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アーシャと魔道工房

「こーんにーちはーなのー。おとどけものでーすーなーのー!」


「おおー、そこらへんに置いといてくれぇー!

 ちょっと今手が離せねぇ」


 夕飯時は明るくていつもがやがやしているけれど、開店前の『妖精亭』はちょっと薄暗いの。

 扉をしっかり閉じると、もう一度カランって音が鳴る。これはお客さんが来たのを知らせるためのもので、ドアベルってものらしいの。シャロンさまは、なんでも知ってるの。すごいの。

 工房にもあったら、可愛いし便利かもしれないの。


「よいしょっ、なの!」


 お店の奥にはしっかりとしたお料理を作る場所があって、カウンターの中ではできないような、すごいお料理はこっちで作るんだーってお師匠さまは言ってたの。


「おお? すまねぇな嬢ちゃん。そこいらに置いておいてくれて良かったのに、重かったろ。

 ——おいこらシアンやめとけ、床が塩まみれになったら大変だ」


「なの?」


 いま、アーシャが抱えてるのは、真白な方のお塩がいっぱいいっぱい入った壷なの。

 落としたらお師匠さまには怒られるし、オスカーさまがせっかく作ったのに無駄にしちゃったらがっかりさせちゃうの。

 ぎゅっと壷を抱え直すアーシャから、お師匠さまは軽々と壷を受け取ると、中身を確認して頷く。


「ちょっと待ってな。

 これを釜に放り込んだら支払いするから、椅子でも座ってちょっと待っててくれ」


「んーん、お師匠さまのお料理見てたいなの。いい?」


「何度もいうように俺は弟子をとった覚えはねぇんだけどなぁ……まあいい、勝手に見ていけ。

 ——踏み台用意するからちょっと退がってな。せっかくの服も汚さねぇようにな」


「はいなの!」


 お顔はちょっとコワイんだけど、お師匠さまはとっても優しいの。

 工房のみんなだって、他のお客さんたちだって、お師匠さまのことが大好きなの。すごいの。

 いまだって、アーシャが見やすいようにこっち側に向けてお料理してくれてるの。おっきな魚がお腹から開かれて、葉っぱとかお芋とかがどんどん詰め込まれてく。


「見えるか、ここで(ワタ)と一緒に細かい骨を取っちまうだろ?

 かわりにヒメリとカルカルをすり潰したモンと一緒に野菜を詰め込む」


「カルカル、すっごいくさいの……」


「あー、お嬢ちゃんらは鼻が良いんだったか? すまねえな。

 人間でもきつい匂いだからな」


 ヒメリは、甘酸っぱくって、美味しいの。でもカルカルは苦手なの。くさいの。


「だいじぶ……なの……」


「あんまり大丈夫そうには見えねぇが。

 あとは切り込みを入れて、嬢ちゃんが持って来てくれた塩を振りかけて。

 釜で弱火でじっくり焼く! これで完成だ」


 お魚にばってんを入れるのは、焼いたときに崩れないようにするためなんだって。前にお師匠さまに教えてもらったの。


「すごいの!

