取材を受ける僕らのはなし そのに
この話の後にあと1話挟んだら、いよいよ三章突入予定です。……予定は予定です。
――お名前を教えてください。
アーニャ = ハウレル。
ほんとは、そう名乗るんは気が引けたり、なんやめっちゃこそばゆかったりするんやけど、それでもカーくんがウチに。ウチらにくれた、大事な名前や。
ウチが自らハウレル姓を名乗ったんは、たぶん初めてのことやと思う。
カーくんがウチを見てほんわか嬉しそうに目ぇ細めてきよる。こそばゆいのを痩せ我慢して、なんてことないしな! みたいな顔してみる。あ、アカンわ。カーくんいまインチキ眼鏡しとるわ。つんだ。
ウチがカーくんシャロちゃんに初めて会うたとき。
アーちゃんやラッくんを助け出すことしか、ウチは望んでなかった。しかも実際はそれさえも、たぶん諦めとった。
ゲンジツトーヒのために、でも動かずにはおれへんで。たまたまお人好しな人らに拾ってもろて。
そんなウチが。そんなウチらが。
今や、こんなシアワセな場所に、名前までもろて。毎日を平和に過ごしとる。
――誕生日と、ご年齢は?
天の月、上の24日。20歳。
カーくんたちには、いろんなものをもろた。居場所も、名前も、首輪も。
誕生日やって、カーくんにもろたもんのひとつや。
ウチらの里では、人間の使とる日付なんかなかった。
やから、暑いときに生まれたとか、寒い時に生まれた、やとか。キノコあるときやったなぁ、とか。そんくらいしか生まれに関してはわからへん。
物心ついたときには親が死んどるとかもザラやから、それすらわからんことやってある。わかったからってどうなるってモンでもないし、今まではそれでええやって思とったんもある。
そんなウチらに、カーくんは誕生日もくれた。あのインチキ眼鏡で見たらわかるんやって。
誕生日は、生まれたお祝いもしてくれるんやって。ウチら妹弟は、そんなんしてもらった覚えがないし、実は楽しみでしゃあなかったりする。
アーちゃんは覚えたての日付の読み方を使て、毎日のように、アーちゃんの産まれたっていう花の上の2日目を心待ちにしとるみたい。
花と天の間の、なんやムツカシイときが誕生日らしいラッくんとウチはまだ誕生日が遠いしあれやけど、近くなったらそわそわしてまうかもわからん。
まぁ。物事ひとつとっても、カーくんシャロちゃんたちの影がないもんは無い、ってくらい。そんくらい、カーくんたちからウチらがもろたもんは多い。
……多すぎる。ぜんぜん返しきられへんほどや。
シャロちゃんも、同じようなことで悩んどったっけなぁ。
――ハウレルさんとの出会いを教えてください。
ちっさい頃に、カーくんの遊び相手としてご両親に買われた。
ご両親が亡くなったあとはカーくんが主になっとる。
……ウチの素性は表向きには、そんな感じになっとる。
実際にウチはちっさい頃に人間の子どもと遊んだことがあって、そのときの話を元に受け答えしたら、ボロは出にくいやろ。
道にいた商人から盗みを働いたり、町や村で多少暴れとった間があるってんで、カーくんたちと『そういうこと』にしよって決めたから。
ウチのしたことでウチが裁かれるなら、まあしゃーないと思ってた。
でも、ウチがしたことで今はカーくんやシャロちゃん、アーちゃんやラッくん。工房の皆に迷惑が掛かる。
ウチらの後ろ支えになってるっていう、カイくんとこの家にも泥をべちゃあってすることになるって聞いた。
そういうのは、あかん。
ウチがしたことはもう、ウチだけでセキニンを取れるもんじゃなくなっとる。らしい。
それに。
工房でモノを売る手伝いをするようになってから。
カーくんやラッくんがめっちゃ頑張ってモノを作ってんのを知ってから。
ウチが忍び込んで服を盗んだ商人のことをたまに思い出す。
あんとき他にやりようあったか? って思っても、ないんやけどさ。
それでも、商売の大変さを知ってもうたから。
ウチの気持ちが軽くなるだけの意味しかなくっても。
いつか盗んだ分の金が返せへんかな、って思っとる。
でも今は、そんな気持ちは仕舞っとく。
ウチとカーくんシャロちゃんの出会いは、ウチらだけの秘密。
シャロちゃんにビビって腰抜かしたウチの話は、なるべく早く忘れて欲しい。
……ほんまはカーくんらと出会ってから、まだ50日とかそこらやねんて。
もう結構長い間一緒におる気ぃしてたから、ちょっとびっくりした。
思えば、50って数がどんくらいかわかるようになったんも、カーくんやシャロちゃんのお陰なんやったなぁ。
――ええーっと、アーシャさん? と、お名前がとても似てらっしゃいますね?
