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僕と予兆

今回から新章突入です。

感想もお待ちしております。首を長くしてお待ちしております。現在2mくらいです。


 ともすれば、それは予兆だったのかもしれない。

 いや、顕在化したときがこの時というだけで、その動きはすでに着々と進んでいたのかもしれないけれど。


 ともかく、それは依頼という形をもって、僕らの工房に持ち込まれた。



「このあと、時間はあるかい」


 カウンター前にどかりと腰掛け、整った顔つきで歯を光らせてくるのは、もはやお馴染みとなったカイマン = リーズナルその人だ。


 その無駄にイケメンな所作で、誘いを掛ける相手を間違えているのではあるまいか。もっとも、うちの子たちにちょっかいを掛けるようであれば、僕が許さないが。


「デートのお誘いはマネージャーを通してくれ」


「今日もつれないね。私は君にこんなにも心惹かれているというのに」


「うぜぇ。お前がアテにしてるのは僕の力だけだっての、知ってんだからな」


「いやいや。友としても信頼しているとも」


「うぜぇ」


 美青年は合間合間にいじり流し目をし、歯を光らせるのを忘れない。なんなのだその無駄な努力は。


「仲のよろしい漫談ができるというのは大変良いことです。少し妬けてしまいますね」


「そりゃいい考えだ。ついでにこいつ燃やし尽くそうぜ」


 軽口の延長に声を掛けて来たのはシャロンだ。

 金髪蒼眼、すらりと伸びた肢体の白さを惜しげも無く晒している今日も最高な僕の嫁は、僕の側に歩み寄ると、羊皮紙の束をトントンと整える。


「――とはいえ、依頼は依頼だな。

 シャロンか僕か、この後予定が着くかな?」


「はい。どちらも大丈夫といえば大丈夫です。

 大口取引や受注生産、その他外出を伴う予定はありません。

 品薄な商品の補充は急務ではありますが、それくらいでしょうか」


 僕の手元で完成した呪文紙(スクロール)を、陳列や案内でぱたぱたと忙しなく動き回るアーシャに手渡しながらも、シャロンは迷う事無く今日の予定を諳んずる。


「すまないが、今回は魔術絡みの可能性があってね。オスカー、君でないとだめなんだ」


「ふむ」


 商品の在庫状況は、正直言って芳しくない。

 昨日、今日とやけに慌ただしいのだ。


「もう少し商品を補充するまで待ってくれるなら、受けても構わない。

 何をするのか知らないけど、お前が話を持ってくるってことはそれなりに正当なもんだろ」


「そんなふうに私のことを認めてもらえていると、いささか照れるね」


 ▼カイマン の うざさ が 上がった !!


 キラリと歯を光らせる美青年の周りの空気中が煌めくさまを幻視しかねないオーラのようなものが発せられているように感じられる。下手なこと言うんじゃなかった。


「ちょっと待っててくれな。

 いま、シャロンが持って来てくれた羊皮紙を使い捨て呪文紙(スクロール)に仕上げたら終わりだから」


「ふむ、了解だ。

 ……だが、その羊皮紙には既に何か描いてあるようだが」


 カイマンの指摘は間違いではない。

 シャロンが僕の前と、その側に4枚並べて置いた羊皮紙はまっさらな羊皮紙ではなく、すでに複雑な幾何学模様がびっしりと刻んである。無いのは文字だけだ。


「これな。シャロンの考案した技術なんだけど、封蝋の判を押すみたいな仕組みだ。

 あらかじめ魔方陣の型を作っておいて、魔力結晶を液化させてインク状になったものを塗り付け、あとは羊皮紙に押し付ける。それだけで、工程の大部分は終わりだ」


 循環を示す円と、力の派生、魔力の発火元と誘導経路、それらの情報が全て一枚の紙面に収まっていれば、なにも手書きでなくとも呪文紙としての効力がある。シャロンに促されるまま、ものは試しと作ってみたものが望外の結果を齎したのだ。


 いままで呪文紙を作る際には、模様に間違いは許されないし、緻密な作業となるのでかなりの集中が必要とされていた。そのため、一日で仕上げられる数は4枚、ないし5枚が良いところであった。夕方頃になるとミスも増えたりしていたのだ。


 ところがこの方式を導入してからというもの、昼食までに20枚以上を仕上げることも可能なのだ。とくに、これまでは僕しか呪文紙を作る作業ができなかったのが、作業分担できるようになったというのも大きい。

 現時点では神聖語の記述は僕の手で行っているが、その型も作ってしまえれば、僕の手を介さずとも量産が可能になるはずだ。


「じゃ、始めるか。”自動筆記 -改-”」


 王都から来た記者の使っていた魔術を、僕の使い勝手が良いように調整をしたのが、”自動筆記 -改-”だ。


 他人や自分の喋った、ないし耳にした内容を書き取るのではなく、自分が記述したいと思った文字を思った場所に書き連ねるということに特化させた。そのため、集中力や魔力消費もあるていど節約することができる。


