アーシャの一日 そのいち
朝なの。
ふぁ〜、っと伸びをして、目をこする。
ん! 今日もいい天気になりそうな気がするの!
ちかごろは、まちの鳥が鳴き出すくらいの時間に、勝手に目がさめるの。
まちの鳥は早起きさんたちなのに、うちのらっぴーは、ほうっておくとお昼まで寝てるの。
おなかが減ったら起きてきて、ごはん食べたらまた寝るの。前より丸こくなってる気がするの。
「おはようなの」
ぱちっと目を開けて、きょろきょろ。
おねえちゃんとラシュは、ねてる。
オスカーさまはいないし、シャロンさまは、オスカーさまのベッドでばたーんって倒れてるまま動かない。オスカーさまがベッドに戻ってこなかったから、きっとぷくーってしてらっしゃるの。そっとしておくの。
音を立てないように、そっと、そーっと抜け出して。
お塩のお部屋、お水のお部屋、空き部屋、空き部屋。2階のほかの部屋にも、作りかけの3階にも、オスカーさまのお姿はないの。
階段をゆっくり降りていくと、1階の暖炉には薪が入ってて、温かくしてあるの。
そっと、そーっと。
夜も寝ないでなにかやってるわるいこに後ろから近づいて、ぎゅーっ!
「ちょ、シャロ……アーシャか。
何やってるんだ、夜は寝ないとだめだろ」
「オスカーさまこそなに言ってるの! もう朝なの!
そして寝てないだめな子はオスカーさまなの。
シャロンさまは、おふたりのベッドでばたーんってしてたの」
「ゔ。怒ってるかな……」
オスカーさまはそのままよっこいせ、と立ち上がる。
アーシャはオスカーさまのお首のあたりをぎゅーって捕まえてるままだから、足が浮いたの。ぶらーんってなってるの。
「ひーとーさーらーいーなーのー」
「アーニャが聞いたらすっ飛んで来そうだな……。
ていうかむしろ捕まってるのは僕の方なんだけど」
「おねえちゃんはこの程度じゃ起きてこないの。
へっへっへー、助けは誰もきませんよーなのー」
シャロンさまの真似なの。
「まったく。シャロンから何を学んでるんだ、本当に。
雰囲気ちょっと似てたけど」
アーシャももうおとななの、いろいろ知ってるなの。ふっふーん。
あ、でも……ぶらーんってしてるのは、そろそろ腕が疲れてきたの。
「おろしてくれたら、アーシャがいいことしてあげます、なの」
「ほんとに何教えてるんだ、あいつ! 似てるけど!
ちなみにアーシャは何をする気なんだよ」
よくぞ聞いてくれたの!
胸をはろうとしたけど、オスカーさまにぶらさがってる今はちょっと……ちょっとむりなの。
「こっそり、お茶とお菓子を楽しむの」
「普通にいいことだった……。
でも、ふあぁああ。今は、やめとく。片付けたら寝に行くよ」
腕がぷるっぷるしだしたアーシャを、オスカーさまは苦笑いしながらゆっくり地面におろしてくれたの。
「お片付けは、アーシャがやっておくの。
はやく寝るの。あ、ちゃんと歯磨きはするの!」
また苦笑いをして手をひらひらと振るオスカーさまをお2階に見送って。
エプロンをつけて、アーシャはお片付けをするの。
これは、"倉庫"。
これは、陳列棚に。
これは、うーん。あとまわし、なの。
「ふんふーんふんふんふーん。
にゃーにゃにゃにゃーにゃー、なのっと」
朝のひやっとした空気は、アーシャけっこう好きなの。
暖炉のお掃除、床のお掃除をぱたぱたーっと終わらせて、朝ごはんの準備にとりかかるの。
「ふーんふふーんふんふんふーん」
とたとたとた。
お2階の炊事場にあるかまどには、オスカーさまの不思議な道具がついていて、アーシャたちが、えいやー! って思うだけで火がつくようになってるの。ふつーは、種火っていうのを置いておかないといけないんだー、ってオスカーさまが得意げにしていたの。
「えいっ」
シャロンさまの真似なの。
手をかざして『火がでろー』って思うだけで、かまどの床に描かれてる模様がチカチカって紫色に光ったあと、ちっちゃい火がでてくるの。とっても便利だと、アーシャは思うの。
くべられてる薪にまで火がわぁって広がるまで、アーシャはそのあいだに『したごしらえ』をするの。
羊さんのお肉を切ったやつがまだ"倉庫"にあったから、今日はそれを焼くことにするの。
お師匠さまの教えの通りに、お肉にお塩をかけて。あとはべしべし、叩くっ!
