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羊と割にあわない依頼 そのに

「ゴアアアアアアアアア!!」


「うるさいです」


 私の投石に対し、再度、威嚇の咆哮を放つ魔物。リーズナルさんによると、テンタラギオスというそうです。

 その距離、約15メートルほど。そんなに大音声を上げなくとも、聞こえていますってば。もう。


 黒く岩のようにごつごつとした鱗はそれなりの硬度を持っており、私が投げる小石程度では、あまりダメージが与えられていません。オスカーさんがこの場にいらっしゃれば『むしろ多少でもダメージが通ってるのがおかしいよ』とか仰いながらバリバリと鱗を剥がしてくださるのでしょう。

 体表はほとんどが、その黒い鱗で覆われており、その例外となるのは首、目、そして掌くらいのものでしょうか。


『シャロンさまー! がんばれーなのー!』


 念話によって、定期的にアーシャさんからの応援が届きます。

 アーシャさんたちがいらっしゃる方へと、手をふりふり。


 そんな私の様子をさらなる挑発ととったのか、テンタラギオスはなお猛々しく鼻息荒い様子です。

 ドスドスと足を踏み鳴らし、長い棘のような鉤爪のギラリと光る右の腕を振り上げています。


 つい先ほど、とっさに依頼主を庇ったリーズナルさんの剣は半ばからへし折られ、その上でなお8メートルほど吹き飛ばされていました。その膂力は見かけ倒しではないということでしょう。

 2本足で立つその異様の左腕には、いまも一頭の羊が抱えられて、その宙に浮く足をバタつかせています。


 羊泥棒の犯人がそうそうに明白となったのは良いですけれど、依頼通りに『失せもの探し』の装備で来ていれば、そこいらの冒険者では対処が難しいものと思われます。対象は、盗賊団やペイルベアどころの騒ぎではないのですから。


「ていっ」


 威圧や小石を投げつけつつ、テンタラギオスなる魔物の興味を私が引きつけている間に、アーシャさんは羊たちとともに退避できたようですし、リーズナルさんは同じく依頼主を誘導し終えたようです。

 リーズナルさんは『私がテンタラギオスを引きつけている間に、君たちは早く逃げるんだ!』と決死の表情をされていたのですけれど、剣も折れ、ダメージも深い身体で何をなさるおつもりだったのでしょう。

 なのでリーズナルさんには依頼主の保護をお願いしておきました。決して、邪魔だったわけではありません。ありませんとも。


『シャロンさまー! ふぁいとーなのー!』


「ゴァアアアアアアアアアア!!!」


 私が付かず離れずの距離から小石を投げ続けるのを嫌ったのか、再度の咆哮ののち、テンタラギオスも石を投げ返してきました。


 ひゅごっという風切音をさせながら飛来する、直径32センチの花崗岩。その速度は225km/h。

 花崗岩は、狙い違わず寸前まで私の頭があった場所を掠め、かなり後方の地面を抉ります。

 なかなか良い(モノ)をお持ちのようですが、残念ながら私を相手取るには遅すぎます。


「昔のえらい人は言いました。

 当たらなければどうということはない、と」


 今の人にはそれがわからんのです。


 攻撃が当たらないことに苛立ちを覚えたのか、魔物はドスドスと地響きをさせながらこちらに近づいてきました。これまで、アーシャさんたちの撤退の時間を稼ぐために、私は弧を描くように移動しつつ投石を繰り返してテンタラギオスを近づけさせませんでした。

 しかし、もう時間は十分に稼げましたし、あとは捕われている羊をどうにかするだけです。


『シャロンさまー、ふれー、ふれーなの! がんばっ……あっ。やっ! やぁあああああん! やめてなの! ひつじさん! ちょっとやめてなの!! アーシャのしっぽ食べないでなの! ふえぇん』


 あちらはあちらで大変そうです。


 暴風のように薙ぎ払われる右腕を、ときにいなし、ときに地を這うようにして躱し。


 私が回避するたびに、テンタラギオスの振るう右腕は早さを増し、地を削り、至近距離で浴びせられる咆哮はとてもうるさいです。

 とはいえ。私のセンサー類は隣でジェット機が離発着しても耐えられます。オスカーさんの閃光魔術で一度視界センサーが再起動を余儀なくされましたが、あれほどの出力でない限りはとくに問題とはなりません。単にうるさいだけです。


 暴威の嵐を、ひょいひょいっとそよ風のように躱す私に業を煮やしたのか。テンタラギオスは、ついに左腕に抱えたその獲物——必死にもがき続ける羊——をポイと手放しました。

 その黒い大きな魔物は、鋭い顎付近にまで飛び出した鋭い歯をカチカチと鳴らし、その黒々とした目には怒りが灯っているようです。私を敵と認め、全力で掛かる決意をなさったのでしょう。


「グゴァアアアアアアアアアア!!!」


 そして。

 その咆哮が、最後となりました。


 なんであれ。その判断は間違っていたのです。

 私と戦うのであれば、保護対象を手離すべきではありませんでした。


「とぉっ」


 振り下ろされた鉤爪は、まるでスローモーションであるかのようにゆるゆると弧を描き。

 それよりも、私の蹴り上げた足のほうが、遥かに早く相手を粉砕します。


 ごぱっ!


