閑話 - 私と秘密のガールズトーク そのいち
キシンタは大きな都市です。
大きな都市には、それだけ多くの人々が生活しています。
そして、往来もその分、賑わっております。
たとえば、しつこく声を掛けてくるナンパ師の方々、ですとか。
「んにゃぁああー!! もう! なんなんよ!
ほんまにもう、しつこいったらないわ」
隣で尻尾をピンと立てながら呻き声を上げるアーニャさんに、私も同意せざるを得ません。
何度目かになるナンパを躱し、振り切り、いなし、そうしている間に次が来るとあっては、まともに買い物すらできません。
「とくにさっきのやつ!
あいつぜったいウチのおっぱい触ろうとしとった!
なんやねん、獣人やからってナメんとって欲しいわ!
シャロちゃん助けてくれてありがとーなー」
「いえ。私も肩を触られかけたので、仕方のない防衛行動だったと考えます」
この身全てはオスカーさんの持ち物ですし、アーニャさんだってそうです。
お優しいオスカーさんは、彼女たちを奴隷などのようには扱いません。しかし、大切に扱っているのでしたらなおのこと、他人に触れさせるわけにはまいりません。
魔導機兵として、私はなるべく人間に危害を加えたくはありません。
しかしです。オスカーさんの持ち物に害を及さんと欲するのであれば、それは例外です。そんな輩に、私は容赦をしません。
「相変わらず、シャロちゃんの攻撃は早すぎて見えへんねんけど、それでもちゃんと手加減しとるねんな」
「はい。当然です。
こんな、街の往来で騒ぎを起こすわけにはいきませんから」
時と場合を選べるシャロンちゃんなのです。
人間社会での生活の上では必須のスキルである、と私の知識にはあります。
「泡吹いて男が倒れとったのも多少の騒ぎにはなってると思うで。
まあ生きとるし、大事にはならんやろけど」
なぜか若干引き気味のご様子で、アーニャさんが応えます。
おそらく、そのムスコさんは再起不能でしょうけれど。
オスカーさんがいらっしゃらないこの場では、いつものように掛け声を入れる必要もありません。私が何かしたということを見切れる者も、そういないでしょう。
「やー、なんかすまんなー。
こんなことやったら、やっぱカーくんにくっついてたかったやろ」
「はい。それは、そうですけれど。
デートのために服を見繕うという提案は魅力的でしたし。
それに、何か話があるのでしょう?」
「それはまぁ、せやねんけどな。
そんでも、さすがにこんなけ面倒んなるとはなぁ」
そう言いながらも、新たに話しかけようとしてきた男をふいっと避けるアーニャさん。
獣人にすげなく無視されたからと言って実力行使に出ようとしたのはさっきの男が初めてだったため、この街ではある程度、獣人という種への蔑視はマシなものなのかもしれません。通りでもちらほらとお見かけするようですし。
「その大きすぎるおっぱいに惹かれているのではないですか。まったく、人騒がせなものです」
「いやいや、今まで声かけられてんの、ほぼシャロちゃんやからな?」
そうでしょうか。
道行く人々にはなんの興味もないため、どちらでもいいことではありますけれど。
「はー。それでも、カーくんが居るときみたいにシャロちゃんがにこにこしとったら、こんなもんやあらへんやろな。暴動が起こりかねんわ」
今でさえとても鬱陶しい声掛けですのに、それは本当にご遠慮願いたいものです。
もっとも、私が微笑み掛けるのは、オスカーさんに対してか、必要なときのみ、です。その心配は杞憂でありましょう。
「カーくんと居る時のシャロちゃんを知っとるウチとしては、無表情で儚げな感じの今のシャロちゃんには違和感めっちゃあるねんけどね」
「必要であれば笑顔になりますが、今は避けたほうが良いでしょう」
「いやまぁ、そうやねんけどな。
笑顔って、そんな必要やからとか、そういうモンやったかなぁ」
アーニャさんは首を傾げつつ、何を言っているのか、みたいな怪訝な表情をしています。
しかし、私も何を言わんとされているのかがわかりません。
お互いに首を傾げつつ、またもや襲撃したナンパ師を躱す私たちなのでした。
――
繰り返しになりますが、キシンタは大きな都市です。
これまでの街では見なかったような、多種多様な物品がたくさん販売されています。特に娯楽品の品数が、これまでの街の比ではありません。生活必需品以外にそれだけ需要があるということは、それだけ豊かな街なのでありましょう。
オスカーさんが好みそうな、素材や道具を取り扱っている店も、いくつも見つけました。最適なデートコースを構築するため、種類別にリストアップしておきます。
念のため、宿屋のある並びや、替えの下着の売って居そうなお店もチェック済みです。なにがあっても大丈夫です。
「シャロちゃん、これなんかどうやろ!
って、また道具屋見てるやん。
今日はシャロちゃんの服見にきてんからな」
私に似合う服を見繕う、と勇んで店に突入したアーニャさんに、ほんまにわかっとる? と呆れ顔をされます。
ええ、ちゃんとわかっておりますとも。
アーニャさんが差し出してきたのは、薄く澄んだ空色のドレスでした。
すっきりとしたスカートに、大きく空いた背中。
派手すぎないレースの縁取りが、オトナっぽさを演出しています。
「わかりました。これにしましょう」
「はやっ!?
え、ちょっとシャロちゃん。1着目やで、これ。
もっとなんやろ、いろいろ悩むもんちゃうの」
やはり、アーニャさんはよくわからないことを言います。
「アーニャさんはこちらがおすすめなのですよね?
