魔道工房、開店 そのいち
これで第二章は完結! なハズでした……。
そわそわ、そわそわ。
落ち着きなく歩き回っているのはアーシャと、その後をついて歩いているラシュ、そしてその頭上のらっぴーだ。
うろうろしたり、座ってみたり。また立ち上がっては、うろうろ、そわそわ、うろうろ。
昼食後からずっとその調子なので、僕としては苦笑いするしかない。
「夕方までには来るって話なんだから、まだしばらくかかるだろ。
それよりラシュ、ちょっとこっちを手伝ってくれないか」
「わかった。あにうえさま、てつだう」
アーシャの真似をして後ろに付いていたのに特に深い意味はないらしく、ラシュは耳をぴこっと立てるとこちらにてこてことやって来る。
「今から、そっちのスペースにこの棚を組み立てるから、このへんの木材を運ぶのと、押さえるのを手伝ってくれるか。
らっぴーはちょっと置いておこうか」
「わかった」
「ピェ、ピェエエ」
ラシュは、定位置である自身の頭上でくつろいでいた鳥を豪快にわしっと掴むと、まだうろうろしているアーシャの腕の中にらっぴーを押し込んで、こちらにてけてけと戻ってくる。
「ピェ……ピェ……」
「あとでね」
ラシュを呼んでいるのか、らっぴーの情けない声にも頓着しないラシュ。
「わるいな。
アーニャかシャロンがいればそっちに手伝ってもらうんだけど」
「ううん。ぼく、あにうえさま、てつだいたい」
「おお、頼もしいな。
じゃあこれ支えててくれないか」
こくり、と頷くラシュに切り揃えた木材を渡し、頑丈な棚を組み上げていく。
"倉庫"内にあるような簡素なものではなく、いわゆるしっかりした『商品棚』である。きっちりがっちりしたものを作らねばならない。
その間も、アーシャは心ここにあらずといった様子で、うろうろしたり、何度も拭いてすでにピカピカなカウンターを再び拭いたりしている。
床に降ろされたらっぴーが、うろうろそわそわするアーシャの後をついて、綺麗な床の上をぴぇぴぇと楽しげに散策している。
真新しい木の匂いが立ち込める室内は、いま作っている棚や、昨日組み上げたカウンターだけでなくその全てが新品。それどころか、この家屋自体も真新しいものである。
頻発する地震によって、倒壊の恐れのあった小さめの商店ふたつが取り壊され、やや大きめの一つの家屋として一新されたのがこの建物であり。僕らの新しい家でもあった。
2階建てだった建物は僕とシャロンの手、およびアーニャたちの助力によって地下室が新たに掘られ、都合3階建て並の広さを持っている。
崩れないように結界で適宜補助しながら、別の結界でくり抜いた地面を部屋の形に整え、煉瓦や木、鉄で支柱を作る。こうして、足掛け3日の期間を掛けて地下室は完成した。
今はまだ何もない地下室だが、ここには鮮度が関係のない石や金属類、すぐに着ない衣類など、"倉庫"で場所をとっているものたちを放り込む予定だ。
ゆくゆくはこの地下室も結界か、他の手段で守りつつ僕らしか入れないような仕組みを作るつもりである。特定の人しか入れないような結界を張る魔道具を万人が扱えるように作れば、なかなか需要が見込めそうな気がしている。
僕らが今居る1階部分は店舗スペースであり、カウンターを設置した側の奥の階段から上がった2階が居住スペースとなる。2階には食卓となるスペースと、竈が設けられた炊事場。町中の家で炊事スペースが家に設けられているのは珍しいらしい。
村では一軒ごとに竃があるのが普通だったのだけれど、町だとスペースの問題や種火の維持の大変さ、ボヤ騒ぎへの対策のために、食べられる状態に調理したものを外で買って帰るのが一般的とのことだ。持ち運びに適した皿や、蓋のついた盆などが売られていたのは、そういったためのものらしかった。
そういう共有スペースとなる部屋以外にもトイレがあったり、その他にも部屋が5つもあり、1人に1部屋割り当てられるほどだ。
なのだけれど、この家を与えられた5日前から結局皆同じ部屋で寝起きしている。宿での生活様式が染み付いてしまったようである。シャロンは多少不満げな様子だったりするのだけれど。
この建物は、大通りから一本入ったところの区画にある、日当りの良い角地だ。
リーズナル男爵の酒の席での約束は、かなりの本気度をもって果たされたことになる。
男爵は『借り手も買い手も付かない、と憂慮していたところでね』などと言っていたけれど、こんな好立地で大きな建物ともなると、そりゃもう賃料も高いだろう。購入するとなると、金貨何枚になるのかわかったものではない。
