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僕と原初の魔女 そのに

 どうみても世捨て人って感じだった赤いあんちくしょうに子供がいる――いた、という話に僕は驚きを隠せない。

 それと同時に、ひとつ腑に落ちたこともある。


「勇者の赤と、海神の海蒼を継いだ紫、つまりこの国の王家の始まりが『原初の魔女』か」


 ってことは、いま、この島では僕があいつの娘と見做されてるってこと!? 嫌だが!? 絶対子育て下手だろあいつ!

 レピスは僕の推測に、ふるふると小さく首を左右に振る。


「近いですが、少し違いますわね。原初の魔女様は3つの神器をこの地を治める者に遺し、旅立たれたと伝えられておりますの。錫杖、腕輪、冠。これらの神器が王家の証ですわよ」

「いわゆる王権神授説ですね」


 島民たちから遠巻きに拝まれる僕とレピスのもとに、上空から声が降ってくる。シャロンだ。蒼月の翼をきらめかせ、上空から舞い降りてきたのだ。

 シャロンには今後のために海底の地形調査をお願いしていたのだけど、それがひと段落したのだろう。


「おうけん……何です?」

「神授説、です。王様は偉い、それはなぜかと問われたとき、神様から与えられた権限だから、と正統性を主張するものです」


 なるほど。なんで王様が偉いのかとか、考えたこともなかったな。偉いというならそうなんだろう、くらいの認識しかしていなかった。

 偉かろうがなんだろうが村が蛮族に襲われても何もしてくれやしないし、レピスを自分たちの都合で押し付けておいて毒殺しようとする奴らだ。正統性なんざ知ったこっちゃない。


 エタリウムでは海は信仰の対象でもあるらしい。大いなる恵みをもたらし、それと同時に命を奪い去る荒ぶる側面を持つ。

 海に関する開発を進めようとすれば海神様の怒りを畏れる者たちからの反発も予想されたが、僕を原初の女神――つまり、神の血を継ぐものとしてまつりあげることで、正統性を与える意味もあったそうだ。王家と同じやり方ってわけだ。


「いいのか? 僕はたぶん神の血とか継いでないけど」


 やりとりが聞こえるほど近いわけでもないが、まわりに島民もいるため、声を潜めて問いかける。

 なにを隠そう、僕はそこらへんの寒村の出であり、高貴な血とは無縁も無縁。まあ災厄の泥の中で肉体を再構成したせいでなにかしら混じってる可能性はあるけど、僕自身はどこにでもいるチンケな村人だ。


「この場合重要なのは、事実ではありませんわ」

「人々の間でそういう共通認識が形成されていれば事足ります」


 ねー、と顔を見合わせてレピスとシャロンが微笑み合う。仲良いね、きみたち。


 僕がスカーレットを名乗り『原初の魔女』と目されているのも、白爵の嘆願に応えたレピスが島喰み討伐部隊を編成してこれを成し遂げたのも、すべてまやかし。後付けされたものだ。そういえばシャロンが女神扱いされてるのも事実とは異なるんだった。もはや慣れすぎて違和感がないけども。

 でも、事実がどうあれ、語り継がれるのは()()()()()()()()()()顛末のほうだろう。

 なんとなくだけど、赤い勇者のあんちくしょうの()って存在も、かつて実在したというよりは、王家が支配体制を固めるために()()()()()()()()()ようにも思える。

 今度会うことがあれば本人に聞いてみようかな。


「姫と女神と原初の魔女が揃い踏みしているんですもの。入り江を埋め立てるくらいでは邪魔は入りませんわよ。どうです? わたくしもけっこうやるものでしょう?」


 レピスはふふーんと腰に手を当て、得意げに胸を張ってみせる。アーシャ以上、シャロン以下ってとこか? 当然、(スカーレット)の圧勝だ。いや僕のというよりアーニャのだけど。

 試しに僕も胸を張ってみる。するとあたりから「おぉ……」とか「すげぇ」とか、唾を飲む男たちの声なんかが漏れ聞こえてくる。ふはは、勝ったな。

 僕が勝ち誇っていると、ぷくぅと頬を膨らせて、ぽこぽこと力のない拳でレピスが襲い掛かってきた。


「むぅ。少しくらい褒めてくださってもよろしいのではなくて?」

「スゴーイ」

「ぜんぜん心がこもっておりませんわぁー!」

「それで? 入り江がなんだって?」

「露骨に話を逸らしましたわね……。まあいいですわ。もちろん、当初の計画ですわよ。島喰み討伐でも功績は十分でしょうから、わたくしの立場からはこれ以上を無理にとは言えませんけれど」


 エタリウムに乗り込んできた当初の目的は、レピスがこれ以上暗殺の危険にさらされないよう、この国の中での支持基盤を得ることだった。けして、島喰みだとかレントだとかの素材集めが主目的だったわけじゃない。お、覚えてたぞ、ちゃんと。


