僕と彼女の共同作業
興味津々、一言一句聞き逃すものか、というような気迫のシャロンを前に、僕はこれまでの話を語って聞かせていた。
「それで、地面が揺れたときに見付けた穴に潜り込んだんだ。
蛮族から逃げたい一心で、穴の奥に進んだら地面がなかった。
"硬化"魔術が効いたのか、多少怪我をしただけで済んだけど。
それで、落ちた先は、シャロンと出会ったあの場所だったんだよ」
『オスカーさんのことが知りたいです』
休憩中、ようやく部屋の隅から戻ってきた僕に、シャロンが掛けた言葉だ。
自分一人で思い悩んで失敗したばかりの僕である。
シャロンには僕がどんなやつで、どうしてここに来たのか。
それを、僕の半生とともに話しておくことにしたのだった。
話し始めると、これが意外にも止まらなくなった。
こうして吐き出すのを狙いとして、シャロンは僕に話をさせたのかもしれない。
まあ。単なる興味かもしれないが。
そんな僕の話。
村での代わり映えのしない生活。
鶏の餌やりや麦の収穫の様子なんて細かなものにもシャロンは目を輝かせ、幼馴染やジェシカ姉ちゃーージェシカさんとのやりとりの話には何故か対抗心を燃やし。
そうしていたかと思うと、村を襲った大火でその多くの命が喪われたときには声を詰まらせ。
つっかえつっかえ話した両親との思い出話には、毛布の上から頭を撫で続けてくれた。
毛布は、再び服を捲られないようにするためのガードとして纏っていたのだが。
蛮族掃討戦と銘打たれた戦火により、村の再建は困難であった。
生き残った者達は、生き残れなかった者達の葬儀すら満足にすることもできずに散り散りとなった。
冒険帰りの父が持っていた装備を半分以上売り払い路銀にし、非常用持ち出し袋と家族3人、それ以外には宝玉だけ。
その話になった際にはシャロンはハッとした表情になり、次いで自らの胸元に神妙に手を当てていた。
そして、蛮族との遭遇。父を残し、母を遺し。宝玉だけを携えて走ったこと。
例え死ぬとしても、一緒に戦いたかったこと。しかしその力がなくて悔しくて泣いたこと。
父が命を喪う瞬間を見たこと。母が力なく斃れるさまを見たこと。地面が揺れたこと。
そして、一人になったあとで、シャロンに出会って救われたこと。そのすべてを、余すところなく伝えたのだった。
途中から、シャロンは相槌を打つことも、撫でることもやめ、無言になってしまった。寝てしまったのだろうか。
「シャローー」
僕の上に覆いかぶさるようにしているシャロンを振り返ると、そこには蒼い瞳と口元をキッと歪め、微かに怒りに震えている顔があった。
泣きたい心情なのに、泣けないような。
泣くという機能が備わっていないのに、泣きたくて仕方がないような。
そんな自分さえ不甲斐ないような、そんな表情なのだった。
やがて、そんな僕の視線に気付いたシャロン。
「わた、わたし、ぐすっ。ばんぞく、ころす、ます」
怖いことを言い始めた。
シャロン自身の命が、自分が主と定めた人の家族の犠牲の上に辿り着いた偶然で成り立っていることを、そのままに話してしまったことに、後ればせながら気付く。
もっとも、それは結果的にそうなった、というだけの話であり。シャロンと出会うことができなければ。
あのゴミ捨て場で、僕は孤独に、寒さと悪夢に怯えながら、衰弱して餓死していたことだろう。
世界を、蛮族を、力のない自分を、呪いながら。暗闇で、孤独に死んだのだろう。
「そんなっ、つらいオスカーさんに、わた、わたしはっ」
「落ち着いてシャロン。大丈夫、いまはシャロンがいるから、僕は大丈夫」
「でも、わたしーー。そんな。筋トレとかすすめてっ」
「あ、それ気にしてたの?」
わたわためそめそしているシャロンが物珍しくて、僕は思わず吹き出してしまう。