蛮族討伐やゴコ村守護、カイマンが無事に帰ってきたことに加え、強力な魔術師を領内に留め置きたいというリーズナル男爵側の意図もわかるので、僕らはありがたくこの申し出を受けることとしたのである。
ただ、もらいっぱなしで借りを作るのも気分がよくないため、家の引き渡しと同時に僕らが使っていた荷馬車を譲り渡すこととした。置き場に憂慮していたし、必要であればまた作れば良いのだから。
リーズナル男爵はその条件に対しても『それはありがたい。"車輪"のハウレルの荷車の凄さは、息子から大いに聞かされていたからね』と乗り気な様子であったのだけれど、軽量化、魔除けだけでなく魔力結晶への充填機構だとかの説明をしだしたあたりで『あれ、これはもしや物凄いものを託されそうになっているのでは……?』と徐々に真顔になっていっていた。
"全知"がないカイマンにもそれと読み取れたらしく、やれやれと首を振りながら『父上、オスカーはいつもこんな感じです』みたいなやりとりをしたものだ。それが、5日前にあたる。ダビッドを交えたリーズナル男爵邸でのやりとりからみて7日ほどであるので、実に迅速に家を手配してもらえたものだ。
リーズナル男爵邸からもほど近く、大通りだけでなく東門からの行き来も比較的容易。
残念ながら風呂屋は少し離れた場所にしかないが、僕らにとっては嬉しいことに『妖精亭』がはす向かいくらいの位置にある。
これ幸いとばかりにここ数日は、僕らの夕飯は妖精亭にお世話になっているのだった。
『あのデカい建物が売れたという噂は聞いていたが、誰かと思ったら少年たちとはな』
『"にゃー 元気か。ほんわかしたなー よかったなー。そんで ふえたなー"』
初日なんかは、呆れ驚き、喜んでくれた店主と、アーニャのことを覚えていてくれたらしい妖精幼女に出迎えられ、おおいに楽しんだのだった。シアン的には、アーシャとラシュは『にゃーがふえた』的な認識のようだけれど。
残念ながらアーシャもラシュも、シアンのことは見えない様子だった。しかし、シアンはお構いなしに『"おっきいにゃー ちゅうくらいのにゃー ちっちゃいにゃー とり"』とかなんとか言いながら、歌うように、踊るように、くるくる回りながらたいそう楽しそうにしていた。
シアンがラシュのふわふわな耳にそぉーっと手を伸ばすたび、尻尾や耳がわっさわっさと振られていたので――そのたびにシアンはきゃーきゃー言いながら転げ回っていた――見えないまでも、何らかの存在を感じ取ってはいるらしかった。
「よーし、じゃあ次は裏側の板を嵌めるからな。
そっち立てておさえててくれ」
「わかった。らっぴーはあぶないから、あっちいく」
使命感に燃えたラシュが勢い良く頷く。ふわふわの耳がピンとたてられ、いかにも真剣な眼差しで板を支える様子はなんとも微笑ましい。
らっぴーは、アーシャが構ってくれないため、暇なのだろう。再びラシュの足元で丸っこい身体でちょろちょろと動いていたところをわしっと掴まれ、アーシャの方に送り返されている。
そんな僕らの作業風景とは対照的に、気もそぞろといったふうなアーシャはずっと扉の外を気にしながら、自らの首輪を磨いている。その黒のチョーカーは、僕の"剥離"でも無理じゃないか、と思うくらいに汚れなどもはや一片もなく、きらきらの艶々に輝きを放っているのだけれど。
今日、明日はまだお店の体裁を整えるための準備期間の予定である。なので、まだお客さんが来たりということはない。
備品や素材、店の飾り付けなどを買い求めるためにシャロンとアーニャは連れ立って買い物に出ており、まだ帰ってこない。買い出しの間は禁酒を言い渡しているし、そんなに遠くまでは行っていないようなので、"念和"を飛ばせばすぐにでも帰ってくるだろうけれど。
ただまあ、今回に限ってアーシャの待ち人は姉たちではない。
"全知"で隅々まで採寸した木材は、寸分の狂いもなくしっかりと嵌り込み、がっしりとした棚を形作る。
こういった一般的な家具類は、職人が長年の経験や勘から組み上げ、それでもなお上手く嵌らない部分を削ったり詰め物をしたり、といった調整を経て完成を見るのが普通だ。
それが、面白いくらいにパッチリと組み上がるのだ。一工程進むごとに、ラシュは楽しげに目を輝かせた。
そうして、ついに1つ目の棚が完成をみる。
「できた」
「できたな」