ウチらは女は女の親から、男は男の方の親から名前の一部をとって名付けるからやな。
名前だけで誰の子ってのがわかりやすい。ウチとアーちゃ……アーシャは女の親が一緒やから、似た名前んなるんよ。
『ん? その言い方だとラシュは違うのか?』
キシャのねーちゃんからの問いかけに答えるウチに、カーくんから"念話"が飛んで来る。
ほんまはキシャのねーちゃんと喋るより、カーくんたちとのんびりお話してる方が好きなんやけどなぁ。
『んーん、ラッくんも一緒やよ。男の親はたぶん違う。
毛の色の感じがウチやアーちゃんと違うやろ』
『わるい。
複雑な家庭環境ってやつか……?』
『そーなんかな? ウチらの里やと、よくあることやったけどなー。
ウチとアーちゃんの男の親は、ちっさい頃に里に戻って来んようになったからなぁ。アーちゃんは覚えとらんのちゃうかな。
死んだか人間に捕まったか逃げたか。まあ詳しいことはわからんねやけどね』
ウチの返事にカーくんは頭を抱えて、そのあとウチの頭をぐりぐりとおっきい手で撫でてきた。
……うん、ウチもシャロちゃんも。アーちゃんもラッくんも、この手が大好きや。なんか、安心する。
「ちょぉーっとぉ! ハウレルさんっ!
なんで突然取材対象を撫で撫でしてんですかっ! 彼氏のいないガトさんへの当てつけですかっ。
シャロン奥様も物欲しそうな目をハウレルさんに向けないでくださいっ! 彼氏のいないガトさんへの当てつけですかっ」
「お嬢様、そういう話を人に振るのをおやめください。
目の前でイチャつかれるのが悔しいのでしたら、ご自分で反論してください」
剣持ってる方のねーちゃんは、苦労人なんやろなぁ……。
なんかカーくんに無茶い話を振られたときのカイくんに似とる気ぃする。
「もぅっ、ガトさん! メルちゃんと呼んでってばっ!
うぁあ! くそう、くそぅっ! ガトさんが言い返してくるようっ。
わたくし、そんな子を産んだ覚えはありませんっ!」
「奇遇ですね。私もお嬢様に産んでいただいた覚えはありません」
「ああもうっ! 取材続けますよっ!」
ぷりぷりと腰に手を当ててキシャの人がこっちに向き直る。
わーわー言うて中断したんは自分やん、とも思うんやけどまた話が逸れても面倒やので言わんといたる。
「それはええねんけど。
また転がってんで。字ぃ書くやつ」
「あぁっ!?」
早く終わらへんかなぁ。
お昼寝したいなぁ。
――ええーっと。アーニャさんはハウレルさんに随分親しげですね。アーニャさんだけに限らず、妹さんも弟さんも。家名まで名乗って。
そりゃ、まぁ。
ウチら、カーくんの家族で、嫁やしな。
「ぶふっ」
キシャのひとが、吹き出した。ちょい失礼やと思う。
「ちょぉーっとぉ! ハウレルさんっ!
