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僕らとしっちゃかめっちゃかな昼

 部屋でのびのびと寛いでいたラピッドクルスはそのまま放置し、僕らは町に繰り出してきていた。

 楽しい楽しいお買い物。のはずだったのだが。


「おっと、ごめんよ」


 前から歩いて来た男が僕の眼前でふらつき、ぶつかってきそうになる。


「シャロン」


「はい」


 しかし、僕はそれを無視。

 シャロンに注意を飛ばすと、アーシャの後ろへと忍び寄ってきていた男をシャロンはひっつかむと、そのまま投げ飛ばした。


「ぐ、ぶぇ」


 人通りも多い往来で、地面に叩きつけられた男は、苦悶の声を漏らす。

 まったく。これでもう三件目だ。


 カランザは、あまり治安のよろしい町ではないのかもしれない。領主からしてアレだったしな……。

 それにしたって、買い物に出ただけでこうも立て続けに襲い掛かられるのは異常だろう。アーシャやラシュなんかは、もう完全に怯えてしまっている。


 僕にぶつかろうとしていた男は、おそらくグルだったのだろう。作戦失敗に伴い、さっさと逃げてしまったが。

 そちらで気をそらし、地面に横たわった男が獣人姉弟を略取する。そんなところだろう。


「ンだよ!

 首輪も付けてねぇ獣人をこれ見よがしに連れてんのが(わり)ぃんだろが! ちくしょうめ」


 今もシャロンに睨まれている、投げ飛ばされた男は口汚くこちらを罵ってくる。

 その手には首輪を持っている。


 "隷属の首輪"。その実物を見るのは初めてだ。

 抗魔力の低い獣人を従えておくのに最適とされる魔道具であり、この首輪を嵌められた者は、その主人に生殺与奪を握られることとなる。

 従順でない奴隷は、この首輪が絞まることで息ができなくなるし、そのまま殺してしまうこともできる。

 また、この魔道具は主人にしか外せないだとか、主人に害意を持つことで絞まるようにすることも可能なようだった。


 普通に抗魔力を持つ者であれば、ある程度の魔術的働きは抗魔(レジスト)できる。そのため、害意を持ったら発動、などといった使い方はしにくい。

 しかし獣人は魔力や抗魔力をなぜかほとんど持っていないために、"隷属の首輪"を嵌められたが最後。抵抗する手段がなくなってしまうのだ。


「往来で、人様を襲うご自身を棚に上げ、こともあろうにオスカーさんが悪いなどと。

 そんなひどいことを言う舌は、いらないですよね」


 びしびしと発せられるシャロンからの威圧に、男はたじろぐ。

 周囲で見物している人たちからも「ヒィッ」と息を飲む声が聞こえる。


 アーニャに忍び寄ろうとしていた、また別の男もその怒気に足を止める。

 僕がそいつの前にまわり込むと、ようやくハッとした様子でこちらを振り向いた。


「あんたも、何か用か?」


「あ、い、いや。何も……」


 完全に目が泳いでいるし、後ろ手に"隷属の首輪"を持っているのは"全知"の前には筒抜けである。


「あっそう。

 人の連れに首輪付けたり、連れ去ろうとしたりする奴らって、何を考えてるんだと思う?

