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羊と割にあわない依頼 そのいち

時系列としては『仕事中毒』と『お風呂』の間のお話です。

 オスカーさんと私の名を冠した工房も、ようやく客足が安定してきたと言えるでしょう。


 オープン初日など、ラルシュトーム夫妻と妖精亭のマスター、リーズナル邸の面々が訪れただけでしたもの。見事に知り合いしかいらっしゃらないという、先行き不安な状態でした。


 まあべつに、私としてはそれでもよかったのですけれど。知り合いの方々だけでも金銭的な不安とは無縁なくらいの売上はありました。オスカーさんたちがのんびり暮らす上では、それだけで十分でしたから。

 今となっては、それも懐かしいくらいの繁盛っぷりです。


 しかし、それでも今のオスカーさんの楽しそうなお顔が拝めるのでしたら、是非もありません。

 それに――子育てはいろいろとお金や物が入り用だと聞きます。稼げるときに稼ぐに越したことはないのです。

 ガムレルでは魔道具を扱う店は数少なく、それも王都から運搬したものであるとか、どこまで効果があるのか不明な怪しい物品であるとか、そういったお店がいくらかある程度でした。


 そこにきて、依頼注文を受け付ける、自前で魔道具や回復薬が作れる——そして何故か塩も売っている——工房が出来たとあって、さらにその値段がかなり安いとあっては、それなりの繁盛は約束されたものだと言っても過言ではありません。これを真似ようと思ったところで、オスカーさんと同等の目と魔力を持つ魔術師がいないと成り立たないので、しばらくのところは競合店舗も現れないでしょう。


 もっとも、競合する店がないせいで商品の値段設定を参考にできなかったという問題もありました。ある程度強気に値段設定したはずでしたが、ラルシュトームさんによればそれでも安すぎたとのことです。

 当初の値段は開店セール価格ということにしてある程度見直しをかけたので、現在では多少の改善をみています。

 それでも、朝の早い時間などにはお客さんが途切れることはありません。



「すまんが断る」


 そんななか、今日も今日とてやって来ていたリーズナルさんは、オスカーさんのその返答に、がっくりと肩を落とします。


「いや、すまない。

 たしかに、当日に予定を捩じ込みたいという依頼に無理があるのはわかっているんだ」


 しかし、しかしだ! と、リーズナルさんは身振り手振りで壮大な必死さを醸し出します。

 なんだなんだ、と他のお客さんたちの視線を一身に集めることにも躊躇がありません。

 もっとも、他のお客さんでもリーズナルさんの人柄をご存知の方々は『ああ、また何かやってるな』くらいの暢気さではあるみたいですけれど。


「わかってくれて重畳だよ。

 今日は昼から問診と、魔道具の調整の予約が1件ずつ。

 どちらも人の命に関わるものだ」


 うぐぅ! とリーズナルさんが後ずさりします。


 彼自身も、無理筋なお願いをしている自覚があるためか、強くは出られないのです。もっとも、強く出たところでオスカーさんが翻意するとも思えませんけれど。


 カウンターのオスカーさんの前を陣取っているリーズナルさんを避けるようにして、アーシャさんの前にはお客さんがちらほらと並んで会計待ちをしています。木で作った踏み台の上で、うんうんと唸って金額計算をするアーシャさんのその姿に、お客さんたちは焦れるでも急かすでもなく、微笑ましいものを見守るような視線を送ってくれています。


 やはりというべきか、時折獣人に対する排斥であるとか、変な人だとかもお見えになることがあります。しかし概ねにおいて、アーニャさんもアーシャさんもラシュさんも、お客さんたちと馴染んでやりとりができるようになってきたものと思います。アーニャさんに至っては、お客さんからお食事に誘われたりしているのも幾度か見ました。全てお断りをしているようでしたけれど、それでも『ヒトとこんな和やかに話せるときが来るなんて、思ってもみんかった』というのはアーニャさんの談です。


「しかし、こちらも急を要する可能性が高いのだ。

 領民に被害が出るのはなんとしても避けたい。

 今日が無理なら、明日の早朝出発ではなんとかならないだろうか」


 なおも食い下がるリーズナルさんに、オスカーさんは困り顔です。

 リーズナルさんは友人であることと依頼はきっちりと切り離して話をしていらっしゃいます。しかしオスカーさんとしてもご友人であるリーズナルさんの依頼を受けて差し上げたいのでしょう。

 惜しむらくは、残念ながら、明日も明後日もオスカーさんのご予定は詰まっていらっしゃるということでしょうか。


「シャロン、明日の予定は」


「明日も明後日も、オスカーさんは身動きが取れる状態ではないですね」


「だよなぁ」


 困り顔で頬をぽりぽりと掻くオスカーさん。あまり見せないそんな表情も、不謹慎ながらお可愛らしいです。オスカーさんらぶ。


「そういうの、冒険者組合内でなんとかならないのか?」


「なんとかなるなら、こうやって依頼に来なくても済むのだけれどね。

 いわゆる、『塩漬け依頼』ってものでね」


「どういうことだ?」


「ああ。依頼主は、ことがあまり危険であったり、重大な問題だとまだ認識していない、ということさ。そのため依頼額が物凄く低い。

 今回の依頼内容は『失せもの探し』で、その相場である銀貨4枚が報酬として設定されている。しかし……要項を見るに、よくて盗賊団か、悪ければペイルベア級の魔物が関わっている可能性が十分にある」