 (こな)れてきた今では、自分の手で書く分も含め、"自動筆記-改-"を4つ同時展開して5枚同時に呪文紙を完成させることだってできるのだ。


 カイマンをはじめ、店内にいた数人の客たちが目を見開く様子が小気味良い。


「もっとも、このペースで増産しても、すぐに品薄になる現状が何かおかしいんだけどな」


「はい。羊皮紙のストックもなくなってしまいました。

 大きさが合うものは今お渡しした”肉体強化”の呪文紙のもので最後です」


 昨日から、”肉体強化”に”発火”に、回復薬茶に栄養剤。

 そういったものが、作っても作っても軒並み品薄状態のままなのだ。


 購入していくのは、なにも冒険者だけというわけではない。買い付けに来たであろう商人や旅人風な者も珍しくないが、ともすればただの町人なんかが買い求めて行ったりもする。さすがに少数だが。


「まるで、町中が浮ついているみたいだ」


「みんな、なんだかぴりぴりしてるなの」


「そやなぁ。なーんか、むつかしー顔しとる人ばっかやにゃぁ」


 僕が零した言葉に、アーシャやアーニャが同意を示す。

 そうしている間にも、また一つ回復薬茶が売れていった。在庫は心許ない。


「まだ公式通達があったわけではないが、情報通から伝わっているようだね。人の噂というのは、なかなか侮れないものだ。

 町の喧騒と、君たちの工房の品薄は無関係ではあるまいよ」


「訳知り顔で頷いてないで、何か知ってるなら話せよ。待ってる間暇だろ」


 いつものように前髪を搔き上げ、肩を竦めるカイマン。いちいち所作が大仰である。


 本来なら、これから出向くことになる依頼の内容を聞くべきなのだろうが、工房が関わっているのなら僕にとっての優先度は、こちらのほうが勝るのだ。



「いいかい、これはまだ公式な見解が出されていない情報だということを承知で聞いてくれたまえ」


 そう前置きをした上で、カイマンはおもむろに指を組み替えると、語り始めた。


「兼ねてから財政難だったシンドリヒト王国で、軍部によるクーデターがあった」


「シンドリヒト? あれだろ、銀貨が粗悪な」


 僕のあやふやな知識に、カイマンは頷きで応える。


「ああ。純度の高い銀貨を鋳造するのさえ困難だ、と揶揄されていたシンドリヒト王国だ。諸王国連合に名を連ねてはいるので国交はあるし両替もできるが、手数料以上に貨幣の価値が引かれるので商人泣かせだったらしい。

 そのシンドリヒト王国で、クーデターだ」


 なんでも、銀貨一枚の価値が2割から3割ほど、まわりの国と比べて低いのだったか。


「シャーねーちゃん、くーでたー、ってなに」


「ぅ。わ、わかんないなの。でもお姉ちゃんなら知ってるかも、なの」


「えぇっ! あー、それな、ほら、あれよ。なんか軍の人がワーってなってな……? なぁ、シャロちゃん」


「はい。すこし捕捉をしますと、武力による政権転覆――つまり今回は、兵士の皆さんが王様をやっつける会を開いた、みたいな感じです」


「あねうえさま、ものしり」


「シャロンさますごいの、かっこいいのっ!」


「うぐぅ」


 助け舟を出したシャロンの評価のみが上がったようだ。姉の面目を保つというのは、大変なのだ。

 シャロンの物言いだと一気に和やかな雰囲気になったような、なってないような感じではあるが。


「クーデターを起こした者は、王家の縁者であるギヌムス = イア = シンドリヒト。元は宰相だった人物らしい。

 彼はギヌムス = シン = カイラムと名を変え、軍の二大幹部のルカ家、チーファ家に担がれる形で今回の騒動となったらしい。

 離れ小島を占拠して、自らをカイラム帝国と称して国家の樹立を宣言、それが魔道具を通じて諸王国議会の場、うちの王都にも情報として齎されたのが5日前。

 詳細はまだ不明だ。——シンドリヒト国王の生死に関しても」


 カイマンの知るところとなったのは、リーズナル家にも速報として知らされたが故だろう。領主たるもの、正確な情報を把握している必要性は高い。


 まわりまわって尾ひれのついた情報を得るのではなく、男爵家のカイマンからその情報を得られたというのは大きい。

 カイマン、ないしリーズナル男爵としてはあまりに流言が蔓延るくらいであれば、正しい情報を開示すべきという方針なのかもしれない。


「おうさま、やっつけられちゃったなの……?」


「たたかい、あるの?」


「おうこらカイマン、うちの子たちが不安がってるじゃねぇか」


 カイマンに若干の感謝を捧げかけたが、アーシャたちの尻尾のしおれ具合を見るにつけ、そんな気持ちは綺麗さっぱり霧散する。


「オスカー、君の過保護もますます磨きが掛かってきたね……」


「いやぁ、それほどでも」


「さらに申し添えておくと、褒めたつもりはこれっぽっちもなかったよ」


 なぜか半ば諦めたような苦笑いを浮かべる友人。


「じゃあ、アーシャがオスカーさまのこと褒めるの。いっぱい、いーっぱい褒めるの!