「ふえっ」
「大丈夫だ、シャロン。
これからは、君が守ってくれる。そうなんでしょ?」
「もぢ、もちろん、でずっ!」
涙は出ないのにしっかり鼻声になっているシャロンである。器用なのか、なんなのか。
「僕の力不足は、シャロンが補ってくれる。
シャロンに出来ないことがあれば、その時は出来る限り僕がなんとかする。
だから、大丈夫」
「はい。ふたりで、さいきょう、です」
いや別に最強は目指してないんだけど。
僕を孤独から救った天使様は、頷くと、僕の肩口に頭を押し当ててぐりぐりしだした。なんだなんだ。
ぐりぐりに合わせて滑らかに滑り落ちる髪を撫でてやると、一瞬シャロンの体全体がビクンと震え、もっともっと、と擦り寄ってきた。
2, 3分くらいそうしていただろうか。おもむろに、シャロンが首をもたげる。そして、真面目な顔で言う。
「私をこんな骨抜きにした責任をとって結婚してください」
「いやいやわりと最初からこうだったぞお前」
「お前じゃないですぅー、シャロンちゃんですぅー! オスカーさんの愛しのシャロンちゃんですぅー!」
「大丈夫か」
実際は、問いかけるまでもなくわかる。これは、大丈夫ではない。
「いえ。むしろオスカーさんのご両親のご遺志がこの身に宿されているのです。
結婚するのが至極自然というものです」
ふんふん、と整った顔が鼻息荒くまくし立ててくる。
「うん。やっぱり大丈夫じゃないやつだコレ」
「ふたりで最強。うふふ、これ、もはや夫婦なのではありませんか?」
「シャロンさーん。シャロンさんやーい。戻っておいでー」
僕を抱きかかえたままの姿勢で、泣いたり笑ったりえへえへ言ったり。
かくも彼女はいそがしい。
「こどもは400人は欲しいですね!」
「前に聞いた目標人数より倍に増えてない!?」
もはや小さな町の人口だ。
「三男には『よく来たな、ここはハウレルの町だよ』って言う役をやってもらいましょう」
「三男が何をしたというんだ……。
シャロン、正気に戻れー」
肩に手をおきがくがくゆすってみる。
それすら、シャロンはとても楽しそうにきゃっきゃと目を細めている。
さっきまでこの世の終わりかというような顔をしていたのに、ほんとうによくころころと表情が変わる。
「なんですかー、オスカーさん。
いまここで第一子をつくーー。
ッ!! 伏せてください!」
「え、おぅわ!?」
直前までとろけきったほわほわ状態だったシャロンだが、突然鋭い視線を天井に向け、次に指示を飛ばし僕の身体をうつ伏せに押し倒す。
そして、その上に自らの体を覆いかぶせてくる。
1秒。
2秒。
特に何も起こらない。
「えっと。あの、シャロン?」
「ーー来ます」
シャロンが短く呟いた直後、地面全体が揺れ動いた。
ぐらぐらぐら
ゆさゆさゆさ
縦に横に、ゆっくりと部屋全体をかき混ぜるように。
「遠方から強力な魔力を感知。
また、この地震自体にも魔力を感知。
さらに、ここよりも地下からもかなり強力な魔力反応があります。
ーーそんな、今まで気付かなかったなんて」
ガシャン
大きな音を立てて壁に何かがぶつかる。
先ほど開封した箱か、それとも荷物を入れていた鞄だろうか?
うつ伏せに地面に押し付けられている僕からは、見ることはおろか声を発することも簡単ではないのだが。
やがて、大きくゆっくりとした揺れが終わりを迎える。
そうして、1秒。
2秒。
「ーー魔力反応、消失しました。
かなり広範囲に渡って力が伝播したようです。
また、地震中の魔力の一部が、ここより地下の階層に吸い込まれていきました。
地下の階層の強力な魔力反応も、ともに現在は消失しました」
シャロンが体を起こし、そのまま僕も助け起こされる。
「この地揺れ、そんなにおかしいものなのか?