 リーズナルさんは右手で顔を覆い、やれやれ、といった様子で首を振ります。


「つまりは、割に合わない。

 銀貨4枚では、冒険者ひとりの一日の稼ぎとしても少々以上に物足りない。移動手段等の確保は自身で行わねばならないからね。

 そのため、こういった割に合わない依頼のことは『塩漬け依頼』、報酬額が上がるか、依頼が取り下げられるのを待つのが冒険者としては常なんだ」


 お話を伺う限りでは、一介の冒険者としては放置こそが正しい構えです。

 しかしリーズナルさんが今回それを良しとしないのは、先ほどご本人が仰っていた通りに『領民に被害が出る』可能性があるからに他ならないのでしょう。


「でもそれ、ほんとに危険なものを倒しても銀貨4枚しか貰えないのか?」


「いや、討伐証明となる部位を持って行くだとかすれば、組合からその分の報酬は貰える。

 素材となるものがあれば売却もできるし、仮に盗賊団を捕虜としてとることができれば犯罪奴隷としての売却値の7割がもらえる。

 しかし、最初からそれも織り込み済みの基本報酬でないと、必要な人数や装備も当て込めない。だから、そういう可能性のある依頼は『塩漬け』されるんだ」


 リーズナルさんと会話をしつつも、オスカーさんは手元から視線を上げません。


 オスカーさんの手の中では、いまも細かな部品が組み合わさり、緻密な紋様、魔力の供給経路(パス)が埋め込まれた魔道具がだんだんと形になっていきます。私は時折、そんなオスカーさんに部品をお渡ししたり機材を支えたり。

 ふたりの共同作業で出来上がった魔道具()たちが人に買われていくのは、少し寂しいものがあります。とはいえ、オスカーさんの魔力を宿した紫色を持つ魔道具たちが町中、国中に波及していくというのは、同時に少し誇らしくもあります。私の旦那様は凄いのです。


「その依頼、『失せもの探し』でしたか。

 一体、何を探せというのですか?」


「羊、それを2頭という話でね。

 3日のうちに2頭、ほとんど痕跡もなく姿を消したというんだ」


 羊。

 もこもことした毛が特徴的な家畜。その毛は衣類をはじめ、布製品の元となります。

 温和な性格で放牧に適しており、肉も食べられます。


「羊さん?

 オスカーさまが忙しいなら、羊さん探すお仕事、アーシャやるなの!」


 思わぬところから食いついたのはアーシャさんです。


 アーニャさんもこの場に居れば食いついたかもしれません。しかし、彼女はラシュさんのはじめてのお使いを追跡(ストーキング)中です。定期的に『ウチの弟可愛いすぎへん?』とか『ラッくんがお魚見てる、むっちゃ見てる!』とか念話による報告が飛んできます。返事はしていませんのに、一方的にテンションがとても高いです。


「アーシャ、羊さん見てみたいなの」


「ありがとう、でもただ探すだけじゃなくて、戦いがあるかもしれないんだ」


「羊さん、戦うの……?」


 思っていたのと違う、とふるふるするアーシャさんの様子に、オスカーさんや他のお客さんが声を詰まらせます。


「なあシャロン、今日の予定……」


「だめですよ、オスカーさん。

 『人の命に関わるもの』であり、先約でしょう」


「むぅ」


 そんなしょぼくれたお顔をされても、だめです。

 オスカーさんは、こと私たちのこととなると、多少——いえ、かなり甘いのです。

 アーシャさんに羊を見せるために仕事の予定を無理に変えたり、それが叶わないとなれば羊を丸々一頭買って来たりしかねません。そういう、ちょっとだめなところも魅力ではあるのですけれど。


「アーシャさんの同伴であれば、私が行きます。

 ペイルベアの十頭や二十頭であれば、問題ありません」


「そんなにペイルベアがいたら、放牧地帯が滅んでしまうよ……」


 いくら頼んでも芳しい返事をもらえなかったリーズナルさんは、アーシャさんが羊を見たがるや否やとんとんと話がまとまっていくことに、若干複雑なご様子で、その肩を竦めるのでした。



 ——



 そんな話であったはずですのに。


 ギラリと光る鉤爪。

 発達して、翼膜のようになものがついた腕。

 黒々ごつごつとしたその異様。


「ゴゥァアアアアアアアアアアア!!!」


 全長4メートルをゆうに超える四足歩行の魔物は、後ろ足で立ち上がると、ゆっくりと私たちを睥睨し。

 ビリビリと空気を慄わす咆哮を上げます。


「まあ確かに。これは割に合わないと判断されるものかもしれません」


 黒々ごつごつとしたその異様を前にした私の呟きに、応える者はここに無く。

 しかし私のやることは変わりません。


 ——戦闘行動を、開始します。

いつもお読みいただいている皆様のご愛顧のおかげで、『オスカー・シャロンの魔道工房』は10000アクセスを突破しました!

ランキング常連の、いわゆる大御所作品様とは比べるべくもないので今後も兜の緒を締めて頑張っていきたいですけれども、それでも作者としてはとってもとっても嬉しいです。


引き続き、感想や評価もお待ちしております。よろしくお願いします。


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