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休日の買い物 そのよん

 通りをひとつ挟んで視線が通らなくなったあたりで、"倉庫"からアーニャ用の飲み水を。僕は試作魔力回復茶(マナポちゃ)をそれぞれ取り出し、小休止を挟む。


 もちろん、その間も広域型"探知"を行なったまま、である。


「んー。でも、そんな情事をさぁ。

 見張ってても、しゃーないかな?」


「いや、どうも無駄でもないらしい。

 さっきの獣人……わるい。さっきの女性は男と合流したんだけど、そのあと女性は別の部屋に移ってった。

 そっちでも何かやりとりしてるみたいだ。相手は男だな」


「カーくんやシャロちゃんが獣人言うても気にせんよ。ウチらを特別扱いしてくれてるのも、わかってるしな。

 その、いまやってるカーくんの魔術やと、話してる内容とかは拾われへんの?」


「さすがに無理だ。動きが追えるだけ」


 だけ、と言いつつも。

 一区画離れた場所の人や物の動きがわかることによる、情報量としての優位性は大きい。

 その分、結構な量の魔力が常時持っていかれている。


 娼館横の宿屋は、こういう後ろ暗い者達の取引の場となっているらしい。


 獣人女性と新たな男は、まるで商談でもしているようで、男は頷いたり首を振ったりしつつ何か書き付けているようだ。

 どういった動きをしているか、くらいは"探知"魔術で判別できるが、何を書いているのかまではわからない。


 やがてやりとりが終わったのか、獣人女性は元の男の部屋に戻っていき、そのままコトをおっぱじめた。いわゆる、娼館でやる本来の目的のようなソレである。

 広範囲で"探知"をやっていると、他人の情事が筒抜けになり、大変精神衛生に悪い。

 無論、そういう店の並びの通りだから仕方ないことであり、むしろマナー違反なのは僕の方なのだけれど。


 それぞれ売人の男、獣人女性、新たに出てきた取引相手っぽい男を対象にして、"探知"を広域探知から個人追跡に切り替える。

 覗き見の状況を続けるのが辛かったのもあるし、魔力消費を抑えたかったというのもある。

 そして何よりも大きな理由としては、獣人女性と取引していたっぽい男のほうが、移動を開始したからだ。



 魔術で得たそこまでの情報をアーニャに共有すると、僕らも移動を開始した。

 元々追っていた男のほうは随分とお楽しみの様子であったので、新しい男を追うためである。


「追跡を警戒してか、変な経路で進んでるな」


 もっとも、前の男と同じで今の僕らは二区画以上離れて追跡を行なっており、向こうの男が辿った無駄な道筋などは無視し、付かず離れずの距離を保っている。

 仮に男に仲間がいたとしても、僕らのことを特定するのは難しいと思う。


 加えて、先ほどまでの反省を生かして僕らは目立たないような工夫を凝らしていた。


「ほら、アーニャ。もっとこっち」


「う。うにゃあ……。

 うぅ……うにゃー」


 アーニャは散々酒を飲んだ後のように、ぐでりぐでりとしている。

 追跡中なので、さすがにお酒は飲んでいない。


 ではなぜ彼女はぐでっているのかというと、おそらく欺瞞工作のためだと思われる。


「アーニャ。もっとくっついてくれないとカップルっぽく見えないだろう」


「うぅー」


 『地の月』に入り、もう完全に冬だと言うのに。握った掌は、じっとりと汗ばむほどに温かい。

 アーニャたち姉弟は、もとから体温が僕より高い。逆に、シャロンはすこし低めだ。


 指を絡めて手を繋ぎ、時折店先で飲み物を買い求めたりしつつ歩く僕らは、どこからどう見ても人の追跡をしているようには見えまい。

 かつ、町人の記憶にも残らないという完璧な作戦である。


 ……とはいえ、あとからアーニャに聞いたところによると、普通に目立ちまくっていたらしい。

 工房もそれなりに有名になり、僕の紫混じりの珍しい髪、普段連れている金髪美女とは違う、猫人族の美人を連れ回している、などなどでばっちりしっかり町人たちの記憶に残る要素満載であったとか。