2, 3日に1回はさすがに高頻度すぎるけど、ここ数年はそんなに珍しいことでもないぞ」
ここに落ちてくる原因の1回の他に、村での大火前にも一度、揺れはあったはずだ。
「通常の地震ーー地揺れであれば、自然災害です。
しかし、いまの揺れは何者かが人為的に行っているか、何かしらの影響で副次的に起こされたものだと推測します」
地面全体を動かす。
そんなことが魔術で可能なのだろうか。
大規模な術式を張り巡らせて、地表を整えるような魔術はある。それも、魔術師数人が何日も魔力を流して発動するようなもので、家一軒建てるための整地ができるという規模だ。
シャロンのいう『かなり広範囲』がどの程度かはわからないが、家一軒なんてもので比較になるレベルではないだろう。それも、地表だけでなく、こうして地下までその威力を伝えてくるようなものだ。
僕には魔力を感知することができなかったが、薄ら寒い思いだけは共有した。
「それと共に報告した事項ではありますが、詳細をお伝えします。
この施設のさらに下層、相対位置から推定しますと地下13階層に、かなり強力な魔力反応がありました」
「誰かが居るか、もしくは何かが動いている、と」
「はい。その通りです。
危険である可能性も十分ありますがーー」
「でもその時は、シャロンが守ってくれる。でしょ?」
頼りにしている、と表明するが返ってくる笑みは固い。
「はい。それは勿論です。
しかし、先ほどの魔力規模を操る相手が敵対するとすれば。
おそらく私では、相手にならないでしょう。
検知できた分だけでも、私の中の宝玉を100や200集めた程度では効かないほどの魔力でした」
「そんな。そんなに強大なものだったのか」
シャロンは何でもできるし、強い。ものすごく強い。
目で追えない速度で、僕の全力をかけても曲がらないものを平然と両断したりする。
知識や検知能力もずば抜けていると言っていいだろう。
そんなシャロンが、苦戦どころか相手にもならないと言い切る。
そんな者がいるかもしれない。
「私の検知外の部分の地震に含まれる魔力も統合すると、おそらく地震側の魔力のほうがここの地下よりもまた、さらに強大です」
自然災害と同等の力を持つ存在が居るとするならば。
それは、"天使"が太刀打ちできるようなものなのだろうか。
「でも、ここにずっと居るわけにもいかないよ。
外に出る手掛かりになるかもしれないし、それ以外の場所を探索しても出られなければ、どのみちもっと地下には行ってみるしかない」
「はい。食料も水も。潤沢にあるわけではありません。
そうするほか、ないですね」
最終的にはシャロンも頷き、今後の方針としては変わらず各階層を探索しつつ、地下13階層を目指すことになった。
ーー
そして地下、13階。
ここに至るまで、骨とか瓦礫類以外に、特に見るべきものはなかった。
部屋の構成が違う程度で、他の階層と大差はなかったためだ。
また、地下13階層に何かあるというのがわかっているため、他の階層は軽く一周してみる程度の探索度合いで切り上げたのだった。
僕は途中で拾った、シャロンいわく『バールのようなもの』を装備し、シャロンは周囲警戒を厳に行っている。
どうやらここが最下層のようで、階段はここで行き止まっていた。
「サーチ完了しました。
動的反応、魔力反応、共にありません。
ですが、警戒していきましょう」
「わかった。
まずは見取り図を探そうか」
ほどなくして、それは見つかった。
正面広場の真ん中の壁。これまでの階層と同じだ。
「『神継研究所』
この施設の名前かな」
「はい。おそらくは。
上階にもいくつか、同様の表示はありました。小さくですが」
シャロンはこの施設の名前をすでに知っていたらしい。
知っていたらどうなる、という要素は全くなかったので別に構いはしないが。
この階層も、上階と同様の広さがあるようだが、実験室などに比べると小ぶりの部屋がぽつぽつとあるのみのようだ。
「所長室と、監視室、応接室、給湯室にトイレ。それくらいか」
