表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/445

僕と彼女とエネルギー

指摘をいただいてほんのちょっとだけ1話目に加筆をしております。


現段階ではオスカーくんは眼鏡をしていないです。

1話目の挿絵の時点では眼鏡をしているので、ややこしかったかもしれません。

 シャロンの同型機だというその破損した身体を、どさっとシャロンの前に降ろす。


 手足の構造は、なるほどシャロンと同一のようだ。

 しかし、顏から胸にかけては大きく欠損しており、元の状態を伺うことはできない。

 もし、このように両断されている状態であっても、この顔がシャロンと全くの同一であると気づけてしまったなら、正気度チェック不可避であった。


「ところでこの傷跡を見てくれ。こいつをどう思う?」


「大きいですね」


 シャロンは、同型機の断面図をしげしげと眺めている。

 破損しているのはすでに想定内ーーというか知ってすらいたようで、特に驚くこともないようだ。


「この傷がついたのが、あまりに古すぎるため正確な分析はできませんが。

 高熱を纏った剣や板、それに準ずるもので切断されたようです」


「やっぱり溶けてるよね、これ。

 ちなみに古いってどれくらいとか、わかる?」


「正確なことは不明です。

 少なくとも、1500年以上は経っているでしょうが」


 せんごひゃく。


 近年の、食料・医療環境の充足によって、人間の寿命は伸びてきている。

 裕福な民間の人の最高寿命は70歳にまで届こうかというようなほどにまで。


 しかし、1500年となると桁が違う。ふたつも違う。

 20歳でこどもができると考えると、実に75世代だ。

 僕は3世代前の先祖すら知らない。1500年とは、すさまじい月日の集積である。


「あくまで、この気候、気圧等の条件下での概算です。

 もっと高負荷な環境下からここに移動されたのであれば、破損時期の見積もりは前後します」


「そ、そっか。ふーん」


 ふーん、どころかいまいち以上にわかっていないが、最近できた傷どころか年単位ではきかないレベルの昔のものだということは確かなのだろう。

 ーーということは。


「シャロンも、その。

 1500歳以上ということになるのかな」


 同型だというのであれば。

 先ほどまでのような恐れを含んでいるというわけではない。

 シャロン自体に対する恐れはもはやほとんどないが、しかしやはりそれだけの年月には畏怖を抱かざるを得ないのだ。


「製造された、という意味ではそれ以上に古いと推測します。

 しかし何歳か、というお話であれば、生後約50分程度と言えます」


「50分」


 それは、つまり。

 先ほど"起動"されたとき、ということか。


「私がシャロンという意識を持ち、新たな生、私の名として与えられたのが43分22秒前です。

 が、そういう意味ではなく、それ以前の起動記録が私にはありません」


「記憶喪失ということ?」


「いいえ。それすら不明なのです。

 元々あったはずの記録。記憶と言いましょうか。

 それが消えたのか、それとも最初から記憶などはなく私の初起動自体が51分前だったのか。

 私にはわかりません」


 意識が生まれて50。いや、51分か。地味にカウントアップしてきている。

 "起動記念日"と"シャロン記念日"はこの先ずっとカウントされ続けるのだろうか。


「ですので、私はロリババア枠でもロボババア枠でもありません」


「枠」


「むしろ清純派ロリロボ枠と言って過言ではありません」


「さっき、魔力や魔術についての知識についても言及していたけど、そこらへんの学習はどういうことになってるんだ?」


「スルースキルが看過できないレベルで上がってきましたね、オスカーさん。

 シャロンは寂しゅうございます。よよよ。

 それはそれとしまして、私の知識体系に関しましては、補助記憶媒体に製造時点で記録されているものです」


 製造時点。シャロンが作られたとき。

 作られた時点で、ええと、なんだって?


