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僕と彼女と油断大敵

 はい。ということで、場所を移して、何度目かになる所長室にやってきている僕。オスカーだ。

 そして状態としては半裸だ。

 上半身裸で、シャロンに背を向け床に座っている。

 ひんやりとした床が心地よい。しかし僕の表情には疲れが色濃く浮かんでいることだろう。


「ひどいめにあった……」


「はい。もう概ね大丈夫ですよ、オスカーさん。

 ほんとはズボンや下着のあたりにも砂埃が入り込んでいるので、そちらもお拭きしたいのですけれど」


 困り顔を覗かせているのは、濡れた布で僕の背中を拭き終えたシャロンである。

 壁を粉砕した際の粉塵は、後ろに控えていた僕を飲み込み、一時的に目が開けられないほどにまでもうもうと煙っていた。


 もっと至近距離でそれに晒されたであろうシャロンは、纏っていた光のためか全く砂埃を寄せ付けていなかった。

 綺麗な髪も、白い肌も全くの無傷で健在である。

 自分にも強化をかけておくんだったか、と思ったところで時すでに遅し。


 再度所長室に取って返し、赤い光を纏ったままの『ご奉仕します!』なシャロンに押し切られてーーあまりに固辞すると危ない。物理的にーー身体を拭いてもらっていた。

 ズボンの下だけは自分でやるから! 後生だから! と死守したことに対し、まだシャロンは不満そうであったが。


 あいも変わらず椅子に座ったままの骨格は、『君たちまた来たの……』というような哀愁を漂わせてきているように見えないこともない。


 最初に上層で人骨を発見した際には、飛び上がらんばかりに驚き、怖がりもしたものだ。

 しかし今となっては『なんか騒がしくしてごめんね』くらいの気分である。慣れって怖い。


 その間、「うえへへオスカーさんの腹筋」とか口走ってた頬緩みまくりのシャロンさんに至っては、骨などまったく眼中になかったようである。

 僕としても、濡らした布で体を拭いてもらい、かなりさっぱりした気分になっていた。


 2, 3日ほど水も浴びられていないのに走ったり落ちたり探索したりしていたので、一度意識し始めると汚れがけっこう気になる状態になっていた。

 拭いてもらうために飲み水が残り少なくなってしまったのは不安ではあるが、こうしてさっぱりしてみると、なかなか気分が良いのだった。


「ありがとう、シャロン。

 それじゃ、下は自分でやるから布を貸して」


「むー。わかりました、わかりましたよぅ」


 本当に渋々、仕方なしにですよ、という未練ありありな感じで布を手渡してくるシャロン。

 そして、じぃーっとこちらを見たまま、側に控えている。


「……」


「ーー」


 じぃー。


「……」


「ーー」


 じぃー。


 穴があくほどに見る、というのはこのことだろう。

 シャロンの視線に、穴を穿つだけの魔力が込められていたとすれば、僕の下半身は今頃完全に穴だらけである。


「あの」


「はい! やはり私がお拭きしましょうか」


「いや、あのズボンを脱ぎたいから、部屋から出ていてもらえると嬉しいなー、なんて」


「承りかねますぅ!