「はい。地下2階地点にも応接室はございましたので、こちらは賓客用でしょうか」
「この最下層まで降りるの大変じゃないのか、賓客」
「それもそうですね。
エレベーターの類も見ていないので、どこかに"転移"用の部屋があるものと思ったのですが、記載はありませんね」
「"転移"っていうと、高等魔術の、あの"転移"?」
驚き、聞き返す僕に、シャロンははてな、と首をかしげる。
「申し訳ありません。あの"転移"がどの"転移"かはわからないので何とも言いかねます。
私の知識にあるものですと、2点間を一瞬で移動する仕組みのことを"転移"と呼称していたようです。
大規模な設備と電力、魔力の両方が必要とされますので、設置できる箇所は限られていたようですね」
「というと、魔術師じゃなくても使える類のものなの?」
「はい。そのようです。
その設備さえあれば、同様の設備のある場所への移動が可能だったようです」
まあもっとも、現在でも使えるような設備が残っている可能性は相応に低いはずですが。とシャロンが補足する。
この階層に降りてくるまで、まともに動作するような設備は残っていなかった。いや、あるにはあったのか。
"時間凍結"された物品や、エネルギー切れで打ち捨てられていたシャロン自身は、今も元気いっぱいといった様子だ。
「となると、この施設への出入りをその"転移"に頼っていた場合、外に歩いて出る手段が無いということも考えられるのか」
「なくはないですが。
しかし機能停止状態で為す術がなくなる、というのは耐障害性を鑑みると考えづらいかと思います。
非常用出入り口等の用意は、どこかにあるのではないでしょうか」
あるいは、僕が落ちてきた場所こそが、その非常用出入り口なのかもしれない。
現在は埋まってしまっていると思うが、たどり着くことさえできればシャロンならば岩をどかせる可能性はある。
もっとも、天井にあいている穴を登る手段が今の所皆目検討もつかないので、これも保留するしかない。
「とりあえずは、この階層の探索を終えてからだな」
「はい。行きましょう」
シャロンが前、僕が後ろで探索を開始する。
上階までより、心なしゆっくりめで進むシャロンは、どこから何が飛び出してきても大丈夫なように警戒している。
そうしてたっぷりと時間をかけて、階層の隅々まで探索を行ったが、やはり特に何事も起こらず、何者と遭遇することもないのだった。
唯一、ここに来るまで実験室ですらすべて開け放たれていた扉が、所長室のみ閉まっていた。
シャロンが警戒しつつも扉を破壊し、部屋の内部へと踏み入る。
すると、ある程度劣化しているものの、形を保ったままの机、椅子があり、椅子には腕を組んだ骨格が座っていた。
ここで座して最期のときを迎えたということは、この施設はだんだんと滅んでいったわけではなく、襲撃か、何らかの要因である時点を境に唐突に滅んだということなのだろう。
骨と同じ部屋にわざわざ居続ける必要もなく、僕たちはこの階層の図面がある部屋、階段正面の広間まで戻ってきていた。
「魔力の発生源みたいな部屋はなかったな」
「はい。同様に、"転移"用の設備もありませんでした。
強力な魔力源は、私の索敵圏外だったので正確な位置まではわからず。申し訳ありません」
「いやいや。何かあるとシャロンが気付いてくれただけでも、何も気付けない状態よりはよっぽどいいよ」
役に立てなかったことに、責任を感じているらしい。
事実として、シャロンは十分すぎるほど役目を果たしているのだが。
それに、先ほどシャロンができないことは僕がやる、と言ったところでもある。僕にできることを考えるとしよう。
魔力源は、普段のシャロンの検知範囲を超えても検知できるほどの強大なものだった。
そして、範囲外であるために正確な場所はわからないが、だいたいこの階層である。
強大な力を検知したのは、地揺れが起こったときである。そのとき、シャロンはなんと言ったか。
『地震中の魔力の一部がここより地下の階層に吸い込まれていきました』
「そうだ、これだ!」
「?
