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僕と姫と島の宴

 どれだけ言葉を尽くせども、それだけで腹は膨れない。

 一時的な興奮も、熱が冷めてしまえばそれまでだ。

 逆に言えば、興奮冷めやらぬうちに開催された盛大な宴が盛り上がらないはずがない。それも自分たちの懐が少しも痛まぬものならなおさらだ。


 広場にはいくつものテーブルが運び込まれ、赤々と燃える炭火で熱された鉄板を彩るのは大量の肉、肉、肉の肉祭り。

 いい具合に焼き色のついたそれらは、空腹を刺激する暴力的な香ばしさを惜しげもなく振りまく。溢れ出た肉汁と油が鉄板の上でじゅわじゅわと陽気に騒ぎ立てる。


 島民たちが木製皿の上に山盛りにして笑顔で頬張るそれらは、文字通りに山ほどある〝島喰み〟のステーキだ。

 飢饉が発生するほどに食べ物に困っていたなら、胃が弱っていて肉を食べるのはつらいんじゃないかとも思ったが、どうやらいらぬ心配なようだった。彼らはこれまでの恨みを晴らすかのように、食べて、食べて、食べまくっている。一応、胃が弱ってそうな人のために粥も用意してある。具は肉だが。


 肉の味付けはほとんど塩だ。海の側なので採り放題だしな。

 そしてンゴなんとかいう、発音しづらい黒くてどろっとした汁をつけている者もいる。魚醤って種類の調味料だとリリィが言っていた。魚を塩漬けにして作るとかなんとか。詳しいことは聞いてないけど、製法を聞いたアーシャが早速作ってたやつだ。

 そのアーシャお手製の、ンゴなんとかと蜂蜜、おまけに砕いた胡椒と摩り下ろしたカルカルを混ぜた特性漬け液があるんだが、これに浸して焼いた甘辛肉は大ウケした。ただ、ウケすぎて取り合い掴み合い殴り合いの喧嘩があちこちで勃発したので、ひとりにつきひと切れ限定にした。

 遠く離れた島国の民の胃をもわし掴みにするとは、アーシャ恐るべし。


 肉の在庫には困らない。というかありすぎて困るのでじゃんじゃん食べてほしい。肉肉肉肉、肉肉肉だ。肉しみに呑まれよ。

 できる限り食べ尽くしてくれないと、残った肉が腐ってしまって大変なことになる。


 でもこの人数で消費するにしても、食べ尽くすには1年くらいは掛かりそうだな。それほどまでに巨体なのだ、〝島喰み〟ってやつは。

 当然、あと数日も保たずに腐り始めるだろうから、保存食への加工を急がなきゃいけない。


 島喰みの肉は多量の魔力を含んでいるので、そのまま食べたら魔力中毒を引き起こす。軽度なら吐くか腹をくだす程度で済むけど、多量に摂ったらそれが最期の食事ってことになりかねない。

 ひとかたまりに切り出した肉は、〝島喰み〟の毛とラングルの胃壁、岩怨蛾の鱗粉を浸透させて作った魔素抽出器(エナ・ドロップル)にしばらく入れておいて、魔力を絞り出してから調理する。

 抽出器で採れた魔力は腐った血のようにどろりとした暗紅で、しかも意思でも持ってるかのように僕に目掛けてにじり寄って来ようとするもんだから、適当にそのへんに撒いていいものにも思えず、分厚い硝子(ガラス)瓶に詰めて保管している。スライムを使って濃縮したら魔石に加工できそうだけど、そこから〝世界の災厄〟が復活したりは――さすがに、しないよな? 復活するのが〝島喰み〟ならいくらでも狩るんだけど。


「レピスラシア姫殿下万歳!」

「レピスラシア姫殿下に乾杯ィッ!」


 あちらこちらでもう何度目ともわからない乾杯が交わされる。

 彼らが飲んでいるのは潜入に先立ち、前もってリリィが用意していた麦酒だ。


 麦酒は僕らにとってはそう珍しいものでもないけど、このあたりでは滅多に手に入らないものらしい。原料となる麦の育つ土地が少ないんだってさ。

 海を越えて外から運んでくるとなると手間と時間が掛かって費用が(かさ)むので、もっぱら王侯貴族が要人をもてなすための珍品って扱いだそうだ。

 そんな貴重な品らしいけど、倉庫改に収納して運べる僕らにとってはさほどの労力でもない。今日のところは好きなだけ飲んでくれという気持ちだ。50樽くらいは用意してあるから……え、出してないだけで100樽以上ある? 多すぎん?

