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僕とけじめ そのに

 山の峰が。その上部30m四方ほどが、集落に降り注いだ場合、どういうことが起こるか知っているだろうか。

 岩雪崩ではない。その巨大質量が、一気に頭上30mほどの高度から落下を開始した場合、どうなるのか、ということだ。


 怒号や阿鼻叫喚が上がる、そう思うだろうか。実際は、そんなことはなかった。そんな暇さえ、なかったからだ。

 もっとも、たとえ怒号が上がったところで何か対応が変わったりもしないし、さらに言うならば石なんかの飛来物とともに轟音を防ぐ目的で貼った結界のこちら側にいる僕らには、聞こえはしないのだったが。


 もうもうと立ちこめる砂煙をも防いでいる僕の結界は、やつらの本拠地入り口から、ぺたりと座り込んでいるアーニャのすぐ後ろまでを覆っている。目の前の冒涜的なオブジェが霞むほどの惨状から現実逃避をしたアーニャが少しだけ視線を後ろに逸らすと、「ひぅっ!」という息を飲む声を残して固まってしまった。

 自分たちが今居る地点を除いて、飛来した石や砂の影響で、背の低い木はなぎ倒されたり折れ曲がったり、それなりに大きな木であっても吹き付けられた砂によってその身を白く染められてしまっている。自分の真後ろがそんな状態になっているのを見たのだから、アーニャもそりゃびっくりするかもしれない。


 視界を遮る粉塵が鬱陶しいことこの上ないので、"風迅"ーーというよりただの風起こしーーで吹き飛ばすと、やつらの本拠地は、その役目を完全に喪失していた。


 奴隷たちの固められていた建物へは累が及ばないようにシャロンが上手い事操作してくれたようで、健在である。もっとも、かろうじて建物のていを保てていると表現するのが正確かもしれなかったが。


 後ろのほうで「あれ相手に剣を抜こうとしたことが一度でもあることが信じられない」だとか呟くカイマンと、猛烈に頷いているらしいアーニャの気配だけを感じながら。

 僕とシャロンはやつらの本拠地、改め廃墟に踏み入ったのだった。その手は繋いだまま、である。



 ーー



 廃墟では、熱烈というにはいささか物足りない歓迎を受けていた。


「ーーッソ野郎ぅぁああヴォヴァァアァアアアア!!!」


 奴隷相手にお楽しみで、辛うじて生き埋めを免れた数名の蛮族や、"結界"、"治癒"なんかの補助を受けて敵襲に対応した総勢十数名の蛮族たちが、手に手に剣や手斧、あるいは弓を携えて。


 向かって来る端から"剥離"で足の爪を()ぎ、よろけたところを(オズワルド)の剣で突き刺す。

 粗野な怒号はすぐに悲鳴となり、そしてそれも途絶える。


 飛来する矢は、シャロンが全て「えいっ」とか「とぉっ」とか言いながら、ときに叩き落とし、ときに蹴り上げる。くるくる、くるくるとまるで踊っているかのように。器用にも片手は僕の手を握ったままに。


「なんだァ、手前ぇらは。なんなんだお前ェ!!

 俺らを"紅き鉄の団"と知ってのーーグぅぉお!?」


「知ってるよ」


 シャロンが掴み取り、そっと手渡してくれた矢を、"念動"を用いて放つ。

 放たれた矢は、超高速で狙い違わず、新たに出て来たリーダー格の男の左腕に突き立った。


 僕は、再度繰り返す。


「よく知っているよ。

 お前がガキをナメて追い回した結果取り逃がす無能だってこともな」


「ヴァああぁああ!? 痛ってェなこのクソ野郎、絶対ェえ殺す。

 ンだてめぇ、もし「えいっ」てあの馬鹿親子のーーそうか、あのガキの兄貴か何かが復讐「とぉっ」来たってか!」


 矢を捌いてくれているのはわかるが、ちょいちょいシャロンの掛け声が入るせいで、なんとも間の抜けた感じになっている。僕が喋っているときには無言で捌いているので、きっとワザとだが。