 みせてくれて、ありがとうございますなの」


「まあ嬢ちゃんは邪魔しねぇからな。それに礼儀正しい。誰かさんにも見倣って欲しいもんだよ、まったく。

 ——おいこらシアン。都合が悪くなったら逃げんじゃねぇ」


「なの……?」


 『妖精亭』には妖精さんが居る、らしいの。

 お師匠さまはたまに誰かに話しかけてるようなときがあるから、それがきっと妖精さんなの。きれいなひとなのかなぁ。


 人前では目立たないように使うんだよ、オスカーさまシャロンさまに言われてる"そうこ"から、今日のおやつをちょっとだけ取り出して、妖精さん用に置いておくの。

 これはきのう、ととのってる人と一緒に作った茶菓子(クッキー)なの。形はばらばらだけれど、味はそこそこなの。


「妖精さん妖精さん。クッキーどうぞなの」


 妖精さんは恥ずかしがりさんなの。

 じーっと見てたら食べてくれない——しかもそのあいだ、お耳がむずむずするの——んだけど、お皿に置いてしばらくそっとしておくといつのまにかなくなってるの。


「嬢ちゃん、いつもすまんね。

 ほれ、こっちは塩代」


「金貨が、いち、に、さん、し、ご、な……ろく、なな、はち! なの!」


「おう。

 数字はそろそろ覚えたか。勉強熱心で、関心関心。——おいこらシアン、逃げるな。あと食べ物持ってうろつくな。

 いや俺が細かいんじゃねぇ、お前が大雑把すぎるんだ」


 きっと妖精さんと、仲良くやりとりをしているの。

 くすくす笑っていたら、お師匠さまはちょっと恥ずかしそうなの。


「あー。嬢ちゃんもお使いご苦労さん。ありがとよ」


「ううん。アーシャがやりたい、って言って任せてもらったお仕事なの」


 それでもおねえちゃんが『妖精亭』の扉前まで着いてきてたけど。もう、おねえちゃんもオスカーさまもちょっと過保護だと思うの。

 

「はは、そうかね。

 どうだ、お仕事は楽しいか」


「うん! とってもたのしいの。お勉強もお仕事も。

 でも、もうちょっとお客さん来てほしいなぁ、って思うの」


 いちにちで、お客さんは1人か、多くたって3人くらいなの。

 『妖精亭』みたいに、いっぱいのお客さんが喜ぶお店になればいいなぁって思うのに、げんじつはきびしいの。


「あー、そりゃまあなあ。

 坊主の道楽でやってるようなもんだろうから、べつに客が少なくてもいいんじゃねぇかとは思うが」


 白いのがまじった髪を触りながら、お師匠さまはむーんって唸る。

 ちなみに、お師匠さまがいう坊主っていうのは、オスカーさまのことなの。


「でもオスカーさまも、不思議がってたなの。お客さん、こないなーって」


 ヒンメルさんやお師匠さま、ととのってる人たち、たまにふらっと入ってくるお客さんたちが買って行く塩だけでも生活するには十分すぎるお金らしいから、そんなに困ってるわけではないらしいの。

 でも、もっとたくさんのたくさんのお客さんが来るようになってほしいの。せっかくのお店なんだから。


 お師匠さまは苦笑いする。


「いや。だって『オスカー・シャロンの魔道工房』って看板だけじゃ、何を扱ってる店か、わからんだろう」



 ——


「ふーむ。

 何が売っているかわかるような、看板か。

 言われてみれば当たり前かもしれないな。

 この町だと魔道工房はうちだけだし、そのわりに主力商品は塩だし」


 お師匠さまの教えを伝えたら、オスカーさまが唸って考えだしたの。

 いま、工房の看板として出しているのは『オスカー・シャロンの魔道工房』っていう文字が書いてあるらしいものだけなの。アーシャには字が読めないから、シャロンさまに読んでもらったの。


「そんなこと言うても、何売ってるていうんがええんやろな?

 カーくん、頼まれたらわりと何でも作るやろ」


「まあ。法に触れない限りは」


 オスカーさまは、思いついたらすぐに作っちゃったりするの。その全部を書き出すと、すごい読みにくくなっちゃいそうなの。


「お品書きとして列挙しなくとも良いのではないでしょうか。

 たとえば、回復薬や、使い捨て呪文紙(スクロール)、魔道具の類の絵を看板に描くとか、です」


「絵かー。

 工房の名前は『オスカー・シャロンの魔道工房』にしたし、そういうところにアーニャたち猫人族要素が入れられたらいいかもな。

 看板を猫耳ついてる形にするとか」


「え、ほんまに?

 それは嬉しいなぁ! な、アーちゃん、ラッくん。

 で、誰が描けるん?」


「……」


「――」


 おねえちゃんの言葉に、応える声はないの。

 アーシャも、絵はちょっと。ううん、かなり得意じゃないの。


 悩んでも良い案は出てこなくって。

 お茶とクッキーを囓りながらオスカーさまが言った『とりあえず、皆それぞれ図面を描いてみるか』というのに従って、一人ずつ羽ペンを持って羊皮紙を広げることになったの。


 なったの、だけど……。



「なんやこれ」


「描いたアーニャにわからないものは、僕にはわからないよ」


 おねえちゃんの羊皮紙には、まるっこいのと、四角いのが、ぎゅーぎゅーに描かれてるの。


「おっかしいなー。

 アーちゃんの耳の形、見ながら描いたんやけど」


 衝撃的な証言なの。


「アーシャ、そんな四角いの……?」


「いえ、これほど四角くありませんよ」


「多少は四角いのっ!?」


 シャロンさまのフォローまで衝撃的だったの。

 さいきんは冗談もいうシャロンさま。でもお顔がいつも通りなので、冗談かどうかが全然わからないの。それはこまるの。


 そう言うアーシャの絵も、瓶とか車輪を描こうと思った残骸の丸がいっぱい散らばってるだけで、あんまりお客さんが来てくれそうな感じじゃないの。おねえちゃんの絵よりはわかりやす――ううん。諦めるの。両方意味不明なの。


