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僕と女の子たちの店

「なぁ。カイマン」


「なんだい、オスカー」


「何が悲しうてお前と娼館通りを巡り歩かねばならんのだ」


 周囲には娼館や安宿、精力増強などを意図したいかがわしい露店商が立ち並んでいる。

 寒い盛りにアーニャと潜伏したあたりを今度は男二人でブラついているのだが、実に絵面が良くない。まるでどこに入るか物色しているように見えかねない。


「そう言ってくれるな。君とともにあるならば、どこへだろうと恐れはないさ」


「そっちの趣味の人と思われるのも嫌なんだが!?」


 冒険者由来のたくましさと、生来の精悍(せいかん)さを兼ね備えたカイマンは、そうやって僕に向けて相貌をはにかませる。たまらず少し距離を開ける僕。


 そんな僕らに歩み寄って来る女性が一人。


「娼館だぁ? やあねぇ、女たちの自立と社会貢献の場と言っておくれよ」


 身長はアーニャと同じくらい、耳は頭の横側についており、見える範囲では尻尾はないため獣人ではなさそうだ。

 すわ客引きか、と身構える僕をよそに、カイマンはその女性に話しかけた。


「あなたが冒険者組合に『奴隷失踪事件』の調査依頼をした依頼主ですか?」


「その一人さね」


 聞くところによると、女性は娼館の雇われ店主であるらしい。

 彼女の店に向かう道すがら——といっても目と鼻の先だったが——そういったことを聞かされた。


「申し遅れたが、私はカイマン = リーズナル。冒険者をやっている。こっちはオスカー = ハウレル」


「どうも」


 歩きながらも、ぺこりと頭を下げる僕。


「領主様のご子息が気鋭の冒険者ってのは聞いてたが、そうかいあんたが。良い男じゃないかい。それにハウレルってのもどっかで聞いたことがあるような。

 ——まあいいさ、ついたよ」


 その女性が指した建物は偶然にも、アーニャとふたりで男を追跡する途上で見張っていたものに相違ない。


 女性は止まることなくその建物の中に入って行き、カイマンもその後を追う。


「え、入るの?」


「何やってるんだオスカー、はやく来ないか」


「入るのか……」


 なんら(やま)しいところがあるわけでもないのだが、心の中でシャロンに詫びる僕。


 戸口をくぐると、独特の匂いが鼻をつく。薫き込められた香のようだ。

 入ってすぐの店内スペースは薄暗く、熱が篭ってじっとりとしている。

 受付と思しきところからは、薄着の——というかほとんどはだけていると言っても過言ではない服というか布切れというか、そういうものを羽織っているだけの女の子たちがこちらを興味深げに伺ってきているようだった。


