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僕らの帰還

 日が暮れる頃になってようやく、僕らはガムレルの町、その東門を潜っていた。

 この町に戻ってくるのも、20日とちょっとぶり、ということになるだろうか。


 本来であれば、もっとゆっくりと各地を周りつつ戻ってくるつもりであったのだけれど、海辺の都市キシンタの冒険者組合を通してリーズナル男爵からの帰還要請――半ば懇願とも言える――のメッセージを受け取ってしまったため、あまり寄り道をせずに僕らはこうしてガムレルまで戻って来ていた。


 もっとも、あまり寄り道をしなかったというのは、『僕らとしては』という但し書きを付けねばなるまい。

 実際はちょくちょく町に寄ってキシンタで"倉庫"に大量に詰め込んだ魚や塩を売ったり、洞窟に寄って希少な鉱石を採掘してみたり、蟲型の魔物に占拠されていた村を救ったり、温泉に立ち寄ってみたり、花畑でのピクニックに一日を費やしたり、などなど。うん、他にもなにかしらいろいろと。


 そんなこんなで。ようやくガムレルに帰り着いた僕らは、門番にリーズナル男爵の封蝋付きの書状を見せると、税関審査等もなく門を通されたのだった。

 そればかりか、慌ただしく馬を駈る兵が男爵邸のほうへと向かっていったのも目撃した。結構しっかりと待たれていたらしい。


 今日はゆっくり宿に泊まって明日にでも顏を出せばいいかなぁ、なんて思っていた僕としては少しすまない気持ちである。

 もっとも、ピクニックに一日費やした件については、まったく反省も後悔もしていなかったのだけれど。アーシャもラシュも大喜びであったのだから。


「さすがは旦那様(オスカーさん)、モテモテですね?」


「ウチらの旦那様(カーくん)やからな、しゃーないな」


旦那様(オスカーさま)はどこに行ってもお役立ちなの。すごいの」


 僕の隣や、荷台からも口々に揶揄する言葉が飛んでくる。

 ラシュやらっぴーはしばらく前から静かなので、きっとまた寝ているのだろう。


 彼女たちの僕への揶揄は、時にはラシュまで交えて、最近ちょっとした流行(ブーム)になっているようだった。主な発信源はシャロンである。



 冒険者組合へ帰りそびれた馬に、リーズナル男爵の邸宅まで、ごとごとと荷台を引いてもらうこと数分。


「これはこれは、ご子息御自らのお出迎えとは恐れ入るよ、まったく」


「長旅を終えた友を迎えるくらいの器量なら、たまたま持ち合わせていたものでね」


 僕の皮肉に、フッと笑顔を浮かべ、片手を上げて応じる美青年(カイマン)。どうやら息災のようである。


「シャロンさんも、おひさしぶりです」


「はい。高いところから失礼します。

 門をお開けいただいても?」


「もちろんだとも。ようこそ、リーズナル邸へ」


 御者台に腰掛けたまま、シャロンもぺこりと頭を下げて応じる。

 それにこたえたカイマンは、手を短く2度打ち鳴らすと、固く閉ざされていた門扉(もんぴ)がゆっくりと開かれる。裏に控えていた従者が開けているのだろうが、なんだろう、あの気取った合図は。必要なのか、あれ。本当に必要なのか。


