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僕らの現場検証

「うにゃぁああああ、アーちゃんラッくん無事で良がっだよぉぉおおおにゃあああ」


「もう——。お姉ちゃん、お掃除しにくいなの。

 アーシャたちは無事だったんだから」


「おねーちゃん、くるしい」


 ルナールが”転移”の効果を持つ宝珠によって僕らの工房を離脱してすぐに連絡がついたシャロンとアーニャは、ものすごい速度で帰ってきた。肉体強化こそ使っていないはずだが、数分とせずに鬼気迫る勢いで帰宅したふたり——とくにアーニャ——の様子に、現場検証をしていた憲兵がすわ何事かと驚きおののいていたほどだ。


「にゃぁぁ——大変なときにそばにおらんでごめんなぁ、ごめんなぁ」


 右側にアーシャ、左側にラシュをがっちりと挟み込みながら、めそめそしているアーニャ。無事な再会を喜んだのは良いものの、自分たちをずっと小脇に挟んだまま離そうとしない姉に、アーシャはやれやれと肩を落としている。


 自分が居ないときに妹弟が攫われるというのは、アーニャにとってはトラウマになってしまっているのだろう。攫われたふたりを助け出すために駆けずり回った数日間を思えば、無理からぬことだった。


「ごめんなぁ、ごめんなぁ……もう離れへんからなぁ」


「もぅっ。大丈夫だっていってるの。そんなにくっついたらお掃除しにくいのっ——!」


 呆れたように諭しつつも、アーシャは仕方ないなぁと自らの姉の背をぽんぽんと叩いている。


 どんな大義があるにせよ、ルナールは余計なことをしてくれたものだった。間が悪いにもほどがある。

 アーニャたち姉弟は、ようやく平穏を取り戻し、のんびりした日常を送れるようになってきたところなのだ。アーニャが、アーシャが、夜中に飛び起きて不安に怯えていたのも一度や二度のことではない。

 それが、ようやく最近は落ち着いて来たところだったのに。

 工房の従業員としての賃金もようやく受け取ってくれるようになって、やっと各々が好きなことをはじめられるという矢先に、これである。


「狐の獣人ルー = ルナール、でしたか。

 次に遭う事があれば、ただじゃあおきません」


 シャロンも僕と思いは同じようだ。アーニャたち姉弟(きょうだい)が身を寄せ合っているのを見、次に床の一部を見。その端正な顔立ちを険しく歪める。


「オスカーさんの血——」


 その目線はまっすぐにアーシャの服の血痕に注がれていた。アーニャ達の様子を見て心を痛めている、というわけではなかったらしい。僕と同じ思い、とは何だったのか。

 床の血の跡もアーニャに捕縛されつつもアーシャがせっせと布で擦り、すでにその大部分は消失している。だというのに、微かに残る血痕を見ただけで僕の血だと識別するのは、それなりに怖い。少なくとも、いまは表面的な傷は塞いであるし、見た目上の問題はないはずなのだ。

 血と魔力を失ったせいで、動くと少しばかりふらふらするが、その程度である。


「アーニャさんではありませんが、私もオスカーさんと常に一緒にいるのが良いです。心配です」


 あくせくとそこここを調べてまわる憲兵たちにもまったく頓着せず、シャロンはその蒼い瞳を潤ませて僕の腕にしがみつく。

 職務中の憲兵たちから羨望とやっかみの視線を十分以上に受けるが、勘弁してほしい。僕のせいではない。


「僕とシャロンが一緒にいれば、できないことなんてほとんどないと思う。心強いのは確かだよ。でも、今日はシャロンがアーニャと一緒にいてくれて本当によかった。

 シャロンとアーニャが一緒ならそっちは大丈夫だろうって、こちらに専念できたから」


「うぅー。それでも、心配なものは心配なのです。

 いかに強大な魔術師と言えど、お身体の耐久力は人間と同等なのです。ご自愛ください」


 とはいえ、僕が今回受けたダメージは自滅といった意味合いが強い。ルナールからの攻撃は何一つこちらに直撃することはなかった。毒煙玉まで使われているので、あいつが手心を加えただとかいうわけでは全くないだろうが。


「家族の団欒中すまない。ひとまず、ここで検証できる情報は集め終えたようだ」


 僕にすがりついているシャロンや、アーシャとラシュを抱え込んでいるアーニャの目線だけがカイマンに向けられ、ゴホンと咳払いをする美青年。強く生きてほしい。


「あといくつか——さきほど説明してもらったところに重複するものがあるかもしれないが、それも含めて聞かせてもらいたい。

 まず、あの金の獣人——ルー = ルナールという者は、自ら名乗ったのかい? 偽名の可能性を知りたい」


「いや。偽名の可能性はかなり低いんじゃないかな。

 わらわ、わらわと煩かったもんで、魔術で看破した」


 厳密には魔術ではなくて”全知”の眼鏡で見極めたのだけれど、この眼鏡がどういったものかを余すところ無く明かしているのはシャロンたちだけだ。もっとも、僕自身がこの眼鏡の能力全てを把握できている気もしないのだが。


