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閑話 - 私の不調 そのいち

 "転移"した先は、上空でした。おそらきれい、です。

 大きな大きな木のてっぺんが、少し眼下にあります。


「え?」


「あら?」


「あにゃ」


 上がった声は三者三様でしたが、その意味するところは一つです。

 すなわち、困惑。そして。


「落ちる――!」


 オスカーさんの仰る通り、私たちに飛ぶ能力はありません。

 一瞬の浮遊感のあと、私たちの体は重力に捕まり、地上への短い旅路が待っています。


 アーニャさんは持ち前の運動神経で、すぐ目の前の木の枝にしがみ付いたようですが、そのまま落ちても大丈夫な私はともかく、オスカーさんはそうもいきません。

 枝を蹴り、オスカーさんよりはやく地面に到達して、落下するオスカーさんを受け止めませんと。


「あああああ!! "硬化"! "肉体強化"!!」


 オスカーさんが、ご自身と私に、魔術で補助を与えてくださりました。

 おそらく、これでオスカーさんもそのまま落ちても大丈夫とは思います。

 ただ、せっかくごく自然に抱きとめられる機会なのです。これを逸する私ではありません。


 目測着地地点と思しき場所には、四足歩行の魔物がおります。中型の狼のような見た目に、不思議な色の角があります。

 その魔物は落下中のこちらに気づくと、戸惑ったような、しかし敵対的な態度で威嚇をしてきました。


「ゴァア、ゴァァアアアア!!」


「ていっ」


 ずどむ。


 落ちる速度をそのまま上乗せして、鮮やかに踵落としをきめました。

 首と胴体が泣き別れとなった魔物は、その場に速やかに崩れ落ちていきます。


 でも、私にとっては、私のすぐ後に落ちて来ているオスカーさんの身の安全が最重要です。

 さささっと落下地点に回り込むと、頭から落ちていらっしゃるオスカーさんを、なるべく衝撃を吸収するために、ふわりと胸元に抱え込みます。


「わぷっ」


 首を痛めないよう、落ちていらっしゃる向きをくるっと回転させまして、お姫様抱っこの要領でオスカーさんをしっかりと受け止めました。

 受け止め切ってから、さりげなく真正面に抱えなおしまして、再度抱きとめます。

 抱きとめたオスカーさんのお顔が完全に胸元に埋まりますが、不可抗力です。これは仕方のないことなのです。


 よしよし、と落下で乱れた紫がかった髪を撫でつけますと、髪はぴょこっと乱れた状態に戻ってきます。

 おそらく、硬化魔術の影響と思われます。なんだか可愛いです。



「シャロちゃーん! ウチも。ウチも助けてーなー!」


 木の上のほうで、必死に枝にしがみ付いているアーニャさんから声が降って来ます。

 あんまり木登りは得意ではないのでしょうか。


「見ての通り、私は手が離せません。

 普通に木を伝って降りて来てはいかがですかー」


「ウチ、登るのは得意やけど、こんな高いとっからは降りられへん……」


 情けない声が降って来ます。

 それでいいのでしょうか、猫人族として。


 飛び降りるのも怖いそうですので、木をゆさゆさと揺すると落ちてこないかしら、とオスカーさんを抱えたまま大木に近づきます。と。


「あら?」


 鳥です。緑色の羽をした、丸っこい鳥がいます。

 どうやら、さっき流れで瞬殺した魔物に食べられる寸前だったようです。


「っぷぁっ――。

 ちょっと。シャロンの力で抑え付けられ続けると、ヒトは窒息するんだぞ」


 私の胸元から顏をあげたオスカーさんが、抗議を発します。

 私としたことが、オスカーさんの身の安全を一瞬でもおろそかにするなど、どうしたことでしょう。

