュはその小さな足でしっかりと大地を踏みしめる。


 そして。


「"おひさま ぽかぽか ちからを かして"」


 ラシュの口から紡がれる、短文詠唱。

 それにあわせるかたちで、彼の手にした木剣が、まばゆいばかりに光輝いた。


「ピ!?」


 突然刺した光に、僕の膝の上でもぞもぞとらっぴーが身じろぎ。

 ――体の方向を変えて、再度寝た。たいがい図太いな、この鳥も。


 瞠目するのは、ラシュに対するカイマンだ。


「なん――だと――!?」


 獣人は魔術を使えない。なぜなら魔力因子がないからだ。それが通説。それが通常。

 ただし、彼らの家族、その家長はこの僕。オスカー・シャロンの魔道工房の主である。

 魔力因子をほとんど持たない彼らでも、使い捨て呪文紙(スクロール)をはじめとした魔道具の類が扱えるのは、すでに知られたことである。


 太陽の光を集めたように明るく光り輝く木剣で、ラシュは驚き硬直した相手に「うぉー」と斬りかかる。


 が。やはりここでは場数がものを言う。

 スッと目を細めたカイマンに木剣の腹を木の棒で逸らされ、かわされた形になったラシュはそのままこてんと地面にこけた。


「あた」


「ふぅ。少しばかり、驚いたよ。驚いたとも」


 ふっと掻き消えた光の元、ラシュの手元におさまる木剣は、元と変わらぬ姿を保っていた。

 カイマンはラシュが起き上がるのを確認すると、ゆっくりと僕に向き直り、真剣な声音で僕に声をかけてきた。


「オスカー、きみ」


「おう!? たしかにそれを作ったのは僕だが怒られるいわれはないぞ!?」


 いつになく静かに語りかけてくるカイマンに、少し気圧される。

 随分気軽に接してはいるが、カイマンは僕よりもひとまわりは年上である。整った顔立ちもあり、静かに迫られると少々気後れがある。

 そのために、いたずらが見つかったような反応をしてしまったが、ぶっちゃけ僕は何も悪くないと思うのだけれど。


 カイマンは、そのままゆっくりと僕に歩み寄ってくると、座り込んでいる僕の手をおもむろに取り、言った。


「私の剣も作ってくれ!」


「は?」


「まばゆく光り輝く聖なる剣を作ってくれないか!」


 彼の表情は真剣である。だから圧がすごいってば圧が。圧があって暑苦しい。


 正直、ラシュの木剣は光るだけの、子供騙しの機能である。

 切れ味が増すだとか速くなるとか、そういう効果は一切ない。

 木剣の芯に僕の魔力鉱石、略して魔石を埋め込んで発光機能をつけただけの、どこまでいってもそれだけの、ただの木剣なのである。


「テンタラギオスとの戦い――とも言えないもの。

 その一合で、父上より賜りし、私の長年使っていた剣は折れてしまってね。

 いまは市販のものを用立ててはいるが。気に入ったものが手に入るまでのつなぎのつもりなんだ」


 がしっと握った僕の手を離そうともせず、語り出すカイマン。顔が近い。その長い睫毛を伏せる仕草をやめろ。


「剣に関しては僕は素人同然だ。作る側じゃなくて使う側だしな。まともなものができるとも思えない。

 それに、言っちゃ悪いが光るだけだぞ」


 それでも木剣を与えたときのラシュは大興奮であったし、たまにベッドにも持ち込んでるの、とアーシャがぼやいていた。

 どちらかというと彼女らに揃いで誂えた首輪(チョーカー)のほうが、かなり高度な魔道具なのだけれど。ラシュにとっては光る剣は大いにお気に召したらしいのだった。


「"おひさま ぽかぽか ちからを かして"」


 ぺかー。


「こらラシュ。カイマンが羨ましがるから光らせるのをやめなさい」


「むぅ、わかった」


 僕に注意を受けても心なし、ラシュは得意げな様子である。

 木剣での打合いでは負けたが、最終的に勝ったのは自分のほうだ、と言わんばかりの表情とでも言おうか。

 そんなラシュをも気にせず、さらに腰を落としてずいっと近づくカイマン。近い、近いというに。


「いいかい、オスカー。

 魔術が使えず、松明(たいまつ)を持たずともあたりを照らせるだけでどれだけ有用なことか、君にわかるだろうか。

 魔物を惹き寄せることを恐れるならば、目立つところで火は起こせない。しかし暗闇では不慮の事態が起こることはよくあるんだ。

 そういうときに、とっさに周囲を照らす手段があるということが、どれだけ心強いことか」


 まあ。それはそうかもしれない。

 カイマンは貴族の倅であると同時に冒険者でもある。

 もっぱらゴコ村とガムレル周辺での依頼をこなし、周囲の治安維持に努めているようではあるものの、野営がないわけでもあるまい。

 ハウレル式の馬車を、軽快な移動手段を手に入れた今でも、野宿をしなければならないこともあろう。


「それに――」


 カイマンは一度目を伏せ、これが最大の理由だ! と言わんばかりに力強く続けた。


「――なにより。かっこいいじゃないか!」


 木剣を大事そうに抱きかかえて、そのカイマンの言葉にうんうんと頷くラシュ。

 ただ斬るだけの剣でないものは、騎士としては邪道な気がするけれど、カイマンは冒険者だ。実利とかっこよさも、大事な要素なのだろう。


 ――そこまで言われては仕方がない。座っていて逃げられない僕にここまで近づかれては仕方ない、と言い換えてもいい。

 とくに近頃では、新しいものをあまり作ってはいなかった。時間も、ないではない。やれるだけ、やってみるとしよう。


 なんとか僕が首を縦に振ると、カイマンはその端正な顔を綻ばせた。

 そういう表情は女の子に向けてやれよ、とか考えつつ。

 僕は新しい道具の構想に取り掛かるのだった。

ラシュの剣を扱う掛け声があんな感じなのは『あねうえさま』の教えです。

いわく、『可愛いは作れる』。


詠唱はラシュ自身で考えたものを、それで反応するようにオスカーに作ってもらいました。

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