取材を受ける僕らのはなし そのいち
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「それじゃ、本来の要件の話をしようか」
記者も護衛も、らっぴーの置物をほくほく顔で鞄に仕舞い込んで、目的を達した風などこかやりとげた表情であった。仕方なしに軌道修正を計った僕に対して、当の二人はきょとんとした顔を向けて来る。
やがて、記者メルディナ = ファル = ウィエルゾアは、ゆうに十数秒ほど掛けて、本来の要件? ってな具合に首を捻ったあと、ポンと手を打った。
「あああ! 取材っ! 取材をせにゃーなりませんでしたっ!」
一体何しに来たつもりだったのだろう、この女性は。
なんならこのまま帰りそうな勢いだったぞ。それはそれで面倒がなくてよかったのかもしれないけれど。
「それじゃー、取材をはじめますよっ!
答えたくないものには無理に答えたり嘘をついたりしないで、答えないと言ってくださいねー、わたくしはそこらへんきっちりしているんですっ」
一転、真剣な眼になり、諸注意を促す記者ウィエルゾア。
これが彼女の仕事時の表情ということなのだろう。ただし。
「ペン先、魔力切れみたいで転がってるけど」
「ああっ……!」
やはり、格好はつかないのだった。
そんなこんなで、ウィエルゾアさんが試作魔力回復茶を飲み干し、て多少回復するまで待って——より正確には、大量に買って帰る気満々な彼女に日持ちしない旨を伝え、悲しみに咽び泣くのを復活するまで辛抱強く待って、ようやく取材は始まった。
——待ちくたびれたアーニャ、ラシュ両名は暖炉前で寝こけ、辛うじて堪えていたアーシャも若干舟を漕ぎ出していた。
——
——お名前は?
オスカー = ハウレル
——出身地はどのあたりですか?
キンカ村ってもわかんないかな、ちっさい村だったし。それに今はもう無いし。
キシンタから西に二日くらい馬車を走らせた先にある、山間の、小さな村だったよ。
——もう無い、というのは?
文字通り。蛮族に火を放たれて、放棄された。今年の、麦の月。上の……何日だったかな。
——大変……だったのでしょうね。次の質問に移らせていただきます。生まれと年齢は?
生まれは花の月、下の12日目。
年齢は、14……じゃないや、17歳、ってことになるのかな。
——ええと? 17歳、ですね? わかりました。
では、直球でお聞きしますっ! ハウレルさんは、主義者なのですか?
「え、ちょっと待って、主義者?
主義者って何?」
聞き慣れない単語が出た。
シャロンを振り向くが、いつも頼りになる僕の嫁も首をふるふる。どうやら知らないらしい。
「ええっとぉ……。お、怒らないでくださいよー?」
「いや、怒るようなことを言うなら怒るけど」
言いにくいことなのだろうか。
ウィエルゾアさんは多少身を縮める。色鮮やかな帽子に取り付けられた羽根がふるふると震えるが、やがて意を決したらしい。
彼女は再度、「怒らないでくださいねっ?」と念押しをすると、先ほど購入したらっぴー像をわざわざ鞄から取り出して握りしめながら、とつとつと語りだした。
「主義者っていうのは、ええーっと、ですねっ。そのっ。
『獣人の権利だーっ』、とか。『獣人奴隷の解放をーっ』などの主張を主としてですね。そのぅ。
王家並びに中央政府に反発する人たちと言いますか、そのぅ」
「早い話が、反政府運動家か。獣人関連の」
奴隷を維持するのは、実はそう簡単なことではない。
過酷な労働――鉱山での採掘や、娼館、戦争での尖兵、スパイなどの生業、糞尿や死体の処理など――を強いて、その分の利益を得るでもない限り、自前で奴隷を複数人所持するなんてことは、金銭的に難が大きいのである。
金銭的負担の内訳としては、まずは奴隷の分の衣食住の世話に掛かるお金、怪我や病気に対する対処がある。
怪我や病気、衣食住は本人の気さえ咎めなければ放っておくことも可能だ。これは無期犯罪奴隷や獣人奴隷のみの話であり、有期犯罪奴隷は刑期を満たしたら生かして解放する必要がある。そのため、放っておくと死ぬような場合で持ち主がこれを放置した場合、罪に問われることとなる。どのみち、獣人はこれに当たらないらしいが。
これ以外の金銭的な負担としては、領主から課される税の占める割合が大きい。多くの奴隷を維持できるということは、それだけ金銭に余裕があるということであり、税は余裕のあるところから取るというのが鉄則だ。余裕のないところから無理に搾り取ろうとしても取れる量の増分などたかが知れているのだし、それで不満を募らせたうえに反旗を翻されたら丸損である。鎮圧したところで他の領民への見せしめのために処刑する必要があり、その分の税収は減るのだし、周辺への不満も残る。