 そのまま無事に帰してもらえるとでも思ってんのかな?」


「い、いや自分にはなんとも……ハハハ」


「なにわろてんねん」


 自らに忍び寄っていた存在には予め気づいていたらしいアーニャ。

 アーシャ、ラシュを守るような位置に立つと、男を一瞥する。


「なんだよ、獣人が俺になんの用だよ」


 中肉中背、30手前くらいの《27歳》、特徴のない男だ。

 さして荒事を企てるような人物のようでもない。かといって、善人であるかと言われてもどうともわからない。

 いやまあ忍び寄って首輪を付けようとしている段階で、善人ではないかもしれないけれど。

 その程度の、そこいらにいそうな。事実、そこいらに居るようなただの男だ。

 魔術を使うまでもなく僕が体力だけでも勝てそうだし、アーニャでも普通に勝つかもしれない。


 でも。そんなそこいらのただの人でさえ。


「な、なんだよ」


 獣人相手に、嘲りの感情を向けるのだ。


 男からふいっと視線を切ると、あせあせとそのまま雑踏に紛れて消えていった。


「だめだな、帰ろう」


 この町がおかしいのか。

 たまたま変な人たちに遭遇しただけなのか。

 それとも、べつに町も彼らも何も変なことはどこにもなくて、獣人と見れば誰も彼もああなるのが普通なのか。


「オスカーさん、この男はどうしますか?」


 自らが投げ飛ばし、今も起き上がろうとする側からすごい速度で足払いをかけられ続けている男を指し、シャロンが尋ねてくる。

 傍目には男が腰を抜かして立ち上がれないだけのようにしか見えないだろうな、あれ。


「いい、ほっとけ」


「はい」


 最後の足払いをかけ、どしゃっと再び尻餅をつく男の方など見向きもせず、シャロンはこちらに向き直る。


「それより、アーシャとラシュを抱えて、先に宿に戻っていて。

 アーニャと一緒に少ししたら僕らも戻るよ」


「わかりました。お気をつけて」


 言うが早いか、シャロンは右側にアーシャ、左側にラシュをそれぞれ片手で抱え上げると、大ジャンプ。

 通りに軒を連ねる建物の屋根をぴょーいぴょーいと飛び跳ねていく。遅れて、ラシュの歓声が小さく聞こえた。飛んだり跳ねたりしているのに決して翻らないスカートには、いかなる力が働いているのか。

 道ゆく人たちが屋根の上を高速移動して見えなくなったシャロンを指して口々に何か言っているが、いまのうちに雑踏に紛れてしまうとしよう。



 ――



 表通りから一本折れた、たまたま人通りが絶えた路地で、アーニャには"倉庫"から取り出した帽子を被らせた。

 腰回りには僕のマントを巻いているので、これでパッと見た限りで獣人だと断じることはできないだろう。

 もし獣人ではない人にいきなり首輪でもかけようものなら、大問題になるのだから、ある程度防護効果もあるだろうし。

 もっとも、もし獣人であってもいきなり首輪をかけて捕らえようなど、やはり狂気の沙汰に思えるけれど。


「なんや、ウチのことはカーくんが抱えて飛んでってくれるのかと思ったわ」


「あんなのができるのはシャロンだけだ。

 僕よりアーニャのほうが身軽だよ」


「お、んじゃウチがカーくん抱えてぴょーんしよか?