「だが残念だったなァ、このザガール様がいる限り、手前ェに勝ちは無ぇ」


 まあ確かに、こいつがいる限り僕の"紅き鉄の団"根絶やしという目的は達されることがないので、あながち間違ってはいない。


「ていっ。

 はい、オスカーさん。もう一本いっときます?」


 くいくいっ、と掴み取った矢をこちらに差し出しつつ、シャロン。

 飲み屋か、ここは。


「いや、いいかな。こいつは剣で相手するよ」


「どこまでもナメくさりやがってェ、手前ェは絶対殺す」


 それはさっき聞いた。


 僕がシャロンから手を離し、剣を両手で構え直すと、その大柄な蛮族は小馬鹿にしたような、蔑んだ笑みを浮かべる。


「お前、アレだろ。馬鹿ってぇヤツだろ。

 随分いい女を連れてっけどなァ、そいつもすぐ俺がヨガらせてやる。手前ェの母親も、そりゃもう生娘みたいに泣き叫んでーー」


「"剥離"」


「いぎゃぁあああ!?」


 左手の爪を一気に全部剥がし、痛みに呻いたところを狙って左足を切りつける。

 剣だけでは深く切り裂いただけで切断は叶わなかったため、"風迅"でそのまま切り飛ばしておいた。


「お、おいっ! お前ら、俺を援護しろ!

 このザガール様をナメくさったガキどもをーー」


「一体誰の話をしてるんだ?

 なぁ、シャロン」


「いいえ。わかりません」


 力なく崩れ落ちる、魔術師の蛮族の胸元に貫通した腕を引き抜きながら、シャロンは軽い調子で応じる。

 どしゃ、っと横倒しになりピクリとも動かなくなったその蛮族を最後に、僕らを囲んでいた者達は全滅していた。それぞれ、首が切り裂かれるか、胸に大穴が開いており、そこからごぽごぽと血の池を形作っていた。シャロンはそれを踏まないように、そーっとぴょいっと飛び跳ねて、こちらにゆっくり戻って来る。場面が場面であれば、雨上がりの水たまりを前にした少女のようである。


「なんだ手前ェ、なんなんだ、手前ェらはよぉぉおおお!?」


「私はオスカーさんの愛の(しもべ)ですが」


「シャロン、今はそういう状況じゃないからちょっと控えて」


「はい」


 膝から下を無くした左足で立つことを諦めたそいつは、罵倒し、毒づき、見苦しく騒いだ。


「なんでだ。魔物どもはなんで来やがらねェ。

 ちくしょう、叔父貴ィー!! ちくしょう、手前ェ、こんな、こんなことしてタダで済むと……そうだ、まだ各地にいる"紅き鉄の団"のやつらが手前ェらを狙うぞ!

 それが嫌なら、ここからーー」


「お前、アレだろ。馬鹿だろ。

 全部殺せばいいのに、どこに交渉する意味があるんだ?

 交渉ごとは、相手にも利点がなきゃ成り立たない、だったよな」


 全部、あの日にこいつ自身が言ったことだ。

 一枚、一枚と爪を"剥離(はが)"しながら、僕は告げる。


「あの日。僕ら家族を襲ったお前が言ったんだ。

 今更話し合いが通じるとは、思ってないよな」


「あががあぁあああああああーー!

 手前ェ、何者(なにもん)なんだァ!!? あのときの、ガキの兄貴じゃあーーがああぁあああああ!!」


「お前の言う、お前が殺し損ねたガキ本人だよ」


 濁った、錯乱した、混乱したその目を覗き込みながら、言う。

 その絶望の表情を見るために、視神経は"剥離(はが)"さなかったのだから。


「糞が、糞がぁああああああああ。手前ェ、あのとき瓦礫の下敷きにーー畜生、糞ッ、糞ッーーああ痛ぇ、痛ェえええ!!」


「残念ながら、天国行きの馬車に乗りそびれてなー。

 まあお陰で通行手形が1枚余ってるからお前にやるよ。行き先は地獄だろうけど。ぴったりだろ?」


 散々いたぶったが、全く気が晴れる気配もなかった。

 僕の心はどす黒く気持ち悪い何かが渦巻いたままだ。

 これ以上こいつと話を交わす必要も、もはや感じられない。


 しかも、後ろで変な踊りをしているシャロンが視界に入ってきて緊張感を削ぐことこの上ない。


「シャロン。控えてとは言ったけど、黙ってるかわりに変な動きで存在アピールしなくもいい、ちゃんとわかってるから」


「はい。変な動きではなくてですね、手についた血とかを服に付かないように払っているだけなのです。

 これは意味ある行動です」


「ああもう、そういうのは言ってくれたらやるから」


 "剥離"と"抽出"でシャロンの腕に付着していた汚れや、服についた砂埃を除去してやると、彼女はここが戦いの場であることを忘れるほどの嬉しそうな笑顔で、にっこりと微笑みを返した。


