僕らと賑やかな夕餉
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
感想やブックマークも励みになっております。
その後。
客間の窓硝子はヒビ割れてしまったので、リーズナル男爵の提案により食堂へと場所を移すこととなった。よい時間でもあるので、夕食をご馳走してくれるという。
ただ、壊したものをそのままにするのも座りが悪い。壊したのはシャロンだし、それも威圧によるもので、狙って壊したわけではない。しかし硝子に罪はないのだ。カップは直せそうになかったのだけれど、窓に嵌った硝子はくっつけておいた。
方法の提案はシャロンからだ。ビビ割れた硝子を補修すべく硝子面に沿って結界を展開、"炎熱"と"加圧"で硝子を溶かしてくっつける、というものである。
溶けた硝子は結界の面に沿って固まるため、見た目は元通りとなっている。強度も"全知"で視る限りは遜色なさそうだ。無論、今回は事を行う前に、ちゃんとリーズナル男爵に魔術行使の確認を取った――それでも衛兵がすっ飛んで来たが。
一連の工程を見ていたリーズナル男爵とダビッドからは乾いた笑いを浮かべていたり、絶句していたりという反応をいただいた。いつぞやのヒンメル氏の反応が去来するが、ヒトは驚きすぎると最早笑うしかなくなるらしい。もはや僕らの仕出かしたこと――蛮族討伐など諸々――の調査が済んでいるのならば、と無詠唱で全て片付けたのが良くなかったのかもしれない。
「ハウレルくん、いま、えっと。ええー……」
「父上、オスカーはいつもだいたいそんな感じです」
リーズナル男爵が素だ。素で驚いている。気さくで馴染みやすい貴族とはいえ、素の表情が出るのはそれなりに珍しいのではあるまいか。
――いや、そうでもないか? 初対面でも顔面蒼白だったようなイメージがある。表情豊かな貴族様であるのかもしれない。
アーニャたち、それにカイマンまでもが、それらの工程に関してはもはや見慣れたものだとでも言うかのように、特段取り立てての反応はない。彼ら及び僕は、こと魔術に対して少し感性が麻痺しているのかもしれなかった。アーシャやラシュに至っては、魔術は『こういうものだ』と認識していてもおかしくないくらいである。
良くなかったといえば、駆け付けた衛兵に、騒がせたお詫びも兼ねてお土産としてキシンタで買った海の魚を投げつけたのも、良くなかったかもしれない。
キシンタの市場の生簀で悠々と泳いでいたものを購入し、"倉庫"内に作った水槽に放り込んでいたものなので、まだ鮮度は高い。というよりまだ生きており、ビチビチと衛兵の腕の中で元気に跳ねていた。シュールだった。
魚が元気なのは、それもそのはずである。"倉庫"内時間ではまだ購入して魚を放り込んでから数分が経過したかどうかというくらいだと思われる。海の魚、それも生きているものなんて内陸部では滅多にお目に掛かれるようなものではない。ガムレルに帰ってくるまでの町や村でも、なかなかの値段で売れたものだった。
――大魔術"転移"の発動を感知した魔道具の報せを受け、屋敷内に残る全衛兵がなだれ込んできたのは、それから数十秒後のことであった。
――
さすが男爵家というだけあって、リーズナル家お抱えの料理人のレベルは相応に高い。
滅多に見ることがないであろう海の魚に対しても、その腕前は遺憾無く発揮されているようだった。
「ああ。この味は、なんとも懐かしい。妻が健在であればたいそう喜んだことだろう。
長男たちも、都合が合えばよかったのだが。妻だけでなく、息子たちも好きでね」
魚を口へ運び、しみじみと呟くリーズナル男爵の感想が、なんとも重い。
その目は若干据わっており、シャロンやダビッドに勧められるがまま葡萄酒を呷っていた弊害と思われる。
しんみりしてしまっているリーズナル男爵の相手をするのも少々、いやかなり気疲れするために誰かに押し付けたいところではあるのだけれど、こういう時にこそ役立ちそうな生贄はカイマンと楽しく談笑中である。
しかも、この場にあって面倒くさいのは彼だけではない。
「にゃあ〜なの!」
それが、アーシャだ。
シャロンにトイレまで連れて行ってもらっていたはずなのに、いつのまに戻ってきたのか。
彼女は満面の笑みで、僕にやたらとまとわりついてくる。
「おすかーさまぁー、楽しんでるぅなの〜、いえーいなの〜」
「誰だアーシャに飲ませたやつ……」
「なぁにぶつぶついってるのっ、楽しまないと損なの〜、うぇーいなの〜! な〜の〜!」
横合いからぐいぐい掴んで揺さぶられる僕。
普段のアーシャからは考えられないくらい力強く、それでいてとても楽しげな様子である。
猫人族は、魔力だけでなく、酒にも弱い種族なのだろうか。
いつの間にか、夕食の場はなんとも収拾のつかない状態になってしまっている。
どうして、こんなことに。
僕は食事の始まりを思い返す。アーシャに振り回されながら。
そうだ、空気が変になり始めたのは、最初に用意されていた酒類をシャロンやアーニャがペロりと飲み干してしまって以降だ。
新たにごろごろと運ばれてきた酒樽をリーズナル男爵が開けたあたりから、どんどん場の空気がおかしくなっていった気がする。
「おすかーさまにしゃろんさま、きょうもおたのしみなのっ?