 オスカーさんと離れていて、危険があると困りますからね!」


 赤光を漂わせて熱弁するシャロンさん。むしろ今もって僕は危機的状況にある。主に貞操とかの。


「この部屋のすぐ外でいいからさ」


「部屋の中に危険があったらどうするのですか! 罠とか、そこの骨とか!!」


 罠は最初に検知しなかったと教えてもらっているし、突然水を向けられた骨さんとしても『いや、ほんと大丈夫なんで。私そういうのないんで』みたいな感じではなかろうか。

 微動だにせず俯いたままの骨格に、哀愁が漂っている気がする。


 しかし、シャロンはどうやっても出ていく気はなさそうである。

 目はらんらんと輝き、私、抵抗します! と腕をばーんと横に広げて堂々と立っている。


 かくなる上は力ずくで、なんていうのも無理だ。

 シャロンが通常状態で、僕に肉体強化が掛かっていてもやすやすと負ける自信がある。

 いや、それはもう自信なんて生易しいものではなく、もはや未来予測にまで至った確信と言ってもいい。


 はぁー……。嘆息ひとつ。


 本当に。従順なしもべです、とはなんだったのか。

 僕の知っている従順と、シャロンの思う従順は、やはり意味が違っているとしか思えない。


「仕方ない。じゃあせめて向こう向いてて」


 早く汚れを落としてしまいたい僕としては、どうあっても抵抗します! という態度のシャロンとやりとりしているのは得策ではない。

 しぶしぶ、折れることにした。この調子で折れ続けていたら、バッキバキに折れるのも遠くはないのではなかろうか。


「えっ。

 わかりました、では仕方ありませんので、手で、こう。覆っておきますから」


「えっ、じゃない。もはや全然隠す気ないよねそれ」


 完全に手のひらが開いている状態でシャロンは目の前に手をかざしており、いたずらっぽい蒼の瞳と、その指の間から目が合っている。


「では交換条件として、オスカーさんが脱いでいらっしゃる間、私も脱ぎましょう」


「状況悪化していってない?」


「わかっております、オスカーさん。

 オスカーさんの上半身も見せていただいていますから、公平に私は全部脱ぎます!」


 きみは一体何をわかっておりますのか。

 もちろん、上半身を脱いでいるのはシャロンに見せるためではなくて身体を拭くためだ。

 シャロンはすでにその気になっているようで、白衣をはだけてみせ、その内の服にも手を掛ける。

 形の良い胸元が揺れるのに合わせて、腰まである、美しく流れる金の髪も艶めかしく煌めく。


「それとも、上は着たままのほうがお好みでしょうか」


「シャロンの中での僕の性癖も悪化していってない!?」


 おかしい、おかしいぞこれは。

 僕は下半身に付着してしまった砂埃を払いたいのに、いつのまにかシャロンが全身裸になるか、下だけ脱ぐかの話になっている。

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。


「この身体は、ヒトと、オスカーさんと、そのーーそういうことをしても大丈夫なよう作られておりますし、孵卵器を使えば子どもだって作れます。

 いまは設備がないので、子どもは待っていただくことになりますが」


 恥ずかしげに顔を両手で覆い、イヤイヤクネクネと身体をくねらせるのに合わせて、金髪が揺れる。

 身体に纏ったままの赤光も、揺れる、揺れる。


 これはまずい、人骨の前でなし崩し的に貞操がまずい。

 骨さんの視線が『どこか余所でやってくれ』と言っているような気がする。これはまずい。

 ていのいい代弁者として使われているきらいのある骨さんだが、実際はここに初めて踏み入ったときから微動だにしていない。


 シャロンは僕の魔力を受けて昂ぶっているのか、いつも以上に押しが強い。

 宝玉を挿れた際にも、僕の魔力を吸って艶やかに惚けていたような気がするため、そのような副作用があるのかもしれない。


「シャロン、ちょっと落ち着いて」


 がくがくとシャロンの肩ーー若干服をはだけた状態であるーーを揺すってみても、彼女はきゃっきゃとむしろ喜んでいるようですらある。


「あうあう。オスカーさんにならそういう乱暴にされるのも悪くなさそうではあります。