「私自身のルーツを物凄く遡るとノイマン型のアーキテクチャに行き着くのですが、補助記憶装置と主記憶装置、コアプロセッサという概念はだいたい共通しています。

 演算能力としては、ネットワーク上で同型機とリンクすることで並列化可能です。

 ですが、何度か試行してみてもアクセスができませんでした。

 この場所が問題なのか、長い時間が経ったためネットワーク自体が変わったか壊れてしまった可能性があります」


「んん。えっと。んん?」


「シャロンとしましては、『あー、ネットワーク認証で起動可否が決まるタイプでなくてよかったー』という感じですね」


「すまない。意味のわかる部分が全然なかった」


 シャロン的には噛み砕いて喋ってくれていたのかもしれないが、意味不明すぎてすごい。

 『この意味不明さがすごい 王歴236年』に堂々のランクインができそうなくらいに意味不明だ。


 村に居たころ、友達に魔術の話をしていたときにポカーンという顏をされたことがあったっけ、と思い出す。

 こういう心境だったのだろうか。これは意味不明すぎる。

 あのころは正直すまんかった。


 シャロンは、「えーっとですね」と多少考えるそぶりを見せ、仕切り直した。


「超大雑把に言いますと、生まれた段階で知っていました」


「うわぁなにそれすごい」


「もっとすごい力を使えるはずなのですが、多分壊れています」


「それは残念」


「でもその力がなくても私は動けるので、良かったです」


「それはよかった」


「だいたい、そういう話でした」


「なるほど」


 嚙んで含めるように、教えてくれる。

 シャロンは僕がわかった様子だったのでにっこりしてくれたが、多少悔しい。

 そのうちシャロンのいう話のすべてがわかる時がくるのだろうか。


 そうだといいな、と思う。わかってあげたい、と思う。


 僕にはシャロンしかいないし、いまのところシャロンにも僕しかいないのだ。

 でき得る限り、相手のことをわかるようになりたい。

 とびきりかわいい女の子だから、というわけではない。断じて。


「って何してるの」


「右足を頂戴しようとしています」


 同型機をじっと見つめていたシャロンが、次に謎のヒモを挿したり、首をふりつつヒモを抜いたりするのを視界の端で捉えてはいた。

 そして今は、ふんぬぅとばかりに右足部を引っこ抜こうとしていた。力づくである。


「さっきから何かやってるな、とは思っていたけど」


「コアプロセッサが完全に消失してしまっていますのでーーっふん、イジェクト信号にも全くの無反応なのですよ。ーーったぁ!

 補助装置にもアクセスできませんでしたからーーてぁっ、やむなしですーーっうー!!」


 なんとも力の抜ける掛け声とともに、文字通り足を引っ張るシャロン。

 片手片足での作業は大変そうなので、僕も参戦する。


 しかし。


「この、っへん、っが、はずっ、れるっ、はずっ、なんですぅー!」


 微動だにしない。

 発見までは凄まじい能力を発揮したシャロンだったが、こうしてしゅんとしている表情は、どう見てもただの少女だった。しかも、半泣きである。


 ん。待てよ。外れるはずなのか?


