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王都の方から来ました

 昼下がりの、客足がちょうど絶えた頃合になって入ってきたのは、変わった客だった。


 変な客が来ること自体は、さして珍しいことではない。

 なぜかアーシャが店番をしているときにそういうことが多いが、そうでないこともある。

 たまたま今はアーニャとアーシャは買い出しに出ており、店番をしているのは僕とシャロンだ。戦力過多である気がせんでもない。


 その客は、二十代後半くらいの女で、護衛らしき者を一人従えている。護衛も女性であるようだ。

 工房内をきょろきょろと見渡しており、じっとしていない。これは、初めての客ならばよくある。


 この客が変わっているな、と思った原因の一番大きなところは、鮮やかな羽根付き腕章に、同じく羽根付きの紅の帽子を被っているためである。

 さらに、女も護衛も携えているのは大荷物。有り体に言って、かなり目立つ。


「ちょっと聞いちゃってもよろしーでしょーかっ!」


 女は、工房内をゆうに3周した後で、そうやって僕に声を掛けてきた。

 きらっきらと目を輝かせ、元気溌溂といったふうのその勢いに、若干気圧される僕。苦手なタイプな気がする。


 僕やシャロンが何も答える前に、女は続ける。


「えーっと、ハウレル氏……"紫輪"のハウレル氏をお願いしたいのですがっ」


 カウンターに乗り出して、ほとんどない胸を張る、必要以上に元気で派手な女。

 僕はまだ一言も発していないのに、如実に体力の削られる思いだ。


「んー、僕だと思うけど。たぶん」


「あのー、えーっとー、オスカー = ハウレル氏ですよ? ここの工房主であるはずのっ」


「うん、だから僕がオスカーだってば」


 帽子から覗く色素の薄い短めの髪と、灰色っぽい目がくりくりっと動き、まるで僕を品定めしているかのようだ。


「お父さんか、お爺さんと同名というわけじゃーないんですかっ?

 諸王国連合でも史上13人目の、翠玉格勲章を受けた、大魔術師の、草木も靡く"紫輪"のハウレル氏ですよっ?」


 大興奮でまくし立てる女と、その後ろで一言も発しない護衛っぽい女性。

 実に関わり合いになりたくない感じだが、そうも言っていられないのが客商売のつらいところだ。


「はぁ……草木が靡くかどうかは知らないけど、これだろ?」


「ちょっ、わわわっ、うっわー、うわー、なんてーことするんですかあなたっ!」


 "倉庫"から取り出した勲章をホイッと投げて渡すと、女はわたわたと慌てて両手でキャッチし、次いでぷりぷりと怒り出したり、その目をまん丸に見開いたり。随分と忙しい奴だ。


「わー、わー! ほんとーに翠玉格勲章ですよっ! これを投げるなんてとんでもないっ!

 見てー、ガトさん見てよーう、ホンモノ、ホンモノの翠玉格っ!」


 女は、やかましくわーわーと喚く。どうも、護衛の女性に勲章を見てほしいらしい。


「それで、あなた方はいったいどういった方々なのでしょうか」


 僕がげんなりしていると、隣から鈴の音のような、透き通った声が発せられる。

 決して大きな声ではない。しかしシャロンのその声は、興奮冷めやらぬ相手にも確かに届いたようだった。


「おあたったー、こりゃー失礼しましたっ!

 わたくし、メルディナ = ファル = ウィエルゾアといいますっ。王都を中心に、記者をしてまっす!

 どうぞメルディナとお呼びくださーいっ。メルちゃんでもいいでっす。

 で、こっちはガトーラ = ベルレナ。通称ガトさん。わたくしの護衛をやってる、彼氏募集中の26歳っ」


「お嬢様。余計な説明はお控えください」


「ええーっ、そりゃないよガトさーんっ。

 いつもみたいに親密にメルちゃんって呼んでよーぅ」


「お嬢様。一度も呼んだことがないので、さも事実のように言わないでください」


 ガトーラ = ベルレナ、通称ガトさんは頭痛がすると言わんばかりに頭を抱えた。

 僕も頭を抱えたい気分である。すごく帰りたい。ここ、僕の家のはずなんだけど。


「それで、ウィエルゾアさんは亭主に何用でしょうか」


 動じることなく、シャロンは淡々と話を進める。

 僕といつもくだらないやりとりを脱線させ続ける姿は、そこにはない。それはそれとして、人前で憚ることなく亭主とか言われるとちょっと照れる。


「ええーっ、超絶美少女じゃーないですかっ。

 見てー、ガトさん見てよーう、人妻! この幼さの残る超絶美少女が人妻っ!