 しかし私も女の子として作られた身です、子どもたち500人に囲まれた、愛のある家庭を築きあげたいものですね」


 シャロンの暴走は止まらない。

 目標子ども人数の増加も止まらない。

 僕が骨さんと顔を見合わせている間に、いつのまにか家族設計の話になっている。


「『ここはハウレルの町だよ。まずは町長に会うといい』と三男に言われた冒険者を、オスカーさんがお迎えして、私がお茶をお出しするんです。

 それでそれで、指が当たったこととかにオスカーさんが嫉妬してくださって、その夜には第501子の共同制作をですね」


 僕の胸板に手を這わせつつ、自身も白衣をはだけ、うえへへと駄目な感じの笑いとともに潤んだ瞳で見上げてくるシャロン。

 前回に引き続き、一体彼女のなかでは三男が何をしたというのだろうか。


 僕は下半身のじゃりじゃりを拭きたいだけなのに。ーーああ。そうか。


「シャロン」


「はぁい。なんですか、オスカーさん」


 とろけきった返事が返ってくる。


「僕は、粉塵を浴びて下半身がわりと気持ち悪い状態にある」


「はいー、存じておりますよー。

 ふつつかものですが、出来る限り気持ち良くして差し上げますのでお任せください」


 ね? と潤んだ瞳がすぐ真下から見上げてくる。

 シャロンは、ほぼ密着するような位置から僕の顔を見つめている。

 その蒼い瞳に僕だけが写っているのが見える。思わず、吸い込まれてしまいそうになる。


 しかし。


「シャロン、そういうのはまた今度だ。

 いま向こうを向いていてくれないなら、僕はこのじゃりじゃりで気持ち悪い状態のまま、探索を再開する」


 僕は、自分自身を人質にすることにした。

 シャロンが力ずくで何かをしようとする公算は低い。

 もしそうなったら僕の力ではおそらくどうにもならないため、この予測が外れると、骨さんの見ている前というアブノーマルな感じで僕の貞操は終焉を迎えることとなる。


「うっーー、そ、それはよくないです。

 衛生的にも。病気の原因となり得ます」


 それはずるいです、と目で抗議してくるシャロン。

 覗き込むとそのまま吸い込まれてしまいそうな蒼に、僕の気持ちもグラッと揺れるものがないではない。


 とびきり可愛い子がこうまでぐいぐいアプローチを掛けてくれているのだ。

 健全な男の子として、そのまま身を委ねてしまいたいという欲求も強い。

 いまだって押し付けられる胸の感覚に頭の一部が真っ白になりそうだ。


 しかし。もしそういうことになるとしても。

 そういうのはシャロンと外の世界に出てから、もっと綺麗で、雰囲気のあるところで。

 内面はわりと乙女な僕。オスカー14歳である。


「だから、ね。シャロン。

 今はそういうのは無しにして、あっちを向いてて」


「あうう」


 悔しそうに、あるいは名残惜しそうに、最後に僕の胸板に顔を埋めるようにして抱きつくと、すっとシャロンは身体を離した。

 素肌に柔らかなものが触れた感覚があったが、あれはもしかして唇だろうか。

 ーーいや、そんなことはない、ないったらない。僕は何も感じなかった。なかった、なかった。ふぅー、危ないところだった。


「おすかーさんのいけず、ですぅ」


 ぶすぅっとした表情を隠そうともせず、そのままシャロンは2歩ほど離れ、僕の要望通り背を向けた状態で座り込む。

 ぶつぶつと「熱源センサー、魔力センサー、最大感度」とか口走っているのは聞こえないことにした。


 僕は、再度苦笑いとため息ひとつしてから、ズボンに手を掛け、布で砂埃を拭うのだった。


「ああ。オスカーさんの、おすかーさんがぁ」


「シャロンってちょいちょいおっさん臭い発言するよね」


 内面と外面が見事に裏切りあっている。僕も人のことは言えないのかもしれないが。

 椅子に座った人骨だけが、ただ静かに『リア充爆発しないかな』と嘆息しているように見えた。





 ーー





 ようやく身体を拭き終え、そして同じくようやく赤光の消えたシャロンを伴って、僕たちは半ば忘れかけていた粉砕された壁の前に来ていた。

 身体を拭き終えた段階で、何か一仕事終えた感覚があり、もういっそ寝てしまいたいほどだった。