 レピスの言うように、道中で遭遇した島喰みを討伐したことによってある程度の名声は稼げており、支持基盤の構築という意味ではすでに目的を達成していると見なすこともできる。


 当初の計画を実行に移すなら、かなりの量の魔石も使うことになる。

 でも、どのみち島喰みの解体が終わるまではこの島にいる必要があるのだ。残った骨を移動させるにしても、島民たちの力ではどうにもなるまい。それをこんなところで放り出して帰るほど無責任ではないつもりだし、そんなことをすればせっかく稼いだレピスの名声が落ちてしまう。

 そして、どうせこの島にいる必要があるのなら、新しいことに挑戦してみるべきだと僕は思う。せっかくそのための準備もしてきたことだしな!


「僕としては計画を進めるつもりだよ。そのためにシャロンに地形の調査をしてもらったしな」

「えっ。でも、シャロン姉妻様(ねえさま)が飛んでらしたのって沖合いのほうでしたわよね? 入り江はあっちのほうと白爵から聞いておりますわよ」


 あっちのほう、とレピスが指差すのは島の反対側だ。


「あの、えっと、旦那さ――スカーレット様? 確認させていただきたいですわ。もともとの計画って、入り江を埋めて農地を増やすのでしたわよね? そのために、大きな入り江のあるこの島をお選びになったのですわよね……?」


 僕は思わずシャロンと目を見合わせた。

 そして思い至る。レピスには魔力量がどうとか魔道具の設計がどうのとかの詳しい話を省いて『海の水をぜんぶ抜く』としか伝えていなかったことに。それを彼女は『入り江を埋め立てる』と解釈していたのだろう。


「……シャロン、ここに島の地図を描いてくれる? ぺかーは無しで」

「はい」


 指から光を出すの(ぺかー)はさすがに島喰み解体中の島民たちがわらわらと集まってきてしまう。

 いや、砂に棒でざりざりと地図を描いてる今の状態でも人が集まりつつあるくらいだから、あんまり関係ないか?

 というか、シャロンが砂に描く地図が力作すぎる。突き出た岬の形まで正確に描いた地図なんて、この地を治める白爵でも持ってるかどうか。


「レピスラシアさんが仰っている入り江とは、このあたりですね」

「え、ええ。そうですわ。測量の技術までお持ちですのね、シャロン姉妻様(ねえさま)は」

「良妻たるものの必須技能です」


 地図の出来栄えにレピスは感嘆の息を漏らす。シャロンもまんざらではなさそうだけど、良妻といえばなんでも通ると思ってるのは間違いだと僕は思う。

 シャロンの描いたササザキ(この)島の地図の、これは南にあたるだろうか? たしかに島が大きくへこんだ地形があり、レピスはここを埋めるものだと勘違いしていたらしい。そう、勘違いだ。


「そしてここがヘムベ島。そしてこちらがシュク島です。どちらも白爵領に含まれていて、ヘムベ島は無人。シュク島は人口百と少しで白爵の息子家族が代官として治めているそうです」


 シャロンはササザキ島からやや離れた北側に小さな島を描き、そこから南東の位置に細長い島を記した。それぞれヘムベ島、シュク島の位置関係なのだろう。この浜からは、水平線に沈み込むぎりぎりのところでシュク島と思われる島の端っこが見える。


「まず、ここを繋ぐだろ」

「は? え? つなぐ?」


 シャロンが描いた見事な砂上地図の、ササザキ島の北東部から、ざりざりと線を伸ばし、シュク島へと繋ぐ。

 ぽかんとした顔のままレピスは僕が引く線を目で追い、よくわからないまま集まってきた島民たちもそれに(なら)った。


「そんで、こっちも繋ぐ」


 シュク島の反対側の端から出た線を、次は小さなヘムベ島へと接続。最後に、ヘムベ島からの線をササザキ島の北西あたりにつなげたら完成だ。


「この3島をつなげて、内側の海の水を全部どかすんだよ」


 目論見(もくろみ)通りにいけば、島の面積は一気に8倍近くなるというのがリリィとシャロンの見立ててである。エタリウム諸島王国連合の首都島よりも、じつに倍以上大きくなるんだとか。

 やったねエタリウム。領土が増えるよ!


 しばらくの間、レピスは目を見開いて口をぱくぱくとさせていたが、ようやく理解が追いついたらしい。「……スゴーイ」という、心ここにあらずの感想が潮騒に溶けていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 抜かったな、レピスラシア様! 眼の前にいるのは『あの』スカーレットお嬢様とシャロンちゃん様だぞ! 相手の力量を見誤るとはまだまだ人を見る目が……いや仕方ないかーこの二人だもんなー。むしろち…
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