 まあ、たかだか金貨5,60枚程度の出費だし、少々無駄になったところで気にしないけどさ。

 ちなみに、僕、シャロン、リリィと、おまけにレピスの護衛騎士がいるので、演説中にレピスの護衛についていた白爵家の私兵の皆さんもすでに飲んだくれており、赤ら顔で大笑いしている。


「レピしゅラシア様のおかげでぇ〜、酒がぁ〜美味ぇなぁ〜!」

「こぉらお前、ふけいだろぉがよ〜! ゲラゲラ」


 すでに呂律(ろれつ)があやしいのもいるけど、シャロンとリリィが広場中の体調観測(バイタルチェック)をしているらしいので、まずいことになりそうなら教えてくれる手はずになっている。


 にしても、レピスの人気は凄まじいな。肉を食い酒を飲み、陽気になった人々は口々にレピスを褒め称える。

 当のレピスは僕の側で手を振りながら「うふふ」と微笑んで島民たちを見守っているけど、ことがこれだけうまく運べば内心では笑いが止まらないんじゃなかろうか。


 酒盛りの開催に先立って、レピスは島民たちにある宣言をしている。

 〝島喰み〟の討伐が成った祝いという名目で、来年のこの時期までの税の完全免除と、その後十年に渡る大幅減税をレピスラシアの名において約束したのだ。

 〝島喰み〟討伐のために重税に耐えていた、という話をねじ込んだのだから、目的が達成されたいま、減税となるのは理屈の上では何の不思議もない。実際のところは、〝島喰み〟討伐のためなんてのは口から出まかせの、白爵家の失政を補填する重税だったのだが。


 1年の完全免除は言うまでもなく、その後の大幅減税は今までの7割税から3割税へ。

 収めなければならない税は半分以下になる。ミーシャが言うには、エタリウム諸島王国連合では6割税を基本としているらしいので、他と比べても半分の税だ。


 税の話はレピスのその場の思いつきによる宣言というわけではなく、事前にシャロンたちと試算済みではあったみたいだけど、どうも島主である白爵には話を通していなかったらしい。白爵のおっさんはその爵位が示すように真っ白な顔になっていた。


「そりゃ事前に話したら反対されたり、妨害されただろうけどさ。今からでも反故(ほご)にされるんじゃないか?」

「できませんわよ」


 銀の髪をふわりと揺らし、輝く笑顔でレピスは僕に微笑みかける。その声色には確信が籠もっていた。


「わたくしが人心を掌握する前ならばまだ反目する目もありましたけれど。こうなってしまってはもう、わたくしに逆らうこと、すなわち一族の破滅ですわ。これまで王家に逸らすことで騙し騙し抑えてきた不満の向き先が、わたくしという民の味方の王族の出現によって、島主一族にのみ向けられますもの」


 なんだろう。レピスは間違いなく優しい笑顔なのに、瞳の奥底に冷淡な色が宿っているように見えて、ちょっと怖い。


「そんな状況で、わたくしが一度宣言した減税を白爵が反故にしたとなれば――あとはもう島民が死に絶えるか、白爵家を滅ぼし尽くすまで、怒りの炎が鎮火することはありませんもの。ゾエ白爵は名君ではありませんけれど、保身には長けた方です。こんなところで判断を見誤ることはしませんわ」

