僕と彼女に立ちはだかる壁
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いつも励みになってます。いえ誤字は減らしていきたいんですけどね。
眼前に、辺り一面を真っ白に染め上げる太陽が顕現した。
無論、本物の太陽ではない。が、そうと見まごう、いや実際は見えてすらいないのだ。
僕は瞼を閉じたままだから。それでもなお、圧倒的な光の渦が。力の塊が。そこに在るのがわかる。
僕とシャロン、ふたりを循環していた魔力の繋がりは唐突に断ち切られ、白に呑まれた。
瞼の裏側からも、白の光の奔流によってその存在感を主張する。
闇は弾け飛び、すべてを白で埋め尽くしていく。
本来、"照明"の魔術は光を発するだけの魔術である。それが、痛いほどの熱を伴って全身を襲う。
「っづぁーー!!?」
声にならない悲鳴を上げる。
光に、閃光に飲まれる。僕が白に掻き消される。
割れんばかりに痛む頭に、緊迫した声が響く。
「緊急離脱します!!」
直後、強く握りしめていた手のひらの先から、動きがあった。
シャロンが僕の前面に覆いかぶさるようにして抱いてかかえ上げ、そのまま広間を離脱する。
そして彼女は、自身よりも少し背の高い僕を強引に抱きかかえたまま、いずこかに向かって疾走する。
角を曲がり、少し進み、また曲がり。
ようやく、瞼の裏側の白が弱まってきた。
とはいえ未だにチラつく白が、痛いくらいに脳髄を焼いている。
やがて、シャロンが立ち止まった。
そこで僕を離すと、ガコガコという固くて重いものを動かす音ののち、静寂が戻った。
まだ目を閉じたままの僕だが、瞼の裏側はいまだに白く明滅している。しかし頭痛は治まってきていた。
目をごしごし擦りつつ、恐々瞼を持ち上げる。
涙でぼやけた視界ではあるが、ちゃんと見える。
どうやら所長室に戻ってきていたようで、少し歪んだ扉の向こう側から、うっすらと白い光が差し込んできている。
シャロンの指先の光は現在点灯しておらず、差し込んでくる光だけで、この部屋の内部が見える状態になっている。
どれほどの光の玉ができたというのか。おそるべしである。
がっつりと魔力を持って行かれた感覚はあるが、それでもあの規模は異常だ。
僕が3人くらい寄り集まって、すっからかんになるまで魔力を絞り出すことで、だいたい同様な規模の光を作り出すことが可能かもしれない、というレベルの魔力量だ。
もっとも、魔力の量が3人分程度とはいえ、一気にそれだけの魔力を放出できるわけではない。
なので、実際の規模は普段の何倍とかいうレベルでは推量れなかった。
そういう意味では、今回僕の消費した魔力は、規模に対してかなり少ない量だと思われる。
「助かった、ありがとうシャロン。ーーシャロン?」
ぼんやりする目で金の髪を捉える。
よかった、シャロンも無事だった、と思ったのも束の間。
いつもは蒼く輝いている瞳から、完全に光が抜け落ちてしまっていることに、遅ればせながら気付いた。
「私の危機意識が足りないばかりに、オスカーさんを危険に晒してしまいました」
「僕のことはいい。シャロン、目が」
滲んだ視界の中、扉の近くに佇んだままのシャロンに駆け寄ると、シャロンの口元は微笑みを形作った。
しかし目に変化はなく、より異様さを際立たせる。
「私は大丈夫です。可視波長および熱源感知の許容量をオーバーしてしましたので、再起動に残り42秒を要します」
「その。元に、戻る? 僕を庇ったせいで」
「いいえ。それは違います。
私のせいでオスカーさんにお怪我を負わせてしまうところでした。大事がなくてなによりです。
すぐに元に戻りますので、大丈夫ですよ。ご心配いただけて、シャロンは嬉しいです」
お互いに責任を庇い合う感じの言い合いになってしまい、僕は小さく吹き出した。
「まさか、あんなことになるとはなー」
「はい。練習として、最初からフルパワーでの魔術行使でなく、弱いものから出力を試してみるべきでした。
ーー視覚再起動まで、3、2、1。再起動、完了しました」