「ここは本来、外れるような場所なの?」


「え。はい。

 通常歩行や戦闘ではかからない負荷として、一方向に押し込んだあとに捻るとロックが外れる作りになっているんです。いるはずなんです。

 でも、今は押し込めもしないし捻れもしないのです」


「ふーん。なるほど」


「経年劣化でしょうか。でもスペック上、エネルギーさえあれば5千年は耐久できるはずなのに。

 うう。責任者を出してほしいです」


 わりと本気で悲しそうであるが、さもありなん。

 足が手に入るはずが、思わぬところでつまずいてしまっているのだから。


「瓦礫に埋まっていたので、それで微細にでも変形してしまっているのでしょうか。

 それとも、この両断されている傷を受けた際に機構を破損したのでしょうかーー。

 うぅ。足が手にはいれば、マスターの、オスカーさんのお役に立てるかも、と思ったのですが」


 うまく行かずにしゅんとしていたシャロンだったが、ついにしおしおめそめそとしなだれてしまった。


「”剥離” ーーお。取れた」


「めそめそ。わたしは役立たず。めそめそ。んん。なんですと」


 はい、とシャロンに右足を差し出す。めそめそって口で言うな。


 驚愕の表情で、差し出された足を受け取るシャロン。

 ここにきて再びシュールな図である。


「魔力を検知。でも、そんな。どうやったのですか?」


「剥離魔術を使ったんだよ」


 僕の、唯一の得意な魔術であり、一番始めに習得したものでもある。


 その熟達っぷりは、多少集中すれば詠唱もほとんど必要とせず、魔力消費も極小。

 しかし地味。悲しいほどに地味なのだ。


 その効力は、外れるべきもの、質の違うものを剥がす魔術。

 主な用法としては、鍋のコゲを剥がしたり、畑から雑草を剥がしたり、風呂桶のカビを剥がしたり、栗をイガから剥がしたり、などだ。


 頑固なコゲがついてしまった母愛用の鍋を直そうとして、これまた母の本を勝手に読んで覚えた魔術だ。

 母に大変喜ばれたことでいい気になり、いろいろなものを剥がしまくった結果、この魔術だけはすでに熟練の腕である。


 まあもっとも、活かせる部分は本当に少ない。

 まず、強固に結びついているものは剥がせない。

 かなり力を込めれば、きつく打ち込んだ釘くらいなら剥がせないこともない。

 が、そんな労力を払うくらいなら釘抜きを使った方がよっぽど良いのだった。


 そして、対魔力を持つものーーおもに生物ーーにはほとんど効かない。試したことはないが、人の爪を剥がしたりもできないだろう。

 小さな植物と土の境界を剥がすことはできても、木の皮と幹を剥がすことはできなかった。もっとたくさんの魔力を込めれば可能なのだろうが、身の丈以上の魔力を使うと血を吐いて倒れかねない。


 ゆえに、これが得意です! といっても『ええ……』『地味だね』という生温かい反応を頂戴するのが常のことであった。

 ーー両親だけは、『すごい、天才じゃないか』『この子は将来、天才魔剣士になるぞぅ』と大盛り上がりであったが。


「ーー無理に外して破損した形跡もありません。

 これは。すごいです、すごいですよオスカーさん!