「なぁ、外で待ってていいか。むしろ帰っていいか」


「いや良くはないが」


 しっかりしてくれよ、といった面持ちのカイマンの様子と、そんな僕らを見てくすくすと笑う女の子たちの声が、いっそう帰りたさを沸き立たせる。


「すごく落ち着かないし、それにマフラーに変な匂いを付けたくない……」


「変なとは失礼しちゃうね。それなりに良い香木使ってんだから」


 先導していた女性が耳聡くつっこみを入れ、またも女の子たちのくすくす笑いが強まる。

 カイマンも呆れ顔だ。


「もう陽和な、天気の良い日はともすれば暑いくらいなのだから、いい加減防寒具は外せば良いと思うのだが」


「外したくもない……。せっかく僕のためにシャロンが作ってくれたんだぞ」


「ああ、それはすでに聞いたが。むしろ6日に一度くらいの頻度で聞いている気もするが」


 ちなみにカイマンは3日に一度くらいはうちの工房に顔を出したりしている。暇なのだろうか。

 その2回のうちに1回は語って聞かせているというのは、さすがに言い過ぎである。せめて3回に1回くらいのものだ。


「暑さは周りの温度を魔術で調整すればどうとでもなるからいいんだよ」


「そこまでしているのか。世の魔術師が聞いたら卒倒しそうだな」


 呆れた調子を強めるカイマンだが、僕は使える技術は使ってこそだという考えだ。後生大事に力を蓄えていても仕方がないのである。

 日頃から魔力を運用することで鍛錬にもなるのだし。ということにしておこう。


「はっ。もしかしたら、匂いに関しても空気を遮断すればなんとかなるんじゃないか?」


「何を言ってんだい、この坊やは」


「すまないが、私にもわからない」


 受付を抜け、店内スペースを抜け、裏から階段をのぼり。

 ぶつぶつ考えをまとめる僕を怪訝な、もしくは好奇の視線が追って来るが、気にしない。


「匂い、匂いか……」


 そこんとこどうなの、"全知"。


《匂いは空気中の微粒子の拡散によって伝達される》


 視えるものはなんでもわかるという触れ込みの"全知"だが、仮に透明なものでも視界に入ってさえいれば答えてくれる。頼れる眼鏡。イケメガネである。


「よし、それじゃあ空気の出入りを防ぐ"結界"を自分のまわりに展開して——次は"結界"内部の匂いの元となってる微粒子を排出して——うっ、駄目だ。空気が薄くなってきた」


「……何を言ってんだい、この坊やは」


「……すまないが、私にもわからない」


 泣く泣く丁寧に畳んだマフラーを"倉庫"に仕舞う僕を見る、好奇の視線はとどまるところを知らない。

 さっさと用件を終わらせて帰りたいものだった。



「さ、着いたよ。——こぉら、あんたらも坊やたちの観察してないで仕事に戻りな! こいつらは客じゃないよ! ったく。

 ああ、でも帰りに遊んでくってならいい娘紹介させてもらうからねぇ!」


「いや結構だ。この後も数軒まわらねばならない」


 2階の小部屋が並ぶ中の一室の前で立ち止まった女性と、それに淡々と応じるカイマン。げんなりする僕。


「そりゃ残念。——なんか相方の坊やもすごく残念そうな顔してるけど。坊やはうちで遊んでくかい?」


「さっさと帰れなくて残念ってだけだよ……」


 はあぁぁ〜。


 大きなため息をひとつ。

 坊や呼ばわりされ続けていることも、もはやどうでもいいくらいには帰りたい。


「大丈夫なのかい、この坊やは」


「今日はとくに無気力なようだが、愛妻家だからな。気が咎めるのだろう。

 能力は十分以上に本物だ、心配無用さ。では、状況の説明を頼む」


「そうかい。じゃ、中に入っとくれ」


 そうやって招き入れられた室内は、小奇麗に纏まっており——というよりも物の数が極端に少なかった。ほとんど無いと言いかえてもいい。

 あるのは中身のほとんど入っていない棚がひとつと、簡素な木のベッドがふたつ。申し訳程度に布が敷いてあり、実に固そうだ。


「ここが、失踪した娘の部屋だよ。最後に居たのがどこで、いつ失踪したのか正確なことはわからないがね。何せ、誰も見ちゃいないってんだ。店が開いてるうちに失踪したのは確かなんだけどね、そこかしこに目はあるってぇのに」


「どう見る、オスカー」


「どうって、突然話を振られても困るんだけど」


 そもそも今回の用件からして聞いていないのだ。

 さっきカイマンが言っていた『奴隷失踪事件』という名称から、ある程度の推測は立つけれど。


「このところ、ここガムレルで奴隷が消える事件が頻発している。失踪と目されてはいるものの、消失と言った方が正しいのではないかとも言われている。なにせ、消えた者は一度も見つかってはいないんだ。消える瞬間さえ、有力な目撃証言はない。信憑性を疑うようなものは、ちらほらあるようだがね」


「うちの店の娘も失踪した。それが昨日のことさね」


 カイマンがことのあらましを僕に説明すると、実に歯痒そうに、女店主は言葉を引き継いだ。


「君に話を持っていく前に調べた限りだと、事件発生はガムレルだけにとどまらない。たとえば港街キシンタでは、もっと前から、多くの被害報告があったそうだ。現象自体はここと大差無いようだがね」