 お客さんの何人かにも目撃されていたらしく、後日その話を出されるたびに僕もアーニャも盛大に赤面する羽目になった。


 なお、それなりに集中して、追跡中の男と、娼館側の二人の"探知"をも維持し続けていた僕は、このときは終ぞ目立ちまくっていることには気づかなかった。

 ぐでりぐでりとしているアーニャも、尻尾をくねらせてみたり、時折僕の肩口あたりでゴロゴロと喉を鳴らしてみたりと、すごく演技に熱が入っているなぁ、くらいの感想しかなかったのである。


 そうこうしてデートっぽい空気を振りまきつつ追跡するうち、追跡対象の男はついに馬車に乗ったようである。

 一度止まったのち、急に速度が上がったので広域"探知"も併用したので確実だ。併用したのは少しの間だけだったのに、鋭い頭痛が襲ってきたためこれはあまり使えないな。


「だ、大丈夫? カーくん、なんかすごい顔色悪なったで」


「あー。まだ大丈夫。

 結構魔力使ってるからちょっと疲れただけ」


 魔力消費だけでなく、脳への負担ともいうべきものが大きいことは、まだ尾を引く鈍痛が示している。


 事はこういった体力・魔力面の問題だけではない。


 馬車を徒歩で追いかけるとなると、遠からず"探知"の範囲外に出てしまうだろう。

 いかに対象を絞っているとはいえ、この体調では数キロ先までの"探知"で限界だと思う。

 だが、いまから馬車を手配していても同様に、その間に男は"探知"圏外へと出てしまいかねない。


 町の西門から出た馬車は速度を上げ、だんだんとその距離が開いていく。

 二区画開けて歩いていたことが裏目に出た。馬車に乗り込む所作を察知できていれば、まだ追いようもあっただろうに……。


 目的地が近いことを祈りつつ、僕らもそれを追って西門から町の外へ足早に向かう。

 町の外へは、わりと頻繁に土や草、鉱石なんかを採りに出ているので、門番たちはだいたい顔見知りである。

 とくに見咎められることもなく町の外へ出たのは良いが、もはや対象の馬車は見える範囲内には居ない。


 あとは"探知"がどこまで保つか、である。


「さっきの、肉体強化魔術で追っかけんのはどうやろ?