 オスカーさんは魔力使いの天才なのではないですか」


 目を爛々と輝かせ、あふれんばかりの尊敬や信頼を向けてくる。

 奇しくも、かつての両親の言葉と重なり、僕も笑みをこぼした。


「断面に汚れもなし、と。いけそうです」


 それでは、とばかりに右足を自分の足の付け根ーー空洞となった部分に重ねるシャロン。

 ごくり。

 僕は固唾を吞んで見守るばかりだ。


「いきますーーんッ」


 微妙な声を上げながら、右足を挿入した。

 目を細め、口の端を噛み締めているのを見るに、普段通りの軽口ではなく、純粋に痛いのだろう。


「たはー。神経接続は思った以上に痛いですね。

 もう少し、痛覚も自由にいじれると良いのですが」


「大丈夫、なのか?」


 問いかける僕に、シャロンは惚れ惚れするようなにっこり顔で応じる。


「ええ、もう大丈夫です。

 デバイス認識問題なし、正常稼働確認、です」


 そうして。自然な動作で。

 その両の足でもって、スッと立ち上がった。


「えへへ。お顔が、近づきましたね。オスカーさん」


 微笑む。

 澄んだ蒼の瞳が、僕のちょうど肩くらいの高さから見上げてくる。


「私からキスできそうな近さですね」


「万年発情期か」


 僕は苦笑いを返すが、シャロンは笑顔のなかに真剣な色を内交ぜにしている。

 その表情に、ドキッとしてしまうのは、無理からぬことだろう。

 落ち着け、僕。この子は、あれだ。発言がすごく残念だ。その気になってはいけない。

 深呼吸、こういうときは深呼吸して落ち着くのだ。すーはー。


「では。改めまして」


 そのまま、思わず口ごもってしまう僕に対して、シャロンはゆっくりと目を伏せると、うやうやしく片膝をついて礼を示した。


「これよりオスカーさんに尽くす魔導機兵、シャロンです。この身は命果てるまで貴方の剣であり、盾となります」


 それは物語に出てくるような、騎士が王様に対して行うような、最も大きな敬意を表するもの。


「幾久しく。どうぞよろしく、お願いいたします」


 直に見るのは初めてで、しかもその対象が僕だということに狼狽える。

 僕も幼少のみぎり、騎士に憧れたことが無いではない。


 自身の信奉する主に、剣を、力を、命を捧げる。

 それは文字通りに、絶対の忠誠を示すものだ。


 無論、なにがしかの魔術的強制力等を持つものではない。

 それを絶対のものたらしめるのは、高潔たれという騎士の精神の働きである。

 騎士が、自身の精神に掛けてそれを全うするのだ。


 瞑目し、頭を垂れる姿勢のシャロンを、弱々しい魔力光だけが照らし出している。

 その金の髪が一房流れ落ち、いっそ一枚の絵画のような荘厳な雰囲気を保っている。


 鏡を見なくてもわかる、今の僕の顏は真っ赤だろう。

 羞恥ではない。感動、誉れ、だろうか。


「君に会ったのは、たまたま、偶然の産物だ。

 それだけじゃない。その珠を持っていたのも、それがたまたまシャロンの元へ転がったのも。

 偶然の産物なんだ」


 ーーだから。

 僕に、そんな忠誠を向けられるような理由は、ないんだ。

 無二の恩義を感じる義理は、ないんだ。


 100年、1000年、またはそれ以上にも及ぶ孤独な眠りというのは、僕には理解ができない。

 途方もなさすぎて、理解しようがない。

 わかったフリをすることすら、おこがましい。


 とてもつらかったのかもしれないし、別になんとも感じていなかったのかもしれない。

 その眠りを起こしたのが、たまたま僕だった。それも、起こそうとしたわけですらない。

 本当に、偶然の産物なのだった。


 しかし。


「オスカーさんに出会わせてくれた、その偶然にも感謝を」


 最上の敬礼をとったままの姿勢で、シャロンはふんわりと微笑んで言うのだった。


 シャロンの外見的なパラメータは、最初こそ天使かと見まごうたほどに高い。


 内面的にも、謎の知識や索敵能力を有し、敬意を持って接してくれる。


 ーーただただ、残念な発言によってその真価を封印しているとでもいうのか、普段から発揮されてはいないだけで。

 発揮されていなくてよかった、と思う。きっと自分はその魅力に太刀打ちできるすべを持っていないから。


「さて。それでは」


 敬礼姿勢からようやく起き上がったシャロンは、僕に対して背中を向けるといそいそと自身の服をまくり出した。


「いやいや、なんでだよ」


 前後の繋がりが全くない。


「ちょっと恥ずかしいですが、存分に見てくださいませ」


「いやいやいや、なんでだよ」


 語彙力が死んでしまった。

 なぜ脱ぐ。なぜ真面目な空気を保てない。なぜ。


 僕が混乱している最中でも、どんどんと晒されていく柔肌。

 その背中は、傷一つなく、なめらかで指触りの良さそうな温もりを感じさせるものだった。


 薄暗い魔力光の下だというのが、まだ全身がよく見えないためなんとかぎりぎりいろいろ危ないところでセーフよりのアウトあたりを保っている。保てていない。駄目だ。