「衛兵に囲まれるのは、今度は無しで頼むぞ」


「ああ、心得ているとも。

 よく食べる君たちのことだ、今度は料理人に囲ませるとするよ」


 チクッと嫌味を言ってみたら、同じく嫌味が返ってきた。おそらく、妖精亭での支払いの件を言っているのだろう。

 そんな憎まれ口の応酬が――僕が言うのもナンだけれど――なんとなく、僕に帰ってきたなぁということを実感させる。


「やあ。アーニャさんも、おひさしぶり。

 そちらは、(くだん)のご妹弟(きょうだい)かな。万事上手く行ったようで、何よりだ」


「あ、ごはんの人やん。やっほやっほー。

 おかげさまでな、なんとかなったわ。いうて、あんま驚いてへんみたいやけど」


「あらかじめ知っていたからね。

 それに関しては、すぐにわかるだろうとも」


 ゆっくりと庭園を進む馬車のすぐ後ろについて歩くカイマンと、アーニャの会話が後方から聞こえてくる。

 アーニャは彼のことを『ごはんの人』として認識しているらしい。若干哀れな気もするけれど、本人がさして気にもしていないようなので、まあいいだろう。カイマンだし。


「ラシュ! 起きて、起きてなの。

 ととのったひとがいる、起きてなの!」


「やあ。可愛らしいお嬢さん、はじめまして」


「ぴゃぁ!」


「あ、ちょ、アーシャ、ウチを盾にするんはやめっ、ちょー。

 こそばいやろ、もー!」


 後ろからは、どたどたと楽しそうなやりとりが伝わってくる。

 そういえば、初対面ではアーニャもカイマンのことを怖がっていたっけ。


 アーシャの反応は、無理からぬことだろう。なにせ、アーシャとラシュは貴族によって捕まえられていたのだから。

 何かしら苦手意識を持っていてもおかしくはない。

 少し寄り道をしてでも宿をとってから僕とシャロンだけで出向くべきだっただろうか、とは思うものの、ここまで来てしまってはもはや仕方があるまい。


 さっさと用件を済ませてこの場を辞するとしよう。

 いつぞやのように一斉に腰を折る使用人たちを前に、すでに帰りのことを考え始める僕だった。



 ――



 僕ら一同が通された客間には、先客が居た。


 飄々とした笑みを浮かべながら、優雅に茶など飲んでいるその壮年の男性は、僕らを視界に収めると、軽やかに片手をあげて挨拶をした。

 それは、アーシャやラシュを奪還するときにロンデウッド男爵邸で一悶着あった相手、ダビッド = ローヴィスに他ならない。


「やあ」


 やあ、じゃねえ。


「麗しいお嬢さんや坊やを連れて、実に羨ましいことだ。

 ええと、ヨハンくん――だったかな?」


 相変わらず、白々しい。白々しくて、胡散臭い。


「オスカーだ」


「ああ、これは失敬。オスカーくんだったね。

 いやぁ、オジサンになると、ふとしたときに名前が出てこなくてね、実に困るんだな。これが」


 胡散臭くて、嘘臭い。

 わかってて聞いてんじゃねぇ。


「帰っていいかな……」


「あまりよくはないな、我が友(オスカー)

 ローヴィス卿は君を待つために、我がリーズナル家に逗留していたのだからね」


 傍の友(カイマン)に溢すと、僕にとってはあまりありがたくはない反応が返ってくる。

 そう言わずに僕としてはなんとかしてほしいところなのだけれど、やはり美青年(カイマン)残念(カイマン)なので荷が重いの(カイマン)かもしれない。

 アーシャもラシュも、シャロンや僕の後ろに隠れてしまって怯えているし、「ウチ、おねーちゃんやのに頼られてへんのおかしない!?」とアーニャは騒ぐし、帰りたさがどんどんと高まっている。


「あのひと、こわいでぶのところにいた、こわいおじさんなの」


「大丈夫ですよ、この距離なら目を閉じている間になんとかできます」


 怯えるアーシャをなだめるシャロンと、そのやりとりに苦笑いを浮かべる当のダビッド。


否々(いやいや)。君たちと事を構える気はないんだ、安心してくれたまえ。

 ――ちょうど立会い人も来られたことだ、ようやく話が始められそうだよ」


 茶色い液体の入ったカップを机に置き、大仰な仕草で立ち上がるダビッドの視線の先では、リーズナル男爵が従者を伴って部屋に入って来たところだった。

 セルソン = アス = リーズナル。カイマンの実父であり、ここら一帯を取り仕切る男爵である。あれ、ちょっと痩せた?