 あの速さやったら、馬車にやって簡単に追いついて追い越せるで。たぶん、カーくん背負(しょ)ってても」


 追い越してどうする。


「さすがに目立ちすぎる。

 人の背におぶさって爆走するというのは、ものすごく人目を引くんだ」


 馬車を追い、街道に歩みを進めつつ応える僕のそれは、体験談である。

 シャロンに背負われて運んでもらったことは何度かあるが、人目につきまくり記憶にも残りまくるその手段は、尾行には不向きにすぎる。

 どこかに追跡対象の仲間がいた場合、警戒させて余りあるだろう。


 それに、人の背中というのは、走るとわりと上下するのだ。かなり深刻に酔うという問題もあった。


「いま、僕は特定の対象のみに特化して"探知"魔術を保っているから、周囲への警戒は疎かになっちゃうんだ。

 奴らの仲間に察知される可能性は避けたい。どうしても見失いそうなら、やるかもしれないけど」


 とはいえ一度"探知"の範囲外に出られてしまうと、再度長距離"探知"の範囲内に入ったとしても察知できない。

 広域探知が『僕を中心とした円』で周囲を"探知"しているのと対象的に、いまの方法は対象の居る部分を『点』で補足しているようなものだ。

 そうなると、一度範囲から外れられてしまうと、広域探知に奴が掛かるくらいの距離にまで接近する必要があった。


「まずいな……」


 まだ娼館に居る男と獣人への"探知"は切って、さらに的を絞るように切り替えた。

 しかし、この速度差ではそう遠くないうちに範囲外だ。


 僕の呟きに、歩きながらも僕の顔を覗き込んでいたアーニャは、突然ぴくんと顔を上げた。

 町を出てからはもう手を繋いだりはしておらず、アーニャはいつのまにかぐでんぐでん状態からは脱している。


「アーニャ、どうし――」


 僕が質問を終えるよりも先に。

 アーニャは説明する時間も惜しいとばかりに、自らの首に巻きつけられた白い首輪に手を触れさせる。


 パァっと薄い光が弾け、展開された"倉庫"の魔法陣から"使い捨て呪文紙(スクロール)"を掴み取ると、こちらに向けてニッと笑顔を形作った。


「ウチが、カーくんを助けたるからな!」


 言うが早いか、"使い捨て呪文紙(スクロール)"をバッと(ひろ)げるアーニャ。

 彼女の全身を薄紫色の光が包むか包まないか、といったところで、アーニャは駆け出した。


「あれは、"肉体強化"か」


 僕を置いて、あらぬ方向へとすごい速度で走り去っていくアーニャ。

 目立つのはよくないと言ったはずなのだけど、と呆れ半分ではあるが、驚きも感心もある。


 今のアーニャの走りは全力であるのか、シャロンには及ばないまでも、僕が"肉体強化"で走るよりも格段に早い。

 あれよあれよという間にその姿は見えなくなってしまった。どうやら、ガムレルの北側のほうに消えていったようだが。


「……」


 それで、僕は、どうすれば?


 置いてけぼりを食った僕は、仕方なしに男の追跡を再開する。

 "探知"限界まであと数分といったところか。


「ふぅ……」


 新しい試作魔力回復茶(マナポちゃ)を飲み下し、歩を進める。


 "神名開帳(ネームバースト)"で打開を試みる?

 短時間であればまだ……いや、ここでもし僕が倒れると、追跡は水の泡と消える。

 考えろ、何かあるはずだ。諦めるのは、できる努力をすべてした後でもできるのだから。


 目立てない、ということや用事がある、と言っていたことを無視してシャロンを呼びつけるか?


 いや。それも駄目だ。相手に追跡が察知された時点で、この先の展望は望めなくなるだろう。薬を売る者が数人捕まって、それであとは闇に葬られてしまう。


 ならば一度退散して、次の機会を伺うか?

 奴らが一旦野放しにはなるが、再度準備を整えてから挑むほうが確実ではあるまいか。

 その間、新たに流通するであろう薬物には目を瞑ることにはなる。しかし最悪でも僕の周囲の者たちが元気であればそれで……。いや、それも駄目か。元凶が排除できない以上、同様の問題が起こり得る。


 いくつも案を考えるが、どれも解決に至らない。


 そうしている間にも、追跡対象の男の馬車と僕の歩みでは、じりじりと。だが確実に。絶望的な距離が開いていく。



 ここまで、なのか。


 そもそも、宿屋から出て来た、いま追跡中の男のことは一度も"全知"で見ていない。

 薬物売買に関わっていることは、状況的にはかなりの確信を持って怪しいと言える。

 だが、実際には無関係の者を追っているのではないか、という不安も拭い去る事ができない。



 ……駄目だ、駄目だ。


 一人になった途端、不安が僕を襲う。


 普段から僕が頑張れているのは、きっと僕だけの能力ではないのだ。

 シャロンやアーニャたちが側に居てくれることで。

 僕は、僕として頑張っていられるんだ。


「駄目だ、駄目だ」


 今度は声に出してかぶりを振り。

 自分を叱咤するように、なおも足を進める。


 追跡対象は、もうほんの数分で"探知"圏外へと脱していくだろう。


 それがわかってはいても。

 口を横に引き結び、一人で半ば意地で歩を進める僕に。


 突然、後ろから来ていたと思しき小型の馬車が、僕と並走するようにして真横についた。


「?」


 不審に思って見上げた僕を、馬車の御者台から見やり、男が笑う。


「乗っていきますかな?」


 商人であるその人物。

 ラルシュトーム = ヒンメルは、恰幅の良い体を揺らしつつニカっと歯を見せて、僕にそう声をかけた。

一方その頃、洗濯を終えたアーシャはシャロンと寛ぎはじめました。

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