シャロンの宣言と共に、瞳に蒼の光が再び灯る。
それをみてようやく僕も完全に安堵する。
「ッはぁー。よかった。一時はどうなることかと思ったけど」
シャロンにも大事なくて、なによりだった。
僕は大きく一息入れ、ようやく完全に安堵することができた。
「強力な魔力への警戒で、私は平静な状態ではなかったかもしれません。
危険性の見積もりが甘かったせいで、申し訳ないことを」
責任を感じているのか、なおも謝ろうとするシャロンを遮る僕。
「はい、そこまで。
後からならいくらでも後悔できるけど、魔力を温存したい思いもあったんだから、あの時点では仕方ないよ。
それに、危険性には僕らふたりともが気づけたことだし、お互いに次から気をつけよう。
むしろ。僕を助けてくれてありがとう、シャロン」
「はい。もちろんです、オスカーさん」
ようやく、シャロンにいつも通りの微笑みが戻る。蒼い瞳も健在だ。
一安心である。
「それじゃ、さっきの"照明"で何かわかったことはある?」
「ものすごくまぶしかったです」
「いやそういうことじゃなくて」
それも真実には違いないけれど。
むしろ、まぶしいなんて尺度ではなかったけれど。
「ふふ。冗談です。
強力な魔力源の話ですね。大丈夫です。検知しました」
扉の外側では、未だ白い光が見え隠れしている。
目が慣れたのか、それとも別の要因か、先ほどよりは少し減衰しているように見える。
「こちらをご覧ください」
シャロンが指を振ると、壁向かい側の壁にこの階層の図面が浮かび上がる。
そして、ある一点に赤い丸印がついていた。
「これは、えっと。監視室、と書いてある部屋の隣の、えっと。壁の中?」
丸印がついているのは、図面の外側だった。
その場所は、この階層の最端部に位置している、監視室という部屋のさらに奥側。
図面上では、存在しないはずの部屋だった。
無論、先ほど調べてまわった際に、変なところは見受けられなかった。
監視室は巨大なガラス面ーーシャロンが言うには、モニターというものーーと、四角い台がたくさんあるだけの部屋であった。
他の類にもれず機能停止して長い時が経ったように見受けられ、特に仕掛けがあるようではなかったのだが。
「広間に置いてきた魔力光の魔力残量と呼応して、だんだん反応は弱まっています。
そして、魔力光からその壁のほうへ、魔力が吸収されていっているのも確認しています」
「警戒しながら、見に行ってみるか」
「提案です。危険かもしれませんので、私だけで行きましょうか」
「いや。悲しい話だけど、残された僕が単体だと危険さは大して変わらないと思う。
それよりは状況に対応できるよう、一緒に行こう」
「わかりました」
シャロンが、所長室の枠に立てかけた、壊れた扉ーー正確には壊した扉ーーを脇に動かす。
途端に、廊下の側から白い光が室内に侵入する。
サァッと染み入る白い光に、体がビクッと反応してしまう。
先ほどの閃光は、肉体が恐怖を感じるほどの規模だったのだ。さもありなん。
普段行使できる威力の何倍、という規模では効かない。
使いどころは注意する必要があるが、かなり強力な武器を手に入れたとみて良いだろう。
あとは、使用に伴うリスクがどの程度であるかが問題だ。
「では、行きましょう」
シャロンに手を引かれ、所長室を後にする。
自然な動作で指を絡めてくるシャロンに、僕は為すすべもなく引っ張られて行く。
部屋を出る際、椅子に腰掛けたままの骨が目に入る。
喋る口があれば、骨としてはイチャイチャしやがって、くらいのことを言ってきそうである。お騒がせしてすまないなという気持ちでいっぱいだ。
まだ十分に明るい廊下を、ずんずんと歩く。
緊張からか、シャロンから握りしめられる手に、力を感じる。
ぐにぐに。
わきわき。
右手を手のひらいっぱいでぐにぐにされている。
これは緊張とかじゃないわ、単に触りたいだけだわ。
表情だけはまだかろうじて真面目さを保っているシャロンに連れられて、ほどなくして僕らは監視室の前に辿り着いた。
しかし、向かう先は室内ではない。