 重く鈍い水音を発したのは、大穴が開き、反対側の景色が拝めるくらい風通しのよくなったテンタラギオスの首です。ちょうど鱗がないその部位は、私の蹴りをほとんど何の抵抗も感じさせずに迎え入れました。


 ごぽりとその血が溢れ出す前に、捲れ上がったスカートを押さえつつ、ひらりと後ろに宙返り。いったん距離を取ることにします。あまり服を汚されるわけにも行きませんし、私の下着を覗いて良いのはオスカーさんだけと相場が決まっています。ちなみに、今日のぱんつは水色です。


「ゴ、ァ……」


 何が起こったかわからないといった驚愕を顔に貼り付けたまま、大きな魔物は地に伏します。

 そうして二度と、動くことはありません。


 生命反応途絶。

 ——戦闘行動を、終了します。



『おわりましたよー。羊にも、怪我はありますがおそらく無事でしょう。

 付近に敵性反応もありませんので、出て来ても大丈夫ですよ』


『すっごいなの! シャロンさま強すぎなの!

 ととのったひとの見せ場がひとつもなかったのっ』


 私の右腕で輝きを放つ腕輪にそっと触れて、念話で戦闘終了連絡をすると、はしゃいだ様子のアーシャさんが弾んだ声で応じます。

 そういえば、今回の依頼の元請けはリーズナルさんでした。悪いことをしましたでしょうか。


 それに、いちおうリーズナルさんの名誉のために補足をしておきますと、見せ場が皆無だったわけではありません。

 依頼主を庇ったりしていらっしゃいましたし、当該の魔物が『テンタラギオス』なる種族であることは、リーズナルさん情報です。名称不明敵性存在として倒してしまうことにも、別段不都合はないですけれど。


『アーシャさんも、避難誘導ありがとうございました。

 そちらは大丈夫ですか?』


『尻尾が犠牲になったなの……。

 犠牲の、犠牲なの……ひつじさんたちつよいの……。

 ひつじさんたち、もう大丈夫だから、きりきり歩くの……』


 やはり、あちらはあちらで大変だったようです。


 何かあったら連絡を入れて、とわりと本気めで頼まれていたのもあり、オスカーさんに連絡を入れることにしましょう。


『オスカーさんオスカーさん、あなたのシャロンです。お仕事の調子はどうですか?

 こちらは、戦闘終了しました。テンタラギオスなる、初めて見る大型の魔物です。

 オスカーさんに喜んでいただけるような素材が取れると良いのですけれど』


『おつかれさま。こっちはなんともない。

 シャロンもアーシャも怪我してないか? 持たせた試作超回復茶は惜しみなく使って。

 "倉庫"経由で"治癒"もできるから、ああそれと必要なら"結界"も作るから、ええと他には』


『オスカーさま、こっちは大丈夫なの。

 ひつじさんに尻尾かじられただけなの……』


『アーシャをかじる羊など燃やしてしまえ。

 使い捨て呪文紙(スクロール)も好きなだけ使え、何なら今から僕が行』


『だいじょうぶ、なの!

 もう、オスカーさまったら過保護なの』


『か、過保護……』


 オスカーさんの狼狽する顔が目に浮かぶようです。


 今回は荒事担当として、オスカーさんの従順な僕たる私シャロンと、羊を見たがったアーシャさんがことに当たっています。


 町の外に出るにあたり、私たちには"肉体強化"や"硬化"、それだけではなく工房では販売していない"催眠"や"麻痺"の使い捨て呪文紙(スクロール)も、どっさりと持たされています。

 それも、"倉庫"がなんらかの事態で使えない場合に備えて、服にもいくつか仕込まれているほどの徹底っぷりです。過保護と言われても仕方がないところではあります。

 もっとも、私はいくらでも構っていただいて構いませんけれど。



「まさか、テンタラギオスまで一撃、とはね。末恐ろしいものだ。

 さすがは譜に(うた)われた"熊殺しの女神"だ」


 過保護発言に打ちひしがれるオスカーさんに思いを馳せていると、リーズナルさんや依頼主の男性、それにアーシャさんも合流してきました。

 リーズナルさんはすでに回復薬茶か何かで多少の回復を済ませたようで、目に見えての大きな外傷はなさそうです。いつもご来店ありがとうございます。またどうぞ。

 依頼者の男性は「女神さまぁあああ、ああ、女神さまぁあああ」と地面にべちゃっと張り付いてこちらを拝んでいるほどで、有り体に言って少し怖いです。


「もう。やめてくださいよ」


 リーズナルさんたちが言っているだけだと思っていたのですが、私の異名はしっかりと浸透してしまっているらしく、ガムレル周辺では町角で吟遊詩人(バード)のうたう定番の一つとなっているらしいのです。