べしべし。
べしべし。
てしてし。
てし――ふぅ。なんだか、今日は腕が痛いの。
なんでなの……木登りして降りられなくなって、枝からぶらさがってたあのときみたいに腕がだるいの。謎なの。
今日のところはこれくらいにしておいてやるの。
十分に温まった鍋にお肉を優しく敷き詰めると、おいしそうなお肉の焼ける匂いが、お部屋いっぱいにひろがる。
「ふーんふふーんふんふふーん。
にゃーにゃにゃっにゃー」
「お肉の焼ける匂いに誘われて、ウチ参上!
おはよー、アーちゃん。ご機嫌やん」
「あ、おねえちゃん。おはよう」
おねえちゃんが起きてきたの。
まだ寝巻きで、髪も耳ももさもさしてるの。
おねえちゃんは、お料理してるアーシャの後ろまできてぎゅーってしてくれる。猫人族の、大事なひとへの朝のあいさつなの。
やわらかくって、あたたかい。……アーシャも、もうちょっとしたら柔らかいばいんばいんの美人さんになるの。なるんだからっ!
「さっきの、なんの曲?」
「『熊殺しの女神』なの」
「ああ、シャロちゃんのテーマソング」
「そんな言い方したら、またシャロンさまがぷくーってしちゃうの」
工房にきた吟遊詩人さんが唄ってくれた『熊殺しの女神』は、アーシャのお気に入りなの。
でも、シャロンさまは恥ずかしいのかな、ちょっと複雑みたい。熊関連のものが出たら工房に依頼すればなんとかなる、とも言われてるんだって、常連さんが言ってたの。シャロンさまはますます複雑そうなお顔をしてたの。
「さ、おねえちゃんはお顔洗ってくるといいの。
アーシャ、ラシュ起こしてくるなの」
「うえー。お水、冷たいやん」
おねえちゃんはぶーぶー言いながらお顔を洗いにいったみたい。
"倉庫"から綺麗なお水を出せばいいから、お外に行かないで済むだけでも十分だと思うの。
「ラシュ、朝なの。
おはようなの」
一人で広々とベッドを使って寝てるラシュをゆさゆさ。
隣のベッドではシャロンさまが、寝ているオスカーさまにすっごい勢いで頬っぺたすりすりしてるの。そっとしておくの。オスカーさまはちょっと寝づらそうだけど、仕方ないの。
「ラシュ、おはようなの」
「うぅ、あさ?」
「そうなの。あさなの」
しつこくゆさゆさを繰り返していると、ようやく反応があったの。
むくり、と起き上がったラシュは、反対側にぱたりと倒れる。
「あと、ごじかん……」
「お昼になっちゃうの!」
「うー」
唸ってもだめなの!
結局、おねえちゃんが戻ってくるまで、ラシュは4度寝くらいを試みてたし、お隣ではずっとシャロンさまがオスカーさまにぎゅーっとしたりすりすりしてたの。へいわなの。
――
朝ごはんを終えて後片付けと、お茶菓子の仕込みをしたら、工房をあけるの。
おねえちゃんやラシュと一緒に、看板を出したり、ねこのランタンを出したり。
ご近所さんとも、もうすっかり顔馴染みなの。
「おはようなの!」
「おはよう。アーシャちゃんは今日も元気だねぇ」
「なの!」
工房の前のお掃除をして、いろんな人とあいさつをするの。
あいさつは、とっても大事なんだって。シャロンさまの教えなの。
最初はひそひそされたり、よそよそしかった人が多かったけど、いまではみんなにっこりしてお返事してくれるようになったし、向こうから挨拶をされることもあるの。やっぱりシャロンさまはすごいって思うの。
「アーシャちゃん、おはよう」
「アルノーさん、おはようなの!」
おひげで丸いお鼻の、アルノーさん。いつも帽子をかぶってる。
オスカーさまがいうには常連さんっていうんだって。
「今日、カー坊は?」
「店主は、また朝まで何か作ってたみたいで、いま寝てるの。ごめんなさいなの。
お昼には起こすの」
一部の常連さんには、オスカーさまはカー坊って呼ばれてる。たぶんおねえちゃんのせいなの。
アルノーさんは、がははって笑う。
「いつも通りしょうがないな、カー坊は!