 しかし、ちょうどシャロンの纏っていた赤い光がスゥっと消えたこともあって、穴をあけた壁の存在を思い出したのだった。

 それがなかったらたぶんそのまま横になっていたくらい、変なところでドッと疲れた気分だったのだが。


 シャロンはというと、魔術の効果が切れたからか、はたまた時間が経ったからか。

 普段通りの冷静さを取り戻したようだ。普段からして若干アレなところはあるけれど。

 若干つやつやホクホクした表情を浮かべて「オスカーさんが私の身体に興味を感じていないわけではなさそうで、良かったです」みたいなコメントを発していたのはスルーした。

 一体何を見たというのか。僕には皆目わからない。わからないとも。


 シャロンの一撃で見事に粉砕された壁には大穴があいており、一人ずつならこの穴を通って向こう側の空間へ侵入できそうな具合になっていた。

 広間に置いてきた魔力光はかなり弱まってしまったため、このあたりはもうかなり暗い。穴の向こう側に至っては、黒々した闇の空間が再び広がっている。

 そのため、指先に光を灯したシャロンを先頭に、安全そうであれば続いて僕が侵入することとなった。


「では、行ってきます。いってらっしゃいのキスはーー」


「いいから行っておいで」


「むむ。オスカーさんが、私のあしらい方を上げてきている気がします。これは由々しき事態です。

 しかしご用命とあれば仕方がありません。シャロン、行きます」


 なんとも気の抜けるやりとりののち、シャロンは自らがあけた大穴をくぐって行った。

 シャロンの灯す光がなくなり、あたりがまた薄暗くなる。その代わりに、穴の先がぼぅっと明るくなる。


「直ちに危険はないようです。

 ですが、なんでしょう、これは。結界、でしょうか」


 穴の先からのシャロンの訝しむ声に誘われて僕も穴をくぐってみる。

 穴の奥行きは50cmくらいでその先はぽっかりと広間が広がっている。


 たった一撃の打撃で、50cmの分厚い壁をぶち抜く、高速移動が可能な人間と同じサイズの存在。

 ほとんどの人間は、何かの冗談ではないのか、というような反応をするのではないだろうか。

 強化魔術が掛かっている状態のシャロンの強さに薄ら寒いものを感じつつ。



 穴を抜けた僕が見たのは、階段を降りてすぐの広間程度の広さの部屋だった。

 その中央に、小部屋くらいのサイズの、薄い赤色に透き通った四角い立体的な空間があるようだ。


 シャロンは、その四角い空間の手前に居た。これが彼女のいう、結界のような何かということだろう。


「この結界のようなものの位置が、魔力を吸収していたものにピッタリ重なります。

 しかし、現状ではセンサーに反応をほとんど感じません。広間に置いてきた光の魔力を吸収しているのか、少しは反応がありますが」


 慎重に近付き、シャロンが手頃な石を放ってみると、コツと小さな音を立てて石が赤い壁にぶつかり、地面に落ちる。

 1秒経ち、2秒経ったが、とくに変化は見られない。


 シャロンは一歩、二歩と赤い壁に近付く。

 再び石を拾い、それを押し付けてみる。それでも、特に何が起こるわけでもない。

 ただ、石を押し付けられた赤い壁の部分が、ぐにぐにと多少めり込んでいるように見える。

 最初にいた場所の床のような材質なのだろうか。


 そして、シャロンは意を決したように頷くと、自らの右手を赤い壁へと押し当てた。


「シャロン、無茶なことはするな」


 驚き、声をあげる。が、


「申し訳ありません。

 しかしーー何も起こりませんね」


 ふぅ。胸を撫で下ろす。

 もしシャロンに何かあったら。

 それは、僕がここで生存するために困るとかそういうことではなく、自分にとって大切なものを失うことへの怖れである。


「脈動する強大な魔力を感じます。

 触れなければわからないのが嘘のような、かなり強力な魔力です」


 多少力を入れてみているのか、壁はぐにぐにと凹んだり、戻ったりをしている。

 シャロンの様子に、あまり危険な感じは見られないので、僕もその壁に近付いてみる。


 半透明な赤い壁の中は、薄暗いことと赤みがかっていることでわかりにくいが、小部屋くらいの広さのあちらこちらに大小様々な骨が散らばっているようだった。


