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僕と彼女ともつれる折衝

 ようやく席についた僕ら――アーニャもカイマンとともに端のテーブルの方へついていったため、僕とシャロンとリーズナル男爵だ――を、ダビッドは大仰な動作で一度見渡すと、ゆっくりとした動作で指を組んで話し始めた。


「リーズナル卿には概要をすでにお話しておりますので、繰り返しとなる部分もありますが」


 よく通る、白々しくも胡散臭い声だ。

 これで、ロンデウッドの後ろに控えていたときにはオドオドとした姿勢を崩さなかったのだから、大した役者である。転職した方がいいんじゃないだろうか。


「まずは、ご報告ですな。

 ハーディール = オード = ロンデウッド元男爵は、オードの名と男爵位を剥奪され、死刑囚となりました。

 想定以上に腐敗の根が広かったために、背後関係を洗い出すまでは生かされたままとなりましょうが、奴が表に出てくることは、もうないでしょう」


 ロンデウッド男爵――アーシャいわく『こわいでぶ』――が、罵詈雑言を撒き散らしながら衛兵に捕縛される顛末までは、"板"越しに実際に聞いて知っていた。

 今回、こうして実際に関係者の口から語られたことで、問題はなくなったと断定して良いだろう。

 ダビッドが実は二重スパイであり、ロンデウッド男爵を捕えたと一芝居打っている可能性も無いではないけれど、その場合は事の次第を王都にまで確かめる権限を持つであろう、リーズナル男爵にも通知する合理性に欠ける。

 僕がそこまで考えることまで見越してのブラフかもしれないが、そんなところまで気にしだすともはやキリがない。"全知"から齎される情報にも偽りは視えないので、ひとまずは真実と考えても良いと思う。

 そしてもし万が一、この件で僕らに再び害があるのであれば、前もってロンデウッドに宣言した通りに次は容赦しないつもりであるし。


「質問をしてもいいかね」


「なんなりと」


 リーズナル男爵の控え目な声掛けに、またも大仰に応じるダビッド。

 この場では一番身分が上なのだから、男爵はもう少し威厳を持っていても良さそうなものなのだけれど。


「男爵家まとめてお家取り潰しとなると、その家に連なる者はどうなるのかな。

 ロンデウッド家はそれなりに太い家だと記憶しているが」


 まあ確かに、太かったな。色々と。


 きっと、リーズナル男爵は質問せずとも、その顛末がどうなるのかはわかっている。

 "全知"には男爵の、その予測結果も視えているためだ。

 それでも質問をするのは、この場で明言してもらうためと、僕らへの説明を兼ねてのことなのだろう。


「旧ロンデウッド家に連なる者は、その悪事への加担具合に応じてハーディール = ロンデウッドと同様に死罪となるか、もしくは犯罪奴隷として一生を終えることとなりましょうな。

 すでに嫁いでいる者に対しても捜査の手は及んでおりますし、それだけの悪逆であり非道であった、とご理解ください」


 他家に取り入ることで腐敗の根を広げていた部分もあろうし、そういった検証が必要なのだろう。僕が意図していたよりもかなり物事が大きく動いているように思えるけれど、こちらの目的はすでにアーシャ、ラシュの奪還という成果をもって達しているのだ。