アーシャちゃんも大変だなぁ!
じゃあお店にはお昼頃に行くとして……ほい」
「わあ! 黄色いお花。ちっちゃくってて、とっても可愛いの。
ありがとなの、アルノーさん! 工房に飾るの!」
すんすん。
もらったお花はみずみずしくって、いいにおいがするの。
「これは、食べられるお花?」
アルノーさんは、またがははって笑う。
アーシャ、いろんなお客さんによく笑われる。
でも、嫌な感じじゃないの。なんだかあったかい、いいかんじなの。
「そう言うと思って、食べられるやつだよ。
肉や魚の臭み消しに使いな。
じゃ、またお昼頃にな!」
「はいなの!
お待ちしてますーなのー」
町は、こわいひともいるんだけど、優しいひとたちもいっぱいいるの。
しっかりと日が昇って、あたたかくなってくると、お客さんがちらほら工房にやってくるようになるの。
「いらっしゃいませなの!
『オスカー・シャロンの魔道工房』へようこそ、なのっ」
お客さんをお迎えすると、にっこり応じてくれるひともれいば、なんの反応もないひともいる。
アーシャたちの耳をみて、ビクってしてそのまま帰っちゃう人もいるし、嫌な顔するひともいる。
それでも、アーシャはこの工房と、やってくるお客さんが好きなの。
それにいつからか、にっこりと応じてくれるひとが増えてきてる気がするの。なんとなく、だけど。
工房には、いろんなお客さんがいらっしゃるの。
品物を見て笑い転げるひともいたし、ずっとぶつぶつ言ってるようなひともいたの。
「アーシャちゃん、『いつもの』お願いね」
「はいなの」
毎日お店にやってきて、いつも回復薬茶のちいさいやつを買って、工房の中の椅子でちびちび飲んで帰る人もいるの。不思議なの。
「よければ、これもどうぞなの」
「これは?」
「ふしぎな効果はない、ふつうのお茶菓子なの。ブルガからアーシャが作ったなの!
えーっと、あげるやつなの。おいしかったら、売り物になるかもしれないの」
回復薬茶のお客さんは、震える手でお茶菓子を受け取ると、とっても嬉しそうに拳を握りしめたりしてるの。そんなにお茶菓子好きだったのかな。
「ありがとう、家宝にするよ」
「かほー?
感想を聞かせてくれると、うれしいの!」
喜んでもらえたのがうれしくって、アーシャのお耳もぴこぴこになるの。
この調子で、オスカーさまやシャロンさまのお力になるの。アーシャがんばる。
「回復薬茶を買えばもらえるのか!?
お、俺にも回復薬茶をくれ!」
「こっちも、回復薬茶3つだ!」
突然、回復薬茶が大人気になったの! おどろきのけっかなの!
はっはーん。アーシャもそこまで鈍いわけじゃないの。皆がクッキー大好きなのはよくわかったなの。
「おねえちゃん、回復薬茶のお会計お願いなの!
アーシャ、クッキーとってくるの。
ラシュも袋詰め手伝ってなの!」
アーシャ、嬉しくって楽しくって仕方ないの。
自分の作ったものが喜ばれるって、とっても幸せなことだなぁって。オスカーさまが夢中になっちゃうのも、よくわかるの。
自然と笑みが溢れる口元をそのままに。アーシャは階段を駆け上がる。
途中、寝室のほうをちらっと覗いてみたら、お服をまくりあげられて寝ながら寒そうなオスカーさまと、そのオスカーさまの腹筋のあたりを撫で撫でするシャロンさまがいたの。――そっとしておくの。