でしたら、これで良いのではないでしょうか」
勧められたのに、それに決めようと言うと驚かれるというのは、理不尽ではないでしょうか。
「いやぁ、うーん。せやねん、せやねんけどな?
なんやろ、もうちょっと悩まん? 悩も?」
「はぁ。構いませんが」
そのあとも、あれやこれやとアーニャさんは私に服を持ってきたり、試着させてみたり。
立て続けに6着ほどを試してみました。ですが。
「では、これにしましょうか」
「シャロちゃん、新しいの持ってくるたびにそれやん!
どれがええ、とかないん?」
またも理不尽に苛まれるのです。
「どれでもいい、というわけではないのですけれど。
それでも、アーニャさんが勧めてくる段階で、ある程度似合うかどうかの目利きはされているのでしょう?」
「そりゃそうやで。
でも、そのなかでシャロちゃんにとって好きかどうか、とかがあるやろ?」
「?」
私としては、一定以上の品質であればそれで問題ないと思うのですけれど。
「ないんか?
ああもう、カーくんが居らんと基本無表情やしわかりにくいにゃ。
いや、居っても今度はずっとにこにこしとるからあんまり変わらんか」
首をひねりながらごちるアーニャさん。
おそらくどこか、感覚の違いがあるのでしょう。
それが、人間と獣人の違い故のものなのか、もしくは人間と魔導機兵の違いに寄るものなのかは、いまいちわからないですけれど。
アーニャさんと話していると、なんだか『よくわからないこと』が頻繁に出て来るような気がします。
ぐいぐいとアーニャさん自身のペースで踏み込んでいらっしゃるから、でしょうか。
オスカーさんとの問答だと、あまり踏み込んで聞かれないことのほうが、多いですし。
『よくわからないこと』は、あまり良い気持ちではありません。
それがわかることになれば、問題はないのですけれど。
だからと言って、アーニャさんとのやりとりが不快だというわけでもありません。これも、不思議な感覚です。
「なんやろ、ごめんなぁ、シャロちゃん。
話したいことがあったんはほんまやねんけど、買い物はつまらんかったか」
「?
いえ。そんなことはないですよ」
デートのために新しい服を買い、オスカーさんに新鮮な気分を味わってもらおう、というのは私自身では思いつかなかったことです。
言われてみれば、新鮮味というのは大事なものです。マンネリが何より怖いのです。
「そうなん?
カーくんと町に出たときに聞いてた話とは、随分違うからにゃ。
シャロちゃん、つまらへんのかと思っとってんけど」
そういえば、先ほどアーニャさんには無表情を指摘されていました。
つまらない、楽しんでいないのでは、と推測されるのは、そこらへんが要因なのかもしれません。
試しに、にこりと微笑んでみます。
しかし、それではアーニャさんの表情はすぐれません。
「あー。なんか、ちょっとわかった気ぃする。
シャロちゃんの笑顔、いつも通り完璧でめっちゃ可愛いけどな。
うん。さっき言ってた『必要やから』ってやつ、なんやな」
「?
はい。そうですね」
三度、首を傾げます。
いつだって、そうでしょう?
必要だから、言葉を発する。
必要だから、食物を食べる。
必要だから、笑顔を浮かべる。
そこに、なんの違いがありましょう。
「シャロちゃんは前、ウチに教えてくれたよな。
誰かに作られた存在やって。マドーなんとかやって」
「はい。私は魔導機兵です」
オスカーさんを主人と仰ぐ、どこにでもいる普通の魔導機兵です。
「そのマドーキヘーが皆そうなんかは知らんけど。
シャロちゃんは、面白いことがあって笑ったり、可愛いものを見て微笑んだり。
そういうんって、ないん?」
「いいえ。面白くて、笑う必要がありそうであれば、笑いますけれど」
私の返答に対し、んがぁーっとアーニャさんは頭を抱えてしまいました。
どうやら彼女の望む答えが返せていないようです。少し申し訳なく思います。
「ちゃうねん。シャロちゃん。
そういうんじゃなくってな。
そういうんじゃないねん」
いつしか、服選びは完全に中断されていました。
でも私は、アーニャさんの悲しそうな、どことなく必死そうな表情に。
どことなく胸がざわつくような、不思議な感覚を味わっています。
とても服選びを再開しようと切り出せるような雰囲気でないことも、またわかります。
アーニャさんは、そんな私に再び声を掛けます。
「面白かったり、好きなものを見たり。
そういうときに、自然にな? 勝手にな? 頬が綻んでしまって、笑えてくるみたいな。
そういうもんやと、ウチは思うねん」
何がそんなにアーニャさんにとって悲しいことなのでしょう。
その感覚を分かち合えないこと自体が、彼女を悲しくさせるのでしょうか。
「そうなのですね。それはわかります。
私も、オスカーさんとのやりとりの時には、概ね笑うようにしています。
私、オスカーさんのこと、大好きですから」
好きな人と話すときには、笑うもの。
それを私にインプットしたのは■■■■■■■■
――あれ。なんでしょう、思考にノイズがかかります。
「なあシャロちゃん」
アーニャさんは、こちらを仰ぎ見るようにします。
やはり。なんだか、とても悲しそうな、寂しそうな表情に見えます。
そうして、彼女は。
「シャロちゃん、ほんまにカーくんのこと、好きなん?」
そんなことを、呟くのでした。
サブタイ詐欺と言われるかもしれませんが、ガールズがトークしているので間違いではないはず。