しゅ、主義者じゃ、ない? んですよね? ないって言ってましたよねっ!?
ああっ、シャロン奥様、そんな目で見ないでっ。ひ、必要なことなんですっ。
だって。獣人が主に家族として迎えられるのは、なくもないです。でも、嫁って。
シャロンさ……シャロン様は嫌じゃないんですかっ!?」
ついにシャロちゃんが様付けになった。
カーくんもシャロちゃんも、すっごく嫌そうな表情しとるから、ウチはなんかおかしくて吹き出しそうになった。
獣人はモノ扱い。
それが世間での扱われ方。
そんなん、ウチらもよーわかってる。
やから、そんなとこまで気ぃ遣ってくれんでもええ。
周りからどう思われようと、カーくんやシャロちゃんがウチらのこと家族として扱ってくれとんのも、よーわかってんねんから。
「私を一番に寵愛してくださるのであれば、私の認めた相手がオスカーさんの嫁として迎えられるのは何の問題もありません。何人だろうと、老若男女も種族も問いません。
むしろ、オスカーさんに惹かれるというのは、正しい価値判断が出来るということです」
腕を組んで胸を張り、そう言ってのけるシャロちゃん。
シャロちゃんの認めた相手として数えられてるっていうんが、ウチにとっては、なんか嬉しい。
「老の男はさすがに……どうなんだろうな、うん。
いまのところ、僕の嫁はシャロン一人だし、アーニャたちが自称してるだけだ。
でも、大切な家族には違いないし、今後本当に嫁として迎え入れるかもしれない……かもしれないだけだからそんな期待をこめて僕を見ないでくれ。
シャロンもその、なんだろう、にんまり笑いをやめてくれ」
そんな期待込めた感じになってたやろか。
期待、してもええんやろか。
つい見てもーたカーくんの顔は、お風呂覗いてんのがバレたときみたいに真っ赤んなっとった。
「ああもうっ! ゴチソウサマですねっ! ほんとうにもうっ。
ガトさんガトさん、何か言って……シャロンさまに認めてもらって嫁として居着く方法求む? そんなー」
キシャと護衛は長い付き合いみたいで、なんやかんや言いながらも楽しそうにしとる。
でも、楽しそうやったんは、そこまでやった。
「……でも獣人は獣人同士のほうが、幸せになれると、わたくしは思います。ああっ、シャロンさまちょぉっと、ちょぉっとで良いので落ち着いてくだ……いいえいいえ、シャロンさまが慌てていらっしゃるという意味ではなくってですねっ? 最後まで話す猶予をですね? いただければなぁ、と」
そのキシャの言い方が、ウチにはなんか引っかかった。
べつにウチらにいじわる言いたくて言ってるんじゃない、そんなふうに聞こえたから。
そしてそれは、だいたい正しかった。
聞かんかったらよかった、というのとはまたちょっと違う。けど、聞きたくは、なかった。そんな話。
キシャは、真剣な目で、ウチに向き直った。
「わたくしがそう思ってるのは、お互いに傷つくことになるから、です」
「……」
獣人を嫌う人からの嫌がらせとか、そんなんは今もよーある。
そんなんに負けるウチらでもないし、カーくんやって大丈夫。……やと思ってるのに。
なんで、こんなに不安に聞こえるんやろ。
「人間と獣人では、子を作ることも、できなかーないです。魔力のほとんどない人だけ、ですが。
でも、魔術師と獣人では、無理なんです」
「……へ?」
なんか、間抜けな声が聞こえたなって思ったら、それはウチの声をしてた。
「魔力の源。学舎では魔力因子と呼ばれてるそれが、人間の体内にはあります。
これが、体の中で魔力を産み出したり、外にある魔力を取り込んだりしてるんです」
キシャが、何かの説明をしとる。
いままでの、おふざけの空気は、ない。