また、鎮圧のために近衛隊など軍備を動かす必要がある。軍の保持とてお金が掛かる。もちろん、行軍するとなればなおさらだ。
領主は絶対に負けるわけにはいかないのだから、反乱軍を確実に叩き潰せるだけの勢力になお余力を重ねてことに当たるので、さらに消耗するお金が増えるという寸法だ。
そんなわけで、領主としては。いかに多くの領民に不満を抱かせずに税を取るかに、日々頭を悩ませているのだ。
領地の運営のためにも税収は必要だし、各領地は王から統治を任されている土地ということで、領主は領主として王への納税の義務を負っているのだ。そこいらの市井の者よりいい暮らしをしているとはいえ、領地を持つ貴族もなかなか楽ではないらしい。
だから多くの領地では、お金を持つ者からの徴税額のほうが、貧しい者に比べて格段に多い。そうしないと、不満を抱えさせるリスクに対して、収入が見合わないからだ。
奴隷を、それも複数持っている者など、富める者の象徴的存在でもある。なので、これまた多くの領地では保持している奴隷の人数によって、課される税の額がどんどんと上乗せされていく。
一人ならいざ知らず、複数人の奴隷を持っている者など、このガムレルでも先に挙げた娼館の主や、豪商と呼ばれるような一部の商人たち以外には数えるほどしか居ないだろう。僕も、その中の一人にカウントされているわけだ。つまり、それによって目立っている。
それでいて、僕がアーニャたちにやってもらっている仕事は、ふつう獣人に任せるような……つまり、人間がやるのを嫌がるような仕事というわけでもない。獣人関連の活動家だと勘ぐられる土壌としては、十分に過ぎるのだろう。
「にしても、反政府運動家の謗りはあんまりだろう。
投獄もあり得るんだろ、そういうの」
「そんなに滅多にあることではないですけど……はい……」
真正面から見据える僕に、一段小さくなったのではと見紛うばかりのウィエルゾアが応える。
彼女の、特徴的な腕章や帽子の羽根が、小刻みに震えた。
「もしかして、オスカーさんの失脚を狙うどなたかから雇われて、迂闊な言動を誘い出すために取材だなんだと仰っている——なんてことは、ございませんよね?」
ピリッと空気が張詰める。
普段であれば優しさと柔らかさを内包した鈴の音のようなシャロンの声は、美しさはそのままに底冷えのするような、刺すようなそれへと変貌している。
周囲の温度を根こそぎ奪い取るかのような、突然の空気の変貌。シャロンの威圧に依るものだ。
暖炉で爆ぜる薪の音や、窓の外の吹き付ける風音も。
消えてなくなったわけではないはずなのに、認識の外に追いやられて、ただ痛いくらいの冷たい空気だけがこの場を満たしている。
「あ……ぅ……、その、」
工房の備品を壊さないように今回の威圧はかなり弱めなのだろうが、それを正面から叩き付けられた二人の顔色は、全くもって良くは無い。
護衛であるベルレナさんも本来ならばウィエルゾアさんの前に出てしかるべきタイミングである。が、その足はあたかも根が生えたかのように動こうとしない。
小刻みに震える腕、見開いた目。
ベルレナさんの額から吹き出した汗が一筋、頬を伝って床に落ちた。
うつらうつらとしていたアーシャもしっかり目が覚めたようで僕とシャロンを交互に見ているし、アーニャやラシュも起き出してくる。
彼女は何故わざわざそんなことを聞いたのだろう。
違法行為をしているかもしれない相手に『違法行為をしていますか?』と聞くに等しい。
ふつう、している、していないに関わらず、していないと答えるだろう。その上で、相手への心象が悪くなるはずだ。
もしそれが図星であり、漏れると危険な情報である場合は。それこそ、相手を痛めつけたり、最悪の場合口封じを行ったりする可能性すらあるだろう。
それなのに、ウィエルゾアさんが僕にその質問をした理由は。
「……ったく。
主義者って人たちへの牽制に僕の口から否定させたかったんなら、もっと上手くやれ。
それっぽく匂わすとか、他にやりようはなかったのか」
僕が半ば呆れ声で”全知”で読み取った内容を指摘すると、張詰めていた空気は嘘のように霧散した。
そんなんじゃ、記者としてやっていくために命がいくつあっても足りないだろう。
倒れかけたベルレナさんが慌てて姿勢を戻し、身につけている軽装の鎧をガシャッと鳴らす。
「ぶっふぁあああああっ……!
なんですなんですなんですあれはっ! ハウレルさ……ハウレル様、奥様超怖いんですけど一体なんなんですかぁっ……!