 そういえば、従来よりも思考速度が緩慢な気もします。


「大丈夫か、シャロン」


 ようやく地面に降り立ったオスカーさんが、私を案じてくださいます。

 オスカーさんには私の様子がどこか不調に見えるのでしょうか。


「はい。大丈夫、だと思うのですけれど」


 はてな、と首をかしげます。

 たしかに動作に精彩を欠いている気がするのも事実です。


「ぴ、ピェェー」


 その場に落ちたままになっている鳥が、情けない声で鳴きます。


「ちょっとぉぉおおー! カーくん、シャロちゃんー! 助けてってばー!」


 木の上のほうにしがみついたままになっているアーニャさんも、情けない声で泣きます。


「ピェ」


 ぎゅっと目をつぶって手足と尻尾を抱え込み丸まった状態のアーニャさんが、樹上からオスカーさんの念動魔術でふよふよと降ろしてもらっているのを横目に、私はしゃがみこんで、鳥と見つめ合います。なんだか、くちばしの形が平べったくって、ぶさいくです。逃げる様子はありません。


 ね、あなたは、美味しい?

 美味しいなら、オスカーさんの今日のご飯にしましょう。


「ピェ!?」


 若干、慌てた様子に見えなくもないですが、それでも鳥は逃げません。食べて欲しいのかもしれません。

 オスカーさんの肉体の一部になる栄誉を得るのですから、さもありなんといったところかもしれないです。

 現代の宗教観は、まだよくわかりませんけれど、オスカーさんの聖人認定される日も近いかもしれません。

 必要とあらば、私自身はもとより、頑張ってオスカーさんのため信徒を集めましょう。


「えらいめにおうた」


 じっと鳥を見つめる私の横には、ようやく地面を踏みしめたアーニャさんがやってきました。

 しくしくと、膝を抱えて三角座りをするアーニャさん。

 その尻尾は、力なく、へなっと地面に横たわっています。


「おねーちゃん、がんばれなかったよ……」


 誰に対する弁明でしょうか。


 ともあれ、この巨木のてっぺんより少し上ということは、30mと少しというところ。

 そんな高さから落ちて誰にも怪我もないので、それに関しては不幸中の幸いと言ったところでしょう。


「ピェ、ピェェ」


「ん? なんだ、その鳥。シャロンが捕まえたのか」


「いえ。私たちが落ちて来たときから、ここに居たようです」


「ふーん。逃げないな。

 ……美味いかな?」


 オスカーさんとお考えが同じだったことに、運命的なものを感じます。


「なんか憎めない顔してるな、こいつ。くちばしがかわいい」


「そうですよね! 私もそう思います!」


 そのくちばし超らぶりーです。


「ラピッドクルスって種類の鳥らしい。卵が美味いらしい。

 わりと珍しくて人前にはあんまり出てこないんだと」


 しげしげと鳥を観察しながら、オスカーさんが教えてくれます。"全知"のお力ですかね。

 いいなぁ、私もじっと見つめられたいです。私は美味しいですよ、きっと。


 鳥あらため、ラピッドクルスを抱え上げると、何の抵抗もせずそのまま私の腕の中にすっぽりと収まります。むしろ、のんきに寛いでいるようにさえ見えます。野生の鳥として、そのへんはどうなのでしょう。


「どうやら、羽根が傷付いているようです。

 先ほどの魔物にやられたものでしょうか」


 オスカーさんに会敵即滅した魔物を指し示しますと、そっちはそっちでわりと強力な、珍しい魔物のようでした。

 鳥を見つけたときよりも嬉しそうな様子で、オスカーさんは魔物の血抜きをして"倉庫"に放り込みました。何を作ろうか考えていらっしゃるのでしょう。オスカーさんの楽しげな様子に、私も嬉しくなります。



「にしても、ここはどこなん?