アーシャもやるぅ〜なの〜!」
ぐいっと引っ張られた結果押し当てられるアーシャの身体。
頬擦りされるその頬は熱いくらいで、押し付けられるその肉体は、時折肋骨が当たって多少痛いのがさらに物悲しさを加速させてくる。
「アーシャさん。あんまりオスカーさんを困らせてはいけませんよ」
「なの〜」
そんなアーシャが、ひょいっと脇を抱えられるようにして持ち上げられる。
持ち上げたのは、同じく部屋に戻ってきたシャロンだ。
「アーシャさん、オスカーさんが魅力的なのはよぉーくわかります。
ですが、オスカーさんがご飯を食べにくいと思いますので、私の膝の上で良い子にしていてくださいね」
「アーシャいいこなの〜」
ごろごろと喉を鳴らしながら、椅子に腰掛けたシャロンの膝の上で丸くなるアーシャ。
そんなアーシャを片手で撫であやしながら、シャロンは空いた片手でグラスを傾け酒を呷る。彼女の手首を彩る金が、カチャリと小さな音を立てた。
可愛かった妻の話、息子たちが小さかった頃の話を続けていた――そして誰からも相手にされていなかった――リーズナル男爵がこちらに話を向けて来たのはそんな折である。曰く。
「ときにハウレルくん、結婚式を挙げる予定はないのかね」
ガタタッ ガコッ
「ひゃあ」
「ぎにゃあ」
「おねーちゃん、おちつく。すわる」
響いた音に、続く音はふたつ。
片方は、立ち上がりかけたシャロンの膝から転がり落ちたアーシャがテーブル下に入り込んだ音。
もう一つは、同じく立ち上がろうとしたアーニャがテーブルに足をぶつけてのたうつ音である。
膝を押さえながら、ラシュに促されて再び着席するアーニャは涙目である。
「現代にも、結婚式という制度があるのですね」
「ああ。あるとも。
不思議な言い方をするのだね、ハウレル夫人は。
そちらの、アーニャくんも興味ありかな?」
「えぅ、えと、ウチはその。
にゃっはは、そんなんウチには似合わんからなぁ!」
手をパタパタと振って何でもなさそうに言うアーニャ。
しかしその態度とは裏腹に、その耳も尻尾も、くたーっと力なく垂れ下がっている。実にわかりやすい。
「ぼく、しってる。おねーちゃん、姉上様とかシャーねーちゃんのふりふりしたお服、うらやま」
「わー、わー!
何言うてんのラッくんはもう、ほらお魚あげるからな、よー噛んで食べ?」
「たべる」
いともたやすく買収されるラシュ。
買収を仕掛けた側の姉は赤い顔でそっぽを向いてしまった。その赤さは決して酒によるものだけではあるまい。
「アーシャも知ってるの」
テーブルの下からぬっと這い出てきたアーシャが、再びシャロンの膝によじ登りながら追撃する。
「おねえちゃんはアーシャのお服、着ようとして、おっぱいが引っかかってたの」
「んにゃっ!? アーちゃんまで、いつ見とったん!?」
シラを切れば良いのに、墓穴を掘ってしまうアーニャ。
アーシャは自らの胸元を見下ろし、ぺたぺたと触ったあとに深くため息をつき、そのままシャロンの膝の上で再び丸くなった。
「ちょぉお、アーちゃん!