 薄暗いから大丈夫なのか、それとも薄暗いからより艶かしさを持っているのかには判断が別れるところである。


「ふぅ。ではーーいきます」


 僕は手で目を覆うべきか迷っておりーーつまり今はばっちり綺麗な背中が見えておりーー、シャロンが次に何をしようとしているのかまで思い至らない。


 いくってどこにー!? とつっこみを入れる寸前、小さな音を立てて、背中の一部が手のひらサイズ程度に四角く開いた。

 こう、いままで何の変哲もない肌だった場所が、ぱこっと開いたのだ。


「え、なに、え!?」


 暗くてあまりよくわからないが、開いた先は赤く半透明な何かで満たされているようだ。

 部位も、もともと詳しくないが、人間であれば何か臓器があるはずの場所である。


「オスカーさん。

 これを、私のなかに挿れてください」


 ごくり。喉が鳴る。唾を飲むのを忘れていたのか、いつのまにか僕の喉はカラカラになっている。

 いろいろとだめな感じのセリフに聞こえるそれとともに差し出されたのは、ずっとシャロンの片手におさまっていた宝玉だ。


「そこは、私の汎用ジェネレーターーつまり、大事な部分です。

 エネルギー体を挿入することで、効率よく運用することができます」


「お、おう」


「その。優しく、してくださいね?」


「シャロン、お前。ワザとそういう物言いをしてるだろ」


「あら。バレてしまいました」


 ころころと楽しそうに笑う。

 背中を向けてはいるものの、きっと表情は楽しげに微笑んでいることだろう。あの蒼の瞳で。


「ではーーお願いします」


 ごくり。再び、喉が鳴る。

 宝玉を受け取り、シャロンの左肩に手を添えると、ピクンと小さく肩が跳ねた。

 さきほどの同型機の身体は硬く冷たかったが、シャロンの身体は見た目通りにすべすべしていて、ほのかに温かい。

 って何を考えているんだ僕は。うわぁああああああ。わぁあああああ。

 平常心、平常心を保つんだ。すーはー。


 意を決して、半透明な部位に宝玉を押し当て、


「「あ」」


 薄ぼんやりと周囲を照らしてくれていた魔力光が、切れた。


 それに気を取られているうちに、押し当てた宝玉をつまんだ指もろとも、ぞぶりーーとシャロンの中へと埋没した。


「んぁっーーあっ。ぁァ」


 一瞬の嬌声のあと、そのままとろけた声を出すシャロン。

 僕はというと、そんな声に反応を返そうとするが。


 声が、出ない。


 代わりに、指先から、抜け落ちていく。

 僕の、魔力が吸われていく。吸い上げられていく。


 ぐんぐんと。あるいはずんずんと。


 指先から、熱が奪われていく、感覚。

 暖かく包まれて、しかし根こそぎ、吸われて。


「ああ。これが、おすかーさんの魔力。えへへ、おすかーさんをかんじます」


 魔力が尽きかけの僕なんかとは比べるべくもない巨大な魔力の結晶が、同時に挿いっているはずなのだが、シャロンは蕩けきった声で僕だけを感じとっているらしい。

 僕の身体にも、謎の満足感、充足感が込み上げてくる。シャロンに魔力を吸い上げられている指先を通して、多幸感が全身を駆け巡る。


 しかし。


 このままでは食い尽くされる。しゃぶり尽くされる。


「くっ」


「ーーあっ」


 どうにかこうにか、第二関節くらいまで埋没していた指を引き抜いた。

 時間にして数秒のことだった、はずだ。

 だが、真っ暗闇で、名残惜しそうな声を出すシャロンと対象的に、僕は立っているのも億劫なほどにまで身体中が疲弊していた。


 ふらつき倒れそうになる身体を、シャロンの肩を掴んだ左手に意識を集中して、かろうじて持ち直す。

 だめだ、これは、だめだ。意識を保っていられない。

 血反吐を吐くまでは行かないようだが、寒い。そして、とにかく身体がだるく、眠い。


「おすかーさん、いがいとせっきょくてきなんですねぇー。おとこのこですねぇー」


 返答を返す余力がなく、そのままずるずると崩れ落ちてしまった。


「おろろ、あまりのがっつきっぷりにさすがのシャロンちゃんもこれには困惑ーー

 って、オスカーさん!? オスカーさん、しっかりしてください、オスカーさぁん!!」


 ようやく異常を認識したのか、わたわたと僕の身体を抱き寄せる。


 僕からは、暗闇のなかで蒼く輝く瞳だけが見える。


 その目が悲しみに歪むのを見たくない。

 心配いらない。シャロンのせいじゃない。すぐに起きるからーーだから。

 僕は意識を手放すその直前に一言だけ何とか言葉を捻り出そうとしてーー


 僕を抱きとめる、ふにゅっとした柔肌の感触が、途切れそうな意識を必死に繫ぎ止めていた脳髄にまで伝わる。


「服、着て……」


「オスカーさん!?」


 そうして。

 あまりにあまりな言葉だけを残して、僕の意識は視界と同じく昏い昏い闇に閉ざされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