僕と救済計画 そのよん
ラシュとルナールに手伝いを頼んだのは正解だった。大正解だった。
ラシュは手先が器用で、細かいことにもよく気付く。加工スライム『きりとるくん』が吐き出した部品に小さな歪みでもあろうものならすぐに見抜き、歪んだものは避けておいてくれる。さらに歪みが続けて出るようなら僕を呼びに来てくれる。そういう場合はたいてい木材の方ではなく『きりとるくん』に原因があったので、時間と材料を無駄にせずに済んだ。
ルナールはラシュほど熱心に手伝ってくれたわけではなかったが、うまいことラシュを誘導してくれた。というのも、ラシュは途中からどうも形が気に入った部品ばかりを作っていたようなのだ。
僕はその間、できあがった部品へと術式付与をしながら順次組み上げ、島へ運んで設置してを繰り返しており、そんなことになっているとは全く気付きもしなかった。途中でルナールが気付いていなければ、ひとつの部品だけ大量に余っていたところだ。ルナールがその後も目を光らせたおかげで、最終的には概ね均等な個数の部品が出来上がった。
ふたりの協力もあり、昨日までに仕掛けてあった9個に加え、この日は85個の波力回転機が新設された。島の東側の海岸には全部で94個の波力回転機が一定の間隔をあけて並んでいる。それなりに壮観だ。
海岸沿いを移動しやすいように創岩魔術で簡単な道を敷いておいたので、魔石の回収や重りの交換には岩石車であたってもらえばいいだろう。
岩石車は海賊迎撃を主目的として作ったものだけど、日頃から使って動かし方に慣れてもらっておいたほうがいざという時に操作に慌てなくて済む。
波力回転機がこれだけあれば魔石は作り放題だ。ただし、このままだと砂粒並に細かい魔石しかできない。魔道具に組み込んでもすぐに燃え尽きるか、魔力が足りなくて作動しない。凝縮して、より大きな魔石に精錬しなおす必要がある。
魔石の凝縮精錬には『まとめるくん』を使う。魔石の凝縮には時間が掛かるので、並列で凝縮が進むように『まとめるくん』も量産したほうがいいな。砂粒から小石サイズに凝集する『まとめるくん(小)』を8つ、小石サイズの魔石を中くらいの魔石へと凝集する『まとめるくん(中)』を3つ、『まとめるくん(大)』も1つ増やしておくか。
そのためにまた魔石を使うことになり――うーん。おかしいな、魔石を増やすのが目的なのに手持ちの魔石をほとんど使い果たしてしまった。必要な投資と思うしかない。
「部屋がどんどん狭くなっていくのじゃが」
増やしたまとめるくんをまとめたやつを設置していると、ルナールから文句が出た。
「……いくらほしい?」
「即座に金で解決しようとするの、善うないと思うぞ、わらわは」
屋敷で暮らすようになった当初は恐怖心と警戒心を顕にしていたルナールも今では慣れたものだ。財布を取り出す僕に隠すことない呆れた目を向けてくる。それなりに打ち解けたってことだと思う。
「他の部屋を手配できんのか?」
「頼めば部屋も貸してくれるだろうけど、ここが一番都合いいんだよな……」
リーズナル邸で居候生活するようになって初めて知ったことではあるんだけど、貴族のお屋敷を訪れる人物は多い。
水売りや、食料を納入しにくる商人は毎日やってくる。その他にも多いときは日に数度、少なくとも数日に一度は、相談ごとや会合、顔繋ぎのためだとかさまざまな理由で、町の有力者やら他所の貴族やら他国の姫やらが訪れる。他国の姫はほぼ昼寝に来てるだけみたいだが。
そういう部外者に魔石の生産現場を見られると、ありていに言ってまずいことになる。
まとめるくん(大)で精製できる魔石は、たった1つで『リーズナル邸が5つは建てられる』ほどの価値を持っているらしい。もちろん、そんな魔石はそうそう出回るものじゃない。というか市場に出回ってなかったからこそ、まとめるくんを作る必要があったんだが。
魔石精製は、そういう技術が『ある』ことすら外に漏れるとまずい。市場経済に極めて大きな影響を及ぼすことは確実で、あらゆる圧力を駆使してその技術や僕らの身柄を手中に納めようと動く勢力が出る。
あらゆる圧力とは、たとえば王室の権力であったり、たとえば貿易封鎖であったり、たとえば戦争であったり。もしそんなことになれば僕は家族を連れて即座に島に移住するけど、巻き込まれるガムレルの町の人たちにとってはたまったもんじゃなかろう。
『だから絶対に漏れないようにしてくれたまえ。私も聞かなかったことにする……』と胃のあたりをさすりながらリーズナル卿に懇願されたこともあり、居候の身としては家主の意向に逆らうつもりもない。
屋根裏部屋ならラシュやルナールが入り浸っているから誰か来ても気付きやすいし、部屋に入るには縄梯子か、もしくは外壁を屋根まで登らねばならない。『たまたま迷ってしまって』なんて言い訳はどうあっても通用しないので、穏当に探りを入れたい程度の手合いであれば侵入を試みることもないだろう。もっとあからさまに荒事を起こすような手合いはシャロンたちが屋敷に侵入する前に阻むだろうし。