どうされましたか?」
僕が突然声をあげたので、図面を眺めていたシャロンがこちらをきょとんと振り向いた。
それにあわせて指先の光もくるんとまわり、ゆらゆらと影を踊らせる。
「この階層にあると思われる魔力源は、地揺れに含まれていた強力な魔力の一部を吸い込んだ、とシャロンは言ってた。
なら、このあたりで僕が出来る限り強い魔術を使ってみたら、どうだろう。
場所が特定出来るんじゃないか?」
「なるほど。さすがオスカーさんです。結婚してください。
しかし、何が起こるともしれません。
危険がないとは到底言い切れません」
この子は軽口を混ぜないと死んでしまう子なのだろうか。
「とはいえ、他に脱出方法のアテはないし。
それに、シャロンが守ってくれる。だから、大丈夫だ」
シャロンは、自身でも守りきれる相手ではないと示唆していた。それでも。
いまだ迷っていた様子だったシャロンだったが、僕の意思が変わらないとみたのか、漸く頷いてくれた。
「わかりました。
異常があれば、すぐに発動を停止してくださいませ」
「ああ、わかった」
僕が『やる』と言えば、シャロンは応じる。
あとは、僕が正しくやり切るだけだ。
「出来る限り大きな魔術を使おうと思ったら、僕だと魔法陣を描くのがいいんだけど。杖もないし。
でもこの床、モノが描ける気がしない」
石畳とも違う、つるんとした床である。ある程度埃が積もっていたりはするが、床自体に模様を刻み込むのは困難だと思う。
刻み込むのでなければ、塗料を使う手もある。
とくに、血や薬草を混ぜて作った塗料を使って描いた魔法陣が、魔力の伝導性がよく効果的とされる。
しかし、ここには薬草もなければ、僕にはその調合知識もなかった。
「魔法陣に、杖、ですか」
「うん。
魔力を多く秘めた魔獣の牙だとか、霊木だとか。
あとは宝石だとかを芯に使って、魔術師は自分の魔術の能力を底上げする杖を作ったりするんだ」
「棒状の形が大事、というわけではないのでしょうか」
その視線は、僕が手に持っている『バールのようなもの』に注がれている。
「さすがに、これだと魔術の威力は素手と変わらないと思う。
魔力を操作する要素が重要だからね。
必ずしも杖の形である必要はなくて、術者によっては本の形だったりするらしい。
とくに魔本と呼ばれるようなものは、それ自体が魔術の知識を封じていて、魔本の魔術と使い手の魔術が一致するときには凄い力を発揮したりするらしいんだ」
魔本については、いわば伝説的な話であり、昔々にそうやって戦う勇者が居たそうだ。
僕専用の杖もあったのだが、家が燃えた際に失われてしまっていた。
杖を失ったらすぐ戦えなくなるのでは困るので、スペア用の杖を用意する者もいる。
かつては母もそうやっていた。ズキリと痛む胸を無視する。
残念ながら、僕はスペアの杖を作ってはいなかった。
シャロンは僕の説明に、なるほど、と瞑目し、
「それでしたら、私をお使いください」
シャロンが自らの胸に手をあて、一歩進み出る。
「え、どういうこと?
