閑話 - ウチの潜入作戦 そのいち
閑話というよりは、本編の別視点といった感じです。
昼前くらいに、ウチらは目指してたお屋敷に着いた。
そのままいきなり殴り込みを掛けるんかなと思ってたけど、どうもちゃうらしい。
中から獣人の反応がせーへんっていうことと、正面から行っても衛兵とかが屋敷の中から外からなだれ込んできたら困る、ってことみたい。
そのへんは、もし敵がいっぱいいてもカーくんとシャロちゃんの力があればなんとでもなると思うんやけど、今後もヒトとして人間社会で生きていく上では面倒な手順を踏んだほうがいい、ってことらしい。
ウチにはよーわからんけど、カーくんがそう言うならそうなんやと思う。
「じゃあ、もう一度だけお聞きしますね。
あなたたちが、獣人のふたりをあのお屋敷に運んだのは間違いないですね?」
今は、たまたまお屋敷から出てきた蛮族の残党ふたりと、カーくんシャロちゃんがオハナシをしてる。場所は屋敷からちょっと離れた、町の郊外のスラムっぽいところ。
荒事に慣れていそうな、鋭い目つきの男ふたりが、シャロちゃんの問いには従順にこくこくと頷いてるのが、なんかおもろい。
べつに最初っから物分かりがよかったわけやなくって、シャロちゃんの威圧とか、カーくんが爪をべりってやったり治したりした結果、今の状況になってる。
爪剥がすのはめっちゃ痛そうで、ウチにはしんどかったので、側で話を聴きながら、鳥と遊んで待ってることにした。
鳥、あんまり食べる部分なさそうやけど、カーくんが言うにはそりゃもう美味い卵を産むらしい。
見かけによらへんなぁ、というのが正直な感想。
見かけによらへん、というのであれば、カーくんやシャロちゃんの強さとか、情け容赦の無さとかも、見かけによらへんかった。
路地裏でウチを助けたみたいに、誰にでも甘い子らなんかと思ったら、全然そんなことあらへんかった。
カーくんは蛮族相手にはほんまに容赦なかったし、シャロちゃんはカーくんの決めたことやったら、って何も反対せーへんかった。
昨日のふたりの喧嘩、というか一悶着で、これから変わってくかもしれへんけど。
「あなたたちは獣人ふたりを攫っただけで、怪我をさせたり、乱暴を振るってはいない、というのは本当ですか?」
カーくんには嘘が見抜けるらしくって、ひとりひとり別々にオハナシをする必要はないらしい。
そりゃー、魔術師なんぞにウチら獣人が敵わへんわけやな、と思う。山とか壊してたしな。あれはちょっと、ないな。
「ほ、本当だよ!
クライアントから、生娘であることは念押しされてたから、"紅き鉄の団"の誰一人手を出しちゃいねぇ。
もともとあんなガリッガリのガキ、手を出したりしねぇよぉ!!」
「そ、そうだ、その通りだ。
あくまで噂だ、噂だけどな!? 獣人の初モノを犯せば寿命だとか、力が手に入るだとか、そういう……う、噂だ! あくまで噂だから真偽は知らねぇよ!!」
「おい」
カーくんが低い声で喋ると、男たちは一気に静かんなった。
「お前も、その噂を聞いたことがあるのか?」
もう片方の男も、首が取れそうなくらい縦にぶんぶん頭を振ってる。
「あああ、ああ、あるとも。
その命令がきたときに、ボスがボヤいてたから、その場にいたやつなら皆知ってるよ!
なんでも獣人の娘は、初めてを群のボスに捧げるらしい、そしてボスは長生きで強い、だからそういう噂だって!」
アホくさ。
いつの話やねんそれ。
「どうなんだ、アーニャ?」
「どうもこうも。
ウチが生まれるよりもずっと昔の風習やろ、それ。
てか、そもそもなんやかやあって長が強なるんやなくて、強いもんが長になるんよ」
ウチも含め、強いモンに惹かれるたちの者も多い。
だから、長と関係を持っとるもんが多いというのも、そんな間違いっちゃそうでもない。
まあ、ウチの場合は長より強かったし、心惹かれる男もおらんかったから20歳になった今でもそういう経験はないんやけども。
そんなわけわからんことのために、アーシャやラシュが攫われて、意味不明なやつに抱かれそうになってるとか許されへん。
もうすぐ。もうすぐ、ねーちゃんが助けたるからな。
「だよなぁ。
なあお前ら、腹減らねぇか?」
ぐりんと向き直ったカーくんが、突然男たちにそんなことを聞いた。
お昼時ってこともあって、ウチはちょうどお腹が減ってきていた。
ただ、ご飯をゆっくり食べてるくらいなら、早くアーちゃんラっくんを助けに行きたいねんけど。
1分1秒を争うのは変わらんのやし。
男たちも、なんでいきなりそんなん聞かれたかわからへんみたいで、顔を見合せて黙ってる。カーくん、そんなんええから、ウチ早よ助けに行きたい。
「あんまり適当なことを言うと、こんがり炒めた自分の指を食わせるぞ」
うわ。
うわ。
うわ……。
後ろ手に縛られとる男たちのかわりに、ウチは自分のてのひらを眺めてみて、身震いする。ずいぶんエグいこと言う。このカーくんは、こわい。