部屋に入るべき場所を素通りして、廊下の突き当たりをシャロンは睨めつけた。
「ほぼ反応は消失しましたがーー間違いありません、この奥です」
「つっても、他の場所と同じく、ただの壁だなぁ」
シャロンは、右手をぺたぺたと壁に這わせてみている。
その間も左手は、僕の右手をにぎにぎして離さない。もうちょっと集中してもいいと思う。
僕も、その様子を見ながら左手で壁をぺたぺた。
ひんやりとした温度とつるっとした質感が伝わってくる。うーん。これは。壁だ。
つまり、なにもわからないということが、わかった。
「材質は一般的なコンクリート。
地下ですが、さらに鉄筋補強してある様子です。厚さは50cmほど。
向こう側に空間があります。
ただちに危険がある感じはしないですね」
「ふーん。シャロンはなんでもわかるんだな」
「なんでもはわかりませんよ、わかることだけ、です」
「おお賢そう」
ずっと手をにぎにぎしていなければ、さらに賢そうに見えただろうに。
「50cmの壁、シャロンなら壊せる?」
「いいえ。現実的ではありません。
ものすごく長い時間をかければ、あるいは可能かもしれませんが」
「あるいは可能なんだ」
「数日で済めば良いくらいなので、できれば取りたくはない手段です。
オスカーさんの食物が尽きてしまいますから。
他の方法の提案です。先ほどのように、二人で魔術を発動して、穴を開けるというのはどうでしょう。
もちろん出力は注意して、かつ穴が開く際に一度止めて向こう側に危険がないかを調べます」
先ほどの、光の奔流を思い出す。
いや、思い出すまでもなく、廊下を曲がったいまも背後から薄っすらとした明るさが届いているのであるが。
あれだけの威力を持った一撃、いや一撃である必要もないのだが。
たしかにシャロン一人に任せるよりも、早い時間での到達はできそうだ。
しかし、問題もある。ひとつは、危険性のこと。
自分でコントロールできないほどの魔術など、安易に使っていれば遠からず身を滅ぼすことは想像に難くない。
また、もうひとつの問題もある。
「壊すことに特化した魔術を、僕は習得してないんだ」
これは、僕が蛮族と戦えなかった理由のひとつでもある。
「それでしたら。魔本の例であったように『私が知っていれば』良いのですよね」
「魔本使いを見たことがないけど、おそらくは。
シャロンはそういう魔術を知ってるの?」
「はい。ひとつ、とくに凄いのを知っていますよ。
"黄昏よりも昏き存在ーー"」
「それ、本当に壁相手に撃ったりして大丈夫なやつ?」
ものすごくヤバい響きである。
どの方面に対してヤバいかはわからないが。全然、全く、決してわからないが。
「さっきも言った通り、僕は壊すような魔術は習得していないし、仮にできてもさっきの光みたいに、危険性があると思う。
だから"肉体強化"の魔術はどうだろう」
通常状態のシャロンでも、うまくすれば数日で何とかなるかもしれない壁なのだ。
ならば、そのシャロン自体の力を上げてしまえ、というわけだ。
「シャロンにうまく魔術が効くかどうかは、わからないけど。やってみてもいいかな」
にぎにぎされていた右手がぎゅっと握りしめられる感触。
柔らかさ、温かさ、そのうえ信頼感。
そこには、そういったものが込められているような気がする。
美少女と指を絡め合う機会などこれまでの人生になかった僕としては、そろそろ緊迫感も薄れつつある今となっては特に、手汗とかが心配になりだしたりしている。
「はい。もちろんです」
いつも通りの、全幅の信頼を込めた肯定の意が紡がれる。
その、僕だけに向けられる微笑みに、いつも見惚れてしまう。
いかんいかん、気を引き締めてかかろう。手汗だとか微笑みだとかで失敗するわけにはいかない。
「詠唱は、
"大地の息吹よ 世界を廻る大いなる流れよ いまひとたび 我が身に宿りて 力となれ"
魔力を練らずに詠唱だけ口ずさむの、なんかすごい恥ずかしいぞ」
「いえ。たいへん格好良いと思います、オスカーさん。
詠唱から察するに、光のほうは"日輪"なので空、こちらは地の属性ということなのでしょうか」