 たぶん無理やけどな!」


 アーニャはからからと笑う。

 まるで、先ほどの光景も気にしたふうもなく。


「――わるい。

 まさか町に出ただけであんな感じだとは、思ってもみなかった」


 宿での人々の立ち居振る舞いがあまりに普通だったために、ああまで獣人にとって生き難いものだとは、思ってもみなかったのだ。

 常時僕やシャロンが目を光らせていたとはいえ、宿でだってアーシャやラシュがくるくると動き回るのを止めてやるべきだったのかもしれない。


「えらいふつーに外に出るから、なんか考えがあんのかと思ってんけど、そっか。知らんかったか。

 昨日も表通り行かんとすぐ宿に行ったしな。

 人間のいっぱい居るとこに出たら、だいたいあんなもんやなー。

 獣人(ウチら)は売れるらしいし、皆が皆、おカネ持っとるわけやないんやろーしな」


 てくてくと、表通りに戻る足取りも、その声色もあくまで平坦だ。

 そんなふうに扱われる恨みはないのか、とか聞くまでもない。


 アーニャは、はじめて僕らに出会った時に言っていたじゃないか。

 曰く――人間は怖いし、恨みもある。

 曰く――しかし、抗ったものは皆殺しとなった。諦める他ない。

 曰く――差し出せるものは、自分の身体しか持っていない。


 恨んで、抗おうとして、それでも。

 大多数を占める、人間という種には勝てない。勝てなかった。

 だから、衝突を避けるようにして。隠れて今日まで生きてきたのだ。


「――わるい」


「いやいや。あんな、カーくん。

 人間全体に思うところはそりゃもちろんあるけどな」


 絞り出すように。

 謝罪したところでどうなるわけでもないことを、でも他にどうしたらいいかもわからなくって、僕はそのまま口にする。

 "全知"なんて持っていたところで、わからないものは、わからない。

 彼女たちが、どうやったら平和に暮らせるかどうかだって、わからない。


 しかし、そんな僕をアーニャは振り返り。

 どこか諭すような、優しい眼差しで微笑むのだった。


「カーくんや、シャロちゃんには感謝しかないんよ。

 ふたりが、ウチらのことを獣人だからどうこう、って扱わんよーに。

 ウチも、きみが人間やからって嫌ったりはせーへんよ」


 きっと、アーニャに力があれば。

 復讐を為すだけの力があれば。

 蛮族(かたき)を殲滅した僕と同じように、人間を殺し尽くしたいと願うかもしれない。


 それでも、彼女には力がなかった。

 アーシャやラシュが助け出せただけで、もう十分だと言う。

 人間が引き起こしたことを、同じ人間である僕が解決しただけだというのに。


「ウチら、獣人と一括りにされるモンにはな、居場所がないねん。

 山奥で、不便にひっそり暮らしとっても、こないだみたいに突然襲われて、それで終わりになりかねへん。

 逃げ延びた里の(モン)がまだ無事に生きてるかどうかも、怪しいもんやわ。

 戦えるんがもうウチしかおらんかったし、そのウチは妹弟(きょうだい)を助け出すために、里の他の皆を捨てたようなもんやねん」


 それでも笑っていられるアーニャは、とても強いなと。僕は、そう思う。


「それよか、ウチらだけ残ってるってことは、なんか買い物してくんやろ?」


 屈託を感じさせない表情で、隣を歩く僕を仰ぎ見るアーニャ。

 僕より少しだけ身長の低い彼女の、茶色がかったいたずらっぽい瞳が、僕の肩くらいの高さから楽しげに僕を見つめている。

 あんまり悲しい話はやめよーや、とその目が言っている気がして。その気遣いに、僕も乗っかることにする。


「うん、とはいえあんまりシャロンたちを待たせておくわけにはいかないから、手早くね。

 少なくとも、アーシャやラシュの服は買わないといけないし、アーニャもその格好じゃ寒いでしょ」


「わりと寒いにゃー!」


 アーシャやラシュには、僕とシャロンがゴコ村でもらった服や、替えのシャツなどを着せていた。

 もともと着ていたボロ布のような服は、獣人の里での寝巻きであったとか。

 アーシャもラシュも小柄なので、ひとまず着せておいた服ではブカブカすぎて、ちゃんと適した大きさの服を入手することが急務となっていた。

 また、アーニャも短いズボンに際どい服装のままであり、暑い時期ならばさぞ気持ちいであろうその格好も、今の気候ではただただ寒そうなのだった。



 ちょうど店先に服を積み上げて陳列してあるところに通りがかったので、それらを物色してみる。


「これなんかどうだ?

 すごく町娘っぽい気がする」


 僕が手に取ったのは、ふわっとしたワンピースタイプのもので、今まさにそこいらを歩いている子女が着ているようなものだった。

 胴体部分には綿が入っているようで、それなりに温かそうである。


「んー。ちょっとアーシャにはおっきい気ぃするなー。切ればいいんかな」


「いや、最初から小さいやつ買えばいいとは思うけど。

 そうじゃなくて、アーニャにどうかなって話」


「え。ウチ!?」


「うん。ぴったりなはずだけど」


「え、そんな、ウチなんかがこんなん。

 うわ、うわ、どこぞのお嬢さんみたいで変やな!」


 服を広げて、アーニャに当ててみると、なるほどたしかに。どこぞのお嬢様のような佇まいに早変わりだ。

 乱雑にまとめられた髪を綺麗に梳いておけば、町娘どころか良い家の子女であると言っても誰も疑問に思うまい。


「いやー、ウチには似合わんやろ。ちぐはぐでおもろいかもしれんけど。動きにくそうやわ。

 それとも、カーくんはウチにこういうの着てほしいん?」


 未だ服を胸元に当てつつ、ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべるアーニャ。

 そんな表情をしていると、良い家の子女だったはずが町の食事処の店員さんみたいな雰囲気になるのが、なんともおかしい。


「よく似合ってるよ。

 いや。羊毛色より、もうちょっと赤系の色のほうが、アーニャの綺麗な髪が映えるかな。うーん。

 まあアーニャは自分の好みなものを選べばいいよ。動きやすさも大事だし」


 僕が応じると、ニヤニヤ笑いだった表情にサッと朱が差して、目を逸らされた。


「……。

 シャロちゃんたちあんま待たせたらあかんねやろ、はよ選んで買っちゃお!」


「ああ、そうだった。

 あとは下着類の予備も買わないといけない」


「ぱんつ?」


「まあ、うん。

 シャロンの予備とか使ってるんだろ、いま」


「せやで。

 でも、ぱんつとか穿かんでもよくない?