そっから、さらにもうちょい従順になった男たちから、屋敷のことを聞いた。
中に居るのは何人くらいとか。
入るための符牒だとか。
認可されてへん者が入ると警報を鳴らす魔道具がある、とか。
符牒っていうのは、あいことばみたいなもんで、後ろ暗い連中から仕入れとか便宜をはかってる男爵が、味方を見分けるために設定したもんらしい。
符牒を知ってるモンやったら、少なくともそれを知るような立場にあるっていうのがわかるんやって。人間はややこしいこと考えよるよな。
正直に話したら自由にしたる、っていう言葉通り、聞くこと聞いたあとはカーくんは奴らを開放した。妹弟を攫ってったやつをそのまま逃がすのはシャクやったけど、大元が潰れたからもうそんな悪さはできんやろ、っていうのがカーくんの考えらしい。
爪も治したって、銀貨を1枚ずつ放り投げて。
あのカイミン……なんとかいうダチに諭されたからか、カーくんも何か変わろうとしてるんかな。
そんなカーくんは、ウチをくるりと振り返ると、ずいぶんとにこやかな顔で、言った。
「アーニャ、おまえ今から僕のペットになれ」
――
でっかいお屋敷の前の、でっかい壁の前で、ウチはカーくんからの連絡を待っていた。
はやく助けに行きたいのはやまやまなんやけど、急いで台無しにしたら意味ない。
ウチは、そわそわと揺れる尻尾を撫で付けながら、その連絡を今か今かと待った。
やがて。
『アーニャ。いまだ』
ほいほいっと。
カーくんからの連絡を受けて、ウチは再度訪れてたお屋敷の壁に立ち向かう。
正面にある門からは結構離れてるので、ひとけもない。
身を屈め、地面を蹴る!
壁を蹴る!
そうして壁のてっぺんに手を掛け、ほいほいっと向こう側へと飛び越えた。にんにん。
なんかいまのカーくんからの連絡はネンワってやつらしくって、前にカイレン……なんかしっくりけーへんな。あのご飯奢ってくれたにーちゃんを呼びつけるのにも使っとったらしい。
離れてる相手に、そいつだけに聞こえる声を送れるとかほんまに反則じみてると思うんやけど、今はカーくんは味方やし心強いことこの上ない。ああ、ちゃうか。今は飼い主様やったか。
なにがペットやねんとも思ったもんやけど、なんか上手いこと忍び込むために必要やと言われたら、まあしゃーない。
蛮族殺したらカーくんシャロちゃんのモンになると言うた手前、断われもせーへんし、もう断る気もないし。
ウチがカーくんのペットになることによって、お屋敷に置いてある魔道具の警報を誤魔化すんやー、ってカーくんは言っとった。
ご飯奢ってくれたにーちゃんの家にも、その魔道具があったらしくって、同じ仕組みやったらそれで誤魔化せるんやって。
魔力とかを感知する魔道具があっても、ウチら猫人族にはほとんど魔力とかないから、そっちも問題ないらしい。
カーくんシャロちゃんに任せとけば、きっと。
きっと、あの子らは助けられる。なんとなく、そう思う。野生の勘ってヤツかな。いまのウチは飼い猫やけども。
残る気掛かりは、妹弟だけでこの先上手いこと生きていってくれるか、ってことやな。
そういう、先の心配ができるようにするためにも。
今日絶対に、助け出す。
だだっ広いお庭にはほとんど人影もなくって、ウチが駆け抜けるには簡単すぎる。背を低くしながらぴゅーっと走るだけで、すぐにお屋敷についた。
『邸内には衛兵が詰めてる。
雨樋を伝って、屋根のほうからうまく潜り込めないか?』
カーくんからの声がまた届いた。心強い。
こっちから声は送られへんらしいから、そこはしゃーない。
ぐるぐるぐるりと見渡すと、でっかい屋根に、でっかい煙突が目に入った。
おねーちゃん、頑張るよ!
お屋敷の中の人間にも見つからんように、音も立てんように、一瞬で。
窓枠に手を掛け、反動で上へ、上へ。壁に爪を食い込ませると、ガリッと嫌な音がする。
「〜〜!!」
めっちゃ痛い。
めっちゃくっちゃに痛い。
指の爪がガリッて剥がれただけやのに、全身に針を突き刺されたみたいな、じくじくした痛さが広がってくる。
さっき、カーくんに爪を剥がされてた男の様子が頭をかすめる。
これは痛い、めっちゃくちゃ痛い。
でも。痛いけど、声をあげたりするわけにはいかへん。
もっとひどい目に遭ってるかもしれへん妹弟のためにも。
もともと関係なかったウチのために、頑張ってくれてる御主人達のためにも。
おねーちゃん、負けへんからな。
「〜〜!!!」
反動を使って、上へ、上へと体を押し上げる。
軸になった指がもげそうなくらい、めっちゃ痛い、もうやめとけよ、って言ってきてるみたいな感じ。でも。
もうちょっと、もうちょっとだけやし、な? がんばろ?
悲鳴を上げそうになる口を、指を、痛さで震える身体を抑えつけて、ウチはでっかい屋根目指してもう一回、跳ぶ。
標準語版の要望があれば、書くかもしれないです。