「こわ……」

「そこは頼もしい、と言っていただきたいですわね」


 計算高いというか、なんというか。少なくともシャロンとはうまくやれそうである。


「レピスラシア様ー!」

「姫様ぁ〜!」


 レピスがほがらかに笑みながら小さく手を振れば、島民たちは杯を掲げて大盛り上がりだ。

 僕はその光景からそっと目を逸らした。だってその姫様ぽわぽわに見えて黒いんだもん。実際にぽわぽわしてる部分もあるけどさ。


 今回のことで、レピスラシア姫の名と、その偉業はこの地に根付くだろう。

 女神を味方に付け、伝説の怪物を打ち倒した姫。苦しむ民を救う聖女として。

 その名声は広がることはあれ、かき消すことはできない。それこそ、島民が死に絶えるでもない限り。


 レピスの名声が広まれば、このあいだの毒殺みたいな手段は取りづらくなる。

 暗殺が失敗、いや、もし成功したとしても、ことが表沙汰になったときに受ける批判は国を揺るがすものに発展しかねない。

 もともと、レピスを殺すことそのものではなく世論の誘導が目的なのだから、名声が広がった時点で、暗殺なんて手段はデメリットが多すぎる。不利益を抱えるよりも、生きてるレピスを使ったほうが圧倒的にお得なのだ。


「あとはこの名声が広がるかどうか、か」

「このまま放っておいてもすぐに広がりますよ。ここにはあれがありますから」


 海の光を反射して、蒼く輝くシャロンの目線の先には、ちょっぴり肉を削いだ〝島喰み〟がでぇんと鎮座している。

 結構焼いたはずなのに、全体の肉の量からみたら微々たるものすぎてびっくりする。思わず二度見してしまった。


「肉でそんなに名声が広がるかな」

「肉を取り尽くした()()がむしろ肝要です。骨が残りますからね」

「骨?」


 そりゃ残るだろうけどさ。


「僕も何本かはほしいけど、あれ運ぶだけで結構大変だぞ。めちゃくちゃ重いし。捨てるのも面倒だなと思ってたところだよ」

「いいえ、それを捨てるなんてとんでもないです。あれは伝説の怪物だそうですから。もしかしたら、世界中を探してもここにしかないほどの巨大な骨です。『ここにしかない』は人を呼び寄せる強みです」


 魔道具や武器に加工するんじゃなく、名所(ランドマーク)にしてしまうらしい。


「『ここにしかない』観光名所を見るために人が訪れ、人が訪れるなら商人は商機を逃さないでしょう」

「むしろ儲けを得るために、商人たちは積極的に広めてくれそうですわね。『姫と女神と魔女による、伝説の怪物狩り』を。なにしろ、この島を訪れれば伝説の()()が見られるのですから!」

「はい。そういうことです」


 そんなにうまくいくもんか? だって骨だぞ? と思わなくもないけど、シャロンは自信ありそうだし、レピスもそれに賛同している。こうなると、なんとなくうまくいく気がしてくるから不思議だ。


 訪れる人が増えれば税収も増えるってのはガムレルで実証済みだ。

 税率を下げてでも、経済が破綻していた頃より税収は上がるだろう。

 少なくとも島民の生活は潤うはずだ。税が減った分、使えるお金は増えるし、これまでは物が売れないから商人もほとんど寄り付かず、たまに来ても足元をみて馬鹿みたいに高い値段をつけられていたらしいが、多くの商人が来るようになれば適正価格で落ち着くだろうからな。


「ねぇスカーレット様、わたくし、良い働きをしましたわよね。大抵の島はよそものに冷淡ですが、わたくしの働きで彼らはきっといくらでも協力してくれますわよ」

「元となる〝島喰み〟討伐はスカーレットさんの働きですけどね」


 レピスはふふんと胸を張り、すかさずシャロンに突っ込まれた。

 僕だけじゃなく、シャロンの働きも大きいけどな。シャロンがいなかったら、足や鱗の再生を待って剥ぎ取り続ける余裕はなかったし。


「ぐぅっ……! で、でもでも、わたくしも頑張りましたもの! 褒めてくださっても良いのではなくて? より具体的には、今晩は寝かさないぜ、くらいのご褒美があっても良いのではなくて?」