 町の近く、って感じやなさそうやけど」


 ようやく三角座り状態から脱したアーニャさんが、あたりをきょろきょろと見渡しながら聞いてきます。


 たしかに、周囲は見渡す限りの木立です。

 落下するちょっと前の周囲の状況から、町っぽいものの位置は見て取れました。

 しかし、残念ながら探知範囲外なので、詳しいことがわかりません。


 私たちは現在、アーニャさんのご妹弟(きょうだい)の奪還に向けて動いています。

 蛮族の本拠地で奴隷となっていた人をはじめとする生存者の搬送や、オスカーさんのお母様以外の犠牲となった方々の埋葬をリーズナルさんたちにお任せしてきました。

 オスカーさんのお母様は、綺麗に清められた上で、"倉庫"内にオスカーさんが作られた氷の棺の中に安置されています。滅ぼしたとはいっても、蛮族の側に葬るのはお嫌だったのでしょう。


 蛮族の叛意によって、黒幕がロンデウッド男爵なる人物だとわかりました。

 その人物はカランザの町の領主ということで、蛮族の本拠地からは馬車で3日ほど掛かるそうです。

 私が走っても1日は掛かりそうですし、オスカーさんとアーニャさんを抱えて走るのでは、もっと速度は落ちましょう。オスカーさんからも全力で却下されました。


 獣人は、人間の法律では守られていないという話です。

 一度誰かの所持品ということになってしまうと、奪還も困難さを増します。

 できる限り、くだんの男爵への納入前に、奪還を成功させたい。そのオスカーさんのご意見のもと、私とオスカーさんの二人掛かりの"転移"魔術で、町を目指していたのでした。


 その"転移"も2回目までは問題ありませんでした。探索範囲ぎりぎりいっぱいのところに"転移"を3回繰り返せば、だいたい目的地付近に到着できる心算だったのです。

 しかし、最後となる今回。3回目の"転移"先は、何故か上空でした。出現位置の計算を間違えてしまったのでしょうか。


「ピェ……」


 勢いで拾ってしまったラピッドクルスも、どうしたものでしょう。

 メスであれば、飼育して卵を産んでもらいましょうか。

 オスであれば、潰して肉にしましょう。


「ピ」


「シャロちゃん、どないしたん。具合悪いん?」


 鳥を見ていた視界の端に、アーニャさんがひょこっと顔を割り込ませます。


「いえ。そんなことはないと思いますが。

 どうしてそう思われるのですか?」


「んー。おねーちゃんやから、かな」


「私はアーニャさんの妹ではないですよ」


「知っとるよ! ウチ、こんな強い妹いたら困るわ! 威厳もなんもあらへん。

 でも、なんというかなー。いまのシャロちゃん、なんか本調子じゃなさそうっていうか。

 チビたちが具合悪いときと同じような感じっていうか」


 チビたち、というのは獣人の集落での子どもたちのことでしょう。

 生物であれば、病気をすることもあるでしょう。


 しかし、私の、この身は魔導機兵です。

 前線でも疲労せず、疫病に罹らず、戦い、士官級のヒトのお世話をするために作られた魔導機兵が、そうそう簡単に調子を崩すなど。

 それは、私という存在として、あってはならないことなのです。


「ご心配をお掛けして、すみません」


「にゃー。なんやろ、たしかに心配は心配なんよ。

 でも、せやなくって。んにゃー。なんていうんやろ」


 もにゅっとした感じの表情のアーニャさんは、何事か考えているようです。

 その表情は、オスカーさんもたまにします。どういう意味なのかは、よくわかりません。


「ウチ頭よーないから、ぜんぜんちゃうこと言ってるんかもしれへん。

 しかも魔術のことなんか、もっとまったくわからへん。

 でも、なんていうんかな。あんなけすっごい魔術バンバン使(つこ)て、疲れちゃわへんもんなんかな?」


「うーん。それは僕も気になっていたんだよな。あまりにも負担が少ないし。

 シャロンが不調だっていうなら――」


 言いかけたオスカーさんが、途中で止まりました。

 そのお顔は、見る見る蒼白になっていきます。


「どうされましたか!?