「どうも、ご無沙汰しています」


「ぴぇ……」


 僕が軽く頭を下げると、シャロン以下、僕の連れが皆それぞれ(なら)って頭を下げた。

 ラシュの頭の上で寝ていたらしいらっぴーが床にべちゃっと落ち、短く抗議の声をあげる。


 リーズナル男爵は、床に落ちたらっぴーを頭に乗せなおすラシュの様子を目で追っていたようだったが、ゆっくりと落ち着いた様子で口を開いた。


「よくぞ来られた。

 セルソン = アス = リーズナルの名において、君たちを歓迎しよう。

 立ち話もなんでしょうからな。まずはお茶と、茶菓子(クッキー)などはいかがかな」


 リーズナル男爵がさっと左手を振ると、茶器や茶菓子を乗せた銀の盆を携えた使用人たちが、ささっと部屋へとやってきて机の上にお茶の準備を整えていく。

 なるほど。カイマンのああいう持ってまわった仕草は、実父から継承されたものであったらしい。


「カイマン。

 アーシャやラシュ――この子たちにとっては、あまり面白くない話になるかもしれない。

 少し離れたところで相手を頼めるか?」


「他ならぬ(きみ)の頼みだ、お安い御用だとも」


 そのままてきぱきと侍女に指事を出し、部屋の端の方に小さなテーブルを出してもらっている様を横目で見やる僕。

 別の部屋に移るよりも、僕らの目の届くところの方が安心できると考えたのだろう、細やかなところで気の回るやつである。


 ――ふと視線を感じたので男爵のほうへ向き直ると、目があった。

 目の前で、僕から見ると年上である次男坊(カイマン)がパシられる様を見ても、男爵はどこか嬉しそうである。

 なんだろう、僕の話がカイマンから面白おかしく伝えられているような気がして、少し居心地が悪い。


「ウチは? ねえカーくん、ウチは?」


「あー。どっちでも気になるほうに居たらいいと思う。

 けど、とりあえず紹介だけでもしておくか」


「えー。ウチの扱いが雑い……。

 アーちゃん、ラっくん。ちょおこっちおいで」


 不安だった表情はどこへやら、きらっきらした表情でひとつの茶菓子(クッキー)を両手で捧げ持っていたアーシャ――先日、シャロンに腕輪をあげた時と同じようなポーズだった――と、同じく匂いを嗅いでいたらしいラシュが、端っこに用意されたテーブルからテコテコとこちらへ戻ってくる。

 アーシャもラシュも茶菓子を握ったままであるが、大人たちはちゃんとスルーしてくれている。


「繰り返しになるが、私はセルソン = アス = リーズナル。ここら一帯の領主と男爵の位を賜っている。

 これはうちの次男のカイマンだ」


「カイマン = リーズナルです」


 口火を切ったリーズナル男爵と、同じく端のテーブルから戻ってきたカイマンが応じる。さすがに茶菓子を掴んではいない。


「そして、こちらはお客人である、ローヴィス卿。

 (けい)騎士(ナイト)の位を持つ、王都近衛隊の隊長を務めておられる」


「これはお恥ずかしい。三番隊の隊長を拝命しております。

 ご紹介に預かりました、ダビッド = ローヴィスと申します。

 以後お見知り置きを」


 堂に入った所作で返礼をするダビッド。

 只者ではなかろうとは思っていたけれど、このおっさんはやはりそこそこ偉いらしい。


「そして――こちらが各地で生ける伝説の救世主となりつつある、"車輪"の魔術師、ハウレル殿」


「ふぇい?」


「ピェ」


 変な声が出た。

 トンデモな紹介をされた僕の素っ頓狂な声に、返事を返してくれたのはらっぴーだけである。


「ええと、なにが、なんですって?」


 未だに事態を飲み込めない僕と、平静を保っているダビッド、くっくっと腹を抱えて笑うのを堪えているらしいカイマン。

 ちょっとカイマンくんはあとで話があるので館の裏に来なさい。


「君自身の風聞は、私たちのほうがむしろ詳しいのかもしれないね、オスカーくん」


 あくまで静かに補足をさせてもらうよ? というふうなダビッドの言葉に、どうやら僕の風聞に大仰な尾ひれがついて驚いているのは僕らだけであることを悟る。

 ――いや、どうも隣ではシャロンが胸を張ってドヤ顏をしているようだし、アーニャたちですら涼しい顔をしている。なんだ? 僕だけか?