むふー、と満足そうな笑みを見せるラシュに応じる僕。
やはり、モノを作るというのはいいものだ。出来上がったときの満足感や達成感は、なかなか他のものに代え難い。
「たなが、できたな。ふふ。ふふふ。おもしろい、あにうえさま、すごい」
「いや、そういうギャグのつもりじゃないから。
やめて、ラシュ、そんな純真な目で僕を見ないで」
尻尾も耳もピンと立ててきらきらした目で僕を見上げるラシュ。僕への謎の尊敬が痛い。
「よし、それじゃあと3つ、組み上げちゃおう。
手伝ってくれるか?」
「うん。まかせて。……ふふ。できたな。ふふふ」
「ピェピ」
よくわからない所にある彼のツボに入ってしまっているらしい。
そんなラシュの足元では、らっぴーが三度戻ってきており、一声鳴いて丸くなる。いつも頭の上に乗っている通り、なかなかの懐かれっぷりであった。
「もー。らっぴー、あっちでしょ」
「ピ」
それでも、僕のお手伝いをするのだ! と使命感に燃えるラシュは容赦がない。
わしっと掴まれたまるっこい体は、先ほど完成したばかりの棚の中段に、ぺそっと降ろされる。
「ピ……」
「あとで、ね」
その後、すげない対応を受けた緑鳥は、僕の手伝いでちょろちょろ動きまわるラシュを目で追ったり、自らの置かれた位置と地面との距離を測ったりしていたようだった。
しかししばらくしてから、ふと見てみると、棚の真ん中――ラシュに降ろされた場所から一歩も動かない地点――で完全に寝入っていた。呑気な鳥である。
やがて。
3つ目の棚が設置され、残すところのあと1つを組み立てているあたりになって、ようやくアーシャが動いた。
直前までは本日3度目になる床の掃除をしていたようだったのだが、通りに面した扉の方をじっと見つめて、耳をぴこぴこ。
扉の前に人の気配が近づくと、喜色満面になったかと思うと、ててててっと扉の前まで小走りで向かう。
今か今かと待ちわびた様子のアーシャの前で、扉がゆっくりと開かれ――。
「やほー、ウチが帰ったでぇ!
お、アーちゃん。出迎えご苦労さん」
元気な声が響き渡る。
しかし、アーシャの反応は対象的で、直前までピンと立てられていた尻尾はしなしなと床に擦り付けられている。
「おねえちゃんだったの……」
「がーん。ちょ、ちょっとアーちゃん、ウチ若干傷つくんやけど、その反応」
「わーい、おねえちゃんなの……」
「めっちゃ雑やわ! ちょぉー、ラッくん聞いてぇなー。
おねーちゃん帰って来たんに、アーちゃんがさー」
「おねーちゃん、あぶないから、あっちいく」
「ラッくんまで辛辣!?」
帰って来たというのにアーシャからは雑な対応をされ、ラシュからも鳥類と同様の扱いを受け、アーニャは僕のそばでしおしおとへたってしまった。
傷心のウチを構え、という無言のアピールが、てしてしと床を打つ彼女の尻尾から発せられているので、仕方なく耳の裏側あたりを撫でてやる。
アーニャ自身はそれでもへたりこんだままだけれど、僕の指の動きに合わせて、彼女の耳はぴこぴこっと機敏に反応する。アーニャだけでなくアーシャもラシュも、耳の裏側あたりを撫でられると気持ちが良いらしく、そういうところも似ている姉弟だった。ラシュに至ってはそのまま寝ることもある。
撫でられたアーニャがゴロゴロと喉を鳴らし出したあたりで、扉からひょこっと顔を覗かせたのは、美しい絹のように艶やかな金の髪に、輝く蒼の瞳。シャロンだ。
「シャロンさまも、おかえりなさいなの……」
「ただいまです。
オスカーさーん、あなたのシャロンが戻りましたよ!
あら、なんでアーニャさんとアーシャさんと鳥さんがダレているのですか? 私も撫でてほしいです」
「うーん、アーニャにもそろそろ復帰してほしいんだけど。棚作りきっちゃいたいし。
――ああもう、わかった、わかったからそんな恨みがましい顔をしないでくれないか、シャロン。あとでしっかり撫でるから。
その代わり、先にお客さんをお通ししてくれないか」
僕の言葉に、ダレていたアーシャも、がばっと頭をもたげる。アーニャは相変わらずへしゃげていたし、らっぴーも熟睡の構えだったけれども。
「そうでした。
どうぞ、お入りください」
「それでは、お言葉に甘えまして」
「こんにちは。
あらあら。素敵なお店になりそうね」
シャロンに招き入れられた人物は二人。
ラルシュトーム = ヒンメル、通称『お人好し商人』と。
その妻、ソフィア = ヒンメルその人であった。