「"全知"に頼ればそれっぽいのが描ける気がするんだけど」


「駄目です! ただでさえまだ魔力が回復し切っていないのですから。

 緊急時以外に"神名開帳(ネームバースト)"なる能力を使うのは駄目です!」


「だよなぁ。でも看板が決まらないって今の状況も緊急時と言えなくも――いや、何でもない。冗談、冗談だからシャロン」


 オスカーさまを牽制しつつも手を動かし続けてるシャロンさまと、会話に全く参加しないでずっと何かを描いているラシュの二人だけが頼りなの。


「お茶を淹れ直してくるのっ」


 ここに居ても出来ることがないし、皆の分のお茶を淹れ直してくるの、と席を立ったときに。

 ううん、それ自体は良かったの。そのまままっすぐ行けばよかったの。

 ちらっとシャロンさまの絵を覗き込んだのが、まずかったの。


 闇が見えたの。


「ひぅっ!?」


 黒? 怒り? あれは何? ただただ、なにかの、どちゃっとした。闇が見えたの。

 あまりの衝撃に、もつれた足と尻尾が。


 あっ、カップと、ポットと、あわ、わわわわ――!!


挿絵(By みてみん)


 どーんとついた尻餅で、なんだなんだとオスカーさまたちが寄ってくる。

 うぅ。恥ずかしいの……。


「ちょ、アーちゃん大丈夫!?」


「あたた……。

 だ、大丈夫なの。ポットは死守したの……あれ、カップはっ?」


「突然どうしたんだ。

 "念動"、"抽出"。ほい、綺麗になった。立てるか?」


 オスカーさまの手を取って立ち上がると、アーシャの手から浮かび上がったポットとどこかにあったカップが2階の方へ飛んでいくとこだったの。たぶん、炊事場までオスカーさまが魔術で運んで行ったんだと思うの。うぅ、もうしわけないの……。


「えっと、シャロンさまの――なっ、なんでもないのっ!!

 尻尾に躓いちゃった、なのっ!!」


 一瞬、シャロンさまがはてな? って顔をしていたの。

 あれをわざと描いているんじゃないと思うし、わざとだったとしたらなおさら言及できないの。


「あー。その服はヒトと同じ作りになってるもんなぁ。

 猫人族でも着やすいように、ヒンメル夫人に調整してもらわないとな」


「あう。でも、アーシャこのお服大好きなの」


「わかってる、ヒンメル夫人だったら上手い事やってくれるだろ。

 あとは――ん、どうした、ラシュ」


「できた、よ」


 皆がしゃべってたときも、アーシャがコケたときも、マイペースにずっと描き続けていたラシュ。

 ラシュが描き上げたのは、薬瓶や車輪なんかを主にして、お店の名前を前面に出した看板と、ねこの尻尾の形のランプ。

 そういえば、ラシュはお勉強のときにもお絵描きをしたりしていたの。


「おきゃくさん、くるかなぁ」


「きっと、くるなの!」


 オスカーさまやシャロンさまも気に入ってくれたみたいで、あとは文字の入れ方とかでもうちょっと悩む、らしいの。

 意外な才能にびっくりなの。


「ラシュ、すごいねぇ。アーシャたち、おねえちゃんなのに。ずっとずっと、上手いの」


 白い耳をぽふぽふとくすぐると、目を細めるラシュ。


「でもね、シャーねーちゃんはお料理ができる。ぼくはできない」


「……。

 うん、アーシャも、がんばるの!」


 お勉強に、お料理に。

 これでお客さんが増えたら、お店のお仕事も。


 いっぱいいっぱい、がんばるの!


シャロンさんの絵がアレなのは、べつに怒っているとかそんなのではなくて彼女なりの全力です。

料理、絵、歌など、魔導機兵が製造されたときには不要となっていた技術(創造分野に多いですね)に関して、シャロンは上手くありません。見ているものを紙に写し取る、いわゆる「印刷」はできるのですが。

練習すれば、出来るようになると思います。

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