「ふむ。やはりオスカーは何でもありだな。そうか、ルナールか——」


「何か心当たりでもあるのか?」


「いや、そういうわけではない。

 外見と名前を、父上を通じて王都の方にも報告が行くよう手配しておこう」


 顎に手を置き、少し考える素振りをするカイマンだったが、僕の言葉には明確に(かぶり)を振って否定を示した。


「いくつか、気になることを言っていたようだったね」


「そうだな、虐げられた同胞だとか、神の遣い、だとか」


「新しい国、とも言ってたの」


 たしかに。

 提案を拒否するアーシャやラシュに対してルナールは、新しい国だとか法だとか、そういった文句も並べ立てていた。


「いまの時期に新しい国とか言われたら、嫌でも勘ぐりたくなるけどな……」


「同感だ。

 しかし、そう思わせるための策とも考えられる。慎重にいこう」


 たしかに、カイマンの返事ももっともである。

 『クーデターによりカイラム帝国が発足』という話を同日に聞いた上で、あまりに符号しすぎるのだ。

 姿を見えなくするなどという強力極まる魔道具を用いていたとはいえ、件の帝国に罪を擦り付ける策略と取れなくはない。ルナールはそんな策を巡らすようなタイプにはあまり見えなかったが、雰囲気だけで相手を軽んずると痛い目に遭いかねない。


「符号するといえば、あまりにタイミングが良すぎるのも気にかかるな。

 僕やシャロンがいないときに限ってそういう来訪があるというのは」


「オスカーさまは、見はられてたみたいなの。

 シャロンさまがお留守だったのは、たまたまだったのかもしれないけど——『酷いことをする人間はいまはいないのじゃ』って言われたなの」


 アーニャの腕の中から、んー、と思い返すように唇に指をかざしながら、アーシャは重要なことを教えてくれる。それに追随して、ラシュもこくこくと頷く。


「なかま、いるかも?

 しばらくはだいじょぶじゃがって言ってた」


『なぁカーくん、ウチの妹弟めっちゃしっかりさんで可愛いすぎかって感じせん?

 喋り方が上手く真似できてないんとかほんまに可愛い』


『多少調子が戻って来たようで、なによりだよ』


 二人を小脇に抱えた主から”念話”が飛んで来た。まだめそめそしてはいるが、少し落ち着いたようである。


 そんな僕らのやりとりを知り得ない憲兵がひとり、おずおずと話を切り出す。


「神の遣いというのは——まさか、あの」


「神聖教会の意志が介在しているとなると、確かに厄介だ。

 しかし、おそらくそういうことではないだろう。

 奴隷たちは生活に自由がなく、信仰に救いを求めることもよくある。彼らの中だけで信仰される神が、ね」


「そういう相手を唆すために口走っただけだろってのが大方の見方なんだろうけど——。

 あいつ、本当に自分のことを()()()()()()()()()()ぞ。役作りにしちゃ、いささか入り込みすぎだな」


「それも、魔術で?」


「ああ」


 恐る恐る聞いてくる憲兵の言葉を肯定すると、小さくどよめきが起こった。

 その反面、カイマンは明確に頭を抱えた。


「そのルナールという獣人が狂信者、ないし神聖教会関係者ならまだいいが。

 神や天界が介在しているとは——冗談でも考えたくはないな」


「え」


 素っ頓狂な声を上げたのは、僕の右腕にしがみついたまま黙って頬擦りを続けていたシャロンである。彼女のそんな声を聞く機会はあまりない。


「神、ですか? 現代には神が実在しているのですか?」


 はてな、と首を傾げる僕。


「お伽噺の類と言ったらそれまでかもしれないけど、実際に霊峰のてっぺんに天界って呼ばれる場所があって、そこに神が住んでる、とされてるよ。

 10年に一度だか、王様たちがその麓で集まって神となんか話し合いをするだとかなんとか。

 むしろシャロンの——その時代には、神はいなかったのか?」


「はい。いると言う人や、お会いしたという方の話が本になったりしていました。

 さらにもっと昔の人が『神は死んだ』なんて言っていたらしいですが。そうですか神ですか——」


「ま、そんな相手を気にしてても仕方ないけどね。

 仮に神やそれに連なる者が相手になったとしても、僕らのやることは変わらないんだし」


「はい」


「それに、あいつの——ルナールの使っていたものは神の御業なんかじゃない。

 歴とした魔道具だ。破片すら回収できなかったのは痛いけど、それでも対処のしようはある」


 僕が拳を握ると、カイマンも頷いた。


「頼もしい限りです、ハウレルさん!

 正直何してたかぜんぜんわかりませんでしたが、毒煙玉を封じてくださったりして」


「手を翳すだけで相手の動きがビタッ!! と止まったりしてましたからね。

 翠玉格保持者の名はダテではありませんな!」


 口々に憲兵のふたりから褒められ、まんざらでもない僕は「いやぁ〜」なんて応えたりしていた。次の言葉に凍り付くまでは。


「魔術戦というともっと派手な感じだと思ってたんですが、なんというか地味でしたけど、それでも物凄く強いんですね!」


 びしり、と空気が固まる。ひとが気にしていることを!


 ある者(アーニャ)は笑いを堪え、ある者(カイマン)は笑みを引きつらせ。

 そしてある者(シャロン)は僕の腕を抱いたまま、


「オスカーさんは地味(それ)でいいんですぅ!

 あんまり目立ちすぎて女の子を10人も20人も引っ掛けてこられても困りますぅ!」


 と、自らが絶賛ぶら下がりながら、頬をふくらせるのだった。

投稿時刻設定をちょっとミスっていました。。

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