あああもぅ、恥ずいわもう! もう!」
アーニャは憮然とした表情でぷくーっと膨れてしまった。
そういえば、二人で買い物をした折にも町娘の着るような可愛い服に興味を惹かれていたっけ。
「やっぱりアーニャも可愛い服に興味があったんだなぁ」
「むぅ。カーくんまで、そういうこと言うやろー」
「はは、ごめんごめん」
「そんなん、好いた男の前で可愛い格好したいのなんて、普通やろ……」
依然として、ぷぅーっとふくれっ面なアーニャ。
小さく溢したその後のぼそっとした言葉もしっかり聞き取れてしまい、思わぬ不意打ちを受けた僕まで赤面してしまう。このところ、以前のシャロンのように、アーニャからもそういったあけすけな好意の目線で見られていることに、僕は一応気づいてはいた。難聴っぽく振る舞うにも限度というものがあるのだ。
そんな僕らの様子に、はぐはぐと魚を食べるラシュの隣からカイマンが茶々を入れてくる。
「いやはや。美女に囲まれるだけでなく、その全員から好かれるだなんて。
なんとも羨ましいものだね、我が友は」
「ぼくも、あにうえさま好きだよ。あねうえさまも好き。
お菓子のにーちゃんは?」
「ああ、もちろん好きだとも。
彼らは私にとって、友人である上に恩人でもある。
――ラシュくんは、他にも好きなのがあるかい」
カイマンの揶揄に果敢にも(?)食いついたラシュは、そんなカイマンの返答を聞いて尻尾をわっさわっさとさせている。
猫人族というより、なんだか犬っぽい仕草だ。
普通に受け答えをしているが、カイマンという名は猫人三姉弟にとって覚えにくい名前なのだろうか。
ラシュは少し考え込むと、自らの頭の上で丸くなっているらっぴーをこしょこしょとくすぐり、にぱっと笑った。
「ええっとね。
おねーちゃんも、シャーねーちゃんも、みんなすき。らっぴーもすき」
「ピェーピェー」
「あと、おさかなも、すき」
それまで、耳だけはぴこぴこと反応していたがふくれっ面のままだったアーニャが「ひぅっ」と息を飲んだ。
「カーくん、無理、ウチの弟かわいすぎる」
「お、おう。よかったな」
収拾がつかない、どころではない。
どんどん混迷さを増して、いまや食卓の風景はぐだぐだである。
「リーズナル男爵、結婚式の話は、またいずれ。
――シャロン、ちょっとそこのバルコニーで夜風に当たってくるよ。皆をよろしく」
「はい。任されました」
少し、僕も頭を冷やすとしよう。付いてこようと席を立ちかけたシャロンを押しとどめ、皆の様子を見ておいてもらうことにする。
皆の好意に当てられて、火照った頬を隠すように。僕はスルリと窓の外へと抜け出した。
――
見下ろす庭園は暗く澄み渡り、窓の内側からの蝋燭の灯に照らされて、夜特有の美しさを表現していた。
さらに遠くには町の灯が、ちらちらと煌めいている。
寒空にほぅと吐いた息は、白く。暖かさを一瞬だけその場に提供し、夜の闇に溶けていく。
部屋の内側からは、まだアーニャがからかわれているらしく、楽しげににゃーにゃー言う声が響いていた。
キィ、という窓を開く微かな音に振り向くと、一人の男がこちらに向かって歩いてくるところだった。
ダビッド = ローヴィス。白々しくも胡散臭い、ロンデウッド元男爵の元に潜入して悪事の片棒を担いでいた男。
「今の私は丸腰であるのだし、腹を割って話そうではないか。
そう露骨に警戒しないでくれたまえ、自らの生業上仕方ないが、多少傷つきはするのだから」
「そりゃいい、もっとビビってやろうか」
このおっさんが腹を割ってなんて言うと、物理的に腹をかっさばかれそうであり、冗談にもならない。
「まあそう言わず。
酔ったオジサンのたわ言の相手をしてくれたまえよ」
すっごくやだなぁ、という顔をしてやると、苦笑いが返ってきた。
「好きに独り言でも呟けばいいんじゃないの」
「はは、手厳しいね。
独り言か。まあ。それも良いかもしれん」
ダビッドは手摺にもたれ掛かると、長く息を吐き出した。
白い息が、夜空に溶けて消えていく。
ほんのりと頬が赤くなっている気がしないでもないし、"全知"で視ると血中アルコール濃度とやらが高まっているので酔っているのは嘘ではないらしい。
なんだ、血中アルコール濃度って。
《飲酒による血液中のアルコール量の変化、その濃度の指数。時間経過で減少。治癒魔術で回復不可。浄化魔術で回復可能》
お、おぅ。
「先日、子どもが産まれてね」
「ああ? そりゃオメデトウ」
突然なんの話だ。