 ――っかー! 不合理! 世界には不合理が満ちてるっ!」


 僕はこの女――メルディナ = ファル = ウィエルゾアと名乗った女のテンションの高さに、ついていける気がしない。

 ハウレル家の面々はおとなしい子が多かったのだな、ということがありがたみとともに再確認される。


「で、結局何しに来たんだ、あんた。

 貴族なのか? それが僕に何の用なんだ」


 シャロンの問いにも答えず――というよりも、単に感情が昂ってしまったのだろうが、なんとも疲れるこの相手に、僕はシャロンと同じ質問をする。


「やーやー、失礼しましたっ。

 わたくしの兄が子爵をやってるから名前はそれっぽいーんですけど、わたくしはただのメルちゃんなので気にしないでねっ。

 えーっとー、あ、まず翠玉格勲章かえします。投げちゃだめですよ、もうっ。

 わたくし、さっき申しましたとーりですねー、記者をやってるんですよぅ。

 それで、王都でも話題沸騰中の工房と、それにまつわる情報を記事にしたいなーっ、なんて思ったわけなんですっ!」


 一言聞くと、倍以上になって返って来る。怒涛の勢いとはこのことか。

 実に楽しそうに喋り続けるウィエルゾアさんのこの様子はいつものことらしく、護衛のベルレナさんが目で詫びてくる。


「王都の民草はですねー、これがまた娯楽に、話題に、飢えて飢えて飢えまくっているんですっ!

 そこに、そこにですよっ? 突然ぽーんと授与された翠玉格勲章に、年若い大魔術師の工房が大繁盛!

 話題性抜群ってーやつですっ!」


 鼻息荒いウィエルゾアさんの剣幕に嘆息しつつ"全知"を着ける。

 彼女の言っていることに嘘はなさそうだ。


《こんなに若い大魔術師?》

《しかもいままでまったくの無名》

《面白ネタの予感》

《どこかの貴族の隠し子とか?》

《茶に紫の髪の貴族なんていたかな》

《魔力形質?》

《ああ、それで"紫輪"》

《売り出しのための工作?》

《お金の流れは?》

《奥さんが可愛いすぎる》

《肌白い! 顔小さい!》

《懇意にしてるリーズナル家との関係は?》

《リーズナル家の次男坊が勢い付いていることとの関係は?》


 口だけでなく、その思念も十分に喧しい。

 むしろ、考えていることをすべて口に出しているわけではなく、あれでもまだ絞っているのだ、絞っていてあれなのだ、というあたりが驚愕に値する。


 僕は再度嘆息する。


「記者ってのが何をする者かいまいちわかってないけど、要するに僕にいろいろ聞きたいんだろ。

 それに応じることに、何か僕らにとって得があるのか?」


「そりゃーもう、ありまくりですっ!

 記者っていうのは、んー。そーですねー、情報をまとめて大衆の見えるとこに張り出し、それを見に来た人たちからお金をもらう仕事ですねっ。

 王都には何人もいますよ、もっと大っきい街にもいたりしますねっ!」


「ふーん。それは作家とは違うのか?」


 僕の返答を受けて、ウィエルゾアさんはわかっていませんねぇとばかりに、あまりない胸を反らす。


「作家と違って、わたくしたちは事実を! わかりやすく! 多くの人たちにお届けしますっ!

 わたくしたちの書いた記事はとくに、中央公聴所に掲載されるんですっ。有名になれますよーっ!」


 いただいた情報が面白ければ、ですが。

 そんなふうにウィエルゾアさんは付け加え、どーだわかったか、とばかりに再び胸を張る。


 護衛のベルレナさんが目で詫び続けているのが、なんだか哀愁を誘う。


「べつに僕らはこれ以上有名になる必要はないな。

 現段階でけっこう忙しいし。わざわざ噂好きなやつらの玩具になってやる必要もないだろ」


「そっ、そんなぁーっ!」


 断られるというのはどうも想定外だったらしく、慌てふためくウィエルゾアさん。

 あたふたとするたび、腕章や帽子に付けられた羽が、わさわさと揺れ動く。

 落ち着きがないその姿からは、まったく歳上である感じがしない。


「お受けしてもよろしいのではないですか?」


「お、奥様ぁ!」


 そんな落ち着きのない記者に助け舟を出したのは、シャロンだ。

 ハウレル家の面々以外との語らいに積極的に口を挟むことも、僕に異を唱えるだけでも珍しいのに、それが両方ときた。一体何事だろうか。


「いい加減、辟易していたところなのです。

 オスカーさんや私に対する、交際や縁談の申し込みには!