 褒められると、嬉しいの。もっともっと頑張るのっ! ってなるの」


 くるくるパタパタとカウンターのこちら側までまわってきたアーシャが、えらいえらいと僕の頭を撫でる。

 カウンターで呪文紙の仕上げ作業を続けている僕の頭に手を伸ばすため、わざわざ踏み台を持って来てまで。


「アーシャちゃんは良い子だね」


「えへへっ……」


「おうこら、うちの子をカイマンスマイルでたらし込むのはやめてもらうか」


「オスカー、君の面倒くささも磨きが掛かってきたね……」


「そりゃどーも。

 ——よし、これで完成だ」


 僕の声を合図に、側に控えていたシャロンが、完成した羊皮紙をそっと集めていく。あとは魔力インクが乾くのを待つばかりである。


「オスカーさん、おつかれさまでした」


「ああ」


 右側から未だ頭を撫でつけるアーシャに対抗してか、左側から僕の髪を撫でだすシャロン。

 お返しとばかりに、その白く柔らかなほっぺたをふにふにとしておくと、シャロンは見ているだけで心洗われるような、はにゃっとした笑みを僕に返してくれる。

 ——ちなみに、カイマン含む客たちが一斉にもんにゅりした表情をしていたりもするのだが、僕にとっては与り知らぬことである。


「手は空いた。とはいえ、そんな帝国だか独立だかに駆り出されるのも、鎮圧側に回るのも、どっちもお断りだぞ僕は」


 シャロンふにふにを堪能した僕がカイマンに向き直ると、美青年はやれやれと首を振る。


「さすがに友にそんなことは頼まないさ。完全に別件だ。いまのイチャつきを見てそれも悪くないかもと思いはしたものの。

 帝国の件は内乱扱いで諸王国連合としてもまだ静観するらしいしね。絶対ということはないが、遠からず鎮圧されるだろう」


「あんまりフラグ立てるのやめてくれ。平和に暮らせるのが一番だよ」


「神聖語かい? 私は魔術師ではないからね、意味はわからないが。

 すぐ荒事に首を突っ込む君が言うと、実に含蓄がある」


 おかしいな。

 僕ほど平和を愛してやまない人間もいないものだが。


「呪文紙も出来たことだし……仕方ない、付き合ってやるか。

 シャロンはアーシャと……いや、会計要員は必要か。シャロン、アーニャと羊皮紙やら他にも必要なものを買い出しに行ってくれないか。町がいつも通りでないなら、アーニャだけに任せるのは気が引ける」


「はい。任されました」


「あいにゃー。シャロちゃんシャロちゃん、ハムが切れとったから、それも買いに行こ」


「はい。人ごとのように言っていますが、アーニャさんが晩酌のたびにつまみ食いして減っていることは言わないで差し上げましょうか」


「言っとる! めっちゃ言っとるよシャロちゃん!!」


 僕の頭を撫でていたアーシャの動きが完全に止まったが、気付かないフリをしておこう。


「アーシャとラシュは、店番を頼むな」


「まかせる、がんばる」


「おまかせあれなの。死んでもここを動かないの。

 それと、お姉ちゃんにはあとでちょっとお話があるの」


「店番にそんな命掛けないでいいから。どっちもほどほどにな……」


 そんなに気負われると心配である。が、アーシャもラシュも気合い十分といった様子である。

 ラシュなど、暖炉周辺で丸まっていたらっぴーをわざわざ引っ掴んで頭に乗せるまでの徹底ぶりだ。


 ——今回の依頼に、この子たちを残して行くほどの価値があるのだろうか。カイマンだぞ……?


「いま、わりと失礼なことを考えなかったかい?」


「いや? これっぽっちも。

 しゃあない、ちゃっちゃと片付けて帰って来る」


 用件聞いてないけど。


「いってらっしゃいませ。お気をつけて」


「いってらい! ウチらも行くかー」


「いってらっしゃいなの! お姉ちゃんは、あとでお話なの」


「ひぃっ」


「がんばって、ね」


 賑やかな見送りを背で受けつつ、さっさと帰ってこようという意識をさらに強める僕。


「それじゃ。行ってきます」


 微笑んで送り出す彼女らに見送られながら、僕とカイマンは工房をあとにした。

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