「手前ェらが俺様をナメてかかってる間に、勝ちの目は無くなったぜ馬ァ鹿野郎! 手前が地獄へ落ちやがれ。

 叔父貴、そいつらが今回の賊どもです、やっちまってくだせェ!」


 なにやら、やにわに元気になった大柄の蛮族が、わーわーと言い出した。

 左脚は、持っていたヒーリングポーションにより止血したのか、そのまま衰弱する様子はない。

 ポーション類を持っていたなら取り上げておけばよかった。絶望のままに衰弱死させるつもりであったのに。


 叔父貴、と呼ばれたその蛮族は、僕らを奇襲することもできたーー彼らからすれば、奇襲できると思っていたーーであろうに、僕の後ろからの位置取りをやめて馬鹿正直に正面から歩み寄って来た。

 無論、僕も、そしておそらくシャロンなんかはもっと早くから気付いていたので、そのまま来られても何ら問題はなかったのだが。


 その蛮族は、大きかった。

 2mはあろうか《196cm》ーー"全知"による直しが入った。こっちはシャロンと違って控えてはくれないーーという巨体、横幅も相応で、さらにそこそこ強そうな従者を2人引き連れている。

 強そう、というのはそこいらの人や今までの蛮族に比べてということであって、僕ならいざ知らずシャロンを相手にしては敵にすらならないだろう。あくまで、その程度だ。


 大柄の蛮族は、僕の前、剣が届かないぎりぎりのあたりにまでそのまま歩いて来て、止まった。

 シャロンは何があってもすぐに動けるよう、僕のすぐ側で控えている。


 そうして、大柄の蛮族は。

 手にしていた剣を、地面に突き刺した。


()けだ、敗け。

 どこの手のモンかは知らんが、お前さんらの勝ちだ」


 僕としては、拍子抜けである。

 いまさら、勝ちだ負けだでどうこうなるとでも思っているのだろうか。


「俺の首は持ってけ。好きにしろ」


「そ、そんな。叔父貴ィ!?

 こいつらくらい、叔父貴と"紅き鉄の団"のトップ3が居れば、今からでも」


「くどいぞ。

 代わりに、まだ生き残ってるモンには手を出さんでもらおう」 


 何か好き勝手に話を進めてくれているが、白けることこの上ない。

 なにを勝手に終わったふうに考えているのだろうか。


「は? 殺すけど?」


 僕の返答と同時に、側に控えていたシャロンが動く。


 おそらく、動く瞬間を視認できていたのは僕だけで、大柄な蛮族は自らの従者2人が事切れ倒れ臥した段になって、やっと事態に気付いたようであった。「えいっ」というかけ声なしであれば、誰が何をしたのかわからない一瞬の出来事である。もっとも、かけ声があっても初見では結局同じことだろうが。


「は、な。な、にを」


 ようやく事態を飲み込んだ大柄の蛮族、首領格の男は狼狽えた様子をみせた。


 いかに身体が大きく、強かろうと。

 魔術の腕があろうと。

 弓の名手であろうとも。


 絶対的な実力差がある相手を前にして出来る事は、限られる。たとえば、狼狽えるだとか。


「逆に聞きたい。

 なんでお前一人如きの命にそんな価値があると思うんだ? 僕には心底わからない」


「手前ェーーおじ」


「いい加減、うるさい」


 親玉が出て来たので、いかに仇敵とは言え五月蝿い相手はただただ邪魔だったので"風迅"で首を外しておいた。これで静かになるだろう。


「これほど、とは」


 もはや足掻く気力すらも湧かないのか。

 シャロンの威圧にアテられて立ち竦む、やつらの首領格。


「それじゃ、質問だ。お前らの雇い主、っていうのか?