シャロンはこの床でも魔法陣が描けるとか?」
「いえ。そういうわけではありません。
私の核となっているのは、オスカーさんの宝玉です。
また、私自身が魔術を行使することはできませんが、原理や発動形態を理解できます。
でしたら、いま伺った杖や魔本の代わり足り得るのでは、と考えます」
そんな方法は見たことも聞いたこともない。
僕の魔力をシャロンに通し、中の宝玉を使って増幅する。
原理としては杖や魔本のそれと同様筋が通っているようにも感じられる。
「やってみるか。
うまくできなけりゃ、他の方法を考えればいい」
「はい。ふふ、はじめての共同作業、ですね」
何が面白いのか、頬を染めつつ意味ありげにシャロンは笑う。
「使う魔術は、そうだな。
シャロンも知ってる"照明"にしよう」
ここに来た時に何度か使っていた、魔力による光を作り出す魔術である。
もし失敗したとしても、大変なことになはならないだろう。
詠唱は、
「『"日輪の恩恵よ 不浄を清める天の光よ 闇を払いたまえ"』のやつですね」
「そう、それ。
やっぱり覚えてたか」
自分のオリジナルのアレンジが加わった詠唱が諳んじられると、わりと気恥ずかしいものがある。
シャロンは、当然です、とばかりに腰に手をあて、胸を張るいつものポーズだ。
「はい。オスカーさんの仰ることすべて、覚えておきたいですから。愛ゆえに」
「愛か」
「はい。愛です!」
臆面なく『愛です!』と返されると、一般的な14歳男子としては反応に困るところがある。
仕方なしに、頬をぽりぽりかいてみたりするが、恥ずかしいものは恥ずかしいままだった。
「お金で買えないやつだな」
「はい。愛でお金は買えるらしいですが。
ちなみに。オスカーさんは次に『シャロン、結婚しよう』と言います」
「シャロン、結ーー言わんわ」
「あら。それは残念です」
そうやって、シャロンは照れる僕のことをすぐに茶化す。
そういうシャロンの頬も薄く染まったままだということに、僕は気付かないフリをする。
ほのかに桜色になった頬の、恥ずかしげに附しがちな瞳にも、ちらちらとこちらを伺ってくる小動物のような視線にも。気付いていないったらいないのだ。
「それでは、手を」
シャロンが右側に立ち、その滑らかな左手を差し出す。
僕は、おずおず、こわごわとその手を重ね、握る。
と、シャロンによって指と指を絡める形に修正される。
嬉しそうに微笑むシャロンの方を見ていることができず、とくに何もない虚空に視線を彷徨わせる僕。
「それでは、宝玉の中を通して、私の右手から魔術を発動するイメージでいきましょうか。
念のため、私のほうの照明を切っておきます」
「ああ。そうしよう」
シャロンは右手をスッと持ち上げると、今まで点灯していた指先の光を消した。
「どれだけの威力が出るかわかりませんので、オスカーさんは目を閉じていていただけますか?」
「たしかに。それがいいかも」
何も起こらなかった場合はまだ笑い話で済むが、威力が強すぎた場合のことをシャロンは懸念しているのだろう。
指の光が消えたことで闇に包まれていた僕の視界を、さらに瞼が遮る。
完全なる闇が僕を取り巻くが、繋がる手のひらから感じるシャロンのあたたかさが、孤独ではないことを教えてくれる。
「それじゃあ。シャロン」
「はい。オスカーさん」
絡めあった指を通して、シャロンの宝玉に意識を集中する。
生み出すは、あたりを照らす、光の玉。
詠唱を、唱和する。
「「"日輪の恩恵よ 不浄を清める天の光よ 闇を払いたまえ"」」
僕の体の内の熱が、指先を通ってシャロンに流れ込んでいくような、不思議な感覚。
普段の魔術の発動と違い、すぐに魔力が揮発してしまわず、熱が絶えずシャロンと僕とを循環しているような。
渦を巻く力の本流が、僕らを取り巻いているような。
だが決して不快ではない。今だったら、なんだって出来そうな気さえする。
絡めた指先を通して、僕はシャロンを。シャロンは僕を。それぞれ感じていることが感覚でわかる。
やがて僕らを循環する力の渦はひとつに溶け合い、巨大な力の奔流となり。
そして。
そこに。太陽が、顕現した。