 僕らが行動を起こしたために、関連する者たちが不幸になった、と考えられなくはない。

 しかし、それは元を(ただ)せばロンデウッド家自身の問題であり、僕らが責や罪悪感を問われるものではない。

 表向きには、僕は奴から獣人を二人買っただけの相手であるはずだし、それで逆恨みをされたところで迷惑なだけである。


「本件に関するハウレル家御一行の活躍と、その後援関係にあるリーズナル家に関しては、王都でも一部のものしか知り得ませぬ。

 そのため、旧ロンデウッド家に連なる者からの、不当な仇討(あだう)ちに遭う可能性も、ほとんど無いと考えて良いでしょう。

 もっとも、その分正当な名声や栄誉を得られない、ということにもなりますが」


「僕は別に構わないさ、それで。

 もともと、アーニャの妹弟を助けに行ったついでに、けじめを着けさせただけだ」


 僕が返事をかえすと、僕の隣でシャロンもにこりと頷いた。


「ハウレルくんがそう言うのであれば、当家としてもなんら異存はない」


 リーズナル男爵も、僕の言葉のあとに鷹揚に頷く。

 そもそもリーズナル家が僕らの後ろ盾となってくれていた、というのは初耳であったのだけれど。

 てっきり身元を保証する手紙を一筆したためてくれただけ――それでも十分なことだが――だと思っていた。


「そのほかに、ご不明点はおありですかな」


「あのあたり、カランザの一帯はロンデウッド元男爵の統治下だったんだよな。あんまり治安も良くなかったけど。

 そのへん、今後はどうなるんだ?」


 ダビッドが質問を促してきたので、少し疑問に思ったことを聞いてみる。

 あの町は、領主があんなのだったからなのか、元々の気風かはわからないが、あまり治安の良い町ではなかった。スリ等の諍いもそこかしこで起きていたみたいだし、アーニャたちにとってはなおのことだ。

 大きめの町ならどこでもあんなものなのか、というとそうでもなかったし。港町であるキシンタは大きな都市を形成していたけれど、人の多さのわりに揉め事は少なかったようであった。


 ダビッドは僕の問いを受けて、ふぅむと唸るとゆっくりと指を組み替えた。


「カランザ周辺はタハラン子爵が統治権を一時預かることとなります」


 答えられても、サッパリであった。


 よく考えてみれば、僕には貴族の知り合いなどほとんど居ないのだから、当たり前の話である。

 しかし、リーズナル男爵にとってはそうでもなかったようである。


「なるほど。

 第三王子派の喜びそうなことだ」


「いえいえ、政局とは無縁の采配ですよ。

 このたびは恐れ多くも私の功績を過分にお認めいただいたため、後任には(かね)てより懇意にしていただいたタハラン子爵を推挙させていただいただけのことでございます」


「そうかね、ははは」


「そうですとも。ふふふ」


 大人たちには、大人たちにしかわからないしがらみとか、闘争とかがあるらしかった。

 知ったことではないのだけれど。


「えへへ」


 彼らの興味が僕らから一時的に逸れたからだろう。

 シャロンは嬉しそうに、(かたわら)にいる僕の左手をにぎにぎしている。


 他の人たちが喋っていると、シャロンは周囲の警戒をメインの行動とし、話を振られない限りは自身が口を挟むことはあまりない。

 その性質は変わっていないものの、最近はたまにこうして可愛らしいちょっかいを出してくるようになった。


 空いている右手で、彼女の金の髪をひとすくい指でくぐらせると、上質な絹のようなさらさらした手触りで指の間をするっと滑り落ちていく。

 それにあわせてくすぐったそうに目を細めるシャロンに――。


「ん、んん"っ……」


「やあ失敬。他にご質問はおありですかな」


 何か物言いたげなリーズナル男爵とダビッドに会話に引き戻された。

 とはいえ、僕にはもう特に質問などはないのだけれど。


「――では話を続けるとしましょうか。若者たちを退屈させてもいけませんからな」


 僕やシャロンはどうぞお構いなく、といった心境なのだけれどそうも言っていられないのであろう。

 端っこのテーブルのほうでは、アーニャやラシュの歓声やら笑い声が時折弾けており、あちらのほうが随分と楽しそうである。


 はぁ。

 僕は短く嘆息すると、ダビッドのほうに向き直る。


「その後の調べで、君たちが旧ロンデウッド邸へ持参した首は件の蛮族のものであるという確認が、確かに取れています。

 また、にわかには信じがたいことですが、アー。やつらの根城(アジト)と思しき跡地が――何と言ったかな、『側の山を崩して埋め立てたような有様』だという報告が上がってきています。

 リーズナル卿のご子息、カイマン卿との証言とも一致するため、そちらの、アー。討伐、ないし殲滅も、リーズナル家並びにハウレル家御一行の活躍によるものとほぼ断定されています。