「アーシャも知ってるの。

 "金色(こんじき)の女神 白き衣をまといて (たお)れるものをいやし 家ほどの身の丈持つ熊さえ 女神を止めることあたわず" なの!」


 譜の前文部分を節を付けて(そら)んじるアーシャさんは、ふんふんと音をつけて、とても楽しそうです。どうもアーシャさんの琴線に触れる何かがあったようで、たまにお一人のときに鼻歌を奏でてらっしゃることを、私は知っています。

 この譜を初めて聞いたときには、アーニャさんなんかは爆笑していたものですけれど。


「譜はとても誇張されているので、アテにならないですよ」


 吟遊詩人にうたわれている譜の中の一節にある、傷を癒したくだりは実際にはオスカーさんのお力によるものですし、ペイルベアも2頭とも、家ほどの大きさはありません。強いていえば屋根付き馬車ほどの大きさでした。

 譜ではこのあと滅ぼされる町を救い、水をもたらし、光とともに天に昇っていくそうです。何があったらそうなるのでしょう。


「そうは言うけれど、テンタラギオスの危険度は並ではないんだ。

 装備の整ったレベル3以上の冒険者の4人3組12名(フルレイド)でなんとか討伐、ないしは退却させられれば御の字、といった手合いだよ。

 知能も高くてね。魔術師や弓師なんかの後衛を優先的に狙ったり、傷ついた人間を投げつけたり。火も恐れないし。

 村ひとつどころか町ひとつくらい、大混乱のなか壊滅させることすらできるだろう」


 リーズナルさんの話を一緒に聞いていた、依頼主の男性がぞっとしたように青くなります。

 この依頼主、私たちが現場に到着したときには『お嬢ちゃんたちが組合から来た冒険者の人たちかい? なんだか頼りないな』と落胆を隠そうともしませんでしたのに、いまでは私に平伏して拝み倒すほどの勢いです。それはそれで、やめていただきたいのですけれど。


「ちなみに私はレベル2に昇格したてだ。ほら、君たちと行ったあの蛮族の討伐による功績だ。とはいえ、あれも私自身はほとんど何もしていないようなものなのだが……。

 話を戻そう。レベル3へは極めて特筆した武勲でもない限り、かなり早くとも5年は掛かる。

 そんな熟練の冒険者12名でやっと。この危険性が伝わると良いが」


 実際に蹴りの一撃のもと沈んだ亡骸がそこに倒れ伏しているので、なんとも説得力に欠けます。リーズナルさんが悪いわけではないですけれど。


「そんな魔物について、リーズナルさんはよくご存知でしたね」


「それこそ、冒険者になるときや昇格試験の時に教えこまれるものだからね。その特徴や、脅威なんかを。

 身の丈に合わない魔物を狩ろうとして命を落とす冒険者も多いが、少しでもその数を減らすためだよ」


 アーシャさんたちを助け出した、カランザの町の冒険者組合支店でも、冒険者として登録を行うとそういった試験を通る義務がある、だとか説明されていました。オスカーさんは、そのあたり諸々のことが面倒だったようで、登録は行いませんでしたけれど。


「それに、どうあっても敵わないような手合には発見報酬も設けられている。

 発見の報を持ち帰ることがまず重要であり、それをもとに万全の体制を整えて討伐を行うためにね。

 テンタラギオスも、その手の相手。なのだが」


 木の枝でテンタラギオスをつんつんと突付いているアーシャさんの様子を見やりつつ、大仰にリーズナルさんは溜息とともに肩を落とします。


「"熊殺しの女神"の異名が、さらに広がるという結果になりそうだ」


「そんなの、リーズナルさんがやっつけたことにしてしまえば良いのではないですか。

 『特筆した武勲』になるかもしれませんよ」


 私としては甚だ遺憾です。

 可愛くないですし。その異名。


「テンタラギオスを単独撃破ともなれば、それはもちろん武勲としては申し分ないがね。

 私はだれかの功績を横取る気はない。たとえ当人がそれを許しても」


 リーズナルさんは騎士ではなかったはずですが、彼の中での騎士道精神のようなものに照らし合わせれば、それは許せる行いではないのかもしれません。


「それに――再度まみえた際に、一人で撃破を命じられてはたまらないからね」


 黒くごつごつした鱗を突付くアーシャさんの様子を見守りつつ、リーズナルさんはそう苦笑いをするのでした。

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