 大丈夫ですか、オスカーさん」


「いや、僕よりも、シャロンが。

 僕のせいだ……ごめん、シャロン。ごめん……」


 そのまま、オスカーさんはがっくりと膝をついてしまわれます。

 私としては、気が気ではありません。


「カーくんどうしたん、シャロちゃんがなんて?」


 うなだれてしまったオスカーさんを、アーニャさんはゆさゆさと揺すります。

 やめてあげてほしさもあるのですが、私もオスカーさんがなぜ項垂れてしまったのかが知りたいです。


「僕の、せいだ。

 僕が考えなしに魔術を使ったせいで。

 シャロンの魔力が――シャロンの動力になってる宝玉の魔力を、ものすごく減らしてしまった」


「あ。ほんとですね」


 身体の内部スキャンをしてみますと、オスカーさんのお言葉通りの結果が返ってきました。

 宝玉をいただいたときに比べ、その出力は半分以下にまで低下しています。


 この出力低下の差異を調整していなかったために、動作が一部緩慢だったりしたのでしょう。

 ありうる話です。もっと重大な何かしらの不具合でなくて良かった、と私は胸を撫で下ろします。


 今回の"転移"の位置がずれてしまったのも、もっと大きな出力を当て込んでの演算だったため起こった差異なのでしょう。

 一歩間違えば大怪我をしてもおかしくなかっただけに、大きな失態です。

 今後は睡眠時以外にも、内部スキャンを定期的に行ったほうが良いかもしれません。


「出力に対して、誤差を調整しました。

 これで大丈夫なはずです。

 ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 私が謝罪すると、オスカーさんはふるふると首を振ります。

 なんだかとっても悲しそうな様子です。私のせいでそんなお顔をさせてしまうことが、私は悲しいです。


「シャロンが謝ることじゃないんだ。謝っちゃいけないんだ。

 僕が、蛮族のやつらを潰すために、シャロンの力を無駄に使ってしまったからだ」


「いいえ。無駄ではありません。

 オスカーさんが、そう望まれたのであれば。

 それに応えるのが、私の役割です」


 私はオスカーさんを少しでも元気付けたくって。

 でも、オスカーさんのお顔はなおもすぐれません。


「それは魔導機兵としての役割、だろう」


「はい。そうです」


 アーニャさんが、横から鳥にちょっかいを出しつつ「マドーキヘー?」と聞いてきます。そういえば、アーニャさんは私が魔導機兵であることを知らないのでした。



「聞いて、シャロン」


 聞きますとも。

 私が、オスカーさんのお話を聞かなかったことなど、ほとんどありません。


「僕は君が一緒にいてくれること、すごく嬉しく思っているんだ」


 私もです。

 私も、オスカーさんといつまでも居られるように、できることを惜しみません。

 聞いて、とお願いされている手前、私は黙って続きを待ちます。


「でもそれは、シャロンが魔導機兵だからじゃない。

 僕は、シャロンだから一緒にいたいと思ってるんだ」


 私も、今のこの場を他の魔導機兵に譲る気など、毛頭ありません。

 でもきっと、オスカーさんが仰っているのは、そういうことじゃないのでしょう。そういうことじゃないのがわかっても、私には何が違うのかは、わかりません。


「シャロンが僕に好意を寄せてくれるのは、正直すごく嬉しい。ものすごく。

 でも、それは僕が魔導機兵(シャロン)のマスターだから、なんだよな」


 やはり、仰っている意味がうまく汲み取れません。

 とても辛そうな、悲しそうなお顔をされて、それでもなお伝えてくださっているというのに。私にはそのお気持ちを推し量ることが、できません。


「僕は。

 シャロンのマスターだから、じゃなくて。

 僕だから、シャロンに必要とされるように、なりたいんだ」


 こんなにもわかってさしあげたいのに。

 私の論理回路では理解(わか)らない。


 オスカーさんは、私のマスターです。

 私は、オスカーさんが大好きです。

 私は、マスターが大好きです。


 イコールで結ばれたそれは、私にとって揺るぎない確かなことなんです。

 でも、オスカーさんの苦悩は、私にはわかってあげられなくって。落ちこぼれの、魔導機兵(わたし)には。


「もうしわけ、ありません。

 その違いが、私には、わからないです」



 その私の回答もわかっていたかのように、オスカーさんは悲しげに笑うのでした。


 私もオスカーさんも。気まずそうなアーニャさんが鳥をつついて嫌がられているのを、しばらくじっと見続けました。

vs黒幕戦前日の様子です。

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