怖い美少女……うあぅっ、寿命が三千年は縮みましたよぅ!」
いくつまで生きるつもりだったんだよ、あんたは。
敬称がさんから様に変わったことに対してだろうか、シャロンは満足気にうんうんと頷いている。
「シャロンは僕よりも物凄く強いからな。あまり不用意なことを言って怒らせると大変なことになる。
シャロンも僕のためとはいえ、ぽんぽんと威圧するんじゃない」
「はい」
頭を垂れ、優雅にお辞儀をするシャロン。
見惚れるほど完璧な所作だが、返事とは裏腹にきっとまた何かあれば、彼女は躊躇わずに威圧を放つのだろうな。
「”熊殺しの女神”様……大火を拳圧で吹き飛ばしたり、山脈を引っこ抜いて投げ飛ばしたり、歩いた跡にはサモチが芽吹き、死人さえも蘇る……そんな馬鹿なと正直思っていましたっ。必要以上に話が大きく伝わっているだけだろうと思っていましたっ。
しかし破壊と再生を司る女神様のお力の一端を身をもって体感した以上、そーも言っていられませんっ!」
「……。
シャロちゃん、なんかちょっと知らん間に、すごいことになってんねんな」
惰眠を邪魔されたアーニャも、半ば呆れ顔である。
クレスをはじめ、”熊殺しの女神”にはファンというよりも信者化してしまうほど崇敬の念を抱いている一部の人もいるらしい。工房にも入らずに外から拝んでいる人をはじめて見たときは、僕だって驚いたものだ。
「まったく、迷惑千万です」
「ひぃっ……!」
「ああもう。”自動筆記”を変な鳴き声で埋め尽くすつもりなのか。
僕は主義者ってやつじゃないし、今後もなるつもりはない。アーニャ、アーシャ、ラシュは大事にしているけど、他の獣人はぶっちゃけどうでもいい。他の人間がどうでもいいようにな」
「らっぴー、は?」
「ピ」
らっぴーを頭に乗せたラシュが、その小さな手で僕の手を取り、少し不安げに聞いてくる。
そんな弟分のふかふかした耳と、もののついでにらっぴーも撫でてやる。
「そうだな、らっぴーも、大事だな」
「ん……!」
「ピェ」
僕の返事に、ラシュは嬉しそうに。らっぴーは興味無さげに。それぞれ目を細めるのだった。
——いやはや、えらい目に遭いました。
ではええと、次の質問です。魔術は誰から教わったものですか?
主に母から。ここ最近は独学。
——翠玉格勲章叙勲のきっかけになった功績は?
大規模な蛮族、紅き鉄の団殲滅。
および糸を引いていた貴族の特定、ってことになってるのかな。
——ロンデウッド死刑囚のことですね。どうして彼を討とうと決意したのですか?
んー。べつに決意した覚えはないんだけど……。
強いていえば、両親の仇ってことになるかな。
——……。では、ええーっと最後に。すごく気になっていたんです。なぜ塩を売ってるんです?
僕の魔術の副産物というか、作れたから、というか。
——ありがとうございました。では次は奥様ですねっ。
まずは、お名前をお願いします。
はい。シャロン = ハウレルです!
——おぉぉ……眩しいばかりのドヤ顔っ! では、えっと生まれと年齢は?
はい。私の生まれはオスカーさんと初めてお会いした、麦の月、下の17日目です。
年齢は、生後64日目ということになりましょうか。
「えっ。ええっ……!?」
これまで奇跡的に真剣な表情を保っていたウィエルゾアさんは、シャロンの返答に声を詰まらせた。
すかさず"念話"でシャロンと口裏合わせをする僕。
僕の方の"自動筆記"は止めてあるし、"念話"の受け手でない限り"自動筆記"の対象にならないことは、先ほど実験済みである。
『シャロン、それはちょっとまずいかも』
『生後64日の若妻を娶っているオスカーさんの体面が、でしょうか』
いやそれも確かにあるかもしれないけど。
記者の手の中のらっぴー像の目が紫に煌めいているため、これに気付かれる前に"念話"を終えてしまいたい。
『そういうことじゃなくって。わざわざ魔導機兵っていうのを明かす必要もないからな。
とりあえずは僕と同じ17歳ということにしておこうか』
『はい。わかりました。ふふ、オスカーさんと同じというのは、いいですね。とてもいいです』
シャロンはふわりと微笑むと、記者へと向き直って言い直す。
「17歳と、64日です。
オスカーさんと、同じ、です。ふふっ」
——ああ、そういうことですか。びっくりしました。
では、オスカー = ハウレルさんとの馴れ初めを教えてください
はい。私を見つけ出してくださったオスカーさんに、筋トレを勧めました。
「えっ。ええっ……!?」
再び、理解が及ばないとばかりに驚きの声を上げるウィエルゾアさん。
"自動筆記"で書きなぐられるパピルスには、謎の呻きや感嘆符がそこかしこに増産されていく。
なかなかすんなりとは、終わらなさそうなのだった。
彼らの月の巡りは、地→花→天→麦→地……というふうに4つに区分されており、それぞれ上、下があります。
上下それぞれに45日が割り当てられ、特定の日付けを示す場合には「地の月の上、5日」などのように表します。
我々の暦でいう12/1〜3/1までが地の月、3/2〜5/30までが花の月、といった具合です。
なので、オスカーくんの誕生日は4/27、シャロンちゃんの誕生日は10/31に相当します。
花と天、麦と地の月の間にはそれぞれ2日間、「花天中つ刻」と「麦地分つ刻」と呼ばれる日があり、それぞれ花祭りと奉納祭が執り行われたりしています。