 アーニャさんたちを売ってほしいなんて話もあるんですよ。

 ここらへんで、事実関係をきっちりはっきりさせておきませんか」


 シャロンは、腹に据えかねているという様子を隠そうともしない。


 ぶっちゃけ、僕に届くそれらの話題が1だとするなら、シャロンには100や200じゃきかないくらい、その手の話が飛び込んで来ているようだ。

 わりと好き勝手しているとはいえ、それでも客相手に最初から無下に話を打ち切るわけにも行かず、シャロンとしては苦々しい思いをしていたらしい。


「私はオスカーさんのものです。

 それをオスカーさんから奪おうなどと、不敬にもほどがあります」


 いや、僕はべつに敬われるような人物ではないけれど。

 だがしかし、シャロンがそう言うのであれば、是非もない。


「わかった、受けよう」


「ほっへぇー……超絶美少女にそんなこと言われてみたいもんです。

 ねー、ガトさん。ガトさんもそー思うよねー。

 えっ、受けるっ!? やたー、やったよガトさん!」


 受けても断っても、どちらにせよ喧しい御仁である。



「たっだいまー。

 お、なんやお客さん?

 見ぃへん顔やな。らっしゃい」


「いらっしゃいませ、オスカー・シャロンの魔道工房へようこそ、なの」


 ちょうどアーニャとアーシャも買い出しから帰って来たので、お互いの紹介と、用向きを伝える。

 その間もウィエルゾアさんはやたらと喋ったが、概ね先ほどの自己紹介と同じようなやりとりだった。ベルレナさんは、すでに目を伏せてしまっている。


「すごいやんカーくん有名人か。

 そういうことやったら、ラッくんも呼んでこよか」


「わかったの。

 呼んで来るのっ」


 ラシュは2階でひとり、勉強をしているはずだった。


 とたとた、と足取り軽く階段を登っていくアーシャを目で追いながら、ウィエルゾアさんは何やら感じ入るところがあるようで、うむ、うむ、と目を閉じて頷く。

 その表情は真剣そのもので、引き結んだ口元が何事か企んでいるかのように少し釣り上がる。


「ロリッ娘獣人にエプロンドレスを着けさせて給仕させるとは。

 わたくしの見立て通り、只者ではありませんねっ、ハウレルさん」


 真剣に考えてるのかと思って身構えたのが、損した気分甚だしい。

 "全知"で見ても完全に言考一致しているし。やはり若干苦手な手合いである。


「ラシュ、寝てたの」


 やはりというかなんというか。

 とぼとぼと階段を降りてきたアーシャの後ろに続いて、あくまでマイペースにラシュはひょこっと顔を出す。


「おはよぉ」


「ロリッ娘が、もう1人――いいえ違うわっ、あれはショタッ子!?

 ショタッ子獣人に膝出しズボンを履かせてるというのっ!?

 ハウレルさん、わたくし、あなたをまだ見くびっていたのかもしれませんっ」


 眠そうに目をぐしぐしとこすっていたラシュは、あまりのあまりなウィエルゾアさんの勢いにビクッと身を強張らせた。


「ピグァ」


 尾の先まで総毛立たせた彼は、ぴゃっと僕の後ろに隠れてしまった。

 ラシュに抱かれていたらっぴーが僕とラシュの間に挟み込まれ、なんとも言えない音を立てている。

 ベルレナさんは、もはや手で顔を覆ってしまっている。大変そうだね、護衛の仕事。


「えーっとー、それじゃー、"自動筆記(スーサリナ)"を使いますけどいーですかっ?」


 ウィエルゾアさんは大荷物からごそごそと、大きめのパピルスと指先くらいの大きさの、ペン先みたいなものを取り出した。


「聞いたことないけど、何かの魔術か。

 害がないならお好きにどうぞ」


 では、と前置きして記者はペン先に手を翳す。


「"疾れ

 其は白き大地を翔る存在(モノ)なり

 其は遍く総てを悉く暴き立てる存在(モノ)なり

 疾れ

 其は叡智を記す存在(モノ)なり

 此に顕現せよ、スーサリナッ!!"」


 額に汗を浮かべ、一言一句に魔力を噛んで含めるように。


 カウンターに置かれている、掌サイズのらっぴーの置物の目がぺかーっと緑に光り。


 パピルスの上に転がっていたペン先がピクリと動き、自立する。


「ふー。さー、準備完了ですっ!」


 ウィエルゾアさんが額の汗を拭いながら喋ったその言葉は、動き出したペン先が過つことなくひとりでにパピルスに書き付けられていく。


「おぉ」


 感嘆の声をあげる僕の声も、同じようにパピルスに書き足される。


「ふっふっふのふー!