 この赤い壁の小部屋以外、この広間の中には何もない。

 ただ唯一、入ってきたところから見て左端のほうに、上層への階段があるようだ。

 本来ならばあそこから出入りするのだろう。


「何だろうな、これ」


「残念ながら、不明です。

 こちら側と内側を遮断しており、内部に膨大な魔力を溜め込んでいることから、結界のような性質を持っているのは確かです。

 内部に熱源反応は無し。しかし生体反応は1つあります。

 ここからでは骨くらいしか見えませんが、この結界自体が生物としての性質を備えているのではないかと推測します」


「研究施設の最奥にある、魔力を溜め込んだ謎の空間に生体反応か。

 今のところ、無害なようだけれど」


 シャロンのいる場所とは違う側面の壁の前まで辿りついた僕も、その壁に手を伸ばした。

 左手には、念のための”バールのようなもの”を握ったままである。


 そのため、右手をその壁に触れてみようと伸ばしたのだ。伸ばしてしまったのだ。

 先ほどシャロンに無茶をするなと警告したばかりである。

 というのに、彼女が触れ、何も起こらなかったたことで僕は完全に油断してしまっていた。


 強い光のときも、壁を破壊し粉塵をかぶったときも。

 油断や危機感の薄さを感じる部分は立て続けにあった。

 しかし、結局のところなんとかなっていたので、やはり気が緩んでいる部分があったのだろう。

 疲れや、食料が少ないことに対する焦りが、それに拍車を掛けていたことも否めない。


「オスカーさん、あまり不用意にーー」


 先ほどの僕の焼き直しのように、シャロンが警告を飛ばしてくる。

 違ったのは、そこから先だ。



 とぷん。



 壁に触れようとした僕の右手が、何の抵抗もなく壁の中に埋没する。

 壁に手をつこうとしていた僕の身体は、そちら側に倒れることを止められない。


 ひやり、と全身に汗が吹き出る感覚。


「オスカーさんっ!!」


 驚きに見開かれる蒼の瞳。

 少し離れた場所にいるのに、その蒼は間違いなくはっきりと見えた。


 瞬間を同じくして、シャロンの足元の地面が爆ぜた。

 姿が掻き消えんばかりの踏み込みにより、驚異的な速度でシャロンが迫る。


 しかし、間に合わない。それは、僕も、そしてシャロンにもわかっているのだろう。彼女の瞳が悲しみに歪む。

 一瞬一瞬の情景が、まるで切り取られたかのように鮮明に映る。

 シャロンは諦めず、走りながらその手をこちらに向かって伸ばす。


 この壁は罠だった、ということだろうか。

 なんらかの条件でシャロンは無事だったが、僕に対しては効力を発揮したそれ。


 外から見えていたのは大小様々な骨だ。僕もああなってしまうのだろうか。

 自分の不注意が招いたこと。それは確かである。悔しいし、死んでしまうのだって怖い。

 そして何より。シャロンを独り、ここに残していってしまう。


 こちらに向けて手を伸ばすシャロン。あと3歩、あと一瞬が、永遠のように遠い。

 せめて僕を置いてシャロンだけは外の世界に出ろ、と望みを託すにも、そんな時間は残されておらず。


「ーーーー!!!」


 声にならない絶叫をあげるシャロン。

 端正な顔が台無しである。僕はその様子に苦笑する。

 ーーちゃんと苦笑、出来ているだろうか。シャロンが最後に目にする僕の顔は、恐怖で歪んでやしなかっただろうか。

 手が届くまで、わずかあと2歩。


 ーーああ。

 最後に。せめて、最期に。


 僕の名を呼ぶ鈴の音のような声を聞きたかったな。

 微笑む蒼の瞳を見つめていたかった。

 流れる金の髪を梳いてあげたかった。

 向けられる好意に対して、不器用でも返してあげたかった。

 そして、こんな僕に仕えてくれてありがとう、と伝えたかった。


 しかし、その願いは届かない。



 どぷん。



 大きい物体が水面に落ちるような音を立てて、僕はその全身を、壁に飲まれた。

 その場に独り、自らに仕える少女を残して。


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