「僕の評価については、いろいろ思うところがないではないけれど……。

 オスカー = ハウレルです」


 ぺこりと挨拶をし、身振りでシャロンたちを促す僕。

 心得ました! とばかりに、ずいっと一歩を踏み出したシャロンは、僕が見惚れるくらい――いや、実際によく見惚れているのだけれど――恭しく一礼する。


「オスカーさんの第一夫人、シャロン = ハウレルです」


 そんな風に名乗った。

 シャロンが僕と同じ姓を名乗るのは、まだ慣れないがなかなか嬉しいものである。

 しかし、ことここに限って、その枕詞が気にかかる。なんだ、第一夫人って。


 なんて、僕が気にかかったそばから。


「同じく、第二夫人。アーニャやよ」


「オスカーさまの第三夫人、アーシャ、なのっ」


「ぼくは、第四夫人? の、ラシュ」


「ピェー」


 その豊満な胸を張り、よく通る声で名乗るアーニャ。

 声は大きくないけれど、それでも物怖じせずはっきりと宣言するアーシャ。

 負けじと耳をピンと立て、しっかりと名を告げるラシュ。

 ラシュの頭上で、とりあえず自己主張をするらっぴー。

 そして、頭を抱える僕。シャロンの受け答えは、完全に振りというやつだった。


「くはっ……いや、失敬、っくく……」


「いやはや、なんというか。

 実に、羨ましいことだね」


 笑いを堪えきれなくなった様子のカイマンはあとで館裏な。

 ニヤついた笑みのダビッドは、なんというか相手にしたくない。


「もう紹介はいいだろう、あっちでお菓子もらいな」


 恥ずかしさで叫び出しそうなのを堪えつつ、端っこのほうに設けられたテーブルを指すと、途端にアーシャとラシュが不安そうな表情を浮かべる。


「オスカーさま、アーシャたちがお嫁さんなの、迷惑? なの……?」


「ぼくも? めいわく?」「ピェ〜……」


「ああああ! そういうんじゃないから!

 大丈夫、アーシャもラシュも大事だから! とっても大事だから!」


 慌ててフォローに入り、二人の頭を撫でる僕だった。

 というか、らっぴーは関係ないだろう……。


「あ、ええなー。ウチもウチも」


 横合いから頭突きで参戦するアーニャを適当にわしわしと撫でながらあしらう。

 カイマンは笑いを堪えることを放棄したらしく、呼吸が苦しそうなほどひーひー言いながら膝を折り曲げている。


「ほら、いまからちょっと難しい話をするから、さ?

 そこの笑ってる奴(カイマン)と一緒にお茶でも飲んでおいで」


 どのみち、この様子だとカイマンは話になるまい。


 どうも、悪ふざけ――というよりどうも本気っぽいのが"全知"越しには伝わって来たけれど――の結果、僕が気分を害したと感じたらしい彼女らを宥めつつ男爵たちに向き直る。

 ダビッドは苦笑いをしているし、男爵は口に無理やり蜂蜜を流し込まれたような微妙は表情をしている。そしてなぜかシャロンもアーニャもドヤ顏である。


 まったく。勘弁してくれ。


「シャロン、アーニャたちも。

 愛情表現は嬉しいけれど、時と場合を考えてくれ」


「なにを仰るのですか。

 愛情はこまめに伝えるのが肝要なのです。情報伝達は大事、ということですね。

 壊れるほどに愛しても、三分の一も伝わらないものなのですから」


「それは、壊れたからでは……?」


 そんな僕らのやりとりに、再び吹き出す美青年(カイマン)



 そんなこんなで。一向に、話が始まらないのであった。

カイマンとルビられる文字が、いよいよ自由な感じになって参りました。

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