 無理やりシャロちゃんに穿かされるんやけど、なくても困らんし」


 シャロンが陰でなんやかんやとアーニャの世話を焼いてくれていたのは知っていたが、まさかそんなところまでとは。

 ということは、初対面でシャロンに背負われていたとき、アーニャは――


 ブンブンブン!

 頭を振るのと同時に雑念を振り払う。


「うわ、どしたんカーくん。顏真っ赤やで」


 僕の様子をけらけら笑うアーニャも、さっきまで真っ赤だったよ!

 と反論したところで不毛なので、僕は笑われるに任せておく。


 結局、その店では何着かアーシャやラシュ用の衣服、アーニャの上着、数点の下着類を買った。

 店先であれやこれやと問答する僕とアーニャの様子を胡乱な目つきで眺め回していた店主は、僕らふたりが両手で抱えるほどの商品を一度に買い求めると、満面の笑顔となった。

 あまつさえアーニャの美しさを褒めそやしだしたので、なんともおかしなものだった。この子が、君たち町人が蔑む獣人だと知ったなら、いったいどういう顔をするのだろうか。

 無論、せっかくいい気分で買い物を終えられたのだから、迂闊なことは言わないが。


 店を出る段になっても、最初に僕が勧めた服をアーニャは何度か見ていた。

 が、結局それはやめたらしい。


「あれはいいのか?