「この魔力因子は主に、親子間で濃縮されて継承されていくってことが、これまでの研究でわかってます。
強い魔術師同士の子であれば、より強い魔力因子を持った子どもが産まれるんですね」
ウチには、ウチらには魔術が使われへん。
だから、関係ない話。……そんなはずが、なかった。
護衛の、剣を持ってるねーちゃんが、まるで悲しいとでも言わんばかりに目を逸らす。
ウチらが悲しい者たちみたいに、目を逸らす。
「ご存知とは思いますが。
獣人には魔術が使えません。
魔力が、ありません。
魔力因子がほぼ皆無なのです」
「まさか……」
隣のカーくんの呟きが、なんややけに遠くから聞こえる。
カーくんの声色は、明るくない。
ウチはその表情を見てへんし、見られへん。けどキシャが重苦しそうに頷いてるから、同じような表情なんかもしれん。
「まさか、そんな。
魔力欠乏症、か……?」
カーくんの呟きに、キシャはもっかい頷いた。
『おねーちゃん』
『おねえちゃん、しっかり、なの』
後ろから、あったかいもふもふがウチの腕を片方ずつ掴む。
ウチはぜんぜん大丈夫。ってかなんのことかわかってへんしなー! なんて。軽く応えたかってんけど、なんでか上手く"念話"が出ぇへんかった。
キシャは再び、口を開く。
「胎内で子どもが育ち、魔力因子が定着した頃。それは起こります。
獣人は、魔力因子が無いんです。外界から魔力が取り込めないんです。自分で魔力を作れないんです。
胎内の子に供給すべき、魔力が、無いんです」
「魔力が無いと、体内の臓器を傷つけてでも魔力を確保しようとして、生命活動にも支障を来す、魔力欠乏症……。
そのまま魔力が供給されないと、内蔵までずたずたになって、血を吐いて、死ぬ」
そうやって呟くカーくんが、いつやったか。
カーくんの両親のお墓を作ったときに、ウチらに語って聞かせたことがある。
ふたりは、カーくんを守って死んだらしい。
一人は剣で戦って、矢や剣で滅多刺しの串刺しに。
一人は魔術で戦って、血を吐くまで戦って、最後は倒れて。奴らに弄ばれたあと、やっぱり串刺しに。
カーくんの魔力が強すぎるらしくって、ぜんぜんそんな素振りがないからいまいちピンと来てへんかったのんは事実や。
でも、本来。魔術は。魔力は。
使いすぎたら、体を傷つけて。血を吐いて。
あっけなく死ぬくらいのモノなんや、ってことを。
ウチはこのときまで、よくわかってへんかった。
「……はは」
乾いた笑い声がした。
その声も、ウチの声っぽく聞こえた。ふしぎ。
「胎内で途中まで育った子は、魔力欠乏症で、死にます。
ときに母体まで巻き込んで。
だから、わたくしは。
獣人は獣人同士のほうが、幸せになれると、そう思っています」
カウンターを挟んだ目の前にいるはずのキシャの声はなんだか遠くって。
目の前が、くらくらして。
足許が、ぐらぐらして。
なんか、笑えた。
そんなショックやってんなぁ、って。
この人の子を産みたい思うほど。
それが無理やって知って、目の前の色がわからんくなるほど。
いつのまにか本気になっとった自分が、たまらんほど面白くって。
足元を濡らしたのがウチの目から出たモンやって気付いて、余計笑えた。
アーニャの誕生日は「天の月、上の24日目」、6/24。
アーシャは「花の月、上の2日目」、3/3。この世界にひな祭りみたいなものはないですが、シャロンちゃんの知識にあれば、オスカーくんがやろうとするかもしれないですね。
ラシュは「花天中つ刻 1日目」、5/31です。ラシュの誕生日は季節が変わるお祭りにだだ被りしています。
アーニャがカイマンのことを『カイくん』呼びをしはじめたのは、親愛とかそういうのもなくはないです。
が、主な理由は、名前を覚えるのを諦めました。