 もっと、もーっと驚いてくださっていーんですよっ。

 この魔術を編み出したのも、一番持続して使えるのも、このわたくし。

 翠玉格には一段、二段劣っても、この功績で勲章だってもらっているんですっ!」


 ふん! と鼻息荒く、慎ましやかな胸を張る間にも、ペン先がパピルスの上を舞い踊る。


「便利そうだな」


「んんっ! ちょっと変わった褒められ方ですが、悪かーないですっ!

 "自動筆記(スーサリナ)"の開発にはですねー、それはもー血湧き肉踊るような努力がですねー」


 血の滲む努力じゃないのか。


 喋り続ける記者の言葉を書き連ね続けるペン先は、留まることを知らないようで、くるくると文字を綴っていく。


「んー、やってみるか」


「そのとき夢に見たのがー、なんとっ! んんっ! なんです?」


 呟きに、喋り続けていた記者が止まる。


「アーシャ、ペン借りるぞ」


「? はいなの」


 アーシャの仕事着の前ポケットに刺さっていた、らっぴーの羽根で作った羽ペンを抜き取ると、"全知"で解析した通りに魔力を通す。

 それに合わせて、らっぴーの置物の目がビカビカと白紫を放った。


「ほいっと」


 羽ペンを手放すと、カウンターの上に置いたパピルスの上を、狙い通りに勢い良く滑り出した。


「なっ、ななな、なっ、なんっ。

 な、ななな? なに、それなにそれ!? む、無詠唱……? な、なななっ……!」


「カーくん、ウチ、それは多少可哀想やと思うわ……」


 絶句するウィエルゾアさんの声や、アーニャの呆れた呟きも、羽ペンとペン先は同じ動きで文字を綴っていく。


「そんなぁーっ……!」


 がっくりと項垂れて動かない記者を横目に、シャロンはくすくすと笑う。

 哀れと思わないでもないけれど、僕の中では好奇心が勝るのだ。


「ふふ。コピー忍者もびっくりですね」


「ニンジャ? なんでニンジャ?」


 ニンジャとは、飛んだり消えたり増えたり目から怪光線を出したりする、古代の暗殺魔術師だという。たまにシャロンが口走る以外に、その存在は不明である。


 項垂れるウィエルゾアさんをそのままに、いくつか実験をしてみよう。

 ともすれば新しい魔道具の開発に繋がるかもしれないのだ。面倒くさい記者の対応より、よっぽど興味がそそられる。


「シャロン。僕の知らなさそうな言葉を何か言ってみてくれる?」


「はい。ちくわ大明神」


「思った以上に知らない語感の何かが来た……」


 聞いた事のない何かがシャロンの口から発せられるが、”自動筆記”は聞いた通りにチクワダイミョウジンと綴る。それにしても、なんなんだこれ。


 その後も”念話”の内容を書き取るのかとか、図形の描画とかを試していると、おずおずと。護衛の女性、ベルレナさんが話しかけてきた。


「あの……。お嬢様が打ち拉がれているのはこの際別に良いとして」


「ガトさんガトさん、よくないよっ」


「先程から盛んに光っている、この丸っこい物体は一体なんなのですか」


 ベルレナさん、完全なるスルーである。


「それ、らっぴー、だよ」


 僕の後ろからひょこっと顔を出していたラシュが、自らの腕の中で若干変形している(らっぴー)を示し、カウンターに乗せた。

 ようやく解放されたらっぴーは、自分を(かたど)った掌大のモノの横で、同じように丸くなる。


「それは、この子……ラシュが作って、僕が手を加えた魔道具だよ。

 大した効果範囲じゃないけど、魔力を感知すると、魔力形質の色に目が光る」


「こんな小型で……。

 お嬢様のご実家にも、同じような機構のものがありますね。

 お屋敷丸ごと覆うような効果範囲を持つ、小部屋ほどの大きさの魔道具が」


「うん、まあそんな上等なもんじゃないよ。それこそ効果範囲は一部屋くらいだし。

 その分、持ち運びが出来る。値段は銀貨5ま……」


「買った!」「買いますっ!」


 ガバァッと頭をもたげて復活した記者と、護衛の発言が見事にかぶった。


「ちょっとちょっとガトさん!