 あまりの魔力の残滓に()てられて、"追憶"術師が何人も倒れる羽目になっていてね。まだ確定ではないのですが」


「その"追憶"術師っていうのは?」


「現場に残された魔力をもとに、どんな規模でどんな魔術が使われたのかを辿る専門の魔術師のことだね。

 昔、魔術師の犯罪が多かった時代にはもっと人数が居たというけれど、オスカーくんは聞くのが初めてかな」


 なるほど、確かに魔術戦であればやったもん勝ち、というのでは安定した文化圏が成り立つまい。

 それに対抗するための魔術が編み出されていてもおかしくはない。


 僕がその存在を聞いたのはたしかに初めてのことだが、魔術師による犯罪を抑止するためにはその存在をもっと広く周知すべきなのではないだろうか。

 それとも習得難度がそれほど高いもので、成り手が少ないために伏せておいたほうが効果的に運用できるものなのだろうか。

 となると、それを僕に今報せたのは釘をさしにきたと考えれば良いのだろうか。『下手なことをすればバレるからな』と。

 ダビッドが発言すると、なんでもかんでも胡散臭く聞こえる。


「初めて聞いた、けど使えると便利かもな」


 試してみるか。

 ダビッドはどうも"追憶"の原理や仕組みを知っているようで、"全知"を通して僕に伝わった情報があれば、再現を試みることができそうである。


 まずは、"追憶"で捜査するための何らかの魔術を先に発動しておかねばなるまい。

 "閃光"あたりにしておくか、光るだけで無害だし。

 ――しかし。


「オスカーさん」


 無詠唱でぴぴっと"閃光"を作ろうとしていた僕を、シャロンがくいくいっと僕の袖口を引っ張って止めた。

 シャロンが僕の行動を静観しないのは、かなり珍しいことだ。なにごとだろう、と少し辺りを見渡してみて、怪訝な表情を浮かべているダビッドと目が合った。


 そういえば、ここは貴族のお屋敷であり。

 目の前に居るのは、敵対していないというだけで味方というわけでもない、それなりに力のあるであろう人物だった。

 僕には敵対の意図など全くなくとも、突然魔術を発動した場合に友好的な解釈をしてくれるかどうかと考えると、わりと無理筋かもしれない。


「すまない、シャロン。ありがとう」


「いえ。お役に立てて幸いです。

 そのかわり、といいますか――」


 シャロンに止められなければ、そのままやらかしていたであろう。礼を述べると、シャロンは自らの唇に小指を触れさせる仕草をして、少し俯いた。その頬はほんのり赤く染まっているように見える。

 その仕草(サイン)の意味するところは『今日の宿は二部屋とってくださいませんか』であり。

 僕は、自分の顔が一瞬で赤面するのを感じて――。


「んん。んん"っ……」


「あああぁ! えっと、失礼しました。

 えっと。ええっと。なんだっけ。そう、"追憶"で僕らの足取りがどうとか、だっけ」


 リーズナル男爵の、なんとも言えない咳払いのような音でようやく我に返る僕。

 ダビッドのこちらを見る目も、なんとなく残念な者を見る目になっているような気がせんでもない。


「ええ、まあ。50人から成る、傭兵集団ほどの練度のある蛮族を討伐した功績の認定の話です」


「シャロン、正確には何人だったっけ」


「はい。蛮族は後から"召喚"された者を含めて64名、魔物8頭、奴隷6名でした。

 なお奴隷とは戦闘になっておらず、会敵時点で生存していた6名全員、戦闘終了後に生存を確認しています」


「だ、そうだ。

 ボスっぽいのと奴隷以外はほぼ埋め立てたから、わかりにくいかもしれないけど」


 僕らのやりとりを受けて、ダビッドは自らの顎髭のあたりを撫でる仕草をする。

 その目線は油断なく僕らを見ているようで、しかし口元は何が面白いのか笑みさえ浮かんでいるように見える。


「つまり――オスカーくんは蛮族以外の者に危害を加えぬよう、事を為したということかな」


「結果的には、そうなるな」


 あとから"召喚"した2名の一般人は、僕が自分から巻き込んで、カイマンに救われたのだけれど。



「君の、アー。魔術による攻撃に対抗できるだけの結界がいくつか張られていた形跡があった。

 あれは君自身がやったものだったのだな。

 あの場に規格外の魔術師が複数存在していたとするよりも、規格外すぎる魔術師が1人いただけと考えたほうが、まだ納得感があるような気がするよ」


 目頭のあたりを軽く揉み込む動作をしながら、ダビッドは大きく息を吐き出す。

 いまの言葉は驚きが半分、残り半分は皮肉だろう。


「カイマン卿により保護された、生存者たちの証言にも食い違いはない。とはいえ、轟音とともに山が降り注いだことと、見えない力によって守られていたということくらいのものだが。