「被害の正確な規模はわかるか?」


「一度に消えるのは1人だけのことが多いが、奴隷同士で固めて見張らせていた3人組の奴隷も消えた例があるそうだ。

 その場合も隣の部屋に居たはずの者さえ異変には気付かなかった、とも。

 このガムレルだけでも、すでに10人ほどの奴隷が失踪している。今後もっと増えかねない」


 もっとも、この事件と関係のない脱走も含まれているかもしれないから、正確なことは何もわかっていないんだけどね、とカイマンは付け加えた。


 失踪した奴隷の居た部屋だ、と言われた場所をぐるりと見渡してみても、やはりその簡素さが目につくだけの、ただの小部屋である。

 部屋自体の大きさとしては、僕らの工房の塩を作っている部屋と同じかやや小さいくらいか。


「"隷属の首輪"は? してなかったのか?」


 "隷属の首輪"は奴隷を従えるための魔道具である。

 首輪を嵌めた対象に半ば強制的な契約関係を強いる部類の魔道具で、それを付けていることで奴隷と見なされるような目印としての役割も持っている。

 抗魔力があれば契約関係は抗魔(レジスト)できるため、魔術師の犯罪奴隷なんかには別の手段を用いたりするらしい。そもそも犯罪に手を染めなくとも魔術師はそれなりに稼げるし、捕まったりもしにくいのであまり要り用でもないのだけれども。


「まさか、そんなわけないさね。うちだけじゃなく、このへんの奴隷には皆"隷属の首輪"がついてるよ。

 でも、探索用の魔道具でも効果範囲に居ないって結果が出てる。

 首輪を付けさせて契約させた者以外には外せないはずだし、探索範囲外に出ると首輪は勝手に絞まるから、生活すら困難なはずなのに」


「念のため、だけど。

 その首輪の主に確認は取ったのか。それとも、あんたが?」


 いーや、と女店主は首を振る。表情は険しい。


「うちのオーナーが奴隷の契約主さね。他にもいくつか経営してるんだけど、そっちでもやられたらしく怒り狂ってるよ。

 あたしにまでその怒りの矛先が向くことがあるからね。正直、勘弁してほしいさね」


 カイマンも、いつものように大仰な仕草を織り交ぜつつ首を振る。


「他の事件も似たようなものだ。

 すべての奴隷は"隷属の首輪"で行動を縛られていたはずなのに、その悉くが消失している。

 一件だけ、完全に断ち切られた"首輪"が残されていたという報告があるみたいだが、それが本件と同じものかもわからない」


「首輪だけ破壊する、なんて器用な真似が可能なのか……?

 それに、奴隷だから騒ぎが表沙汰になっているだけで、他の市民も消えてるなんてことはないのか? そう、たとえばヒトを食うタイプの魔物がいるだとか」


 ヒトを襲い、食らう類の魔物はいくらでもいる。

 カイマンと出会ったときにシャロンが撃破したペイルベアもそうだし、しばらく前に同じくシャロンが撃破したというテンタラギオスもその類である。

 まったく痕跡を残さずに侵入、離脱するという点には空恐ろしいものがあるが、現象の説明にはなるのではあるまいか。


 "全知"を装備してなお有用な情報を引き出せないので、思いつく限りの話を振ってみるが、やはり芳しくはない。


「魔術的要素も探ってくれって言われてたしな。——"過去ありし事実を暴け"」


 一旦引き受けてしまったものは、仕方ない。


 女店主も見守っているので、それっぽい詠唱をでっち上げつつ"追憶"魔術を行使する。

 本来は単文詠唱で済むような規模の複雑さではないのだけれど、いまこの場にいる魔術師は僕だけだ。それっぽければ良いのだ。


 かざした掌から煌めきながら部屋中に拡散していく薄紫の粒子を、カイマンはいつも通り、女店主はやや目を見開きがちにしながら見守る。

 やがてベッド脇の一点で球状にまとまった薄紫の光をふたつ残して、それ以外のものは霧散した。


「この、玉みたいなのは一体なんなのさ?」


「魔力の痕跡を可視化したものだよ。

 これだけじゃ何も起こってないように見えるけど、片方は認識を阻害する術式。もう片方は契約を破棄させるような術式が編まれているみたいだ。

 この場で詠唱や儀式を行ったというよりは現象だけを取り出したみたいだから、何らかの魔道具によるものじゃないかな」


 認識阻害、幻覚の一種。

 その遣い手であり、僕の恩人の一人でもある銀髪の少女(フリージア)のことが、否応なく思い出される。


 すべて可視化された魔力を視た"全知"の受け売りであるが、女店主はやおら感心したようになるほどとしきりに頷いた。


「坊や……あんた、すごい魔術師だったんだね」


「そうだろう、そうだろうとも」


 いや待て、なんでカイマンが得意気なんだ。

 僕が褒められると嬉しそうにする人物が、僕のまわりには存外に多い。シャロンなんかはドヤ顔までする。褒められると恥ずかしがってそっぽを向いてしまうオスカーさんの分まで誇っておくのが私の役目です、といつぞや本人は嘯いていたものであるが。