 これ一個しかないよっ!

 魔術での盗聴や尾行に気付けたら、言うことなしなんだよっ!?」


「護衛としても、奇襲や魔力を使う魔物の警戒に、これがあるのとないのとでは安心感が違います!

 お嬢様を守ることにも繋がるのですから、ここは引いてください!」


「ぐぬぬぬぬぬっ……!」「むむむむ……」


 良い歳をした女性がカウンター前でぐぬぬとお互いに睨みを利かせている図は、なんとも不毛なものだった。他所でやってもらいたいものだ。


「らっぴー、人気だね」


 らっぴー像が売れそうなことに嬉しげなラシュと、どうでも良さそうに丸こい体をさらに丸めるらっぴー。

 この売り上げは、ラシュの分の給金に丸々上乗せするつもりでいる。


「いちおう補足しておくと、この像は目に嵌ってる結晶で魔力供給をしている。だから魔力注入作業は必要ない。

 これがだんだん減っていって、なくなるとただの置物になるからな。ここに持って来たらまた調整するけど。たぶん10年保てばいいとこだと思う」


 先ほどベルレナさんが言っていたような、部屋を占拠する規模の魔道具は金貨100や200ではきかないのだ。消費魔力も多いため、数日に一度は魔術師たちが魔力を補給してやる必要がある、とリーズナル男爵も言っていた。

 馬車を転がして蓄積した魔力結晶でも魔力補給できるように、今度加工しにいこうかな。そんなことをすると、お抱えの魔術師が職に困ったりするだろうか。


「オスカーさん、オスカーさん。

 今の捕捉によって、余計に両者とも譲らない構えになってしまっていますが」


「えええ……。仲良くしてくれよ。

 ていうかウィエルゾアさんは僕らの情報が欲しくて来たんじゃなかったのか」


 今も忙しなく筆記を続けるペン先が、実に哀れである。


「どうぞメルちゃんとお呼びくださいっ! ハウレルさんとわたくしの仲ではないですかーっ!

 それに免じてこちらを売ってくださいっ」


 どんな仲だよ、初対面だよ。


「あっ、お嬢様、抜け駆けはずるいですよ!」


「ぐぬぬぬぬぅっ……!」「むむむむむ!」


 女性二人の唸りを筆記し続けるペン先が、ただただ哀れである。


「おねえさんたち、お、落ち着くの。

 そうだ、お茶! お茶を淹れてくるのっ」


 にらみ合いを続ける二人を気にしたアーシャはぱたぱたと2階へと消え、『終わったら呼んでな』とばかりにアーニャは暖炉の前で寛ぎ始めた。実にぐだぐだである。


「あにうえさま、これ」


「ん? ああ。ラシュは優しいな」


「ぐぬぬぬっ……! あれ、なんです、そのほっそりしたものは」


 ラシュが”倉庫”から取り出した粘土で即興で作り、僕が今手の上に”結界”を展開して乾かしているのは、らっぴーの粘土細工――ほっそりバージョン――だ。


「おねーさんたち、らっぴー欲しそうだった、から」


 まだ半身くらい僕の陰に隠れつつも、ラシュは二人に顔をのぞかせる。


 実際は形はさほど重要でなく、魔方陣と魔力結晶が埋め込めるようなものならば、この簡易魔力検知の像は制作できる。しかしこの場でそれを作るのは、ひとえにラシュがそのように望んだからだ。


「うちのラシュに感謝しろよ」


 記者だと名乗った、ウィエルゾアさんの目付きが変わる。

 それは、品定めをしているような、それとも評価を改めたかのような、先ほどまでの言動とは一線を画す、真剣な眼差しだ。


 僕の手の中で着々と完成に近づいて行く魔道具を見、シャロンを、ラシュを、お茶を運んで戻って来たアーシャを見て。


《隠し子? 裏工作? そんなのもうどうだっていい》

《面白ネタどころじゃない》

《これで凄い記事にできなきゃ無能もいいとこよ!》


 そんな決意を秘めて、腕章の羽を揺らし。

 王都の記者、メルディナ = ファル = ウィエルゾアは口の端を歪めた。

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