 この件については、リーズナル家とハウレル家の功績ということで全面的に認定されることとなるでしょうな。

 なにかご質問は?」


「質問、というわけではないがね」


 次におもむろに口を開いたのはリーズナル男爵だ。


「今回の蛮族討伐に、リーズナル家は無関係である。

 事の次第、その責任、功績に至るまで、当家内で関連があるのは我が不肖の息子のみだと言わせていただこう」


「リーズナル家としての討伐発令ではない、とおっしゃるのですか?

 恐れながら申し上げますが。それを公の事とする得があるとは思えません」


 ダビッドの疑問というか苦言というかその意見も、もっともなものだ。

 もはや"紅き鉄の団"討伐作戦は、失敗の可能性のある作戦発令ではない。すでに成功という結果が出ている出来事でしかない。


 そのため、リーズナル家の手柄としてしまえば、リスクなく名声を上げることも出来るのだ。

 カイマンが討伐作戦を起こしたことは事実なのだし、僕らだけの力では、あの時点では奴らに辿り着けなかっただろう。素直に認めるのもむず痒いものがあるが、カイマンの働きは十分なものだったと言える。戦闘っぽいことは、ほとんどしてはいないけれど。


愚息(あれ)は自身の判断で、ハウレルくん、および僅かな仲間とともに事を成したのだ。

 責任を負うことも助力もすることもなく、名声だけを手に入れるような真似が、どうして出来ようか」


 リーズナル男爵ははっきりと言い切ると、一度言葉を切った。

 その目は、僕らの後ろのほうで猫人三姉弟の相手をしている息子(カイマン)に向けられているのだろう。


「リーズナル家に連なる者として、あれの行動は軽卒であった。それは確かだが、すでにその責めも負わせた後である。

 栄誉を受ける権利があるのは、等しく責任(リスク)を持った者たちのみであるべきだ」


「――承知いたしました。

 おそらく代表者を王宮にお招きすることになると思いますが、その時はカイマン卿を推挙することといたしましょう。

 ――オスカーくん、シャロンくんも。本来、君たちがその栄誉を受けるべきだ、という思いがあるのではないかな?」


「いや、僕はべつにいいや」


 面倒だし、好き好んで王都にまで行きたいとも思わない。行きたくなれば勝手に行くし。

 そういう名声だとか何とかは貴族が受けたほうが、有効活用できるだろう。


 それに、可愛すぎる僕の嫁をあまりに大舞台に連れ出してしまうと、有力者に惚れられてしまわないとも限らない。

 もし万が一、王族と対立するようなことになっても僕とシャロンであればどうにかできる気はするけれど、平穏な生活はしづらくなるだろう。そんなリスクを負う気は毛頭ない。面倒くささだけがあって得がない。


「オスカーさんに異論がなければ、私にあろうはずもありません。

 それに、お偉方の子女にオスカーさんが惚れられでもしたら、面倒くさいことこの上ないですし」


 シャロンも似たようなことを考えていたようである。似た者夫婦というやつかもしれない。そういえばヒンメル夫妻も、どこかしら価値観や考え方というものは似ていた気がする。円満な夫婦生活を続ける上で、価値観や感じ方が近いというのは有用な資質なのかもしれないな。


 そんな益体のないことを考えている僕の内実を知ってか知らずか、再び目頭を押さえるような仕草をして深くため息をつくダビッド。どうした、疲れてるのか。


「アー。無欲なことで、なによりだよ。

 ぶっちゃけた話をするとね、君は危険すぎるのだ」


「僕、わるい魔術師じゃないよ」


「君自身の性質が問題ではなく、より具体的にはその力が危険すぎるということだね。

 それこそ、やろうと思えば王宮の者全てを抵抗する間もなく殺害することすら可能だろう」


 そりゃまあ、山を使って蛮族のアジトを埋め立てた現場を目の当たりにしたのだろうから、当然出て来る懸念であろう。


「やるかどうかが問題じゃなく、できることが問題。そういうことだな」


「その通りだ」


 僕が応じると、ダビッドも鷹揚に頷く。


「さらにぶっちゃけるとだね、そんな力を持つ者は暗殺してしまえという過激な一派も――いや、私ではない。私だったらそんなことは言わない、だからシャロンくん、威圧を、――あの、だね、さすがに私でも、これは」