 必要なら買っておけばいいよ」


「ううん、ええねん。

 アーシャやラシュに、こんなけ買ってもろたんやもん。

 十分、贅沢すぎるわ」


 ウチ、カーくんのペットやしな! とアーニャは笑う。


 路銀に余裕がありすぎる、というわけではない。

 節約するにこしたことはないが、しかし必要なものならば買えば良い、と僕は思っている。

 それでもアーニャが不要と判断したのであれば、今はそれでいいか。


 なんども何度もお辞儀をしている店主が見えなくなるところまで通りを進み、僕らは荷物を鞄に――"倉庫"に仕舞い込み、宿に向けて通りを歩く。


「なあなあカーくん、あれなに?」


「あれは大道芸だね。

 芸を披露して、見物人からお金をもらうんだよ」


「ほー。

 あ、んじゃあれは? あれはなんなん?」


「酒屋だなー。えっと、飲み物屋さんだ。

 里にはああいうの、ないのか」


「うん、なんもないな。

 まず店ないし。あ、んじゃ次あれ、あれなに?」


「うーん、あれは……なんだろうな」


「カーくんにもわからんもんがあるんか。町すごいな」


 まるで小さなこどものように、アーニャはいく先々に興味津々の様子だった。


 何か興味のあるものを見つけては、僕の腕をひっつかんでそちらに連れて行く。

 おかげでさほど遠くないはずの宿への道筋は、まだ半分も行っていない。


 きっとアーニャは、人間の町をこれほど穏やかな気分で散策するのは初めてのことなのだろう。

 シャロンも、はじめて見たガルレムの町の様子には、その蒼い眼を輝かせていたっけな。

 いまも店先の展示にかじりつき、目を爛々と輝かせているアーニャの様子は、あのときのシャロンと同じくとても微笑ましいのだった。


 ――ちなみに。先ほどアーニャが指し示していたのは娼館である。

 変わった形の建物が、彼女の目を引いたのであろう。

 あまり興味を示されても返答に困るため、わからないということにしておきたい。


 べつにアーニャとしては強い興味があったわけでもないらしく、今は別のものに興味を示している。



 そんなこんなで、ようやく宿の近くまで帰ってきた僕ら。

 思ったより時間がかかってしまったので、シャロンがおかんむりかもしれない。

 何か危ないことがあれば板を介して連絡するようには言い含めてあるため、そのあたりは問題ないのだろうけれど。


「――と、あれ、アーニャ?」


 すぐ隣にいると思っていたアーニャがおらず、慌てて振り向く。

 と、彼女は別に何かに巻き込まれただとかいうわけではないようで、すぐに見つかった。

 どうやら、2軒手前の店先から動いていない。


 すぐに戻ってくるかと思ったのだが、動く気配がないので、アーニャの隣にまで戻る。

 すると、彼女が食い入るように見つめているものが、僕の目にも入る。


「あ、カーくん。

 ごめん、待たせてもうたか」


 僕が隣に来たことに気づき、かつ自分が足を止めてしまっていたことにも思い至ったようで、アーニャがわたわたと謝ってくる。


「これ、なんかな。すっごいキレイ」


「耳飾りだな。

 確かに。すごく綺麗だ」


 店先の、分厚い硝子と結界に守られたその商品は、蒼く澄んだ色を放つ涙型の宝石が嵌め込まれた、精緻な細工の施された銀細工だった。

 まるでシャロンの瞳のような、蒼く清らかなその宝石は、昼に差し掛かった太陽の光を受け、その身を燦々と煌めかせている。


「カーくん、いまシャロちゃんのこと考えてたやろ」


「うん。よくわかったな」


「そりゃ、ウチも考えとったからな!

 にしても、きれーなー」


 アーニャとふたりで、しばしその商品に見入る。

 ちなみにそのお値段は金貨60枚という、なかなかとんでもないものであった。もちろん、手が出るものではない。



「ウチなー」


「うん?」


「人間の町、しっかり見て回ったんはじめてや。

 いろんなもんが、いっぱいあった」


 人里に降りて来ても、いままでは妹弟のために精一杯だったから。

 そうでなくても、獣人に対して町の人は優しくない。


「不思議なもんも、こんなきれーなもんも、よーわからん(モン)も。

 いっぱい。いっぱいあった」


 この短い時間でも――シャロンには短くないと怒られるかもしれないが――彼女にとっては、たくさんの発見があったのだろう。

 アーニャは寂しそうに、笑う。


「あの子らにも町を見せたりたいなぁ」


「これからいくらでも、そんな機会はあると思うよ」


 どうもアーニャの表情が優れないなと思ったら、どうやら彼女は僕とシャロンに助けを求める際の言葉を、忠実に守ろうとしているらしい。

 アーシャやラシュを助け出すために、自らは僕らの奴隷になるという言葉を。


 僕には、そしておそらくシャロンにも。

 彼女たちを引き裂くつもりなど、これっぽっちもなかったのだけれど。


「アーニャ。きみはさっき、僕に言ったね。

 『獣人には居場所がない』って。

 だから、僕はその居場所を作ろうと思うんだ」


「ん。確かに言うたけど。カーくんは、なに言ってるん」


 僕は。

 僕や、シャロンや、獣人と蔑まれる彼女たちが。

 居てもいい場所を作ろう。そう思うんだ。


「なければ、作ればいいかなって。

 シャロンにも相談してから、だけどね。

 まずは宿屋に戻ろうか」



 そうやってなんやかんやと談笑しつつ。

 店を後にする僕らを、眩しい宝石の煌めきが見送っていた。





 余談だけれど。

 僕らが宿屋に帰り着くと、シャロンはにっこり笑顔であった。

 それはもう、不自然なほど。にっこり、笑顔であった。


「なるほどなるほどー。それで、オスカーさんもアーニャさんも、お買い物デートを楽しまれたと。そういうわけなのですねー」


 にこにこ、にこにこと。

 笑っているはずなのに、威圧感が伝わってくるという高度な技術だ。


 最初は僕の隣にいたはずのアーニャはへたり込んでしまい、ぺちゃっと座り込んだまま僕の後ろに半ば隠れている。


 シャロンの後ろでは、アーシャとラシュに買って来た衣服がベッドの上に所狭しと広げられ、その側では目をきらっきらに輝かせたアーシャとラシュが興奮してぴょんぴょこ跳ねまわっている。


「シャロちゃんのものも、買って、あるよ。ぱんつ」


「なにか?」


「ひぃっ」



 なかなか。ままならないものである。

隷属の首輪は魔道具なので、それなりにお値段がします。

が、獣人一体を入手すると考えれば安いものです。

法は獣人を助けませんが、人のモノを盗めば罰せられます。

首輪をつけた獣人は、首輪の持ち主のものと判断されるため、獣人自体を奪い取るか、それをネタに持ち主から金をせびるかができるわけです。


それはともかく、シャロンのぱんつはアーニャが選びました。

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