「べつにいいけど」

「はいはいわかっておりました、わかっておりましたとも言ってみただけで……て。えええっ、い、いいのですか!? 夢ではありませんわよね!?」

「もともと僕は寝ないつもりだったしな。シャロンとリリィとやるつもりだったんだけど、レピスもやるか」

「よ、よにんで!? はじめてでいきなりそんなっ」

「あー、そりゃお姫様だもんな。はじめてでも教えるから大丈夫だよ」

「あの、えっと、ひゃい……」


 さっきまでの落ち着いた様子はどこへやら、だ。レピスは顔を真っ赤にして手をぱたぱたさせ、はわわわ、ほわわわと異音を発しながら、あっちを見たり、かと思えばこっちを熱っぽい目でじぃっと見つめてきたりと落ち着きがない。


 なんか様子がおかしいなと思ったら、もしかして酔ってんのか? 酒の匂いが充満する広場の空気にでも当てられたのかもしれん。

 レピスは僕と同じであまり酒に強くないらしく、解毒剤に含まれていた酒精でもぐでんぐでんになっていたくらいだ。ありえない話でもない。


 周囲の飲兵衛(のんべえ)たちは、赤くなってもじもじしているレピスを拝みながら、「ゆりうめぇ!」「恥じらいたすかる、乾杯!」と杯をぶつけ合っている。もはやなんでもありかおまえら。


「気分がすぐれないならやめておくか?」

「いえっ! やります、やらせてくださいまし!」

「うぉっ……」


 いまの姿(スカーレット)だと少しだけ高いレピスの視線が、まっすぐに僕を射抜いている。耳に揺れる蒼い石が、炭火の光を宿してちろちろと(きら)めいた。


 ここまで決意を固めているのだから、これ以上言うのも野暮ってもんだろう。


「わかったよ」


 レピスはどこか恥ずかしそうに、けれども黒さを感じさせない心からの笑みを火照(ほて)った顔に浮かべるのだった。



 ……にしても、そんなにやりたいもんかな、燻製小屋の量産なんて。

 そりゃあ、お姫様はやったことないだろうけど、基本的には煉瓦(レンガ)を積んで間を粘土で塗り固めていくだけで、たいして面白いところはない。早く乾かしつつ強度を保つために風と守護の術式は刻むけど、それにしたってありふれたもので、とくに面白味のあるものじゃない。これがご褒美になるなんて、王族ってのはわからないもんだ。


 まあ本人がやる気だし、手伝ってくれるのは実際ありがたい。

 明日から燻製を作れるようにしておけば、島民総出で〝島喰み〟の解体と保存食への加工が進められる。

 うまいことやれば、〝島喰み〟の骨を見に来た観光客とやらに高値で売れるかもしれないな。伝説の怪物の肉が食べられる、なんて言っておけば話題性もあるだろう。


 いや、()()()()()か? レピスが燻製小屋の手伝いを買って出たのは。

『伝説の怪物の燻製肉』を、『聖女が手がけた、伝説の怪物の燻製肉』に引き上げるために。

 レピスの計算高さとしたたかさを、僕はまだまだ過小評価していたようである。




 その晩。

 広場では夜を徹してのどんちゃん騒ぎが続く中。


「こんな……こんなはずでは……おかしい、絶対におかしいですわ……」


 波の音を背中に背負い、煉瓦の間に粘土をぺたぺた塗り込みながらレピスはぶつぶつと嘆いていた。

 それに付き合わされた侍女や騎士の青年が、どこかいたたまれないものを見る目をしていたのが印象的だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いたたまれピス様たすかる! 島喰み肉、燻製や塩漬けで保存ですねー。そしてもし食べきれない量を他の島に輸出するにしても船が何隻必要なのか……。一部の骨や肉片はすり潰して堆肥や飼料に転用して…
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