うぐぐ。爛々と輝く瞳で、シャロンは鋭く痛い部分をついてくる。
「それ、単なる僕の趣味」
仕方なく小声で応える。
ここには僕ら二人しかいないので、小声である意味は全くないのだが。
「趣味、ですか?」
「そう。詠唱は、おもに術者が集中するために必要なんだ。
発動さえできればいいから、ある程度お手本になる型はあるけど、基本的には自分にあった詠唱を考えていいんだ」
「だから、今までの詠唱はすべてオスカーさんの趣味が反映されたものである、ということですか?」
「うん、だいたいそう。
僕の知っている説明だと、そうだな。
『たとえば、羊の絵が描きたいとする。頭で完成図が思い浮かぶ場合はいいけど、そうじゃない場合。実物を見たり、羊の描いてある本を見たり、特徴を考えたりする。
魔術における詠唱の意味は、この脳内イメージを固めるためのものだ』みたいな感じで説明されたりするかな」
「では、私がひとりで"完成図"が作れるようになれば、魔術が使えるのでしょうか」
「どうだろう。向き不向きがあって、出来ない人にはどう頑張っても無理らしい。
血筋の影響が大きいとか言われてるけどね。
シャロンはなんでも出来そうだから、そのうち出来るかもしれない」
「そうなのですね。
もし、私に素養があれば、オスカーさんの格好いい詠唱を使わせてくださいね」
「うぐっ。いい感じに話が逸らせたと思ったのに」
頭を抱えてうずくまる僕の様子に、はてな、と首を傾げるシャロン。
自作詠唱を格好いいと言われて地味なダメージを負っている僕の心境は、いまいち理解されていないようだった。14歳男子の複雑な心境なのである。
いや、僕だって考えたときはノリノリだったし、もちろんかっこいいと思っていたさ。
それを客観的に評されることになるとは思ってもみなかったというだけで。
「気を取り直して。
シャロン、手を」
「はい、あなた」
嬉しそうにころころと笑うシャロンに、毎回ツッコミを入れていると日が暮れてしまうので、もう何度目になるかわからないスルースキルを発揮。
地下なので暮れる日とかもないのだが。
絡めあった指先に、そして指先を通してシャロンの持つ宝玉に、意識を集中する。
魔力の波動か。それとも二人の血潮かが、どくんと脈打つのを感じた。
「「"大地の息吹よ 世界を廻る大いなる流れよ いまひとたび 我が身に宿りて 力となれ"」」
身体の内より生じる熱がシャロンに流れ込み、混ざり合う。
指先から溶けていくような錯覚と共に、魔術がその効力を発揮していく。
まず宝玉の納まっているシャロンの胸部が、それに次いで全身が。薄っすらとした赤い光を纏っていく。
魔術自体が失敗したような感覚はなかった。むしろ、これまでの人生で会心の出来とでも言えるほどの手応えがあった。
これはおそらく、力の奔流が、光として外に一部漏れ出てしまっているのだろう。
「1000ーー2000ーーまだまだパワーが上がっていきます」
「なんの数字、それ」
シャロンから手を離し、壁際から離れる。
手を離す一瞬、名残惜しげな表情が見えた気がするが、すぐに気を取り直したのか真面目な表情になる。全身を覆う赤光は健在だ。
「では。いきます」
シャロンは、腰だめに右手を構えると、姿勢を落とし視線を細めた。見据えるは、正面の壁である。
あわれな壁は、これから自らに降りかかる暴虐に気づかないまま、どっしりのっぺりとした面を晒し続ける。
周囲の緊迫感が上昇していく。
いまにも空気がパキッと音を立てて割れてしまいやしないかというような重圧を感じ、さらに5,6歩後ろに下がる。
ビキビキッーー
何かがひび割れる音と、シャロンの姿が掻き消えたのは同時だった。
何の音、と特定しようと視線を彷徨わせるほどの間すらなく、
ズドン
腹に響く音。
次に僕が目にしたのは、ひび割れた地面、大きく穴の開いた壁、その壁の前で残心の構えをとる金の髪を持つ少女。
そして今まさに僕に降り注がんとする粉塵の波であった。
文章量と区切りの調整を、どこかでするかもしれないです。