僕が"全知"と脳内でのやりとりを繰り広げていると、ダビッドはこちらの状況をお構いなしに、マイペースに話し始めた。
「ありがとう。とはいえ、私の子どもではないのだがね。
そもそも私は独身だし」
本当に、突然何の話をしはじめるのだ、このオジサンは。
ダビッドの身の上はぶっちゃけどうでも良いのであるが、酔っぱらいは対応を間違えると面倒くさいということはわかっている。
この男が酔っているというのもにわかには信用出来ないのだけれど、対応が面倒になるのは避けたい僕だった。
「私は、長い間――幼少の砌から、ある一人の女性のことを想っていた。
珍しくもない、いわゆる身分違いの恋というやつでね」
「その話、長くなるのか?」
「いいや。若者の時間を長くは取らせないとも。ただ、いましばらくは聞きたまえよ」
顎髭を撫で付け、苦笑交じりにダビッドは続ける。
「その女性は、政局に敗れて犯罪奴隷という烙印を押された夫婦に生まれた娘だった。
単に、その奴隷一家の持ち主と、ローヴィス家が懇意だったという、それだけの間柄だったのだけれどね。
いつの頃からか、私は彼女を想うようになっていた。
元貴族であった親は、奴隷としての重労働には長く耐えられず、身体を壊したし、奴隷の娘もまた奴隷。
彼女はいつも飢えていたし、そんな彼女を買い取れるように、私も遮二無二働いて、出世してきた」
吐き出す息は、ただただ白く。
脈絡のない、酔っ払いのオジサンの自分語りは、ただただ物悲しい。
「それなのに」
ダビッドは、一度言葉を切り、僕を正面から見据える。
いつものような飄々とした視線ではない。
真剣な、見るものすべてを切り捨てる、といった張り詰めた視線でもない。
そこにあるのは、ただ、なにごとかに疲れたような。それでいて、どこか満足そうな。
そんな、壮年の視線だった。
「それなのに。私がここ数年やっていたのは。
大事の前の小事と自らを誤魔化し、鼓舞し。無辜の民草を奴隷に落とす外道の補助だった。
この仕事を無事に終えて、名声と金を手に入れれば。胸を張って彼女を迎えに行けると、そう誤魔化して」
その間に彼女は、支えてくれる者と出会い、子まで設けているなどということすら知らずにね。
深いため息をも白に変換し、夜風は優しく冷たく、平等に泣き言までをもかき消して宵闇に溶かし込んでいく。
「きみは、こんな大人を愚かと笑うかもしれないね。
きみが警戒する男は、残念ながら今となってはただの疲れ果てたオジサンさ」
それを受けた僕は、なんと返すべきなのか。
酔っ払いの戯言と切って捨てるのでもいい。
慰めの言葉を口にしてもいい。
彼の望む通り、馬鹿にしてやるのも一興だろう。
「まあ。そんなもんなんだろう。人生、先に何があるかなんて、わかったもんじゃないんだから」
「その割に、君は随分と迷いなく事を進めるのだね。
だからこそ私は、きみを未来予知の神名、"夢見"保持者だと疑っているのだが」
応じるダビッドの声は腑抜けきったオジサンのままだが、その視線には一筋、剣呑な輝きが戻る。
やはり、どこまでいってもこの男は仕事人なのだろう。僕は苦笑をもって応じる。
その"夢見"持ちにしたって、長きにわたって監禁生活を送るなど、完璧とは言い難い能力のようだけれど。
「迷ってばっかりだよ、僕も。
あんたのほうこそ、過大評価をしすぎだ。
じゃあ僕も最近の失敗談をひとつ晒すとしようか。酒が入ってるってことで何言っても大目に見ろよ」
「正直、惚気話は傷心の私には効くから、その手の話はご遠慮願いたいね」
「そんなつもりはなかったが、ダメージが与えられるならそっちのほうがいいのかもな。
ま、いいや。そう楽しい話じゃねぇよ。僕が一般人を斬ろうとして、断念した。それだけの話だからな」
母と同じ名を持つ女。
憎い仇の娘。
子供を庇い、あの場での圧倒的強者だった僕に立ち向かい、そして微笑んだ女。
「――僕の両親は、"紅き鉄の団"に殺された。僕も死にかけた。
もしかしたら、あんたも関わってるかもな」
バツの悪そうな表情をするダビッドに、僕は淡々と話し始める。
そんな表情もできるのだな、と思わないでもないけれど、ポーズかもしれないのであまり気にはしない。
「仕返しとして、やつらを滅ぼした。
やつらがやったように。やろうとしたように。
やつらの頭領の目の前で、その娘と孫を"召喚"して、斬ろうとした」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、"召喚"だって?