「でも、それがわかったところでなぁ……いちおう追跡してみるか」


 現象の発動箇所であると思われるベッド脇ですら、うっすらとしか残留魔力を感知できなかったのだ。認識阻害の術式は持続性のものとはいえ、追跡は困難を極める。


 "追憶"魔術を再度使ったり"全知"で見渡したり、店内を行ったり来たりを繰り返し。ようやく、店外へ、つまり町へとその足取りが消えたらしいことが判明したのは、娼館に入って検証を初めてから、実に一時間以上は軽く経過してのことである。

 が、追跡できたのはそこまでだ。外は雑多な魔力反応がありすぎて、元々薄い魔力は判別不能なまでになってしまっている。


 大きく嘆息し、黙って着いて来ていたカイマンたちに向き直ると、僕は彼らに結果を報告する。


「店を出て、町へ消えたことはわかったけど、これ以上は無理だ。

 途中、店の中で認識阻害が混線していた部分があったから、おそらく失踪した者とそれを手引きしたものの二人に認識阻害が掛かってる。

 手引きした側は店に入る前から認識阻害状態だったみたいで、足取りを追うのに手間取ったけど。って、うわぁ」


 魔力反応を追い、店の受付スペースで考察を口にする僕のまわりに、ギャラリーができていた。

 固唾を飲んで見守っていたカイマンと女店主をはじめ、いつのまにやら際どい格好をした女の子や、艶っぽい流し目を送って来るお姉さん、ウサッとしたケモ耳をそば立てて一心に聞いている少女、などなど。店内に足を踏み入れたときのくすくす笑いはもはや無い。皆、真剣に僕を見ている。ものすごく居心地が悪い。


「ええーっと、そのー。

 実際見たわけじゃないから確かなことは言えないけど、認識阻害の術式は、失踪する奴隷の娘を見ていたとしても気にも記憶にも留められなくなるタイプのものか、もしくは全く別のものに見えるタイプのものか。そういう類のもので、店の外にまで出たことはわかった、ん、だけど……」


「なんで突然ぐだったんだ、オスカー。って、うわぁ」


「見せ物は終わりだよ、さぁ散った散った!」


 所見を述べ終えた僕の様子につっこみを入れつつ、あたりを囲む女性たちに気付いて僕と同じく驚きの声を上げたカイマンと、思案顔の女店主に解散を促され、囲いはだんだんとその人数を減らして行った。

 去り際に、


「坊や、かっこよかったよ! 今度お店に来てね。おねーさんがたっぷりサービスしたげる」


 と投げキッスを飛ばしてくる際どい格好のおねーさんだったり、


「あぅ。あなた、『ウチらのもんに手ぇ出すなゴルァ』『なの!』みたいな独占欲の塊、みたいなマーキングがされてて、あぅ。でも、そのぅ。また来てくれたら、せいいっぱいおもてなし、します。あぅ」


 とウサッと頭を下げ、てけてけと去って行く獣人少女に声を掛けられたりした。



「以後の足取りは依然不明、か。

 ともあれ、この失踪事件が人為的かつ作為的な外部の手引きによるものだという確証は得られたと思っていいね」


 総括するカイマンに、頷く女店主。


「僕の意見を全て是とするなら、だけどな。そのためにもまた別の"追憶"魔術師を用立てて検証したほうがいい。

 それに、この娼館の件が」


「『女たちの自立と社会貢献の場』、だよ坊や」


「……。この『女たちの自立と社会貢献の場』の件がそうだったというだけで、他の事件まで同様という確証はないから、そこのところは間違えないでくれ」


「ああ、承った。"追憶"魔術師に関しては、冒険者組合に報告しておく。

 しかし、後者は問題ないだろう」


 ん? と首を傾げる僕。ひしひしと募る、やな予感。


「このあと7軒まわる頃には、確証も出て来ることだろうから」


 カイマンは前髪を搔き上げながら、微笑んだ。

他の魔術師をエアコン扱いしようものなら、おそらくキツめに怒られます。

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