島にまとめるくんを置いておければ部外者のことも気にしなくて良かったのだけれど、海辺ではスライムが塩にやられて劣化してしまう。いつ劣化して性質が変わってしまうとも限らないスライムに魔石を大量にぶち込んでおくなんて、さすがに危険すぎる。
大爆発を起こすくらいならまだいい。もっとわけのわからないことが起こってもおかしくはないのだ。
その点、屋根裏部屋に置いてある分には大爆発の危険は考えなくていい……はずだ。たぶん。
ただ、その存在がバレると戦争に発展するくらいで。
「そんな危ないもの置いとったのか貴様!? わらわ毎日その横で寝とったんじゃが!? というかそれをまた増やすとかなに考えとるんじゃ!?」
「いくつあってもひとつあるのと変わらないって」
どうせ情報が漏れた段階でえらいことになるのに変わりはないのだ。たくさん置いてもリスクが変わらないのだから、むしろひとつしかなかった今までのほうが損だったとさえ言えるんじゃなかろうか。
「だめじゃこやつはやくなんとかせねば……のう、ぬしさまもなにか言うてやるとよいぞ!」
突然話を振られたラシュは不思議そうな表情で、設置されたまとめるくんをまとめたやつをきょろきょろと見渡した。たぶん、ラシュは話聞いてなかったぞ。らっぴーと突つき合いして遊んでたからな。
「ぼく、この青っぽいのがすき」
「そういうことではなくてじゃな……」
「? 薄いみどりのも、いいよね」
青緑、黄緑はいいが、深緑はどうやらラシュの好む色ではないことがわかった。ルナールはぐったりと肩を落とす。なんか知らんが苦労人ってやつなんだろうな。
さすがにちょっとかわいそうになってくるので、譲歩しておく。
「わるいけど、中魔石が200個、大魔石が22個できるまでは置かせといてくれ」
「む? ずっと置いとくつもりではないのか?」
「最低限、それだけあればシャロンの立てた作戦は実行できるはずだからね」
できればずっと置いておきたかったけど、せっかく慣れてきたルナールにまた警戒されるのも考えものだ。
シャロンの計画立案には全幅の信頼を置いている。余裕があるに越したことはないだろうが、必要最低限はそれで賄えるのだろう。
ちなみに、小石魔石を精製するためには砂粒魔石がふた掴み分程度必要で、中魔石を精製するには小石魔石が20個程度必要だった。大魔石をひとつ生成するには同じく中魔石が20個程度必要となる。魔石に蓄えられている魔力量にもよるので多少の前後はあるが、だいたいそれくらいだ。
大魔石ひとつでお屋敷が5つ建つ、という話を加味すると今回の作戦に必要な魔石だけでお屋敷を200以上建てられることになる。お屋敷だけの村ができるな。なにそれ怖い。
「あやつの策か……なんぞ言うておったな、飽きもせずまた新しい雌を手懐けるつもりじゃろ。小姉御も巨大な姉御も黒いのも、侍らせるだけ侍らせて手を出さぬうちからよくもまあ。ぬしさまよ、こやつの節操のなさは見習ってはならぬぞ」
「人聞きが悪すぎる」
ルナールは心底呆れたようにフンと鼻を鳴らした。あれだけ僕を警戒していたルナールが今ではこれだ。……打ち解けたんだ。うん。
小姉御はおそらくアーシャのことだろうし、となると巨大な姉御というのはアーニャだろう。なかなかじわじわくる呼び名だ。そして黒いの、とくれば――黒剣。カイマンか。ルナールは僕のことを一体なんだと思っているんだ。
「しかし、魔石とやらはひとつでもかなりのことができるのじゃろ。それだけの石を集めて、今度はいったい何をしでかすつもりじゃ? ぬしさまを危ないことに巻き込んでくれるでないぞ」
そんな、僕が毎回何かをしでかしているみたいな言い方をされるのは心外である。
僕が騒動の原因になっているのはせいぜい3回に1回ほどだと思う。四捨五入すれば0だぞ。
「心配しなくても荒事にはならないはずだ。あっても小競り合い程度だろ」
「貴様のいう『小競り合い』はわらわの思うそれと違うんじゃなかろうか……」
シャロンの立てた作戦は、女装した僕とシャロン、レピスでエタリウム諸島王国連合へと乗り込むものだが、なにも戦いに行くわけじゃない。もちろん降り掛かる災いは払い除けるが、それだけだ。
エタリウム諸島王国連合は新たな領土を欲している。そのための軍事力を示すだとか王位継承だとか話が混ざってややこしくなっているが、ようは新しい領土をやれば解決だ。なら、新しい領土をくれてやる。領土が手に入ればレピスを暗殺する利点もまとめて消失する。実にわかりやすい作戦だ。
くれてやる領土はどこかから奪う? いや。それをやって取り返されて、を何度も繰り返していたのがエタリウムだ。何の解決にもならないし、第一、そんなことに手を出せば戦いは避けられない。
じゃあどうするか。
なければ作る。それが僕らのやってきたことだ。これまでも、そして、これからも。
「簡単に言えば、海の水、全部抜く」
ルナールはぽけーっとした表情で、こてん、と首を傾げる。理解が追いつかないらしい。
ラシュとらっぴーが横に並び、ルナールを真似して首を傾げる。シュールな光景だ。
ともかく、これが大量の魔石を使って実現しようとしている作戦の概略である。
やったねエタリウム! 領土が増えるよ!