先ほどの"転移"もそうだが、そんな大魔術をぽんぽんと――いや、すまない。
きみは山を切り飛ばして武器にするような男なのだった。続けてくれたまえ」
酔いが少し飛んでしまったのか、ダビッドが素っ頓狂な声をあげる。
しかし、追求しても無駄だと思ったのか、途中でひらひらと手を振って、投げやりに再び手すりにもたれ掛かるのだった。
「続けろも何も、それで話は終わりだけどな。
仇の娘ってだけで、一般人を斬ろうとして、友人に止められて。
それでなんとか人間性を保っていられただけなんだよ、僕は。
迷いなく事を進めているわけじゃ、断じてない。迷っている暇が、単になかっただけだよ」
並んで手すりにもたれ掛かり、はーっと白い息を吐き出す男二人。
傍から見ると仲良しに見えるのかもしれないが、それは迷惑な勘違いである。
「カイマン卿はおろか、当人からも、そのような話は上がっていない。
もし本当だったとしても、なんら罪に問われることもないが。
酔っ払った君の戯言として、処理させてもらうとしよう」
「好きにしてくれ」
「戯言ついでに、私からもひとつ。きみに、感謝を」
「ああん!?」
驚いて、変な声が出た。
まるでガラの悪い輩のようだ。
「なんだか、柄にもなく。嬉しくてね。
君たちが獣人たちとも、確かな絆を築いているようで」
「うるせぇよ人間。
他所様にとっては獣人で奴隷に見えたとしても、アーニャにアーシャにラシュは僕らの家族だって決めたんだ」
「結構。私にはできなかったが、きみなら幸せな家庭とやらが作れるかもしれないな。
なにせ、作るのが得意なのだろう。彼女たちの居場所も作れるだろうさ。
店も出すという話だったしね」
「なんだ、聞いてたのか」
店の話は、まだ夕食が混沌となる前、リーズナル男爵と話していたのだった。
今後の話を振られたので、どこか郊外にでも店を開こうかと思っていると述べたところ、是非ガムレルの町で開店してくれと懇願されたのである。
なんなら物件の手配までする、という男爵の剣幕に圧されて了承を伝えたのであるが、単なる酒の席での与太話……では済まない気がする。
その証左に、そのあとリーズナル男爵は執事風の人に何かしらの指示を出していたし。直後に運ばれてきた樽一杯の葡萄酒で、話は曖昧に流れ流れて場が混沌と化していったのだけれど。
「食事の場、とくに酒宴ともなれば情報の宝庫である。
聞いていないはずがないな」
「ああそう。そういうやつだったな、あんたは。
それじゃ、今はいいのか? こんなところで無駄話をして、情報の宝庫が泣いてるぞ」
ちくっと皮肉ってやると、ダビッドは肩を竦める仕草を返してきた。
「君との語らいに、それだけの価値を見出しただけのこと。
――とはいえ、さすがに寒さが堪える季節になってきた。
どうだね、戻って一杯」
「仕方ないな……酔っ払いのオジサンを放置するのも、後が面倒だしな」
頬をぽりぽりと掻きながら、最後にひとつため息を残す。白い息は、やはり数瞬で夜に溶かされていった。
幾分、赤くなった頬も冷めたであろう。
「あー、カーくんやっと戻ってきた!
シャロちゃんったらアーちゃんだけじゃなくラッくんまで手篭めにしとんねんで!」
「ちょっとアーニャさん。人聞きの悪いことを言わないでください。
そんな印象操作をしたところで、オスカーさんから私への愛は揺るがないと言っておきましょう」
「どうした、オスカー。ローヴィスさんも、何か嬉しそうに見えますが」
「いやなに。若者に少々絡んで元気をもらっただけだよ」
フッと笑みを浮かべるダビッドが、僕に盃を渡してくる。
「オスカーさん、絡むなら私とにしましょう。むしろ絡みあいましょう!」
「アーシャもやるなの〜」
シャロンの膝にじゃれつきながら、アーシャも尻尾でぱたぱたと応じる。
こちらからはテーブルの下にあるその顏は見えなかったが、どうもラシュとアーシャふたりでシャロンの膝を占領しているらしい。
そんな彼女らの様子に、いつのまにか、僕も笑顔になっていた。
「リーズナル男爵も、いかがですかな」
「ああ、いただこう」
アーシャとラシュを除いた全員に酒を満たした盃が行き渡ると、ダビッドが厳かに音頭を取る。
ちなみにアーシャも飲みたがったが、起き上がる気力はなかったようだ。
「ハウレル一家の商売繁盛を祈願しまして」
ダビッドが杯を掲げると、それぞれ皆同じようにそれに倣い、思い思いのタイミングで中身を呷る。
僕も、その赤紫色をした液体を、ぐいっと喉に流し込む。――なんだか、苦い味がした。