 ダビッドの隣では心臓のあたりを押さえて蒼白な表情になってしまっているリーズナル男爵が口をパクパクさせており、どうも呼吸ができていないらしい。

 部屋の外では人の倒れる音が断続的に続いて聞こえて来るし、この部屋は部屋で窓にはビシリとヒビが入り、らっぴーが騒いで飛び回る阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「シャロン、すとっぷ」


 怒りに燃えるその金の少女の頭をぽんと一撫ですると、その瞬間にフッと重圧が消える。


 それと同時に、中腰で動けずにいたダビッドや、呼吸ができずにいたリーズナル男爵がどさっと再び椅子に深く腰を沈め、情けない声を上げてらっぴーが床に墜落した。


「ピェ……ぴぇぇ……」


 いまのシャロンの威圧は、今までのものとは違い物理的な圧力を持っていたように感じられたし、実際にカップは割れ、窓硝子にも大きなヒビが刻まれている。

 威圧に魔力を乗せて、より効力を増しているのだろう。これを突き詰めると、なかなか便利な魔術が作れそうである。


「すみません。少々イラついてしまいました、はしたなかったです」


「い、いや。いやいや。わ、私の物言いが、軽卒でございました。

 この通り、こちらに敵意は、ない、いえ、あろうはずもございません」


 真正面から怒気を当てられたダビッドは軽い混乱状態にあるらしい。

 近衛隊隊長ということで荒くれ相手に切ったはったの活躍をしているであろうに、それを推してもなお耐え得るような威圧(もの)ではなかった、ということか。

 つっかえつっかえながら言葉を紬ぎ、腰に帯びていた儀礼用と思われる剣すら遠くに放り投げてしまった。


「シャロちゃん、怒っとる……? 大丈夫?

 クッキー食べ、ほら。あーんって」


 おっかなびっくりしながらも、端っこのテーブルからやってきたアーニャが、シャロンの小さな口にクッキーを押し込む。なかなかに剛胆なのかもしれない。初対面時にはもっと緩い威圧相手に腰を抜かしていたというのに。


「ほい、カーくんも。

 美味(うま)いで。ほら、あーん」


 かと思うと、僕の口にもクッキーを押し込んで、アーニャは元いた位置に戻って行った。

 後にはもぐもぐと咀嚼する僕とシャロン、割れたカップと茶で濡れたテーブルを挟んで、ようやく息をつくリーズナル男爵と、ダビッドが残される。


「えーっと、なんだ。

 その暗殺の話を出すということは、何かしらまだあるんだろう。

 持って回った言い方はナシだ、全ての窓硝子が割れたとあっては寒くてかなわないし」


 僕が続きを促すと、ダビッドは疲れた様子で深く、そりゃもう深く息を吐いた。


「いや、なんだ。そういう過激な一派を刺激しないためにも、王への面通りを遠慮願い――ご遠慮いただきたいのです。

 君たちを敵に回したい者など居ようはずもありません。それにもし下手なことをして"魔王"の軍門にでも下られでもしたら目も当てられませんからな」


「まあ、もともと王都に行く予定はないし。

 いいんじゃないか、カイマンならそのへん上手いことやるだろ」


 怯えるアーシャやラシュをアーニャとともに宥めたり、とぼとぼとラシュの方まで戻って行っていた、らっぴーをラシュの頭に乗せ直したりと、忙しそうにしている友人(カイマン)を見やる。ちょうど目が合ったところ、片目を瞑ってウィンクを飛ばされた。ちょっと嫌だなぁ、みたいな表情で迎え撃つこととする。


 当人が話に参加しないままに王への面通りが決められたわけであるが、実際のところカイマンなら無難に役割をこなすであろう。そんなカイマンへの信頼2割、自身の面倒臭さ8割くらいの心境の僕だった。

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