 もしくは後ろ盾になってんのって誰なんだ?」


「くっ、殺せーーっっぎ、ぁぐ」


 もとより最初から正直に答えてくれるなどとは思っていない。そうでなくては。

 逃げ出されても面倒なので、膝の骨を"剥離(はず)"しておいた。


 どう、と倒れ込む大柄な男。

 腕立ての要領で、まだなんとか顔だけは起こしているが、そんな無駄なプライドは不快なだけだ。

 ごり、と靴底をその頭部にめり込ませる。


「さっきのやつが言ってたけど、各地にまだ仲間が居るって?」


「殺せーーッぅ」


 "剥離(左肩)"。


「攫った人たちはどこにやった?」


「殺せ!ーーッうぁが」


 "剥離(右肩)"。


 もはや両肩両足の骨が外れているため、地面に俯せに倒れるしかない首領格。


 "全知"を用いても《知られてはならない》という思念が視えるだけで、『何かある』というのはわかっても、その内容まではわからない。


「さっきのベラベラ喋るやつと違って、なんか面倒だな。いや、あれも面倒だったけど。

 シャロン、ちょっとこっちーーああ、奇麗にするからちょっとこっち来て」


「はい」


 汚れを取り除き、さて。

 再び僕が手を差し出すと、シャロンは躊躇い無く僕の手を取るのだった。


「"探知"で、そこのオッサンの血族とか、ここの蛮族に(ゆかり)のある者で絞って広範囲を探そうと思う。

 手伝ってくれるか?」


「はい。もちろんです」


 シャロンは頼られることが何より嬉しい、と言わんばかりの様子だ。

 僕が何をやろうとも、きっと。シャロンは僕を全て肯定する。


 僕とシャロンの二人掛かりの"探知"魔術が発動する。

 先ほど僕の頭を、自業自得とはいえども大混乱に陥れたものと違い、今度はより対象を選別し、広く、遠くまで。


「麓の村に2人、街道に1人、森に1人か。森の方のは反対側の見張りか? 

 範囲内にはこれだけか。まあいい。

 あとは()べばいいだけだし」


 かつて僕は、それを超高等魔術として知ってはいた。

 いや、魔術としてというよりも、ある種のおとぎ話のようなものだ。

 遠くのものを近くに喚び出す。"転移魔術"の応用、"召喚魔術"。


 しかし、それはもはや僕に取っておとぎ話の世界ではない。

 転移装置を間借りして作った"倉庫"だって、似たようなものなんだ。

 理論は"全知"でわかったし、あとはそれを行うに足る魔力(エネルギー)だけの問題だ。

 そしてそれは、僕とシャロンの間で魔力循環させる方法で、十分にお釣りが来るのだった。



 そうして喚ばれた男は、汚らしい赤黒に染まった鉄板を身につけた、間違いなく"紅き鉄の団"の一味であった。


「貴様ら、何者ーーぼ、ボス!?」


「一体、何を……俺は、俺たちは一体、何を敵に回しちまったんだ……?」


 茫然自失と呟く頭領の様子に、喚び出され混乱していた男は、その頭領の頭を踏みつけている僕を物凄い形相で睨みつける。


「貴様ら、何者だ。ボスから足をどけろ」


「私はオスカーさんの愛の(しもべ)ですが」


「シャロン、今は本当そういう状況じゃないからもうちょっとだけ控えてて」


「はい」


「あー。すまんすまん、何だっけ?」


 ぐりぐりっと頭領の頭を踏みつけながら問い返すと、相手の男は激昂した。


「貴様ァ、殺してやる」


「僕もそのつもりだから、まあ頑張って。剣をとりなよ」


 シャロンが踏み込もうと腰を落とすのを制しつつ、僕は頭領が先ほど自ら地面に突き刺した剣を、指し示すのだった。

個人的に面白かった誤字。

蛮族が武器を持って戦いを挑むくだりにおいて「手に手に剣や手斧、あるいは夢を携えて」と書いていました。ただしくは弓なのですが。


よかった、投稿前に気付いて。

夢を粉砕する外道オスカーくんになっちゃうところでした、ふぅ。あぶないあぶない。


あとは「放たれた矢」が「鼻垂れた夜」になったり。これは打ったときに気付きましたが。

そんな変換したことないと思うんですけどね。鼻はかんでくださいね。

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